第7話


     ◇


 彼女に会うのは簡単だった。少しばかり僕の力を濫用すればそれでよかったからだ。都合のいい使い方だと自分でも思うが、こんなことにしか使えないちっぽけな力でもあるのだと、少し安心もした。

 こんな程度で世界を救うなんて、大仰なことだ。

 僕の姿を前にして、墓参りをしていた彼女は驚いていた。僕の大切な人たちと同じように、彼女の大切な人たちも切り取られている。だから僕らは容易に顔を合わせることができた。

 彼女が僕を見つけられたように、僕も彼女を見つけることができたのだ。

「おはようございます」

 挨拶をすると、彼女は宇宙人でも見つけたみたいな反応をした。そんなに驚くほどの再会だったろうか。

「残された時間は、今日と明日。そうですよね?」

 その言葉を本題と捉えたらしい。彼女は口元を引き結び、スカートを整えながら立ち上がった。端正な顔立ちだけを見つめると、うっすらと残った朝焼けが幻想的に演出されているようだった。

 焦ることも諦めたのか、単純に僕のことが気に入らないだけなのか。悲しいことに、僕は彼女のことは決して嫌っていないのに。

 まっすぐに前だけを向いていたいと願い、その通りに行動する貴方の姿は僕にとっても理想の一つで、叶わなかった現実を突きつけられているようで眩しかった。

 もっと簡単に言えば、羨ましかったのかもしれない。

「私は諦めていない。貴方も、思い直すことはしないのね」

 僕の姿に、彼女にとっての未来は見えなかったらしい。その通りだ。

「ええ。貴方が貴方の正しさを語るのならば、僕は僕の正しさを振るいましょう。だからこれから貴方に起こることは、僕の勝手です」

 彼女は少し身構えた。

「許してほしいだなんて言いません。どうか僕のことを、盛大に恨んで、憎んで結構です。僕は貴方を救世主だなんて手の届かない存在にはしたくないのです」

 僕も人でありたい、貴方も人であってほしい。

 身勝手な願いだ。

「僕は“おわりの能力者”。そんな重責は、一人で十分でしょう?」


 彼女の“はじまり”をおわらせられるのは、僕しかいない。

 それが、僕から彼女にできる唯一の“おわり”。

 世界が終わってしまうのならば、せめて彼女に“はじまり”を背負わせないように。


 彼女が一人の人として、おわれますように。


 一瞬だけ彼女の意識が飛んだようだ。眩暈にでも襲われたみたいにふらついて、額に手を添えた。アスファルトを見つめる瞳が何を思っているのかを、僕は知らないでいたい。

 恨めと憎めと、そうは言ったものの、嫌われたくないのは彼女の望みではなかったことを知っていたからだろうか。

 僕は口先だけ。何一つしていないどころか、傷付けてばかり。

「何をしたのか、分かっているの……!?」

 混乱したまま、彼女は言葉を絞り出した。僕をにらみつける瞳には確かに感情があって、とても好意的とは思えない。どんな気持ちなのかを感じ取れない時点で、僕は人間として欠陥だらけだ。

 決断をして、行動をした。どのみち何も取り戻せやしない。僕の判断が正しかろうと間違っていようと、彼女の感情が何であろうとも、僕は変わらないでいなければならない。

 僕が嫌っていいのは、僕自身と神さまだけだ。

「もちろん、分かっています。お気に召さないのだとしても、終わりゆく世界の中で、ただ一人でも救った気分になりたかった」

「なんて酷い人……!」

 分かっている。僕がしていることは非道。あらゆる他人を巻き込んだ自己満足だということなんて、決断をした時から知っているのだ。

 神さまの自己満足で作られた世界で、僕らが苦しむ理由が分からなくなって、そんな風に思った僕も結局は同じことをしていて。消えてしまうから、それが安心する。僕を嫌う人は、すぐにいなくなる。

 真っ白な後ろ盾があるから、僕はこんなにも偽物の神さまのように騙すことができる。ただ生きているだけでこんなことが出来るほど、僕の神経は図太くない。

 ああ、神さま。やはり貴方は愚かだ。

「せめて貴方には、苦しんでほしくなかっただけです。詫びるつもりはありませんけれど、貴方を傷付けてしまったことは決して忘れません」

 “はじまりの能力者”は、この手で終わらせる。彼女にも僕にも、運命に立ち向かえるほどの力など最初から存在しない。限られた、そして与えられた力の中で何ができるかを懸命に考えたけれど、僕はどうにも弱くて卑しい人間で、上手な解など見つかるはずもなかった。

 僕は正しくなかったろう。けれど、これが間違いだったとも思わない。

 間違いにするわけにはいかない。その戦いをする覚悟はある。

「貴方が誰かの救世主たる理由はなくなりました。僕のせいです。これから貴方に起こる出来事は、すべからく僕の行動のために起こるのです。その絶望も、そして――安らかな終焉もまた、例外なく」

 俯いた彼女の顔色は窺えない。残された時間も短い。追いつめられていた彼女は突然役目を奪い取られて、きっと行く先がこれまで以上に未開となってしまったに違いない。

 分かりもしない時間を生きていくのが本当の姿だというにも関わらず、僕らは頭がいいばかりに先のことを考える。そうして自分を見失って、不安に駆られて自身を追い詰めていく。

 彼女もそう、……僕もそう。

「ああ、今日はいいお天気ですね。明日も晴れることでしょう」

 朝の黄色がかった空は高く澄んでいて、薄く流れる雲も動きを止めているよう。彼女の身に起こったことも、僕が彼女にしたことも、お天道様にはささやかで関係のないことなのだ。

 雄大な力と、小さな僕ら。ちぐはぐで、おかしい。

「さようなら」

 できることならば僕も、貴方と一緒に続いていく世界に生きていたかったのですよ。……嘘くさいお話ですが、本当に。

 言えない言葉を飲み込んで、僕は彼女の前から去らねばならなかった。彼女から言葉はない。その足が赴くままに、僕はいつものように登校した。


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