特殊職/道案内屋 ep3 「前野奏の場合」
近所に、中高一貫とかの進学校ってあった?ぼくのときはあった。ぼくは頭が悪いから無縁だったけど、顔も名前も覚えてないともだちが一人、そっちに進学するか考えていた。
でもあいつはぼくを一人にできないなんていって、ぼくにあわせて偏差値のあまり良くないふつうの県立中にきてしまった。
どうせぼくはこうなってしまうのだから、一緒にいようがいまいがそんなの関係なかったのにね。
/
ところで、この街には中学校が二つある。
ひとつはいわなが中。こちらは正確にはいわなが高校附属中学校という名の、中高一貫高だ。私立ということもあってか偏差値が高く、小学生の頃から成績がよく、すでに大学進学やそれ以上を視野に入れている子供がこちらに進学する。市外どころか県外からここの中学を受験し、市内にある親戚や知り合いの家に下宿している生徒も少なくない。
もうひとつはこのはな中。こちらはいわゆる地元の中学校で、受験なしで進学できる。県立ということもありたいていの子供はこちらに通っている。
「どうもこんにちは。ぼくは道案内屋の道也。きみは?」
「……
つまり、何が言いたいかというと、この地域は、ちょっとこまったことに、子供の進学先がごちゃついているので、当人たちの人間関係にも影響が生じるということだ。
「……」
「……黙ったままじゃぼくわからないよ。」
この日の依頼人である彼女も、そんな世間の軋轢に悩まされている子供の一人だった。
「あの……道案内屋さん。たとえば、たとえばね、おうちに帰りたくないっておねがいも、叶えて、っていうか、受入れてくれたりしますか?」
「あー……それは、ちょっと、ぼくにはちょっと難しいけど……でも、そうだな。遠回りして帰りたい、ってお願いなら。ぼくでも叶えてあげられるよ」
「とおまわり……」
しばらくうーん、と悩んでから、彼女はためらいがちに頷いた。
「ところで、家に帰りたくないならなんでぼくを?」
「まよっているところを案内してくれる人、って聞いたので……」
「あーまた若干誤解をまねく感じの表現で広まっている……」
ぼくはしょうがないな、と小さめにため息を吐いた。看板が悪いのか、それともぼくの行動が悪いのか。しゅうやにでも相談してみようかな。でも突っぱねられるかな。
「じゃぁ、ちょっとばかし遠回りして帰ろう。なら……こっちかな」
まあ、考えていてもしょうがない。まずは移動しよう。ぼくにできるのはそれからだ。
「せっかくだから、ぼくの同業者にでも会っていこう」
/
「……で、私が仕事をしている場所に来たってわけね」
「ぶっちゃけこれ、ワガタ案件じゃないの? とかそういう気持ちもございます」
ぼくが肩を竦めると、ワガタは冗談言わないで、とばかりに首を横に振った。きびしい。
「いーえ、みーくん案件だとおもうわ私。だってその子、迷子なんだもの。どうやってお家に帰ればいいのかわからない、なんて、そんなの迷子に決まってるじゃない」
ほんとにそうかなあ。ワガタも迷子を導くような商売してると思うんだけど。いや、言ったらなにかさらなる文句を言われそうなので黙っておく。
「そういうものですかね」
「そーよ。しゅうやはみーくんのこと甘くみてるけど、そんなんじゃないってとこ見せてよね。いい? みーくん。その子の心、きちんと家に送り届けてあげてよ」
「……うん」
そう言われてしまうと弱いので、ぼくは反論するのをやめることにした。なのでぼくが黙ってまごまごしていると、横から前野ちゃんが口を挟んできた。
「あ、あの、もしかして、この人、肩代わり屋さんですか?」
洞察力の塊かな?
「おっすごいよくわかったね。頭のいい子だね。みーくんよりずっと頭いいや」
「ぼくより頭いいっていうの必要でした?」
「きいたことあったんです。ふしぎな仕事のひとたちは仲がいいって」
「うん?」
「誰に聞いたの、それ」
「えっと、高校生のお姉さんがウワサしてたの」
「……いわなが高?」
「うん!」
そういえば、前にワガタが何度か依頼でいわなが高に行ってたっけ。そのときにでもぽろっと話したのかな。べつに悪いことではないけど、情報はどこからでも漏れるものだなあ。
「……あの人、人の仕事の邪魔をしたいのか手助けしたいのかさっぱりね……」
と思っていたらなんかワガタが変なことを言い出した。
「えなに?ワガタは何で一人で納得してるの」
「今度ちゃんと話してあげるから今はその子のことに集中してあげて」
追求したらはぐらかされてしまった。はぐらかされる方が気になるのだが、ワガタがこういうのなら仕方ないだろう。
「……わかった。ありがとうございます、ワガタ。ごめん、仕事中に押し掛けて」
「いいのよ。あ、依頼人の……」
「ま、前野奏、です」
「うん、奏ちゃん。ほかのことはともかく、みーくんは誠実な人だから。ちゃんと信じてあげてね」
「……は、はい……?」
「よしよし、よろしい。じゃあいきたまえ。君たちの帰り道はまだはじまったばかりだ!」
「なにを言ってるんですこの人は」
ぼくはためいきをついて、ワガタの元をあとにすることにした。
/
「……ねえ、前野ちゃん。いちおう聞いていい?どうして家に帰りたくないのか」
「……」
尋ねると、前野ちゃんはしばらく立ち止まって俯いていた。目を合わせると話しづらいかな。やっぱり、話したくないことを聞き出すのは難しいな。こういうときは、正直に言った方がいいだろうか。
「ぼく、ワガタ……肩代わり屋と違って、人間観察とかあんまり得意じゃないからさ。言葉にしてくんないと、わかんないよ」
歩みを止めた彼女と視線の高さをあわせるようにして屈むと、彼女は沈んだような表情の目をこちらへ向けてぽつりぽつりと話し始めてくれた。よかった……。
「……あのね。私、いわなが中に行くんです」
「へえ! あのいわなが中に。すごいね。あでも、入試、まだじゃなかった?」
「えっと。こ、ことばの
含みがある、と思った。
なんとなく、言葉の裏を察してしまってぼくはようやくどうして前野ちゃんが言葉を濁して家に帰ることを拒んだのかわかった気がした。
「……いわなが中、行きたくないんだね。それともこのはな中に行きたいって言うべきなのかな」
「……」
前野ちゃんはそっと頷いた。理由はわからないけれど、それがわかっただけでも一歩前進だ。……進学校に行きたくない、みたいな気持ちは、ぼくもわからないではないし。
「だって。サキが行かないのに、私だけいわなが中に行っても、意味がないのに」
「サキ、って」
「……ともだち、です」
そっか、なるほど。ぼくは得心が行った。友達と別れ別れになるのはとても辛いことだ。それが、進学に伴うものとすれば尚更だ。ぼくだって辛かった。
その親友の顔すら、もう覚えちゃいないが。
「ぼくも、そうだったよ」
「道案内屋さんも?」
「うん。といっても、ぼくはもうよく覚えてないからあんまり参考になったり役に立ったりはしないと思うけどさ。ぼくのときはどうしたんだったか。いや、たしかあれはあいつがきみで、ぼくがその『サキ』の立場だったかも」
「でも道案内屋さん、あんまり頭良さそうに見えないよ」
「うるさいな!ってそのサキって子は頭いいの?」
「私よりいいです。ずっと。だって。サキは私のために手を抜いてる」
んん?
ぼくは思わず首を傾げた。
「頭いいのに、いわながに行かないの」
「学費が……」
あぁ、そうか。
冒頭にぼくが「私立」と言ったのを覚えているだろうか。
そう、いわなが中に行かない・行かせないことにより起こりうる問題というのは、なにもひとつではない。
彼女のように家庭の事情が関わってきて、家族との間に距離ができることだってある。
ぼくはただ単に学力がないから親友と同じ学校へいけないかったけど、
だからこそ、ぼくはこういう必要があった。
「だからといって、きみがいわなが中を諦める理由にはならないよ」
「……」
「でも、それも論理を気にしすぎる大人の身勝手な言い訳でしかない。学校っていうのは本人の承認制だ、特にいわなが中みたいな、受験して進学する学校は特にね」
特に、が被ってしまった。やはりぼくはあまり口がうまくない。またしゅうやに笑われちゃうな。
「だからさ。ああ、うまくいえないな。なんていえばいいと思う?て知らないか。ぼくはさ、親友にはぼくのことを気にせずに進学して欲しかったけど、あいつには結局いえずじまいだった。きみたちはそんな後悔したいかい?」
「サキがどう思ってるかなんて分からない」
「じゃあ聞いてみたらいい」
「素直に話してくれると思う?」
「話してくれるよ。きっと」
ぼくは半ばの確信をもってこう言った。さぁ、あとはきみが自分でやらなきゃ。
「きみが家に帰らずに来たかったのはここじゃないの」
「サキの家……」
彼女がさっきからずっと気にしていた、
/
「あの、前野です。サキ……桐花さんはいますか?」
インターホンの向こうから聞こえてきた大人の声に、前野ちゃんが尋ねる。インターホンをきらないままの大人の声が桐花、桐花、と呼ぶ声が聞こえ、それから……か細い「はぁい」という声が聞こえて、玄関の扉がガチャリと開いた。
「あれ?どうしたの、かなで」
「あ……」
言葉が出ない様子の彼女の肩をぽんと叩いて、ぼくは小さく「このはな中……」と呟いた。
多分これだけで十分だろう。ぼくの想像通り、前野ちゃんは少しずつ喋り始める。
「……私……ね。このはな中に進学しようと思って……」
「えっ」
サキ、と呼ばれていた女の子が、驚いたように目を丸くした。当たり前だ、絶対いわなが中に行くと思っていた女の子がそんなことを言い出したんだもの。
「ダメだよかなで!もったいないよ」
「だってサキと一緒に学校いけないなんて意味ないもん!」
「かなで……」
「私はサキと一緒に学校に通いたいの……」
沈黙。
俯いてしまった前野ちゃんをしばらく眺めてから、サキちゃんは、そっと口を開いた。
「……花に嵐のたとえもあるさ」
「また春が来るとも限らないもん」
「今生の別れになるわけじゃないよ」
「でもきっと疎遠になる。私もサキも、きっとお互いのこと忘れるよ」
「忘れないようにすればいいじゃない」
「どうやって」
「会えばいいんだよ。週一ぐらいで勉強会しよ。いわなが中で教わったこと私にも教えてよ」
「サキ……」
「それに、かなではくしなだ高受けるつもりなんでしょ」
くしなだ高、というのは
静かな環境にあり、設備も最新、偏差値はぶっちぎりで高い。
なるほど、そういう考えもあるのか。
「う、うん……」
「私もそっちにいくつもりだから。3年…………たった3年だよ。小学校の半分。それだけ待ってくれたら、また一緒に学校行けるんだよ」
「うん」
「だからさ、私のことは気にしないでいわながに行ってきてよ、かなで」
「……ありがとう、サキ」
/
「結局のところ、怖くて話せなかっただけなんだよね」
前野ちゃんとサキちゃんの家はそう遠くないそうだけど、ぼくは結局前野ちゃんを家まで送り届けることにした。そういうのがぼくへの報酬も兼ねているわけだし、当然だけどね。
「……ちゃんと話そうと、してませんでした」
「わかるよ。ぼくもあいつとは話そうとしなかった」
「でも、話したら前よりずっと楽になった」
「そりゃ当たり前だよ。話すのは肩の荷を下ろすことと同義だからね」
「そうなん……ですか?」
「自分の中に留めていたことを外部に出力するっていうのは大事なんだよ、なんであれね。……いや、これ、ワガタの受け売りなんだけど」
「ふふっ。肩代わり屋さんじゃない人にかたの荷を下ろしてもらっちゃいました」
「これやっぱり肩代わり屋案件だったんじゃないかなあ」
ぼくがそう愚痴をこぼしたところで、丁度前野ちゃんの家に到着した。
「もう道に迷うことはなさそう?」
「ちょっと……わかりません。でも、また迷ったら……その時は呼んでもいいですか?」
「力になれるかはわからないけどね。お客さんはいつでも大歓迎だよ」
ぼくが笑ってそう返すと、前野ちゃんは「ありがとうございました」と言い残して自宅の玄関へと飛び込んでいった。
「ただいま!」
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