第1章 エピローグ1


「『試練のダンジョン』踏破を祝して!」

「乾杯!」

「『不屈のゴーレムメイカー』に!」

「乾杯!」

「くそハーレム野郎に!」

「したくねえけど乾杯!」


 第6587m世界 mdagy星、エウロ大陸ピカルド国、迷宮都市の冒険者ギルド併設の酒場に、野太い祝福の声が響き渡る。


 酒場の中心では、ショウが照れ臭そうにはにかんでいた。

 得意げな笑顔の女性三人とは対照的だ。


 迷宮都市の管理下にある『試練のダンジョン』は、これまで42階層が到達記録だった。

 43階層以降は前人未到、これまで数多の冒険者が挑戦しては行方不明となっていた。

 だが、今日。


 ショウと三人の女性からなる少人数パーティが、43階層以降の情報と財宝を持ち帰ってきたのだ。

 それも、50階層、最下層まで攻略して。


 『試練のダンジョン』初の踏破者の誕生である。

 冒険者ギルドが祝宴をあげるのも、街中が大騒ぎになるのも当然だろう。


「ショウ、それで、ダンジョンのお宝は何だったんだ?」

「おい、おめェはよく平気な顔して肩組めんな。ショウさんに絡んだのを忘れてんのか?」

「おおン? ショウのゴーレムの初めては俺だぞ? 嫉妬してんのか?」


「落ち着いて、二人とも、ボクはもうなんとも思ってないから。ダンジョンボスのドロップアイテムだったね、えっと——」


「わかった! そのごっつい脚甲だろ! ダンジョンに入る時にゃ着けてなかったもんな!」

「よく見てんなおめェ。片思い中かよ」

「はあ!? だ、だれが誰に、俺ァ男で、誰がこんななよっちいオトコノコに!」


「ははっ、この足はゴーレムなんだ。ボスが強くてね、片足を失くしちゃって」


「はあっ!? 大怪我じゃねえか、くそ、ショウになんてことを、俺がぶっ殺してきてやる!」

「季節一つは越えねえと復活しねえだろ。それよりショウ、大丈夫なのか? というかそれが義足?」


「ふふん、アンタたちもやっとショウのすごさを理解できたみたいね! 遅すぎるんじゃない?」

「主人はすごい。でも常識がニャい」

「こうしている場合ではありません、私は信仰を深めて魔力を高めるのです。伝承にある神聖魔法〈再生〉を——」


「落ち着いてみんな、一つずつ、一つずつね」


 冒険者ギルドに登録に来た最初こそ絡まれたものの、ショウはそれなりにうまくやってきたらしい。

 いまではガラの悪い冒険者とも会話できて、ちゃんとダンジョン踏破を祝福されるほどに。

 そのせいか、ショウの座るテーブルは来客だらけでカオスになっていたが。


「ダンジョンボスのドロップアイテムは、漆黒の全身甲冑フルプレートメイルと揃いの長剣だったよ」


「ん? おい待て、ショウのとこのパーティにゃ全身鎧も長剣も使うヤツァいなかったな?」

「ま、まさか、売りに出すのか!? ダンジョン初踏破のドロップ品を!?」


「売ろうと思ったんだけど、執事さんに止められてね。だから」


 ショウがチラッと訓練所の入り口に目を向ける。

 そこには、禍々しい甲冑が立っていた。

 ギルド職員と冒険者たちが、間近で検分している。

 モンスターでも、ダンジョンボスが復活したわけでもない。


「おいおいおいおい、ゴーレムに着せてんのか!?」

「信じらんねえマジかよショウ!」


「え? ボク、また何かやっちゃいましたか?」


「はあ。だから言ったじゃない。これなら爺やを復帰させた方がマシなのに」

「主人はすごい。でもやっぱり常識がニャい」

「禍々しい印象を受けますが呪いはありません。心配いりませんよ?」


 何かやっちゃいましたか、ではない。わざととぼけてるのか。

 呪いの問題でもない。平民聖女も天然か。

 まあ、呪われていたところで、全身甲冑を装備しているのはショウが創り出したゴーレムだ。影響は受けないだろう。


 祝杯は、冒険者ギルドだけでなく街のあちこちで開けられていた。


 この異世界では、ダンジョンボスを倒してもダンジョンが消滅するわけではない。

 ボスの復活こそふたたび魔力が満ちる期間が必要だが、ダンジョンは変わらずそこにある。


 邪神と成り果てたダンジョンマスターの存在も、滅殺したカイトの存在も、この異世界の人間たちは知らない。

 案内されてきたショウも。


「んー、まあこれで下層の情報も入ったんだ、俺らもちっと挑戦すっかなあ」

「無理すんなよ、怪我したら商売あがったり……なあショウ、その義足、売らねえのか? 引退したヤツらもそれがありゃ」


「すみません。これ、使っている間ずっと魔力が必要なんです。それも、けっこうな魔力量で……」


「あー、んじゃしゃあねえか」

「まあダンジョン踏破者のショウは金に困ってねえだろうしな! 聞いたぞ、借りてた拠点を買い上げんだって?」


「はい、その、ボクは故郷が遠いもので、帰れる家が欲しくて」


「けっ、愛の巣ってヤツだな! 爆発しろ!」

「かーっ、英雄サマは違うねえ。金もある、家もある、女もいる。んじゃやることは一つだなくそハーレム野郎!」


「いえ、それが、その……」


「ちょっとショウ? こんなところでその話を打ち明けるの? いいのかしら?」


「いいんだ。何より、情報が欲しいんだから」


「申し訳ありません、私が〈再生〉を使えれば、こっそり治して隠れて二人で」

「抜け駆けはよくニャい。みんニャで探して、みんニャでいとニャむ」


 酔いがまわって煽った冒険者が、なんだか深刻な顔をするショウたちに首を傾げる。

 ちょいちょちと手招きするショウに従って顔を近づける。

 ショウがささやく。


「その、失くしたのは足だけじゃなくて……部位欠損を治す方法を知りませんか? 魔法でも、特別なポーションでも、マジックアイテムでも……」


「足だけじゃない?」

「足の付け根から義足で……おいまさかショウ!」


 男たちがざわつく。

 ショウが何を失ったのか、気づいた者が目を丸くする。

 男性冒険者限定でヒソヒソ話がまわる。

 青ざめた顔が広がっていく。


「す、すまねえショウ、俺たち何も知らずに喜んで、祝杯だって」

「お、俺も、ハーレム野郎とか言っちまってすまねえ、それじゃハーレムなんて意味は、くうっ!」

「マジか……失くしてでも踏破するって偉大すぎるだろショウ、いや、ショウさん」

「がんばれよ、ショウさん。噂話でも聞いたら教えてやっから。なーに、ロハでいいって」


 慈悲に満ちた眼差しで、男性冒険者がショウに声をかけていく。

 ショウの実力やハーレムに嫉妬心を抱いていた男も、瞳に憐憫を浮かべるようになった。


 だが。

 誰も、「再生」に役立ちそうな情報は知らなかった。


「はあ。こんな時に、異世界案内人がいればなあ。カイトさん、エリカさん」


 ショウの嘆きに応える声はない。

 けれど。


「でも、自分で選んだ道なんだ。ボクはこの異世界——この世界で、がんばってみせる。自分が特別じゃなくても」


 まわりを見渡す。

 好意的な眼差しでショウを見つめる冒険者たちやギルド職員、街の人たちが見える。


 かたわらにはともに冒険して、難敵を倒した仲間がいる。女性の。本来なら踏破記念に約束を果たすはずの。


「三人にとって、特別な存在でいたいから」


 道は半ばだが、ショウは満面の笑みを浮かべた。



 迷宮都市の英雄となり、一生働かなくていい資産を得て、自らに好意を持つ女性が三人もいても。

 普通の男子高校生だったはずのショウは、異世界で冒険者生活を続けていくことだろう。



 失われた宝玉を求めて。棒玉を求めて。



「ほ、ほら大丈夫、大丈夫だって。元気出せよショウさん」

「そうそう、こんなんで折れるショウさんじゃねえだろ?」

「まあ折れるモノもねえわけだけど」

「おいそういうこと言うんじゃねえ!」

「がんばれ『不屈のゴーレムメイカー』! 応援してっぞ!」

「そうだ、立ち上がれ『ゴーレムメイカー』! たち上が……ぷっ」

「いま笑ったヤツ表でろ! ショウさんの代わりに俺がぶち殺してやる!」


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