特殊職/番外編 「ある日の夕食の話」
「たっだーいまー!」
「あ、おかえりなさい」
「おう、おかえりワガタ。今回も長かったな」
「ほ〜んとにね!大変なお仕事だったよう」
このはな町・郊外にある、ある私有地に建てられたプレハブ小屋。この場所こそが
たった今和肩が帰宅したこの場所に、このはな町に住む
そして、和肩はそんな珍しい空間に足を踏み入れた途端、すぅ、と息を吸い……
「ラーメン食べたーい!」
渾身の叫びをあげた。
「ラーメン!食べたい!ラーメン!」
「ああ、そういえばみんな時間が合う日だったらいつもラーメンでしたね」
「そうよ!なのに近頃全然会えないんだからもう!」
「いやおまえのせいだろ……」
反論したのは讐夜だ。実際、三人の食事のタイミングが合わない日はほとんど和肩が仕事でいないからであり、讐夜の言っていることはもっともだが、彼女がそれで納得するはずもない。
「私がいるときに限ってみーくんもしゅうやもいないのが悪いんでしょ!」
「無理言わないでくださいよ……」
和肩は肩を竦めた道也の方をキッと睨み付けて「無理じゃない!」と癇癪めいた叫びをあげた。頼れるお姉さんの肩代わり屋もこれでは形なしといった様子だった。讐夜は「客に見られたら商売あがったりだな」と笑っているが、実際のところ、笑い事ではない。
「今日食えばいいだろ」
「あ、そっかぁ」
讐夜が一言そう告げると、和肩の癇癪はけろりと治まった。
(やれやれ、ほんとめんどくさいやつだな)
勿論、そういうところも折込済みでつるんでいるわけではあるのだが。
/
ラーメン屋。
三人は久々に肩を並べてラーメンを啜っていた。
「お前が好きなのはわかるけどな、一緒に来る必要はないんじゃないのか」
讐夜は小ラーメンしか食べないので、必然的に醤油(胡椒たっぷり)。
「何言ってるのしゅうや!誰かと一緒に食べるのがいいんじゃない」
和肩はこってり脂っこい物が好きなので、醤油豚骨(背油マシマシ)。
「言ってもぼくは少食のしゅうやを無理やり連れてくる必要性はあんまり感じませんけど……」
道也は猫舌でさっぱり系が好きなので冷やし中華(ゴマ多め)。
「みーくんはしゅうやを甘やかしすぎるの。会食もできないようじゃ立派な大人にはなれません」
「これが会食なら他人と相席したって会食だな」
サービスの味玉をつつきながら笑う讐夜に、和肩は少し口を尖らせた。言い方は悪いが、和肩が讐夜のことを心配しているのは本当なのだ。
和肩は漠然と消滅への道を想定している讐夜や道也と違い、社会復帰した後のことをよくよく考えている。要は、(それを証明する前例がいるとはいえ)
とはいえ、今回それとは特に関係なく、冷たい反応をする讐夜に対する意趣返しかもしれないが。
「もー。……すみませーん!餃子二枚ください!あと大盛り炒飯も!」
「まだ食うのかよ……」
「しゅうやも餃子一個は食べてね」
「げーっ」
いっぽうの讐夜はそんなことを気にも留めずに、苦手な食事という行為を流し込むように行っていた。
和肩が生を謳歌するために食事を楽しむように、或いは道也が現実を紛らわす幸福を得るために食事をするようには、どうしても讐夜は食事という行為を楽しめなかった。
和肩と道也が嬉しそうにしているからついてきているだけで、味すらろくすっぽわからない食事をわざわざ摂る必要がわからなかった。
そもそも味を認識することを放棄しているのだから、味がわからないのは当然といえば当然なのだが。
それでも。
「……なあワガタ」
「ん?」
大盛り炒飯を嬉しそうに取り分ける和肩の横顔を眺めて、讐夜は問いかける。
「美味いか?それ」
「うん!おいしいよ!讐夜も食べる?」
「遠慮しと……ああいや、それ一杯分ぐらいなら。おい
「はいはい。しゅうやが多めに食べるなんて珍しいですね」
「言ってるだろ、俺の仕事はカロリー使うんだよ」
ヘラヘラと笑う讐夜の手に、尋常ならざる量を盛り付けられた取り皿が渡される。
「おいワガ……」
「……」
「わかったわかった、食べる、食べるよ」
過剰なぐらいにラー油をかけて味をごまかす。
辛さで味をごまかすことによって、讐夜は自分の過去の「嗜好」というものを塗りつぶしていた。
「おいし〜!」
「ここのご飯はいつ食べてもおいしいですね」
「そう……かもな」
どうせ、味を塗りつぶしてしまうのだからわからないのだけれど。
それでも、二人がこう言うのだからもしかしたらおいしいのかもしれない。
/
結局、大盛り炒飯は讐夜が1割、道也が3割、和肩が6割を食べた。1皿5個、計10個の餃子も同じ割合で食べられた。なお、和肩はそれでもちょっと足りなかったらしく、たまごスープを注文していた。
もちろん豚骨ラーメンのスープは全部飲んだ。鋼の胃袋なので、油分脂質をいくら摂取しようと気分が悪くなることはない。
「ごちそうさん」
「ごちそうさまでしたー」
「ごちそーさま!」
そういうわけで一番食べないのは讐夜だが、支払いをするのも讐夜であった。
「別に金を払うこと自体はいいけどな、少しぐらい遠慮してくれよ」
「いーじゃんしゅうや、甘えさせてよ」
「おめーさっきみちやになんつった」
「え?なんだっけ?おかわりいる?」
「それよりずっと前だ前!」
「ぼくがしゅうやを甘やかしすぎるのくだりですか?」
「それだそれ」
「べつにいーのよ。私は私、しゅうやはしゅうや」
「おまえそれ、依頼人の前でそういう態度するなよ」
「えー、なんでぇ」
「なーんーでーもーだ」
「ちぇ。しゅうやが言うなら正しいんだろうね。わかったよもー」
子供めいた(実際子供なのだが)和肩の様子を見て、讐夜は苦笑を浮かべた。
そんな様子じゃ、都市伝説に成ろうが人間に戻れようが苦労するだろうな、という感情を脳裏に浮かべながら。
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