【第2章:夢見がちな純朴ホスト、異世界を往く~ ぱーりらっぱりらっぱりら転生!※転移 ~ / とあるホストの場合】

第2章 プロローグ


 夜の新宿歌舞伎町は騒がしい。

 人で賑わう歩道で、一人の男がキョロキョロしていた。


「おねーさん美人さんッスね! よかったら飲みに行かないスか?」


 ナンパではない。

 俗に言う「客引き」である。


 無視されても秒で断られても、男は懲りない。

 笑顔を浮かべたまま、またキョロキョロする。


 アッシュブロンドの髪はやたら前髪が長く、さわやかな笑顔は人懐っこそうだ。

 着崩したスーツにシルバー系のアクセサリー。

 シャツの胸元は大きく開けた、伝統的なスタイル。


 男はホストであるらしい。

 ちょっと訛ってるあたり、地方出身でまだ歌舞伎町に馴染んでないタイプの。

 あるいは、訛りや伝統的スタイルを売りにしているのか。


 とにかく、男がふと目を止めた。


「うわ、めっちゃ美人さん。カブキチョーはすげえなあ。って見とれてる場合じゃねえッス! そこのおねーさん!」


 道向かいに、目を惹く美人さんがいたらしい。

 男はふらふらと道を渡ろうとした。


 左右を見ないで。


 『ぱーりらっぱりらっぱりら求人!』と爆音で進む車に気づかずに。


「えっ!? うわっ!!」


 低速で走っていても、車は急に止まれない。この世界の真理である。


『ぱーりらっぱりらっ——』


 美人さんに惹かれて車に轢かれた男は意識をなくし——




「……あれ? ここどこスか?」


 ——目を覚ました。


「よかったな、青年。次は気をつけるんだぞ。まさか『ぱーりらっぱりらっぱりら』って大音量の広告車に気づかず轢かれるヤツがいるなんて、なあ」


 イスに寝かされた男が上体を起こす。

 目に映ったのは、二十歳前後で細身のスーツの男だった。

 ホストではない。

 ホストなのは轢かれた男の方だ。

 黒髪で三白眼でやる気のない目をしたホストなどいない。たぶん。いそうな気もする。


 続けて見たのは、青い瞳の銀髪の外国人美少女だ。

 男はしばらくぼうっと見とれていた。


「ここは『異世界無料案内所』ですよ! 助かってよかったですね!」


 言われ、我に返って自分の体を確かめる。

 車に轢かれたはずなのに、痛みも、目に見えるケガもない。

 それどころかスーツもキレイなままだ。


 まるで、轢かれた現実など存在しない、とばかりに。


「お二人が助けてくれたんスかね? ありがとうございまス?」


 よくわからないまま礼を言うホスト。

 礼儀正しいらしい。

 言われたカイトはぽりぽりと頭をかいた。

 助けたことに理由があるかのように。


「ところでその、イセカイってなんスか? 新しい店ができたんスかね? 飲み屋スか? まさか同業者?」


 ちょっと地方都市感ある細い眉をくいっとあげて質問するホスト。

 カイトははあっとため息を吐いて、諦めたように説明をはじめた。


「ここは飲み屋でもホストクラブでもありません。異世界を紹介する無料案内所です」


「よくわかんねえッス!」


「ですよねえ。ちなみにホストさん、ライトノベルやウェブ小説を読むことはありますか?」


「ねえッス!」


「ですよねえ」


「ふふ、カイトくん、すでに店内にいるんです。ちゃんと説明したらどうですか? きっと聞いてくれるはずですぅ!」


「美人さんに誘われたら断れねえッスね!」


 でれっと表情を崩すあたり、このホストは売れてなさそうだ。

 カイトの「無料」を信じるあたり、純粋でもあるらしい。

 あるいは、この街で働いている以上、おかしなことになっても対応できるという自信の現れか。


 一般人は歌舞伎町で「無料」「タダ」と言われても客引きについていってはいけない。

 どれだけ取り締まられようと潰れようと、ボッタクリや怪しい店は存在するのだから。歌舞伎町怖い。


「まあ仕方ないか。じゃあ……はい、一名さまご案内でーす」


「もうカイトくん、ここは店内ですよ。ご案内じゃなくていらっしゃいませ! ですぅ」


 いまだ状況を理解できないホストをよそに、狭い『異世界無料案内所』に、二人の声が明るく響いた。



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