五月.いつもの失せ物探し物

「今日はセンセー来ないんスか?」

 もたれるパイプ椅子を後ろの脚だけで器用に立たせる力也りきやが言った。

「さあ。宮野木君は何か知ってる?」

 髪の毛をくるくるといじる莉生りおが晴人に振る。

「何も。授業中にはいたし、来ないなら何か言ってくれると思うが」

 ホワイトボードにいたずら書きをしながら晴人はるとが答えた。

 特別教室棟の魔術室。三人の部員が集まってしばらく経っても顧問の教師が来ない。手持無沙汰に任せて暇を潰すばかりで時間が過ぎるのは好ましくない。

「どうするんスか。こういう場合自主練にでもなるんスか」

「自主練……。まあ、先生がいたからと言って、大した活動もしてこなかったが……」

 力也の質問に答える晴人の歯切れはいまいちよくない。

 実際、魔術部と言っても、大会に出るわけでもないし、学内で何かを披露する場があるわけでもない。時々先生が思いつきで何かを持ち込む以外は、部員の自主性に任せた活動がほとんどだ。

 それが当たり前になっていた晴人と莉生はともかく。まだ入って半月余りで魔術知識もあまりない力也にとっては、そんなことを言われても何をしていいか分からない。

 晴人も部長として何かをすべきだとは思うが、後輩の扱いにはまだ慣れていない。

 どうしたものかと首をひねっていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえる。

「ひ~。ごめんごめん。遅くなっちゃった」

 ガララと勢いよく戸を開けて入ってきたのはりんだ。

「あ、蘇我先生。先生が遅れるなんて珍しいね」

「そうなの。ちょっとバタバタしちゃって……」

 莉生と親し気に言葉を交わしながらいそいそと職員用の机に移動する。相変わらず凛が度を超えて童顔なのもあって、片や制服、片や私服でなければ、立場が逆だと言われても信じかねない。

 凛は椅子に座ると全員がいることを確認して(と言っても三人だけだが)、話し出した。

「何か始めてた?」

「先生待ちでした」

 晴人が無感情気味に返す。

「あ、そう。……、あ、じゃあさ」

 凛が一発手を叩いて立ち上がった。

「佐倉さん、失せ物探しが得意だったよね?」

「え、うん。そうだけど」

 話を急に振られた莉生は意外そうに頷いた。

「実は遅れちゃったのは、車の鍵を失くしちゃって、それを探してたからなんだよね。取り合えずこっちにちょっと顔出して戻ろうと思ってたんだけど、ちょうどいいかも」

 スクッと立ち上がった凛は、机の間をするすると通り抜け、莉生の両手を取った。

「今日の活動は、先生の車の鍵探しです! お願い、佐倉さん。先生を助けて!」

「いいよ。ていうか、そんな仰々しくしなくてもいつものことじゃない」

「やったあ」

 飛び跳ねて喜ぶ凛の横で、莉生はやれやれと肩をすくめた。


「はあい。それじゃあお手々を出してくださあい」

 莉生は子供がやるお医者さんごっこのような調子で凛の手を取った。相手は仮にも十上の教師だぞ。

「はあい」

 それに嬉々として乗っかる凛もどうかと思う。

 莉生は自分の鞄から裁縫セットを取り出すと、その中の縫い針を一本手に取った。

「宮野木君。火をもらえる?」

「あいよ」

 晴人が指をパチンと鳴らすと、立てた人差し指の先にライターのように火が点る。莉生はその火で針をを軽くあぶると、凛の指先にえいやと刺した。

 刺した場所からぷくりと血が滲む。莉生はそれを、また鞄から取り出したペンデュラムの然るべき場所に塗り込んだ。

 莉生が垂らしたペンデュラムが俄かに振れだす。しばらくグルグルと無作為に振れた後、一方に触れた所でピタリとその動きを止めた。

「意外と近そうだね。当たり前か。さ、こっちこっち」

 ペンデュラムを持つ莉生を先頭に、四人は歩きだした。

「それにしても、さっきのすごかったっスね」

 後ろを歩く力也が目を輝かせて言った。

「あれ? 私のダウジング見せるの初めてだっけ」

「センパイじゃなくて、ブチョーの火ぃ点けるヤツっス」

 後ろ歩きをしていた莉生がずるっとこけた。

「あれカッコイイっスよね~。俺にもできるようになるっスか?」

「ああ。初歩的な魔法だからな。魔術に必要な、足りないものを魔力で補うイメージを養う事にも適している」

「足りないもの?」

「火が燃えるためには必要なのは酸素、燃えるもの、高温だ。酸素は宇宙でもない限りそこら中にあるな。燃えるものはライターで言えば可燃性のガス、マッチなら火薬や軸だが、そこに魔力を当てはめる。それこそライターのガスのようなイメージでな。高温は指を擦ることで出すが、実際には一度擦った程度では火がつくような温度にはならないから、そこも魔力で補う」

 晴人は軽く説明を行うと、今度は右手をパーに開き、左手を近づけて指を鳴らした。すると、五本の指のそれぞれの先に火が点る。指先からほんの少し離れて揺れる炎の勢いは安定している。

「おおー。すごいっス。センセーも出来るんスか?」

「もちろん、先生は先生だからできるよ。宮野木君ほど器用にはできないけど」

 凛は最初に晴人がやったように一本指に火を点ける。炎は凛の歩くリズムに合わせてゆらゆらと揺れる。

「センパイは?」

「私のは~、ちょっと建物の中ではできないかな……」

「へ?」

「佐倉さんのはキャンプファイヤーとか、バーベキューとかには向いてるかもしれないがな」

 莉生が「うるさい!」と軽口をたたいた晴人の頭をひっぱたく。

 初歩的と言っても、晴人がやるほど安定させて火を保つことは難しい。とは言え、莉生がやるように大爆炎を発生させることもそれはそれで難しいのだが。

 話しながら歩いているうちに、一行は校舎の外に出た。莉生のペンデュラムはもう少し先を指しているようだ。


 やがてペンデュラムはその動きを速め、一カ所を指すようになる。その指す先は、駐車場、テレビのCMでよく見る鮮やかな色の軽自動車を指した。

「あれ、これ、先生の車じゃん」

 周りをぐるりと回ってみれば、確かにこの車を指している。中を覗いてみると、運転席の上に車の鍵が置いてあるのが見えた。

「なあんだ。車に置きっぱなしだったんじゃん」

 なるほどここにあったのでは、校舎内をいくら探しても見つからないわけだ。莉生が笑って凛を小突くと、凛は恥ずかしそうに運転席の扉に手をかけた。

 ガチャ。ガチャガチャ。

 開かない。他の扉も試してみるが、同様に開かない。

「と、閉じ込めちゃった」

 涙目の凛が残る三人に振り返る。

 晴人は地面に目線を逸らした。莉生はただただ苦笑いを浮かべた。力也はぽかんと口を開けた。

 三者が三様に、しかし一つの答えを表情で凛に返した。

 ガラスの向こうの探し物を前にした四人の間にしばらく沈黙が流れる。

 いよいよ凛の目から涙があふれそうになった頃、慌てて晴人が口を開いた。

「あ、ああ。そうだ。スペアキーとかはないんですか」

「すぺあ……。ああ! ある! 確かお家に。しょうがない。一旦バスで帰って……」

 凛の顔に希望が戻る。涙も引っ込んだ。

 その後ろで力也が車の中を覗き込む。

「でも、あそこにもう一つ鍵があるように見えるんスけど」

「大丈夫。それはお家の鍵だから。……、あれ?」

 家の鍵が無ければ、スペアキーを取れない。スペアキーが無ければ、家の鍵を取れない。八方塞がりだ。今度こそ凛の目から涙が零れ落ちた。

「宮野木君……。鍵開けとかできない……?」

「もろ犯罪技能じゃないですか。生徒にやらせないでくださいよ。おとなしく鍵屋さんを呼んでください」

「びえ~ん」

 ひとしきり泣いた後、鍵屋を呼んだ凛は、無事に車にも、家にも入ることができた。

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