特殊職/番外編 「あの人の話」

 何の話からしようか、さて、迷ったものだが、まずは私の話からしようか。

 引退した元職業者の話だが、なに、聞いておくに越したことはない。きみの何かのヒントになるかもしれないわけだし。

 そもそも失われた子供たちロスト・チャイルドというのはどういうふうに生まれるのか。そこから語っていこうか……とは言っても、私にもよくわからないことは多いんだが。


 だいたいの失われた子供たちロスト・チャイルドというのは、生きながらにしてその精神が──あるいは魂が──死を経験することによって、その存在がた結果、どこか別のへ──いや。確証がないからよしておこう。とにかく、私たちは世界から弾き出され本来あるべき場所に居続けることができなくなったものだ。


 私の時は、死がきっかけだった。

 文字通りの死だ。私を襲った多くの死が、幼すぎた私の精神を壊した。それが因果して死者と関わる仕事をする羽目になったんだから、このロスト・チャイルドの仕組みは何を意図しているんだかさっぱりわからないな。

 父も母も兄弟も皆死んで、私だけが生き残って……。そうして、「どうして私だけを生かしたのか」と私が嘆いた日、私は世界に私として在ることができなくなった。

 そして、きっとこうなった以上、もう二度と元には戻れないんだろう。きみは自分の名前を覚えているか?そうか。なら、どれだけ他の名を名乗ろうと、その名を忘れてはいけない。

 きっと、きみが忘れた瞬間その名前はどこにも存在しなくなってしまうだろうからな。私もそうだった。見法零を名乗り、見法零以外を名乗らなくなった時に以前の私を失ってしまったんだ。

 何があったかを認識できるようになっても、私が私以外の何かだったことはもう二度と思い出せないだろうな。

 ……哀しくはないのかって?寂しくはあるが、悲しいと思ったことは一度もないよ。なにしろ、私が私であることを覚えている人はたくさんいる。私の生徒だっていまはいるしね。


 で、何の話だったか。そうだ、私たちの話だったな。

 私は元・御法礼屋の見法零。きっと私たちロスト・チャイルドの中でも特殊な商売をしていた女さ。詐欺みたいな商売ともいうな。

 ……ああ、いや、御法礼屋っていうのはまぁ方便みたいなもので、私はもらう側だったんだけどな。商売してた頃は袈裟着て錫杖持ってたし。

 自分はどんな商売なのかって?……ロスト・チャイルドは、自分がどんなことをできるのかわからない場合が多いから、『掃除屋』と『始末屋』に手伝ってもらって見つけるしか本来はないけど……きみは自分で、自分のやるべきことが分かってるんじゃないか?

 まあ、仕事をどうやって探すかくらいは教えてやろうか。とはいえきみのは前任者がいたからそう難しいことにもならないけど。

 ロスト・チャイルドは見ての通り、都市伝説のような存在だ。だからその仕事の始まりも都市伝説のようなものでね、私の時は「御法礼屋さん、御法礼屋さん、どこかに未練はありませんか」だったかな。

 そういう依頼の声が聞こえたら、その時から仕事が始まる。依頼者と契約する交渉の時点で、私たちの仕事は始まっている、というわけだ。

 契約の際に提示すべきことは二つ。契約の条件と、契約の報酬のことだ。

 そして依頼者の名を尋ね、私たちがロスト・チャイルドとしての名を名乗ったら──そのときから、本格的に仕事が始まるってわけだ。

 どうかな、わかりやすく説明したつもりだったが。これで大体、私たちについては分かったか?


 ……何?私の仕事についてもっと話を聞きたい?仕方ないな。

 たいして面白い話はないよ。死の概念の蓄積具合とその質を調査して、そこから『死』を取り払う。事故物件の事故の処理なんかをしてたっていうとわかりやすいかな。

 具体例?そうだな……じゃあ、あの話でもしてやろうか。


 /


「御法礼屋さん、御法礼屋さん、どこかに未練はありませんか?」


 確かあの時の依頼人はこぼそい大学生だったな。

 家賃が安いからと大学の近くの安アパートを借りたは良かったが、どうにもなにかと事故が多い。もしやと思って調べたら文字通りの事故物件、自分が死んだら溜まったものではないがだからと言って今から引っ越すのも費用が足りない……そういうわけで、藁にもすがる気持ちで私に依頼をしてきたってわけだ。


「やあどうも。御法礼屋、おいでなすった」

「ひぇ!?いったいどこから……?」

「おっとこれじゃ私の方が幽霊みたいだな。うーん、次は登場の仕方を考えないと」

「あ……あの……ほ、本当に、本物の御法礼屋さんですか?」

「ああ。そうじゃなきゃわざわざこんなところに来ないとも。それにしてもずいぶん死臭の濃い部屋に住んでいる。これじゃ生活してるだけで辛いだろうに」

「よくわかりますね……」


 だいたいこんなようなやりとりを幾らかやって、それから、確か私の方からこう切り出したんだったと思う。


「それで──私なら解決できるが、きみはいくら払うつもりがある?」

「……あんまりお金、ないんです。でも……本当に解決してくれるなら、調べたんですけど、御法礼の相場って散漫から五万ぐらいらしいじゃないですか。そのぐらいなら、出せます」

「その言葉に偽りはないな?」

「もちろんです」

「よし、じゃあ契約内容を説明しよう。といっても簡単なものだ。私はきみの悩み事を解決しよう。具体的には、この部屋に蔓延る死を取り去ろう。もし仕事に満足いかなかったり、私が『死を取り払うことができなかった』と判断したらその時は報酬は受け取らない。以上だが、何か質問は?」

「ありません。大丈夫です」

「なら契約成立だ。私の名前は見法零。御法礼屋の見法零だ。きみの名前は?」

「僕は、橘川きつがわ紀人のりとといいます」

「よし。承った。よろしく頼むよ紀人くん。すごくめでたい名前だな」

「よく言われます……」


 だいたいのばあい、こういう感じで私の仕事は始まる。ちなみに登場の仕方を考えないととか殊勝なことを言ったが、結局、最後までこの神出鬼没癖は治らなかったな。そして三槻と道也と讐夜にも完全に移ってる。このはな町のロスト・チャイルドにはろくなのがいないな……。

 いや、これはどうでもいいんだった。私の仕事の話だったな。といってもたいしたことはしてないし、ろくなこともしてないんだがね。やったことと言えば、隅々まで部屋を掃除したことぐらいで。

 そんなんでいいのかって?いいのさ。私がやることが大事だったんだ、あの時は。


「越してきたばっかりでそんなに物もないですけど、そんなに掃除することがあるんですか?いやでも埃すっご……」

「さてね。あ、その埃には触らない方がいい。ろくなことにならないから」

「エッ……はい」


 ちなみにこの場合の埃ってのは本当にろくな物じゃなくってね。いや聞かなくても文脈でわからないか?部屋に蓄積した死の概念、みたいなものだよ。正確には別のものなんだが、御法礼屋を名乗り死を祓うと言っていた以上死と定義したほうが便利でね。

 さて、とにかくこれは実際にはこの部屋に溜まっていたのは大した量じゃなかったし、質だって大した物じゃなかったから酷いことにはならなかったが、量によってはなにがあってもおかしくないものだ。だからむやみやたらにそこらへんに捨てるわけにもいかない。


 そこで、生きてもなければ死んでもない、幸運もなければ不運もない私たちロスト・チャイルドの出番だったというわけだ。

 いや食べてない、食べるのは流石に無理だ。

 だけど浄化ならできる。錫杖は伊達ではないってわけだ。

 取れるだけ取って集めた埃の中心に錫杖を立てるようにして、こう、しゃん、しゃん、しゃん、と。すると少しずつ死の気配が霧散していくというわけだ。


「ただ単に集めた埃を散らしているだけでは……」

「総量が減ってるのが見えんのか」

「あっはい」


 全部の埃が霧散したのを確認したら、一旦私の仕事はここまでになる。これ以上できることはないからね。


「では、この部屋にあった死は確かに祓わせてもらった。報酬は……1週間後に、『死が祓われた』という実感を持っていたら支払ってくれたらいい」

「ありがとうございました。でもそんな……僕の裁量とかでいいんですか?」

「いーんだよこういうのは仁義だから。それに、祓われた実感があるのに報酬を渡さないってのはそのまま罪悪感という呪いになって君に降りかかるからな」

「ひえ……」

「あと、これを渡しておくよ」

「これは?」


 そして、仕事終わりにはいつも私はお守りを渡していたな。

 気休め程度の代物だったが、みんな案外アレに助けられていたらしい。


「お守りだよ。サービスさ」

「ど、どうも」

「じゃ、また1週間後に」


 最後に必ず様子を見にくるからさ、とお決まりの文句を言って、依頼人の元を去るんだ。


 /



 大体いつもこんな感じに仕事をしていたよ。何か、きみの参考になればいいんだが。

 ……自分が──屋に仕事を依頼したときに似てたって?

 そりゃそうだろう。──屋も私の弟子というか……まあ、私はあいつの保護者だったからな。似てきてもおかしくはないだろう。そして、きみは……いや、お前はこれからその──屋になるんだ。

 割と辛い仕事だ。無責任に請け負ったと思っているなら、今からでも別の仕事を探した方がいい。どういう適性があるかは知らんが、お前はあいつの後任以外にもできる仕事がありそうだからさ。


 ま、働き始める準備と覚悟が決まったらまたくるといい。私は今は保健室の見法先生だが、元・御法礼屋で居続けることをやめるつもりもないからね。

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