第八話 ボクが残る場合、いえ、ボクをこの異世界に連れてきた、チートをくれた、代償は何なのでしょうか?


「さあ、選択の時だ! 異世界に残るか、元の世界に還るか。心して選べ、少年よ!」


「残るか、帰るか……」


 両手を広げたカイトの言葉を受けて、ショウは呆然と呟いた。

 けっきょくショウは「困った時だけ案内してもらう」ことを選んだが、異世界に案内してもらったことに変わりはない。


 いつか案内は終わる。

 当然のことだが、ショウの驚きは隠せなかった。

 なにしろ告げられた場所が、前人未到のダンジョン50階層だったので。


 しばらく沈黙の時が続き、やがてショウが顔を上げた。


「一つ聞かせてください」


 秋葉原で異世界無料案内所に迷い込んだ時の、落ち込んだ顔ではない。

 異世界に到着してからすぐの、浮かれている顔でもない。

 わずか一ヶ月弱で、少年はまっすぐ前を見られるようになっていた。


「なんだ?」


「ボクが残る場合、いえ、ボクをこの異世界に連れてきた、チートをくれた、代償は何なのでしょうか?」


「それは、うしろのお仲間の入れ知恵か?」


「はい。魔法を学んだ貴族の子も、教会で育った神官も、代償なしにそんな強大な力を得られるわけないって、なし得るわけないって」


「そうだなあ、どこまで説明しようか」


「ふふ、ショウくん、心配しなくて大丈夫ですよ」


「エリカさん?」


「代償はありません。強いて言えば、私たちが代償を払い、ショウくんが報酬を受け取っているのです」


「……えっと、いまいちよくわかりません」


「神は万能ではありません。担当する世界で困ったことがあっても、条件が整わなければ自らは介入できないことは多いんです」


「はあ」


「だが、抜け道はある。たとえば『ファンタジー世界に、異世界から誰かを招く』ことは可能だったり、な」


「あっ、つまりそれが……じゃあボクが『この異世界に残る』って決めたら、何かやらなきゃいけないことがあるんでしょうか?」


「ショウは自由に生きればいい。『異世界から誰かを招く』のは、そうだなあ、経路を開くきっかけだ。やることがあるのは、その時についてきた俺たちの方でな」


「だから、本当に気にしなくていいんですよ。ショウくんが心から思う道を選んでください」


「はあ、まだわかった気がしませんけど、わかりました」


 カイトとエリカの説明にひとまず頷くショウ。大丈夫か。まあ疑り深い性格であれば、そもそも「異世界無料案内所」に入ったところで異世界行きの話に乗らなかったことだろう。


「あともう一つだけ聞かせてください」


 ふたたび、ショウがカイトを見据える。

 いまは説明がよくわからなかったけど、今度の質問はちゃんと答えてほしい、とばかりに。


「もしボクがこっちに残るって決めた場合……元の世界には帰れないんですか? 帰るとしたら、こっちにいた間は行方不明だったことになるんでしょうか」


「はいっ! 『一つだけ』になってないと思います!」


「そこはいいだろエリカ。ショウ、帰る場合は気にしなくていい。あの日、異世界案内所に来た一時間後に送り届けよう」


「…………は? え? だってもうすぐ一ヶ月経って」


「残る場合、帰れるかどうかわからない。自力、あるいはなんらかの手段で戻れるかもしれない。ただ、そうしたケースはほぼないと考えてほしい。つまり、99%帰れない、ということだ」


「だからよく考えてくださいね!」


「それと、残ると決めたら、家族や友人に宛てた手紙ぐらいは預かろう」


「帰れない……手紙だけ……その、案内が終わったからってチートスキルがなくなるってことは」


「ない。『無属性魔法Lv.MAX』はショウ自身に眠っていた能力を引き出しただけで、切り離せるものじゃないんだ」


「これまで通り使えますよ! この異世界の『Lv.MAX』は該当する魔法を自由に扱えるようになりますから、工夫次第でもっと強くなります!」


 だからがんばってくださいね、とばかりにぐっと拳を握るエリカ。

 聞きたいことは聞けたのか、ショウはブツブツ言いながら考え込んだ。


 先ほどの沈黙よりも長い時が過ぎる。

 エリカはどこから出したのか、スタンディングデスクとインク壺と羽根ペンを用意している。

 カイトはただ、じっとショウを見つめている。


 切り離した空間の向こう、ぼんやり見えるダンジョン50階層では、ショウが創ったゴーレム部隊と仲間がフリーズしている。

 ショウは何度もそちらに目をやった。

 一ヶ月に満たないわずかな期間でも、ともに戦ってきた仲間を。

 カイトが「没落貴族令嬢剣士」「悲惨な境遇から助け出したケモミミ欠損元奴隷斥候」「絶望から立ち直らせた平民聖女」と表現した、三人の女の子を。


 やがて。

 ショウが向き直る。

 カイトの、異世界案内人の正面に立つ。

 決意に満ちた目で、口を開いた。


「決めました」


「口にしたらもう後戻りはできない。いいんだな?」



「はい。ボクは——」



 第6587m世界 mdagy星、エウロ大陸ピカルド国、迷宮都市管理下のダンジョン50階層、切り離された空間で。


 少年は、自らの選択を告げた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「行っちゃいましたね……」


「ああ」


「やっぱり、お別れの時は少し寂しいです」


「そうだな。けど、それも少年の選択で、俺たちの仕事だ」


「はい。カイトくんが、選んだ道です」


「まあなあ」


 切り離された空間に残ったのは、エリカとカイトの二人だけだった。

 エリカは動き出したダンジョン50階層にチラチラ目をやりながら、スタンディングデスクと筆記用具を片付ける。

 最後にをそっと手にして、カイトに差し出した。


「カイトくん、私たちもがんばりましょうね!」


「そうだな」


「ショウくんもがんばるって決めたんです! 『ショウマストゴーオン』ですね!」


「そうだな。…………ついに英語まで使い出した。エリカの才能が怖い。でも優秀なはずなのにコレなのがもっと怖い」


 カイトが小さく頭を振る。

 顔を上げて、切り離した空間の先、ぼんやり映るダンジョン50階層を見つめる。


 姿



「さて、じゃあ俺たちも行くか」


「はい! 準備はおーけーですぅ!」



 二人の言葉が交わされて。



 異世界案内人の姿が消えた。


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