第九話 さあ行くよ、みんな! ボクたちが迷宮都市初の『ダンジョン踏破者』になるんだ!


「はい。ボクは——」


 第6587m世界 mdagy星、エウロ大陸ピカルド国、迷宮都市管理下のダンジョン50階層、切り離された空間で、少年は自らの選択を告げた。


 異世界案内人のカイトが頷き、エリカが微笑んだのを見届けた瞬間に、止まった時が動き出す。


「……あれ?」


「ショウ!? 無事でしたのね!」


「いきニャりいニャくニャるからビックリした!」


「あの二人は何者なのでしょうか。私たちが魔力を感じることもなく急に消えるとは……」


 カイトいわく「切り離した空間」が元に戻ったようだ。

 すぐにショウの元へ仲間が駆け寄ってくる。

 ダンジョンの中で油断しているわけではない。

 いまも、四人の周囲はゴーレムが警戒している。


「ほんとに、何者なんだろうね。けど——」


 ケモミミ欠損元奴隷斥候はペタペタとショウの体を触り、平民聖女は心配そうな眼差しでショウを見つめ、没落貴族令嬢剣士は眉を寄せてショウの言葉を待つ。


「ボクをここに案内してくれた。そしてボクは、みんなと会えた」


 自分が特別じゃないことに落ち込んでいた男子高校生は、そう言ってはにかんだ。

 誇らしげに胸を張る。


「だからボクは、ここに残るって決めたんだ。手紙だけで申し訳ないけど、いつか向こうに顔を出せるかもしれないし」


 カイトから突きつけられた選択。


 ショウは、この世界に残ることを選んだ。


 三人の女の子が、ショウの言葉に目を輝かせる。


「これからは、ボクたち四人で先に進もう!」


「ふふ、ショウ、拠点を守る爺やが抜けてるわよ?」


「主人はショウしかいニャい。私はずっとついていく。ずっと」


「救うはずの『聖女』が、ショウに救われたのです。身も心もショウに捧げましょう」


「ちょっとあんたたち! どさくさに紛れて何を言ってるの! 爺やのことを心配した私がバカみたいじゃない!」


 わいわいと騒がしく、いつもの調子で。


 石造りのモンスターや禍々しい彫刻に目もくれず、ショウが足を踏み出した。

 真剣な顔つきで巨大で豪奢な扉に向かうと、三人の女性も気を引き締める。


 ショウが、扉に手をかけた。


「さあ行くよ、みんな! ボクたちが迷宮都市初の『ダンジョン踏破者』になるんだ!」


 ギイッと軋んで扉が開く。


 ダンジョン50階層——ダンジョンボスが待つ、最下層の扉が。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ダンジョン50階層、最下層。

 10階層ごとに現れる通称「ボスの間」に、最初に入ったのはゴーレムだった。

 ショウが初めて創った時よりもスムーズな足運びで、数体が入り込む。

 扉の前に散開する。


「ボスは一体。動きニャし」


「では最下層でもいままでと同じく、全員が入るか攻撃するまで行動しませんのね」


「それがこの『試練のダンジョン』の特徴なのでしょう」


「なんにせよ助かるかな。ゴーレムにがんばってもらえば、ボクたちは逃げ道を作っておけるし」


 ゴーレムに続いて、三人の女性とショウが「ボスの間」に入り込んだ。

 最後に、四人の荷物を運搬していたゴーレムが開いた扉を押さえ込む。

 迷宮都市のダンジョン攻略を始めて以来、ショウが取り続けてきた作戦だ。

 当初は扉に押し潰される程度のゴーレムしか作れなかったのに、いまでは荷物運搬用ゴーレムがしっかり押さえ込めている。


 いざという時の退路を確保したところで、ショウがあらためて敵に向き直った。


 下に魔力が続いていない、ダンジョン最下層と思われる「ボスの間」。

 他所のダンジョンと同じであれば、そこにいるのは「ダンジョンボス」のはずだ。


 中央には、一体のモンスターが悠然とショウたちの侵入を見つめていた。

 地面に突き刺した長剣の柄頭に両手を添えて、ショウたちの強さを計るようにじっと。


 漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーは光さえ反射しない。

 面頬の奥は闇に覆われて、隙間から赤い光が覗くだけだ。

 甲冑の継ぎ目からは、禍々しいモヤが漏れ出していた。


「アンデッド系ではありませんが、生物の気配もしません。防御と回復に専念します」


「じゃあ私が攻撃役ね!」


「メインはボクのゴーレムだよ。前に出過ぎないように!」


「まったく、主人は心配性ニャんだから」


 ショウの創り出したゴーレムが前面で隊列を作って戦い、隙間から元奴隷斥候が牽制し、弱ったところで令嬢剣士が高威力の魔法剣で仕留める。

 敵モンスターの状況を見て、ショウは〈ショット〉や〈ガード〉で前衛をサポートするか、〈ゴーレムメイク〉でより相性のいいゴーレムを創り出す。

 回復と魔法防御は平民聖女が担当する。


 いつものフォーメーション通りに、ダンジョンボスにゴーレムが近づいていく。

 戦いがはじまった。


 ピンチの時に駆けつけるはずの「異世界案内人」は去り、ここは「試練のダンジョン最下層」なのに、ショウたちはいつもと同じように戦いをはじめた。




 前衛ゴーレムと令嬢剣士、元奴隷斥候を同時に相手取る漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは強かった。

 それでも徐々にダメージを与えて、疲れを知らないゴーレム揃いのショウたちが有利になっていく。

 このままいけば勝てる、とショウが思い始めた矢先。


 全身甲冑ファンシーヌメイルに赤黒い光の筋が輝く。


 変化した漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは、これまで通じていた令嬢剣士の魔法剣を鎧の表面で弾いた。


「くっ、急に硬くなりましたのね!」


「残りHPが少なくなったら強くなるタイプなのかな、いま追加のゴーレムを出すよ!」


「速くニャった! 間に合わニャい! 主人、逃げて!」


「いま防御魔法を! 〈神よ——」


 弾いた細剣の横を抜けて、立ちはだかるゴーレムの脇を抜けて後衛に迫る。

 平民聖女の神聖魔法も、ショウの〈ガード〉も〈ゴーレムメイク〉も間に合わない。


 ショウに迫る。

 戦い慣れていないショウは硬直して、目を見開くだけだ。

 頭上から近づいてくる長剣を、ショウは「スローモーションみたいだ、これが走馬灯ってヤツで、ああ、せっかく残るって決めたのに」などと考えながら見つめて——


「ぐえっ」


 急に喉元が締まって奇妙な声を漏らして、ショウの視界が変化した。


「うあああああっ!」


 続けて下半身に走った痛みに悲鳴をあげる。


 だが、命は助かった。

 ショウと平民聖女、後衛護衛役のゴーレムの働きである。

 一体が後ろからショウの襟元を引っ張って逃し、残る数体で漆黒の全身甲冑ダンジョンボスに突っ込んで時間を稼いだ、らしい。


「——聞き届けたまへ。プロテクション〉! ショウ! 大丈夫ですか!?」


 護衛ゴーレムは切り刻まれた。

 が、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは平民聖女の神聖魔法で透明な壁に止められる。


「止血しニャいと!」


「ハイポーションを使いなさい! 回復魔法を待つ時間はないわ!」


「はい!」


 前衛が漆黒の全身甲冑ダンジョンボスに追いついて戦いを再開する。

 だが、これまでと違って形勢が悪い。

 高速化して威力も上がったボスの剣に令嬢剣士と元奴隷斥候は防戦一方で、前衛ゴーレムもダメージを受けていく。

 一方で平民聖女は、ダンジョンで見つけた虎の子のハイポーションをショウの傷口に振りかけた。

 ショウの出血が止まる。


「ぐううぅっ」


「ああ、そんな、ショウの足が……」


 血は止まっても痛みはなくならない。

 ショウはうめきながら、痛みをこらえて目を開ける。


 血だまりの中に、足が転がっていた。

 ショウの右足が。

 血は止まっても足は再生されない。


 ショックを受けている間も戦いは続き、前衛ゴーレムの傷が増えていく。


「くっ、ショウ、決断を! このままでは勝てませんわ!」


「主人、逃げることも大切。私たちには退路が——ニャい!?」


 元奴隷斥候の焦った声がボスの間に響く。

 荷物運搬用ゴーレムが押さえ込んでいたはずの扉は閉まっていた。

 残骸が、閉じた扉の手前に転がっている。


 ショウを助ける異世界案内人はなく、片足を失い、退路を無くした。


 特別になれたはずの異世界で、絶体絶命の状況で。


 ショウは、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 地面に手をつく。

 片足で踏みしめる。

 平民聖女が神聖魔法の〈回復〉を唱えながらショウを支える。



 ショウは、立ち上がった。


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