第二話 ご決断ありがとうございまぁす! それでは『いい異世界』に一名様ごあんないー!


「『異世界無料案内所』にようこそ少年! 今日はいい世界入ってるよ! 異世界だけにね!」


 声は朗らかに、だが「ホントは言いたくないんだ」とばかりにしかめっ面で。

 狭い無料案内所にカイトの声が響いた。


「え? その、ほんとどういうことなんですか異世界って」


「くそ、ヨウコさんこれやっぱり恥ずかしいんですけど。しかもスルーされたんですけど」


「その、おもしろかったです! えっと、元気が出るお茶飲みますか?」


「このセリフ言うのエリカに任せたいんだけどなあ」


「ダメよ、カイトだから面白いんだもの」


 クスクス笑う魔女、よくわかってない様子の男子高校生、頭を抱えるカイト、わたわたと慰めようとして傷口に塩を塗るエリカ。

 四者四様である。


「リクエストは『自分が特別な世界』かしら。カイト、いい異世界はある?」


「あー、昨日入荷した物件はどうですかね。第1123n世界 jhnm星なんですけど」


「科学が進んだ異世界ね。望めば、自分の好きなバイオロイドに意識を移せる。そうね、オンリーワンっていう意味では『誰もが特別な世界』かしら」


「……はい?」


 カイトがさっと差し出した、まるで不動産屋の物件情報のような体裁の資料。

 カウンターに置かれたその紙を見て、ヨウコはうんうん頷いている。

 男子高校生の混乱は解けない。


所在地:第1123n世界 jhnm星

文明度:恒星間航行が可能

魔法:あり

ゲーム性:レベルなし、スキルなし、ステータス数値なし

特記事項:なし


 なにしろ、そこに並ぶ項目が物件情報とは異なりすぎるものだったので。


「あの、どういうことでしょうか? なんちゃら世界? 星? 恒星間航行にバイオロイドなんてSFみたいな」


「あら? キミみたいな年代のコなら『異世界転移』で通じると思ったのだけれど?」


「少年。ここは、『異世界無料案内所』だ。名前の通り、少年を異世界に案内できる」


「はあ、異世界。そう書いてありましたもんね。はあ。……はあっ!? マジで!? 正気ですかヤバイとこに入っちゃったような」


「もちろん無理に送り込んだりしないわよ? いまなら案内付きで異世界を無料体験できるわ。しかもこちらの世界に戻った時にはわずかな時間しか経ってないっていうサービス付きで、ね」


「いやいやいや異世界なんて行けるわけないじゃん!……そりゃ行ってみたいし、戻ってこれるんなら興味はありますけど!」


 混乱する男子高校生に言い聞かせるヨウコ。

 最初こそ納得できなかったものの、男子高校生はぽろりと本音を漏らす。

 まるで魔法にかかっているかのように。

 ついさっき、打ち明けるつもりもない悩みを語った時と同じように。


「やっぱり興味があるのねえ。カイト、ほかにオススメの異世界はないかしら?」


「そうですねー、『自分が特別』ってことなら第289z世界 tfds星なんてどうですか?」


「ああ、ここなら思う通りに体を改造できるわね。いまの若いコに『スチームパンク』って通じるのかしら」


「いえ、あの、わかりますけど、せっかくの異世界ならもっと普通の……いや行けるならですけど……」


「普通。『自分が特別な世界』だけど普通。難しいリクエストねえ」


 ほうっと息を吐いて、カウンターに頬杖をつく魔女。

 二の腕に押された双丘がむにゅりと潰れる。男子高校生の目が吸い込まれる。


「ねえカイトくん! これなんてどうかな? ほら、みんなモフモフで可愛い世界!」


「あー、これかあ。たしかにいまの姿で送れば『特別』なのは間違いないけどなあ」


「どれかしら? ああ、ここ……ねえ、キミ、ケモナーだったりする?」


「ケモナー、ですか? いえ、普通の女の子が好きで、その、お姉さんみたいな人が」


「ふふ、ありがとう」


「ああ、魔女の毒牙にまた一人……あ、この辺はいいんじゃないですかね。第9625p世界か第3983e世界の地球。ほら、違う形だけど日本もありますし」


「えっ? 日本? 違う形?」


「うーん、『分断日本』と『超日本帝国』は若いオトコノコには厳しくないかしら? 『同じ日本人なのに違う』って意味では特別かもしれないけど」


「は? 分断? 超帝国?」


 男子高校生の混乱をよそに、カイトが次々に異世界物件情報を並べていく。

 手伝っているつもりなのだろう、エリカも「これはどうかな?」などと言いながらカウンターに資料を載せる。「海洋世界」であったり、「無貌の神が君臨する世界」であったり、その感性はずいぶんズレているようだ。嫌がらせか。


「あの、普通の異世界はないんでしょうか?」


「『普通の異世界』ってなんだ少年?」


「もうカイトくん! そんなイジワル言っちゃダメだよ! わかってるくせに!」


「そう、じゃあ剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジーで、『自分が特別な世界』を希望ってことでいいかしら?」


「あっはい。なんかそう言われると恥ずかしいですけど……」


 男子高校生は苦笑しながら頬をかく。

 来店者の要望がはっきりして、カイトはあらためて異世界物件情報を漁る。

 やがて、一枚の紙を取り出した。


「これはどうですかね?」


「そうね、いいんじゃないかしら」


「わあっ! なんだかと似たような世界ですね!」


 カイト、ヨウコ、エリカの言葉につられて、男子高校生が異世界物件情報を覗き込む。


所在地:第6587m世界 mdagy星

文明度:だいたい中世

魔法:あり

ゲーム性:レベルあり、スキルあり、ステータス数値なし

特記事項:ただいまキャンペーン中! 詳細はスタッフまで!


「そうですこういう異世界です! まるでゲームみたいな!」


「あら、よかったわね、ここならキャンペーン中だからチートスキルをつけられるわ。選べないけれど、ね」


「おおっ! 異世界にお約束のチートスキル! そっか、俺が『特別』になるのか……」


 男子高校生は目を閉じて喜びを噛みしめる。悩みは解決しそうだ。


「はあ。じゃあいいですかねヨウコさん?」


「ええ、お願い、カイト」


 魔女の微笑みを流して、カイトは気の抜けた様子のままカウンターから離れた。

 口の中でブツブツと呟く。

 足元に、魔法陣・・・が広がった。


「ほらカイト、いつものを忘れてるわよ」


「ちっ、スルーできるかと思ったのに」


 魔女のフリに、カイトがスーツの肩を落とす。

 はあ、と大きくため息を吐いてうつむく。

 意を決したように顔を上げる。


「ご決断ありがとうございまぁす! それでは『いい異世界』に一名様ごあんないー! さあお客さま、魔法陣の上へどうぞっ!」


 声は朗らかに、引きつった笑顔で。

 カイトは、招くように手を広げた。


「えっえっ? そんな感じの人でしたっけ」


「くそ、これも恥ずかしいんですけど。やっぱり引かれてるんですけど」


「さあ行きなさい。貴方が望んだ、『自分が特別な異世界』へ」


 魔女に促されて、男子高校生が立ち上がる。

 カイトとともに、光り出した魔法陣の上に乗った。


「待ってカイトくん! 私も行きますぅ!」


 続けて、外国人美少女も。

 三人乗るとさすがに狭く、エリカはカイトに抱きついて密着している。

 男子高校生はその距離感に衝撃を受けている。


「あ、あの、お二人は」


 その質問は、最後まで続けられることはなかった。

 男子高校生が聞きづらくてやっぱり止めた、わけではない。


 狭く細長い『異世界無料案内所』。

 光がおさまったあと、そこに男子高校生の姿はなかった。

 スーツの男も、外国人美少女もいない。


 いるのはカウンターの後ろにただ一人。


「さあ、あのコはどんな選択をするのかしら」


 艶然と笑う、魔女一人であった。



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