十一月.ボイル・アンド・ロウ

「うーん」

 昼休み、魔術準備室。力也りきやは弁当箱を前に頭を抱えていた。

「お疲れ~」

 そこにやってきたのは同じようにお昼御飯を食べに来た莉生りお

「って、何やってんの」

 部屋に入ったはいいが、唸る力也を見て足が一瞬止まった。

「あ、センパイ。お疲れっス。いや、それがっスね」

 力也は隣に座った莉生に二つの卵を手に持って見せた。

「今日はお昼に卵かけご飯を食べようと思って生卵を持ってきたんスけど、教室を出るときに友達からゆで卵をもらっちゃったんス」

「弁当に生卵……」

「ちゃんと冷蔵ボックスに入れたっスよ。ただ、うっかりもらったゆで卵も同じとこに入れちゃって、どっちがどっちか分からなくなっちゃったんス」

「なるほど、それで」

 弁当箱を前にして唸る少年というおかしな光景が出来上がったわけだ。

 ゆで卵だと思って思いきり割ったら机が汚れる。生卵だと思ってご飯の上で割ったらゆで卵が真っ二つ。どちらも好ましくない。八方塞がりだ。

「どっちがゆで卵か分かる魔法とかないんスか?」

「そんなニッチな魔法あったって使えるわけないでしょ。透視の魔法が使えれば分かるかもしれないけど……」

「センパイは使えるっスか?」

「いやいや、あれ相当難しいよ。先生なら使えるかもしれないけど……」

 対策が出ないまま無情にも時間は過ぎていく。このままでは力也はお昼御飯を食べることができない。

 しかし、ここで莉生がいつにない閃きを見せた。

「あ、そうだ。宮野木君に聞いたことがある! ゆで卵と生卵の見分け方!」

 ガタリと立ち上がったので、力也はバランスを崩した。

「卵を机の上で独楽みたいに回してみて」

「わ、分かったっス」

 力也は言われた通りに卵を手に取って回してみた。

 捻った手から勢いよく放たれた卵がクルクルと威勢よく回る。

 しかし、もう一つを回してみるとどうしたことだろう。手から離れるとすぐに勢いを失くして、よく回らない。

 不可思議な結果に力也は感嘆の声をあげた。

「おお。確かに違いがあるっスね」

「ふふん。そうでしょ」

 莉生は見たか、と胸を張った。しかし……。

「どっちがゆで卵なんスか」

「へ?」

「いや、確かに違いは分かるっスけど、どっちがゆで卵か教えてもらわないと」

 莉生の得意満面の表情が一気に崩れ、青ざめすらしてきた。

「あ、ああ。いや、そう。確か……。回らない方、だったかな」

 しどろもどろの極致という感じで、漸く答えを絞り出した。

「おお、こっちっスね。センパイあざっス! いっただっきまーす!」


 昇降口付近の自動販売機で飲み物を購入した晴人はるとが、遅れて魔術準備室の戸に手をかけた。

「ぎゃー!」「ぎゃー!」

 戸を開こうとした瞬間。二つの悲鳴が室内から漏れてきた。

 すわ何事かと戸を勢いよく開けると、そこには卵濡れの莉生と力也が。

「何やってんだお前ら……」

「宮野木君から教えてもらったゆで卵の見分け方を実践してたんだけど……」

 晴人は卵濡れの二人と、力也の手に持つ殻、机の上のもう一つの卵を見て全てを察した。

「なるほど。そういう時は生卵だと思う方をご飯の上で割れ」

「あ」

 結局その日の昼休みは、机の掃除と制服を洗うことで終わった。

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