異世界無料案内所~剣と魔法の世界も最強チートもハーレムものんびりスローライフも賢者も建国も復讐もぜんぶご案内します!~
第一話 ケンジくんを必要として、夜のお仕事の理想を叶えられる世界へ。そうねえ、ここなんかどうかしら?
第一話 ケンジくんを必要として、夜のお仕事の理想を叶えられる世界へ。そうねえ、ここなんかどうかしら?
「はい、一名さまご案内でーす」
「もうカイトくん、ここは店内ですよ。ご案内じゃなくていらっしゃいませ! ですぅ」
上体を起こしたホストは、ぼーっと外国人美少女に見とれている。
安っぽい照明の光をキラキラ反射する銀の髪。
ホストを見つめる瞳は青い。
ナチュラル系のワンピースはホストが見とれるほど似合っているが、歌舞伎町では浮くだろう。
エリカである。
言動さえなければ美少女であった。
「モデルッスか? アイドル? こんな子がいるなんてカブキチョーやっぱりすげえなあ。はじめまして! 俺は健二ッス! 源氏名もそのまんまケンジッス!」
「はじめましてケンジさん! 私はエリカです!」
体を起こして近づくホストにひるむことなく、ニコニコと自己紹介するエリカ。
リアクションにも微笑みにも邪気がない。歌舞伎町らしくないことに。
「エリカちゃんめっちゃ美少女ッスね! 目はカラコンッスか? ハーフ? ひょっとして外国人?」
「あー、落ち着いてください、ケンジさん。ここは無料案内所で、ナンパスポットじゃありませんから」
「ふふ、カイトったら。嫉妬深いわねえ」
無料案内所の中は狭い。
店内は幅3メートルほどで、奥まで細長い空間だ。
左右の壁にはなにやらベタベタと貼ってある。
まるで物件情報が並ぶ不動産屋や、某ジャンルの無料案内所のようだ。
ホスト・ケンジは新たな声が聞こえた方に目を向けて、フリーズした。
「バカなこと言ってないでちゃんと接客してください、ヨウコさん」
「若いっていいわねえ。いらっしゃいませ、ケンジくん」
カウンターの奥に座っていた女性が、美女だったので。
吸い込まれるような漆黒の瞳、無造作に垂らされた長い黒髪。
やけに艶っぽく腕を持ち上げて、不思議な香りのするパイプをくゆらせる。
女性はやたら露出が多い黒いドレスを着ていた。
垂れた黒髪は谷間に吸い込まれている。
ケンジの視線も谷間に吸い込まれる。
やたらと露出の多い女性、ヨウコである。
色っぽい女性を前に固まるあたり、ケンジはまだホスト歴が短いのかもしれない。あるいは、「歌舞伎町のホスト」歴が短いのか。
「ヨウコさん、ほんとそういう格好やめた方がいいと思うんですけど。また痴女って思われてますよ」
「カイトはこういうのキライなのね。ケンジくんはどうかしら? 好きよね?」
「あっはい。やばいッス。マジ美人さんだし色っぽすぎてやばいッス。カブキチョーすげえ」
「ホストなのに痴女の色気にやられるとか純粋すぎる。気をしっかり持ってください、ケンジさん」
「あらひどいわねえカイト。痴女じゃなくて魔女なのに」
「はいはい魔女ね魔女。魔性の女って意味の魔女ね」
「まあひどい。じゃあケンジくん、私と魔性の恋をする?」
「はい喜んでー!」
「お待たせしました! お茶をどうぞ……?」
艶然と微笑むヨウコ、勢いよく挙手するケンジ、天を仰ぐカイト。
お茶を手に戻ってきたエリカは戸惑っている。
「ふふ、素直な子はスキよ」
「ありがとぅございまぁス!」
微笑むヨウコに、奇妙なイントネーションで感謝を告げるケンジ。
エリカは何がおかしかったのかクスクス笑う。
「あー、話を進めていいですかね? ケンジさん、ここは異世界無料案内所です」
「はあ、それでどんな店に案内してくれるんスか? イセカイ?ってわかんねえッスけど」
「そうねえ、ケンジくんは何をお望みかしら?」
「望みッスか? センパイに『新規を連れてくるまで帰ってくんな』って言われてるんでご新規さんスかね。紹介してくれたらありがたいッス」
「ふふ。ケンジくん、ここはお店や人を紹介する『無料案内所』じゃないのよ」
「はあ、それはなんとなく気づいてました、ウスウスッスケド」
「カイトくん、これってどこかの方言なんでしょうか? なんだかスがたくさんッス!」
「真似するなエリカ、これはこういう話し方なだけだから。……さて。ケンジさん、ここはただの無料案内所ではありません。『異世界』を紹介する、『異世界無料案内所』です」
「はあ、だからそのイセカイって何なんスか?」
「此処ではない何処か、此処とは
「は、はあ」
ケンジ、異世界と聞いてもよくわからないらしい。
あ、これヤバいヤツらかもしれないとちょっと引き気味である。
「最近悩んでることはないかしら? あるいは貴方がやりたいこと、貴方の夢でもいいわ」
戸惑うケンジにふうっとキセルの煙を吐きかけて、ヨウコは話を促した。
うーん、悩み、やりたいこと、夢、などとブツブツ呟きながら考えている。素直か。あるいは、煙は魔法的なナニカなのか。
ケンジは意を決するように、エリカが出したお茶をゴクッと飲み干した。
カイトの「あっ」という声は耳に入らない。
「俺、地元じゃぶいぶい言わせてるホストだったんスよ」
やがて、ケンジは自分の手元を見つめて語り出した。
「初対面の相手に自分語りがはじまった。やっぱりヨウコさん怖い。
「ちょっとカイトくん!」
「まあ。すごかったのねえ」
「そうっス。俺が担当した女の子たちからも、楽しかった、ツライことを忘れられたって、また来るって言われてうれしかったんス。自分が必要とされてるみたいで」
うしろでヒソヒソ話すカイトとエリカをよそに、ホスト・ケンジの自分語りは続く。
「それで、カブキチョーに来たんス。ここならもっと必要とされるんじゃないかって。もっとたくさんの女の子に楽しんでもらえるんじゃないかって」
「あら、素敵な心構えじゃない。それでどうしたの?」
「でも全然ダメなんスよ。カブキチョーじゃ女の子もつかなくて。それにセンパイたちも店長も……」
ケンジは口ごもり、ぐっと拳を握った。
ヨウコもカイトもエリカも、促すことなくケンジが口を開くのを待っている。
異世界無料案内所に流れる、やけに明るいBGMが場違いだ。
「もっと惚れさせろって。騙してでも金を引っ張れって。金が足りないならキャバでも風俗でも働かせろって」
夢を見せるのではなく、楽しませるだけでなく、どんな手を使っても売上をあげる。
それもまたホストクラブの一つの面だ。
だが。
「でも俺、それは違うんじゃないかって思うんス。店に来てもらった時だけ楽しくて、ほかの時はしんどくて……そうじゃなくて、店に来ることで普段から楽しくなるような、そういうのがしたいんス」
ホスト・ケンジが夢見た理想とは違うらしい。純朴か。
「俺、悩んだりツライことがあった女の子を救えるとかナマイキなこと思ってたんスかねえ」
そう言って、ケンジはうつむいて肩を落とした。
歌舞伎町にだって売上至上主義ではないホストクラブはあるだろうし、そもそもメンズバーでいいんじゃないかとか、地元のホストクラブに戻ればいい、ということは考えつかないらしい。純粋か。
「ふふ、青いわねえ、ケンジくん。でも、そういうのキライじゃないわよ」
「青い、ッスか?」
悩みを聞いたヨウコはうれしそうだ。
ケンジが顔を上げる。
「じゃあ、そんなケンジくんが必要とされる世界を紹介するわね」
「……は?」
「ケンジくんを必要として、夜のお仕事の理想を叶えられる世界へ。そうねえ、ここなんかどうかしら?」
「ちょっとヨウコさん、第4196z世界線zsdc星って。いいんですか? ここ条件つきですよ?」
所在地:第4196z世界線zsdc星
文明度:だいたい古代
魔法:あり
ゲーム性:レベルなし、スキルなし、ステータス数値なし
特記事項:来界条件あり! 詳細はスタッフまで!
「ええ、いいのよカイト。ここなら間違いなく、ケンジくんを必要としてるもの」
「俺を……必要……俺を待ってる女の子がいる……」
「いや落ち着いてケンジさん、そこまで言われてませんから」
「そこ、カブキチョーよりすごいんスかね?」
「そうねえ、ある意味では『すごい』と思うわよ」
「わかりました! 俺、そこに行くッス!」
「ちょっと待ってケンジさん、ちゃんと詳細を聞いて――」
「ふふ、じゃあ契約成立ね。詳細は向こうでカイトくんから聞いてちょうだい」
「了解ッス! 向こう? 連れていってくれるんスか?」
「ええ、もちろん。ここは『異世界無料案内所』ですもの。お願いね、カイト」
カウンターに座ったヨウコは、すっとカイトに視線を移す。
カイトは「また面倒なことを」と言わんばかりにイヤそうな顔をした。
気が乗らない表情のまま、カイトがカウンターから離れる。
狭い店内のわずかなスペースに立って、カイトが目を閉じる。
なにやらぶつぶつと呟く。
足元に、
「ほらカイト、いつものを忘れてるわよ」
「ちっ、スルーできるかと思ったのに」
ヨウコのフリに、スーツ姿のカイトは顔をしかめた。
はあ、と大きくため息を吐いてうつむく。
覚悟を決めて顔を上げる。
「ご決断ありがとうございまぁす! それでは、『いい異世界』に一名様ごあんないー! さあお客さま、魔法陣の上へどうぞっ!」
声は
スーツ姿のカイトは、招くように手を広げた。
「は!? なんすか、なんすかコレ!」
「あー恥ずかしい。ホストにも引かれちゃってるんですけど」
「さあ行きなさい。貴方が望んだ、『必要とされて、夜の仕事の理想を求められる異世界』へ」
ヨウコに促されてケンジが立ち上がる。
エリカに手を引かれて、ケンジは光り出した魔法陣の上に乗せられた。
そのまま、エリカも。
「私も行きますよ、カイトくん!」
三人乗るとさすがに狭く、エリカはカイトに抱きつくように密着している。
「あれ、エリカちゃんってそのヒトと付き合ってる感じスか? んじゃ俺はノーチャンっ――」
ケンジの言葉は、最後まで続けられることはなかった。
聞こうと思ったけど止めた、わけではない。
狭く細長い無料案内所。
光がおさまったあと、そこにケンジの姿はなかった。
カイトの姿も、エリカの姿も。
いるのはカウンターの後ろにただ一人。
「さあ、あのコはどんな選択をするのかしら」
艶然と笑う、ヨウコ一人であった。
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