弐 竹島

09 水走りの術の巻き


 ザザ~……ザザ~……


 太陽が真上に来た頃、半荘はんちゃんは聞き飽きた波の音で目を覚ました。


「朝……いや、昼か……。今日こそ誰か助けに来てくれたら……」


 半荘はボーッとした頭のまま呟き、ある事に気付いて飛び起きた。


「揺れてない? あ……そうだ! 昨日は島に着いたところで倒れたんだった……ひゃっほ~~~!!」


 遅ればせながら、半荘は生きる喜びに浸る。

 その喜びは半端なく、躍り狂う事となった。

 調子に乗ってブレイクダンスをしたところで、背中を岩肌で擦りむいてしまい、正気に戻るのであった。


「つつ……塩が染みるぜ……でも、生きてる!!」


 何度も実感する生に、次に襲い掛かるは空腹。

 腹が「ぐう~」と鳴った半荘は、防水袋を漁り、残っていた乾パンをかじる。


「ふぅ……陸の上で食べる乾パンは、またひと味違いますな~……てか、もう節約しなくても大丈夫なんじゃね?」


 半荘の、ここ数日の食生活は非常食は少なくし、とった魚がほぼ主食。

 それでも、腹八分目ぐらいは食べていたので、節約とはほど遠い。


「もう少し食べ……いやいや、この島を探索してからにすっか~」


 半荘は最後に見た風景を思い出し、周りを確認する。


 最後に見た光景は岩肌の島。

 現在は、海面から岩肌を登った平らな場所で荷物を広げている。

 歩ける場所も少ない。

 移動するには、壁に張り付いて移動しなくてはいけない場所だ。


「変な場所に登ってしまったな」


 生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだから、場所なんて選んでいられなかった。

 だが、壁なんて、半荘には平地と変わらない。

 本気を出せば、垂直に走れるのだからだ。


「さてと……ひとまず島を一周してみよう……いや、着替えが先か。忍チューバー、ストリートキングに転身なんて言われかねないからな」


 半荘は防水袋に入れていた忍び装束に身を包み、歩き出すのであった。

 いや、岩肌に張り付くのであった。


 それからロッククライミングで静かに島を一周し、荷物を持って、先ほど気になったポイントに戻る。


「こっちは無人……あっちは建物……」


 気になるポイントは、海を挟んだ先にある島。

 そちらも岩肌の目立つ島なのだが、角度から見えづらいが、頂上付近に建物が乗っているのがわかる。


「あそこは整備された港っぽい……と言う事は~?」


 そう。何も無いかもと思った島には、人が行き来している痕跡があった。


「帰れる!」


 半荘はまた、「ひゃっほ~」と踊ったのであった。



 そうして落ち着いたところで、島に渡る方法を考える。


「これぐらいならいけるか」


 考える時間は数分で、半荘は準備に取り掛かる。

 向こう岸に近い波打ち際まで降りると、荷物を船の残骸に乗せてワイヤーでくくり、極力長く伸ばしてから屈伸をする。


「さて……やるか」


 使う忍術は【水走りの術】。

 長い布を水面の下にセットして、そこを走り抜ける忍術だ。

 走り方にコツが必要で難しい忍術だが、半荘は幼少の頃にマスターしている。

 難無く水の上を走り切った半荘を見た父親は、口をあんぐり開けていたから、できるとは思っていなかったのだろう。


 でも、布をセットしていないのにできるのか?


 当然だ。

 俺は忍チューバー服部半荘だからな!


 半荘は体を前傾姿勢にすると、勢いよく走り出す。

 右足が水面につけば、沈まない内に左足を水面につけて右足を上げる。

 そして右足が沈まない内に左足を進める。


 なんの事はない。

 俺にとっては、水も地面もたいして変わらない。


 幼少の頃に【水走り】はマスターしたって言っただろ?

 その時から俺も進化してるんだ。



 こうして猛スピードで海を走る半荘は、向こう岸に着くと、荷物を引き寄せるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る