Cat.
佐々木実桜
君がいなくなった日
『ごめんね』
そう言って君は僕を置いていった。
君が来ると狭かった部屋。
一人でいるには広すぎる部屋。
使い古されたリリックのような言葉が頭をよぎる。
僕があげたものはどうなるんだろう。
答えを知り得ない問いを自分に投げかけてもどうにもならないことを知っていながらやめられない自分が情けない。
君がいることが当たり前だった。
君の歩幅に合わせて歩いていた。
君の鼻歌を聞きながら、君の横顔を見ながら。
この坂道をゆっくり下ることこそが『幸せ』だったんだと今なら分かる。
夕焼けが燃えてこの街ごと飲み込んでしまいそうな今日、僕らはその『幸せ』を手放してしまったのだけれど。
どうせならこの夕焼けに飲み込まれてしまいたいとさえ思いながら、そうはいかないことを分かっている自分が恨めしいと感じる。
孤独になっても眠気は来るし、孤独でも家まで帰らなければならない。
誰も待たない、誰を待つこともないあの部屋に。
いっそ幻だったのだと思えばいいのか。
君との日々を。
そうはいかない、そうはいってほしくない。
身体は忘れようとするのに心が忘れさせてくれない。
いっそ、猫になってでも会いに来てはくれないかな。
坂道を下りながら、一人くだらないことを考える。
『たくちゃんが気づいてないたくちゃんのいい所を教えてあげる』と君が言った日
僕は君の歩幅に合わせる事が当たり前になっていたことを知った。
今、僕自身の歩幅を忘れてしまったと言ったら君は笑うだろうか。
『どうしても鼻歌を歌っちゃうの』と照れる君が夕陽のオレンジが重なった日
僕はイヤホンをつけて坂道を下ることがなくなった。
今、カラスの声に寂しさを感じてしまっていると言ったら君はなんと言うのだろう。
『別れることはないと思いたいけど、もしそうなったら、とびきり可愛い猫になってたくちゃんの前に現れてあげる。』と、野良猫の写真を撮りながら言った君。
僕もないと思っていたけれど、起きてしまったから。
だから早く、とびきり可愛い猫になって来てくれよ。
どれほど忘れようとしても忘れられない。
幻想めいたことは苦手だった。
君が語ったこと以外は。
運命の赤い糸は、僕らどっちも信じてはいなかったけれど。
例えば君がとびきり可愛い野良猫になったとして、僕の前に現れてくれたとして、きっと僕は全てを君に捧げてしまうんだろう。
少し毒舌な君のことだから、今の僕を見たら笑うかもしれないけれど。
やっぱり、猫になって現れてくれないか。
そして僕は、ふらっと現れた君を抱えて、きっと大事にして、そしてまた『幸せ』を。
たとえ僕が猫アレルギーで、あの言葉がそれを知った上での君の嫌味だったとしても、君なら、。
Cat. 佐々木実桜 @mioh_0123
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