第1章 エピローグ2


「そう、首尾は上々なのね。なによりだわ」


 幅がやたらと狭い細長い空間に、女性の声が響く。

 いまどき珍しい黒電話で誰かと通話しているらしい。

 カウンターの向こうの女性を眺めながら、スーツ姿の男と外国人美少女がお茶を飲んでいた。


 日本の、『異世界無料案内所』で。


「よし。今回の案内も問題なし、と」


「よかったですねカイトくん! ショウくんもきっとあの異世界を楽しんでくれるはずです!」


「『裏ボス』も倒したし、あのチートっぷりなら大丈夫だろ」


 ヨウコの電話はまだ続いていたが、カイトとエリカは肩の荷を下ろして暢気に会話している。

 ショウが怪我をしたことは知らないらしい。

 知っているけど「異世界ではそれぐらいよくあることだから」と思っているわけではない。たぶん。


「『自分が特別じゃない』か。みんな特別じゃないし、みんな特別なのになあ」


「ええー? カイトくんがそれを言うんですかー?」


「はいはい、あなたもね、エリカ」


 エリカが不満げに頬をふくらませたところで、チンッと小さな音がした。

 電話しながら聞いていたヨウコが二人の会話に混ざる。


「二人ともお疲れさま。向こうは問題ないみたいよ」


「あとは手紙を届けるだけですね!」


「はあ。それが一番しんどい仕事なんだよなあ。この前なんか警察を呼ばれて大変だったし」


「あら、じゃあ私が行こうかしら?」


「その格好でですか? 捕まりますよ?」


「大丈夫ですよカイトくん! ほら、ヨウコさんはちゃんと服を着てます!」


「いちおうな、いちおう」


 顔をしかめてチラ見するカイト。

 ヨウコはくすっと微笑んで、カウンターにヒジをつく。

 黒いドレスに白い肌が眩しい。

 カイトは無理やりに視線をそらした。昂ぶると転移するので。


 パイプの煙が、そらしたカイトの視界を横切った。


「ほらほら、のんびりしてないでさっさと手紙を届けてきてしまいなさい。途中でお客さまを見かけたらちゃんと連れてくるのよ?」


「お客さま、ねえ……彼らが異世界行きのメインで、俺たちが便乗してるだけなはずなんだけどなあ」


「あら? けれど、きちんとお客さまの要望を満たしているでしょう?」


「まあそうなんですけど。はあ、すっきりしないんだよなあ」


「ふふ、じゃあ少し外の空気を吸ってきたらいいんじゃないかしら? ついでに手紙の配達も、ね」


「はあ」


「はい、ヨウコさん! ほら行こう、カイトくん?」


「うーっす」


 カウンターに置かれたお茶を飲み干して、カイトが席を立つ。

 待ち構えたエリカに腕を取られる。

 そのまま、二人は『異世界無料案内所』を出て行った。


 残されたのは、カウンターの向こうに座るヨウコ一人だけだ。



「さあ、次のお客さまはどんな人かしら?」



 パイプをくゆらせて、黒衣のヨウコ——『唯一の魔女』がひとりごちる。


 応える声はない。


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