殺し屋と自殺志願者

なな

殺し屋と自殺志願者

 満月の夜、路地裏の小さなバーの中で二人の男が隣り合わせに座っていた。

 

 「おい、フクロウ何か飲むか?」

 「いいよ、俺は仕事の前に酒は飲まねぇんだ」

 フクロウと呼ばれた男はそう言って近くにあったジョッキに手をやると、そのまま口の中へと一気に流し込んだ。

 

 「かッッッッ!! 最後だってのに付き合いが悪いやつだ。 ・・・・まぁいい、ほらこれがお前の仕事だ」

 そう言ってお酒を一気に胃に流しいれた老人は一枚の写真をフクロウに見せる。

 「コイツが俺の最後の仕事だと? ・・・・それにしては随分と楽そうな依頼だな」

 

 フクロウがそういうのも無理はない。 

 この老人から来る依頼は毎度毎度高難易度のものばかり、だというのにこの写真に写る人物は凡そ手練れとは思えない少女なのだから。

 「カカカカッ、まぁ言ってみれば分かる。 ちなみにその少女一人やれれば報酬金は10億ペリーだ」

 老人は戯けた様に両手を開き、笑っている。

 

 その様子に若干の苛つきを覚えながらも、フクロウはその報奨金の莫大な額に思考を奪われる。

 「そんな莫大な額を出せるなんて依頼主はどこかの王族か何かなのか?」

 「さぁなぁ、依頼人の事は話せねぇな」

 およそ想像通りの返答にフクロウは特に何も思うことは無く、老人に問いかけた。

 「了解だ。ではこの少女の死亡が依頼の達成でいいんだな?」

 「あぁ、これでなんだ頑張れよ〜」

 手を振る老人を尻目に少女の写真と詳しい内容の書かれたメモ紙をポケットにしまい、席を立った。

 

 「じいさん」

 店のドアに手を掛けたフクロウはふと思い出した様に振り返った。

 「なんだ?」

 「今まで世話になった」

 その言葉に老人は方に飲んだウイスキーをダラダラと床に垂らしながら、目を見開いた。

 そのまま返事を聞く事もなくフクロウは夜の闇に溶け込んでいった。

 

 「ふふふ、やだわシノギちゃんったら狐に摘まれた様な顔しちゃって」

 フクロウが店を出て暫くしても放心状態となっていたシノギ————老人はその言葉に慌てて釈明をする。

 「こ、これはあれじゃわ! 殺されるかと思っただけじゃわ!」

 

 「まぁまぁ、そんな顔を赤くしなさんな」


 「やかましい、酔っとるだけじゃ!」

 シノギをからかいながら、このバーのマスター、オノノは懐かしむ様に天井を見上げた。

 「フクちゃん、昔はすっごく小さくて可愛い子だったのに。 いつの間にかあんなに立派になって」

 感慨深げに呟くオノノを見ながらシノギは若干引き気味に口を開いた。

 「お、お前フクロウに40以上も下のオカマを好きになる性癖なんてないからnアギャブ——」

 ボトル瓶で顔を振り抜かれたシノギは顔面を壁に埋め込みながら気絶する。

 「レディーになに失礼なこと言ってんだよ、殺すぞじじい」

 先程までとは想像の付かないほどドスの効いた声を出したオノノはすぐに機嫌を取り戻すと、今しがた出て行った青年を思いながら呟いた

 「死んじゃだめだよ フクちゃん」

———————————————————————

 

 光も通さぬ闇の中、迷いなく悠然と歩くその姿は彼がその状況に慣れ親しんでいる事を知るには十分だ。

 

 マリア 12歳

 今日の夜、街外れの廃工場に訪れる。


 やはりおかしい。 簡素に書かれた手紙をくしゃりと握りつぶしフクロウはそう思った。

 12歳の少女、そもそも何故そんな子が夜に街外れの廃工場にいる? 一体何故そんな事が分かるんだ?

 フクロウはしばらくの間考え一つの結論に至った。

 そうか、俺を殺しに来たのか。

 だとするなら恐らく犯人はこの子なのだろうが・・・・はて、どこかで出会った事があるだろうか。

 フクロウはこれまでの記憶を手探りで探す様に思考するが全くと言っていいほど身に覚えがない。 だとするなら怨恨だろうが、

 「・・・・ま、いいか。 どうせ殺せば住む話だ」

 そう関係無いのだ怨恨だろうがなんだろうが彼がこの少女を殺して仕舞えば依頼は達成されるのだから。

 

 そう楽観的に思えてしまう程にフクロウと呼ばれる男はあまりに強かった。 

 彼は自らが死地に向かっている知っているにも関わらず自身が死ぬという可能性を1欠片も考えていないのだ。

 

 「ここか?」

 フクロウの目先には周囲をフェンスで覆われた柵があり、その奥に大きなボロボロの工場が立っている。

 ドン!!!!!!

 けたたましい爆音と共にフクロウにより蹴り上げられた入り口が宙を舞う。

 しかし、そんな事など当の本人は気にもせずスタスタと建物へと足を進めた。

 「出てこい、いるんだろう?」

 

 「・・・・やっぱりバレているのね」

 そんな言葉と共に建物の暗闇からひょっこりとフクロウの腰回りほどしかない小さな少女が姿を現した。

 「やっぱり、知らんな」

 フクロウは少女の顔を見てそう独り言を溢した。

 金髪に赤目。 こんな特徴的な顔立ちなら一度見たら忘れるはずもない。

 「何が知らないのか分からないけど、安心して別に貴方を騙しておびき寄せたんじゃないわ」

 

 「・・・・そうらしいな」

 事実フクロウは周囲に注意を向けるが自分とマリアを除く二人の気配は全くと言っていいほど感じなかった。

 「よし、では殺そうか」

 そう言ってフクロウは自慢のツイストダガーを鞘からスルリと抜き取り少女に向けた。

 「もう殺すの? 貴方今回の依頼色々おかしい事だらけだと思わないの?」

 心底不思議そうにマリアという少女は武器を向けるフクロウに問いかけた。

 「今回の仕事か、あぁ、おかしい事は多いね。 だが何であれ。 俺には君を殺す依頼が来て、それを俺は了承した。 だったらやる事は一つだろ?」


 「アハハッ、いいね。 あなたみたいな人は初めt——」

 一瞬。 少女の身体をくり抜く様にツイストダガーが貫く。

  たった1突きで少女は絶命死、続いて後を追う様に血が刃を伝い滴り落ちる。

 「せめて痛みを感じる前に死ね」

 ずぶりと耳障りの悪い音を立て身体に刺したダガーを引き抜く。

 こんなものか、フクロウは一人物思いにふける。

 思えばこれまでの人生血に塗れた人生だった。

 それもこれも自殺する前だった奴隷の俺を莫大な金額で俺を買い取ったじいさんのせいなんだが。

 まぁそれも今日で終わりだ、じいさんから借りたお金は今回で満額払い切った。 

 あぁ、これでようやく———

 「「       死ねる   

          死ねない       」」


 「なっ!!!!?」

 フクロウは大声を上げながらそこに横たわるはずの少女に目を向ける。

 「はーぁ、やっぱり今回も死なないかぁ。 凄腕の殺し屋も大した事ないなぁ」

 少女は驚きの余り二の句がつげないフクロウを、別段気にした様子もなく立ち上がり服につく埃を払った。

 自分は幻覚でも見ていたのだろうか、そう錯覚しそうになるフクロウの頭を、鮮血に染まった彼女の服が現実に引き戻す。


 「・・・・確かに殺したはずだ」

 心臓を1突き苦しまぬ様に一撃で。

 なのに何故こいつは・・・・

 「なのに何故こいつは生きているんだろうって顔してるね?」

 少女はからかうような話しながら、こちらの目を見据える。

 「そうね。 今なら言っても信じてくれるかな? 私ね『 』なの」

 そう堂々と言い放つマリアに対し普段で有れば『バカな』鼻で笑って流す話であるのに、今回ばかりは信じる他にない。

 

 それにしても人生最後だぞ? 人生最後の殺しの仕事だってのにまさかの相手は不死身だって?

 「ハハハハハッ!! じいさん!いっぱい食わされたよまさか、最後にこんな依頼を持ってくるなんて」

 先程までのポーカーフェイスとは打って変わりゲラゲラと狂った様に笑い転げるフクロウを前にマリアはおかしなものを見る目で見下ろした。


 「貴方頭でも来r・・・・ゴポッ。 なにじでぇんのよ」

 何かを喋ろうとしたマリアを無視して再度確かめる様に喉元へダガーを突き刺した。

 「ふむ、これは興味深い。 心臓だけじゃなく喉を貫いても死なないとは不死身というのはやはり本当ということか」

 ダガーを喉から抜いたフクロウはやはり死なない彼女が今度こそ本当に不死身なのだと言うことを認めた。

 

 「どうすれば君を殺せるんだ?」

 数百、数千。数多の人を殺してきた殺しのプロのフクロウにとってこの言葉を出す事は非常に憚られる行為であったが、それ程までに彼女はフクロウにとってであった。

 その言葉に女は呆れたとばかりにため息をついた。

 「どうすればってそれは私が聞きたいわよ。 貴方まだ理解してないみたいね。 いい、私を殺す様依頼したのはこの私自身ってことよ」

 そう言って物陰からアタッシュケースを取り出したマリアは中を開いて見せた。

 「10億ペリーよ。 どう?これで信じた?」

 「信じたが、わざわざこんな者まで用意して君は何故そこまで死にたいんだ」 

 普段なら依頼人の事など気に掛けないフクロウだが少女の異常な行動に率直な疑問をぶつけてしまう。

  聞いてはいけない事だったのだろうマリアは苦虫を噛み潰したような顔で語り始めた。

 「私はね、生まれながらに不死身なんかじゃないの、不死身に

 悔しそうに唇を噛むマリアの手は小刻みに震えており、事情を知らないフクロウにも何かに怯えていることだけは伝わった。

 「でもそろそろこの辺りは潮時ね。 近頃では私の噂が出回ってる。 組織の人間が来るのも時間の問題よ」


 「いやー、ほんとほんと。 逃げ隠れるならもうちょっと上手くやらないとねぇ」


 「だ、誰よ!?」

 その場にフクロウよりもやや高い青年の様な声が聞こえた。

 「上だな」

 フクロウが右に左に声の主を探すマリアに工場の上の屋根のる青年を指さした。

 「あらあら、バレちゃった? ————まぁ隠れる気もないんだけどね?」

 パチンッ。 青年が指を弾いた次の瞬間気がつけば工場の屋上には視界を覆い沢山ばかりの人間が密集している。

 「もうダメだよ、マリアちゃん。 マリアちゃんは大事な臓器養殖マシーンなんだから逃げたりしちゃあ」

 その男の言葉を聞きフクロウにも何となく話しが掴めた。

 なるほど、つまり。

 「無限に作れる臓器バンクってことか」

 

 「ごめいとーう!」

 そんな事を言いながら屋上から降りて来た一人の青年はマリアへと近づく。

 一歩一歩と歩みを進めるたびマリアは猫の様に縮こまり震えが大きくなる。

 「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 「ダメじゃないかわがまま言っちゃあ。 ほら一緒に帰ろう?」


 マリアと青年との距離が数メートルまで近づいた時割って入る一つの影があった。

 「何か用かな? ていうか君、誰?」

 ピクリッと頬をひくつかせながら青年は聞いた。

 「殺し屋だ。 殺し屋フクロウ。 こいつにこいつを殺すよう頼まれた」

 「アンタばか! 相手は何人いると思ってるの逃げなさいよ!」

 後ろで震えた声で怒鳴るマリアをフクロウは完全に無視をする。

 ダガーを構え戦闘態勢を取るフクロウに対しなるほどっと再び笑顔になった青年は話し出す。

 「そうか、そうか。 君は殺し屋でマリアを殺す様に頼まれたとそういう事か・・・・よし、じゃあこうしよう! 君が受けた依頼の金額今すぐ即金で渡そうじゃないか。 それで文句ないだろう?」


 それを聞き無言になったフクロウを見て了承ととった青年が顎をしゃくり仲間を呼んだ。

 「ではマリア様こちらに・・・・あべっ?」

 男がマリアの体に触れようとした瞬間首を九十度に曲げ倒れ込んだ。

 「貴様ぁ! 何をしているの分かっているのか!」

 先程の好青年の様な態度は消え失せ怒鳴りつけるその瞳には今し方男の顎を拳で撃ち抜いたフクロウの姿が映し出されていた。


 「生憎、契約の途中破棄は信用に関わるからな。 お前にこの子を渡すのは俺がこの子を殺した後になる」


 「は、減らず口をこのげみんがぁぁぁ」

 青年が叫ぶと同時屋根上で待機していた男達が一斉にフクロウへと襲い掛かる。

 「アンタほんとに大丈夫なの?」


 「何がだ?」

 いつの間にか調子を取り戻したマリアが次々と向かってくる男達を指差して叫んだ。

 「あんだけの人数に勝てるのかって言ってるの!」

 その言葉にフクロウは嘲笑う様に言い放った。

 「ハハッ舐めすぎだな。 素人に遅れをとる俺ではない!!」

 

———————————————————————

 

 「ハァハァ、しっかしこいつは意外に手こずったな」

 「てこずったって当たり前よ。 アンタ何百人いたと思ってるの?」

 呆れた様にいう彼女にフクロウは指を折りながら数え始めるが、「分からんな。 数百人ぐらいは切っただろ」

 そう言った、フクロウの周囲には溢れんばかりの血と死体の山が転がっている。

 その中には先程の青年の姿もあった。

 「適当ね・・・・ねぇ、契約の件だけど・・・・あれは破棄でいいわキャンセル料で10億ペリーは払うから」

 そう言ってアタッシュケースを押し付けるマリアの手をフクロウは跳ね除けた。

 「一度受けた契約はキャンセル不可能だ」

 フクロウの返しにマリアは思わずため息を吐く。

 「アンタって何でそんなに融通が効かないの? それに私を追う組織は私を捕まえるまでずっと追いかけてくるわ。 アナタ次こそ本当に——死ぬわよ?」


 「そんな脅しに俺がビビるとでも? ・・・・よし、決めたぞ!!」


 「何をよ」

 フクロウは重い腰を上げマリアを見つめ口を開いた。

 「俺が君を殺すまで君を守り続けてやるよ」

 「アンタってほんとくさい男ね。 でもそうねやれる者ならやってみなさいよ。 殺し屋さん?」 

 これはそう殺しフクロウ自殺志願者マリアを殺しながら守る。

 そんなおかしな物語。

 

 



 

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殺し屋と自殺志願者 なな @SHICHI

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