第十話 『不屈のゴーレムメイカー』が、こんなところで寝てるわけにはいかないんだ。せっかく、みんなと生きるって決めたのに


「ショウ! 大丈夫ですの!?」


「ここは通さニャい。主人が助けてくれた命はここで使う」


「〈神よ、此の者の傷を癒したまえ。ヒール〉!」


 片足を失ったショウが立ち上がる。


「『不屈のゴーレムメイカー』が、こんなところで寝てるわけにはいかないんだ。せっかく、みんなと生きるって決めたのに」


 血を失った顔は青白い。

 それでも、秋葉原で「自分は特別じゃない」と悩んでいた少年は、笑った。


 ちなみに『不屈のゴーレムメイカー』は、使えないとされてきた『無属性魔法』をレベルMAXまで上げた——と思われている——ショウへの嘲りと尊敬の念を込めてほかの冒険者から付けられた二つ名だ。

 一ヶ月弱の冒険者生活だが、ショウは案外馴染んでいるらしい。


 震える片足で立ち上がって、ショウが口を開く。


「〈ゴーレムメイク〉。うん、やっぱりカイトさんとエリカさんが言った通り、レベルMAXの自由度は高いね」


 無属性魔法を使うと、地面からニョキっと足が生えた。

 ショウの失われた足、ではなく、足のかわりになる義足ゴーレム、らしい。


「ダンジョンボスはアンデッドじゃないし、生物でもない。だったら——」


 漆黒の全身甲冑ダンジョンボスと、傷つきながら必死で戦う仲間と前衛ゴーレムを見つめる。

 異世界案内人の言葉を信じる。

 チートスキル『無属性魔法Lv.MAX』は自由で、工夫次第でもっと強くなるのだと。

 想像する。


「——〈ゴーレムメイク〉!!」


 目を見開いて、魂を込めて叫ぶ。

 創造する。


 地面から、ボコボコとゴーレムが創り出される。


「ショウ、なんですのこれ!?」


「こ、これは……?」


「ボスじゃニャい!? ゴーレムニャんだよね主人!?」


 創り出されたのは、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスと同じ形のゴーレムだった。

 違いは色だけだ。


「アンデッドでもないし生物じゃないならゴーレムのはずだ! だったら『不屈のゴーレムメイカー』が創れないはずはないんだ! 行け、ボクのゴーレム!」


 灰色のゴーレムが次々に創り出されていく。

 これまでショウが創ったゴーレムと比べ物にならないほど速い。

 見本が良かったのか、想像力の賜物なのか、チートスキルのおかげか。


 ともかく、無数のゴーレムが色違いの漆黒の全身甲冑ダンジョンボスに殺到する。


「え、ええ……? アンデッドでも生物でもなければゴーレムだって、そういうものですの……?」


「そんなことはないと思います、思うのですが、現実にこうなっていまして」


「主人は非常識。知ってた」


「あ、あれ? みんな?」


 俺また何かやっちゃいましたか、と言わんばかりのショウの声が虚しく響く。


 高速機動を繰り広げる新型ゴーレムと、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスが接敵した。

 新型ゴーレム部隊がボスを取り囲み、四方八方から長剣を振るう。

 長剣もまた、ボスが持つ長剣と同じ形をしていた。

 色違いのコピー、ただしまとったモヤなしである。


「うーん、まだ、もっと強くなれるはず! ボスゴーレムがもっと強いんだから! 〈ゴーレムメイク〉!」


 漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは剣の形をした石の質量でよろめき、行動が阻害されている。

 令嬢剣士の魔法剣も弾いた全身甲冑の防御力か、ダメージは少ないように見えた。

 ショウがふたたび〈ゴーレムメイク〉の魔法を使う。


 続いて生まれたゴーレムは、ボスの甲冑の表面に浮かぶ赤黒いラインに対抗するかのように、青白いラインが輝いていた。

 新型ゴーレムよりさらに動きが滑らかで速い。


「行け、ボクのゴーレムたち!」


 先ほどの焼き直しのようなショウの声が響く。

 さらに鋭い剣閃が漆黒の全身甲冑ダンジョンボスに傷をつける。


「よし、これなら!……あれっ」


「大量の血を失ったのです、無理をしないで、魔力の回復に努めてください」


「うん、ありがとう」


 よろめいたショウは平民聖女に支えられた。

 平民聖女の服を押し上げる柔らかな物体がショウに当たる。当てられる。


「はあ、ほんとにもう、ショウったら」


「主人の非常識にはもう驚かニャい。でもやっぱりこれはニャい」


 前衛の二人、令嬢剣士と元奴隷斥候は、呆れ顔で最新型ゴーレムと漆黒の全身甲冑ダンジョンボスの戦闘を眺めていた。


 戦いは一方的だ。

 スピードは互角で、最新型ゴーレムの青白いライン入り長剣は、ボスの甲冑をたやすく傷つける。

 漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは近接型なのか、放出系の魔法を使ってこない。

 こうなれば、勝敗は決したようなものである。

 最新型ゴーレムは現在6体——いまショウが追加して8体で、いくらでも創り出せるのだから。


 それでも、前人未到のダンジョン最下層に巣食うボスのプライドなのか、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスは粘った。

 粘ったが、粘ったことで皮肉にもショウたちは観戦モードになっていた。

 なにしろ最新型ゴーレム12体に守られていたので。

 ちらちらと戦闘を眺めながら、回復魔法とポーションの治療タイムである。


 ついに、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスが倒れる。

 最新型ゴーレムは容赦なく全身甲冑をバラバラに解体して、むきだしになった魔石を砕く。


 ボスの間に静寂が訪れた。


「やった……のかな?」


「魔力は感じられないもの、やったと思うわ。けど……」


「私の神聖魔法では、部位欠損は治せません……」


「主人……守れニャかった……」


 漆黒の全身甲冑ダンジョンボスが消えて現れたを見ても、三人の女性はうつむいていた。

 目を輝かせているのは、怪我をした当人のショウだけだ。


「ほらみんな、喜ぼうよ! ボクたちが『試練のダンジョン』を踏破した初めての冒険者だよ!」


 神聖魔法〈ヒール〉の効果で、ショウに痛みはない。

 失血でわずかにふらつくものの、平民聖女の柔らかく支えられている。


「足は大丈夫だって、ほら、『無属性魔法Lv.MAX』のおかげで問題なく動けるんだし! 自由度の高いチートスキルがもらえてよかった!」


 空元気、ではない。

 ショウが創り出したゴーレムの足——義足ゴーレムは、生身の足と変わらぬ動きをしていた。

 魔法の素養もある令嬢剣士が冷静であれば、「魔力で動かしているのね。ほんと、規格外なんだから」などと言ったことだろう。


 漆黒の全身甲冑ダンジョンボスで足を失っても、ショウはいまのところショックを受けた様子はなかった。

 ただ。


「傷口もふさがってるし痛みもないしこうやって立てるんだし、後衛としてなら冒険者だって続けられるし、いままで通りの生活ができて、『ダンジョンを踏破したら』って約束も果たせそ……あっ」


「どうかしたんですの、ショウ?」


「痛みでしょうか、いま〈ヒール〉を」


「約束……んふふ、主人とおニャじ家で、いとニャみ……」


 ショウは、三人の女性と「このダンジョンを踏破したら、その時は」と、何らかの約束をしていたらしい。

 男子高校生と、女の子三人で。


 だが、ショウの目が見開かれて、右手が足の付け根をさまよう。

 失われた片足と、無事の片足の間を。


 さまよった先にあったのは虚空だった。

 さまよった先には何もなかった。


「足だけじゃない、そんな、じゃあ、これじゃ約束は果たせない、待って、約束どころかボクはこのままずっと童て」


 異世界案内人が提示した選択肢を受けて、ショウはこの異世界に残ることを決めた。

 自分が特別じゃない世界ではなく、特別な異世界で生きていくのだと。

 仲間とともに、ダンジョンを踏破するのだと。


 直後に起きた生きるか死ぬかの戦いは、チートスキルと自由な発想でなんとか切り抜けた。

 ダンジョンを出れば、迷宮都市の新たな英雄の誕生に街は湧き返ることだろう。

 しかし。


「ない、ない。足だけじゃなくて、ボクの、アレが」


 ショウが失ったものは大きい。大きくはなかった。人並みだった。



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