特殊職/肩代わり屋 ep4 「篠原観波 後編」
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後海。
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夢のようなものを、見ていたように感じた。
その夢はぼんやりしているようで、どこか具体的なようで……。なにしろ、自分がどこ視点なのかもわからない。ただわかるのは、後ろ暗い後悔、罪悪感、時々背負い切れないぐらいの責任感があたしの心を貫くことぐらいだった。
いろんな人の姿が見えた。
その中には教室で無関心にしているあたしの姿もあった。
そうだ、思い出した。
肩代わり屋さんの鞄の中身を見ているんだった、あたし。
関係ない重荷の記憶をかき分けて、あたしは花菱さんの姿を探した。花菱さんがいれば、きっとその重荷はあたしのクラスメイトのものだからだ。花菱さんは文芸部の幽霊部員だってどっかで聞いたから、部活の仲間の記憶とかはほとんどないだろうし。
(やっぱり、花菱さんのこと、申し訳ないって思ってる子もたくさんいるんだ)
クラスメイトの女子16人の中で、特に花菱さんに対する申し訳なさを肩代わりしてもらったんだろうなと感じたのはあたしと花菱さん本人を除いて7人。
花菱さんがいる記憶には、必ずと言っていいほど音衣子もいた。あたしは正直、音衣子のことは嫌いだけど、みんなは意外とそうでもないってことも、なんとなく伝わってきた。
音衣子は、リーダーシップがあるほうだし。学園祭とかじゃ中心はって動いてくれるのが、結構ありがたいっていうのはわかるけど。
まあ、要は、こういうことだ。
「音衣子のことは悪く思いたくないけど、だからといって、いまの花菱さんの状況を放っておきたいわけでもない」。
……。なんていうか、都合の良い考えだな、とは思う。あたしも人のことは言えないけど。
これだと、音衣子の立場を危うくしたり、だとか、そういう話に進めるのは良くなさそうだな。まぁ、もともとそんなつもりはなかったわけだけど。
花菱さんと音衣子の立場が例えば入れ替わったとして、べつに、あたしの気持ちが軽くなるわけじゃない。そういうのは求めてないのだ。
当然ながら、例えばクーデターを起こしたとして、今の音衣子と花菱さんの立場が入れ替わるわけでもないし。そんな簡単な話があってたまるか。花菱さんたぶんそういうタイプじゃないし……。
最悪……あるいは良くて花菱さんの立場にいる人間が一人増える程度にしかならないだろうな。
それにしても、肩代わり屋さんの鞄の中身というのは当然だけどあまりに空気が重苦しい。重荷を詰め込んだ鞄の空気が重くないというのもおかしな話なので、当然と言えば当然なんだけど。
それに、どうも、これ、私が読んでからじゃなくてそれ以前の重荷も入ったままのようだぞ?明らかにこの学校の話じゃない重荷の記憶も見える。いわなが高の方(厳密には、いわなが中といわなが高は同じ学校なんだけど)の記憶も……。
(あれは……)
そんな過去の記憶をぼんやりと眺めている中でふと見えたのは、このはな中の制服の子だった。つややかな茶髪をひとまとめにしたポニーテールの後ろ姿が、みょうに目を引いた。
「……ごめんね」
あたしの見知ったいわなが中の煉瓦詰めの校庭にぺたんと座った彼女は、よく聞くと泣いているようだった。
「あたしが……あたしがバカだったよね」
誰だろう。あまりにひどく泣いているものだから、心配になってきた。もちろんこれは肩代わり屋さんの鞄の中の記憶だから、あたしにできるようなことは何もないんだけど。
気になってその子の方へ近付いてみて、気付く。
彼女の前に、もう一人……女の子が倒れている。
血塗れの、女の子が。あたしの見知った煉瓦詰めの校庭に、倒れている……。
「ひッ……」
思わず後ずさると、座っていた女の子の大きな瞳がこっちを見た。
「お前の……」
「な……何?」
「お前らのせいだ……」
「お前らのせいで、……は死んだんだ」
泣きはらした赤い目がこっちを見ている。
これは記憶であって、本来、責められているのはあたしじゃない。でも、その目は真っ直ぐにこっちを射抜いている。
向こうに倒れている女の子が花菱さんとダブって、あたしは思わず悲鳴をあげてしまった。
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とっても軽いのに重さで人を苦しめるものとは何でしょう?
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「……ッ!!」
跳ね起きる。どうやらベッドに寝かされていたらしい。ベッドなんて使ったの小学生の頃の修学旅行以来だ。思わず辺りを見回すと、四方はカーテンに覆われていた。見覚えがある。保健室のようだ。
保健室の割には、消毒液の代わりに鼻をつくのは珈琲の匂いだったけど。
「お、目が覚めたか」
「あ……見法先生」
そして当然、養護教諭の先生もいた。
「おまえ、図書室で倒れてたんだよ。魘されてはいたがぱっと見特に異常はなさそうだな。頭痛とかはするか?」
「いえ、特には」
「そうか。良かったな」
「……あの、誰が私をここに?」
「……落ち着いたらゆっくり話そう。頭が冴えてきたらこっちの椅子に座るといい」
それだけ残して、先生はいつものホームポジションに帰っていった。夢の中で見ていた景色がフラッシュバックする。丸い大きな赤い瞳。
どう考えても、あの女の子は肩代わり屋さんだった。
でもどうして?
肩代わり屋さんの大きな荷物の中に、どうして肩代わり屋さんの姿が入っていたのだろう?
そもそも肩代わり屋さんはこのはな中に通っていたのかな?
そういえば、あたしの話を聞いて「命題」だかなんだか言っていた気がする。それと関係してるんだろうか。
いろいろ考えたけど、結局のところ答えがあたしの中で出せるわけじゃない。本人に聞いたところで答えてくれるわけじゃないだろうし。見なければ良かったという後悔があたしの心をよぎった。
いや、でも、向こうが勝手に見せてきただけで私が悪いわけじゃないし……。
考えても仕方ないか。再度その結論を出したところで、あたしはベッドから這い出て上履きを履いた。
「見法先生、ありがとうございます」
「礼を言われるほどでもないよ。私はベッドを貸しただけだからな。なぁ、三槻?」
「そうですね」
平然と肯く肩代わり屋さんにあたしは思わず腰を抜かしかけた。
「お、もう一度ベッド戻るか?」
「遠慮しときます……!」
閑話休題。
「養護教諭はカウンセラーも兼ねてることが多いんだ。そのうえで『肩代わり屋』の存在は大いに役立つから、よくよく世話になってるんだ」
「さいですか……」
あまりにあたりまえのことのように見法先生が言うので、あたしはそれ以上追求するのはやめておいた。余計な藪をつついて蛇を出すことの恐ろしさはつい今しがた味わったばかりだし。
「それにしても……以前から気にしてはいたが、やっぱり
千十千、というのは音衣子の苗字だ。不思議な名字だねと聞いたら、何だか古い起源があることを教えてくれたっけ。
「花菱さんじゃなくて、音衣子の方なんですね」
「まぁな」
「……じゃあ、見法先生は音衣子がいつかやらかすんじゃないかって思ってたって言うか……知ってたってことですか?」
「否定はしないよ」
「じゃぁなんでほっといてたんですか」
「じゃあ篠原には言えるのか?『おまえはいつかいじめをしでかしそうだから気を付けろよ』って」
思わず言葉に詰まる。
「言えっこないよな。そうだろ」
「……はい」
頷くしかなかった。当然だ、あたしの立場で言っても危ういのに先生の立場でそんなことを言えるはずがない。
「すみません……」
「まぁ、私は責められて然るべき立場ではあるが。いや、これは今はもうどうでもいいんだ。後出しジャンケンみたいなものだしな。それより大事なのはこれからどうするかだ」
「あ、ハイ」
当たり前のことを言われてしまった。
「で、肩代わり屋の話を聞く限りじゃ、この鞄の中身の記憶を見てお前の力になってくれそうなクラスメイトを探すって聞いたが、現実問題どうだ?誰か一人ぐらいは仲間になってくれそうか?」
「目星がついたのは七人ぐらいでした」
「その中にお前が胸を張って友達ですと言えない奴はいるか?」
さっき確認した名前を振り返る。
「
「客観性の維持のためだよ」
「きゃっかんせー」
「わかるだろ」
「まあ……わかります」
「とりあえず神崎と日吉には話を聞くとしよう。ちなみに、他のメンツは?」
「あ、えっと……」
中略。
「ふむ。ま、誰に話を聞くかは適当に……いや、適切にこっちで決めよう。お前はお前でまだやることがあるだろうし、それに顔色もずいぶん悪い。今日はもう帰って休むといい」
「……はい」
「あ待って零さん。観波ちゃんのこともうちょっとだけでいいからここで休ませてあげてくれない?ひとりになれる場所とか家にないからちょっとその……」
「ああ、なんだ。じゃあここにいたほうがいいだろう。親御さんにはなんて?」
「勉強して帰るから遅くなるとは伝えてあります」
「なら問題ないな。保健室のベッドは治外法権だ、好きなだけ休んでいけばいい」
「ありがとうございます……」
促されるままベッドに横たわると、なんだか心がとても落ち着いた。漂う珈琲の香りのおかげなのか、それともカーテンで区切られたベッドのおかげなのか。
久々に、誰もいない場所で眠る気がする。……いや、カーテン一枚挟んで、向こうには見法先生がいるんだけど。あとワガタさんも。
「おやすみ、篠原」
優しい声を聞いたのを最後に、あたしの意識は沈んでいった。
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6
苦しいから息継ぎする必要があるんだよ。
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目を覚ますともう時計は18時すぎを指していて、母親からは「晩ご飯までには帰ってくるの?」というメールが届いていた。
あたしは寝ぼけ眼で「かえるよ」と返事を書き、もそもそとベッドから這い出た。
「おはようさん。歩いて帰れそうか?」
「んん……たぶん大丈夫だと思います……」
目を擦る。何度か頬をぺちぺちと叩いて、自分の鞄を担いだ。
「お世話になりました。すみません」
「構わんよ。お前はよくよくがんばった。肩代わり屋にとはいえ、人には話しにくいことを素直に話したんだから」
「はい……あ、そういえば、その肩代わり屋さんは?」
「仕事中だ。済んだらお前のとこに戻るだろうさ」
「わかりました」
「じゃ、早いとこ帰った帰った」
「はい……さようなら」
家に帰るともうすっかり暗かった。夏が過ぎると日が暮れるのが本当に早いなぁ、なんて思いながら、あたしは玄関の扉を開いた。
「おかえり観波。もうご飯できてるよ」
「ただいま……」
「なにその寝ぼけた顔、勉強しながら寝てたんじゃないの」
「寝てたかも……」
「はやく手と顔洗っていらっしゃい。もうご飯できてるよ」
「はぁい」
晩ご飯をもしょもしょといただきながら、あたしはぼんやりと肩代わり屋さんのことを考えていた。肩代わり屋さんは、どうしてあんな仕事をしているのだろう。あたしが見た記憶と関係あるのかな。
だって、あれどう見ても肩代わり屋さんだったし。
「ねえ、観波」
「何?」
「最近何か、悩んでることとかある?」
「……」
「あるのね」
「……ある。あたしだけひとり部屋持ってない」
「そんなこと?」
「そんなことって何よ。大事なことでしょ!?」
「……そうね。じゃあ、次のテストでいい点取ったらあなたのひとり部屋を開けてあげる」
「ほんと?」
「嘘をついてもしょうがないでしょ」
「でも信じてるからね」
「はいはい。はやくたべちゃいなさい」
「もうごちそうさまだもん」
ご飯を食べ終わる。意図せず悩み事の一つが解決の兆しを見せてしまった。
ごまかしに言ったことで、しかも口約束だったとはいえ、こんなに簡単に母があたしのお願いを聞き入れてくれたことはなかったのでなんだか拍子抜けしてしまった。
保健室の先生は、ひとりになって休める場所がないことを随分心配してくれていたし、本来は与えて……というか、あってしかるべきものなのかもしれない。あたしにはあまり実感がないんだけど。
「じゃあ、ごちそうさま」
「お風呂沸いてるからね」
「はーぁい」
呑気な返事を返してお風呂へ向かう。いつものルートだ。そういえば肩代わり屋さんはどこへ行ってしまったのだろう。
あたしがひとりになれる部屋がないと知ると、肩代わり屋さんは夜になるといつも何処かへ出かけるようになっていたけど……今日みたいに、途中からいなくなってしまった日というのは初めてなのでちょっと不安だ。
「考えてもしょうがないかぁ」
最後の一枚を脱いでお風呂場に足を踏み入れる。あたしは何となく、今日はちょっと長風呂しちゃおうと思った。
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クジラってどこに行こうとしたんだろう。どこへも行けやしないのに。
/
「観波じゃん。そういうキャラだっけあんた」
「……たまたま目が覚めたからさ」
朝になっても肩代わり屋さんは帰ってこなかった。あたしは少し早く目を覚ましたから、なんとなく、そう、なんとなく……少し早めに家を出て、誰もいない教室でぼんやりとしていたところに、音衣子が入ってきた。
「ふーん」
「なに、音衣子もそういうのにつっかかってくるキャラじゃないでしょ」
「つっかかってくるって何よ。そんなことした?あたし」
「言い方が悪いっつってんのわかんない?」
「あたしに文句あるわけ?」
あるわよ、と行ってやりたかったけど、声が詰まった。
あんた何様のつもりよ?そうずっと思ってるけど、あたしには何も言えなかった。
「……別に。そうとは言ってないでしょ」
「じゃ、いーじゃない」
「そうね」
何かを言うのも面倒になったのでやめた。わざわざこれ以上音衣子の気持ちを逆立てる必要もない。そういえば、音衣子がこんなに早くから来てるのは全然知らなかったな。
「音衣子はなんでこんな早く来てるの?そういう言い方するってことはいつも早くに来てるんでしょ」
「まぁね。あたしにもいろいろやること、あっから。……あんた知んないだろうけど、花瓶の水も、チョークの補充も、吹部が汚してった教室の掃除も全部あたしがしてんのよ」
「ふーん」
「……手伝ってくれたりはしないわけね」
「だって音衣子が勝手にやってるんでしょ」
「先生が褒めてくれたからね。ただの一度だけだけど」
「何それ──」
バカみたい、と言いかけて、音衣子の横顔がびっくりするぐらい真剣なのに気づいて、あたしは次の言葉を慌てて打ち切った。その代わりに、
「……マジメすぎんじゃん」
「馬鹿にしてる?」
「そんなわけ!」
「そ」
確かに言われて気づいたけど、朝っていうか、早朝今現在の教室の床は汚いし(放課後の掃除の時ぐらい汚い!)、花瓶の水は誰かが変えてるの見たことなかった。黒板のチョークはだいたいちゃんと補充されてたし(これは絶対掃除の時誰かがやってると思ってた)。
「音衣子がそういうタイプだと思ってなかったのはまぁ事実だから、これは……謝るよ」
「とんだ偏見じゃん。どうせいつも偉そうだから厄介ごとは誰かに押し付けてるんだろうとか思ってたんでしょ」
ぐうの音も出ない。
「これでもあたしだってちゃんとしてるとこはしてんの。……それなのに……」
音衣子が何かを言いかけたところで、芦名と日吉が教室に入ってきた。
「おはよー」
「あ、おはようあっしー」
……音衣子は、それ以上続けて喋るのをやめてしまった。追求するのも悪いので、あたしもそれ以上は何も喋れなかった。
そのかわり、
「ねえ音衣子、肩代わり屋さんって知ってる?」
「肩代わり屋さんってあの?」
「そう、あの肩代わり屋さん。あれって意外とご利益?あるらしいから、音衣子もなんかあったら使ってみなよ」
「ふーん」
「うわ音衣子興味なさそー」
「ちょっとうるさいよノゾミ」
音衣子は和やかにあははと笑って、あたしと音衣子の会話はもうそれっきりだった。音衣子にきれいに片付けられた教室で、虚しい会話だけが反響した。
そうやって久々に穏やかに話をする音衣子の様子はそう長くは続かない。当然だ。
花菱さんが教室に入ってくると、音衣子は途端にむすっとした表情を浮かべる。さすがに露骨すぎるよ。とは思いつつ、しんと静まりかえった教室の空気にあたしも思わず口を噤んでしまったけれど。
「……おはよう」
花菱さんは図太いのか何なのか、分厚いメガネの向こうから伝わってくるようなくぐもった声で「おはよう」を必ず言う。女子は誰もそれに返事をしない。
あたしも、あっしーもひなも、カンナもノゾミも、もちろん音衣子も。
そして無言で自分の席に着く。無視されているから逆に都合がいいのか、彼女は毎日本を読んでいた。
無愛想で、何を考えてるのか全然わかんない、ほとんど喋らない。部活には入ってない、いつもひとりでいる、クラスから浮いている女の子。
きっかけさえあればいつだってこうなっておかしくなかったとは、感じる。
「ホームルーム始めるよー」
そして先生が入ってきて、いつもとほとんど同じように一日が始まった。ただ一つだけいつもと違うのは、あたしが早くに学校に来て、音衣子につっかかられたことだけだった。
/
そうして、いつもとちょっと違うことがあった日というのはいつもと違うように終わるものだ。具体的に言うと、ワガタさんを通して保健室に呼び出されていた。
「花菱と千十千の話だよ」
「へ?」
「へ?じゃない。二人の話をしてもらおうと思って呼び出したんだが」
「あぁ……でも、あたし、あの二人に何があったのか全然知らないんです。音衣子に花菱さんに関わるなと言われた日の朝、教室の空気が重かったことぐらいしか……」
「ふうん」
「さ、参考にならないですよね。すみません」
「いや、そんなに期待していたわけでもない。確認は取れたしな。なぁ三槻?」
「零さん昔より人遣いが荒くなってるからびっくりしちゃったな、私……」
「わ、ワガタさん」
どこに行ったんだろうと思っていたけど、どうやら見法先生にこき使われていたらしい。
「何をさせられていたんですか?」
「一晩中校区内走り回って昨日観波ちゃんが挙げてくれた子の家に手紙おきにいってたのよ。かならず保健室に来るように、って」
「で、私が独自に全員に話を聞いたってわけだ」
力技だなあ。
「もっとこう、不思議な力で解決してくれるものだと思ってました」
「知らなかったのか、肩代わり屋はいつも力技だよ」
「否定できない……」
「否定してくださいよ……」
「結局のところ、当人の心の重荷が取り除かれるかどうかって言うのは最終的に本人の行動に依存するんだもの。些細なきっかけからの軽い重荷とかならその場しのぎで、それこそ観波ちゃんの言う『不思議な力』でどうにかなるけど、今の観波ちゃんみたいに問題を解決しなくちゃいけない場合はどうしても力技になるの」
「……すみません」
思いの外マジメな返答が返ってきたので少ししょんぼりしてしまった。
「ともかく、今日一日で得た収穫はこうよ」
一度話を区切ってから、肩代わり屋さんは解決につながる話を語り始めた。
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8
案外、空気のあるなしなんて主観でしかなかったのかもしれない。
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つまるところ、お互い認識がすれ違っていたの。
千十千さんと花菱さんは今まで生きてきた世界が違うっていうか……。
あなたが花菱さんに関わらないようにと伝えられた日の朝、今日のあなたと同じように花菱さんはたまたま朝早くから教室にいたの。そしてその後から千十千さんが教室に入ってきた。
千十千さんは、花菱さんとはそんなに……仲良くなれるタイプじゃないでしょ。だから千十千さんは花菱さんにはおはようとだけ言って、いつもの日課を始めたのね。
日課のことは、何人かの子たちは知ってたみたい。特に日吉さん?あの子詳しかったわね。一年生の時担任の先生に褒めてもらったのが忘れられないとか……ああいやこれは関係ない話だった。脱線しちゃった、いけないいけない。
とにかく、その日課の掃除中、花菱さんが本を読んでいる机に千十千さんがぶつかっちゃって。千十千さんは「ごめん」って言ったんだけど、花菱さんは何も言わなかった。
他の子が言うには、花菱さんは気にしてない時は何にも言わないタイプだけど、千十千さんはすごく喋るタイプだから何にも言わなかったのが気に入らなかったと思ったのか何度かごめんって言って、それで花菱さんはようやく「別に」って言ったんだって。
まぁ、ここまでならちょっとしたコミュニケーション不足っていうか、性格のすれ違いぐらいで済んでたんだけど。
花菱さんがそのあと千十千さんに「わざわざ謝らなくていい、私みたいなのと喋りたくないでしょ」って言ったらしくって、これはつまり……わかるかなぁ。観波ちゃんにわかるかどうかはともかく、花菱さんってちょっと卑屈なところがあるみたいだから、わざわざ自分みたいな存在を気にする必要はないって意味で言ったみたいだけど、とうぜん千十千さんはそうは捉えなかったんだよね。
それこそ、観波ちゃんが最初に言ってた「怖い」ところっていうのが発揮されちゃったっていうか……。千十千さんにも余裕がなかったんでしょうね。あ、もちろん千十千さんの前科とかはあるなら擁護するつもりはないし、今回花菱さんを無視するように仕向けた点だって無視できないわよ。
でもまぁ、今回はたまたまわかりやすい原因があったから。それは解決の糸口に使えるでしょう?
そういうわけで、みんなから聞いた話のまとめはこんなところよ。……ここからどうするかは、観波ちゃん次第でもあるんだけど……あなたは、どうしたい?
/
正直な話、あたしは花菱さんが無視される状況を脱して、その上で、もう誰も花菱さんみたいな目に合わなければなんでも良かった。今の話を聞いても、花菱さんがわりといい人間ではないというか、何か理由はあれども孤立すべくして孤立した人だったってことはわかったけど、その上でどうしたいかは、あたしにとってはなにも変わらなかった。
「それであの……よかったら、参考までに聞きたいんですけど、話してくれた子たちは解決するつもりがあるなら手伝ってくれそうとかありますか?」
「もちろん。少なくとも観波ちゃんが挙げた子たちはそのつもりがあるみたいだったわよ。嘘は言ってません、肩代わり屋の名にかけてね」
ワガタさんが自信満々に頷く。他の人が言うんじゃ信じられなかったかもしれないけど、この人が言うなら信じられる。
「ねえ、肩代わり屋さん。あたし、音衣子を説得したいです」
「じゃあ、そうしましょう」
そういうことになったから、あたしは代表的に音衣子を説得することになった。
……音衣子と戦いに行くんじゃない。音衣子の重荷を、私が一緒に背負うのだ。
人にはそれぞれの見方があって、それぞれに味方が居て、でもその味方から実のところ理解を得られてない時もある。
皮肉なことに、対立する立場にいた方が相手の思想心情を理解できることだってあるくらいだ。
それがわかってるなら、あたしにやるべきことはたった一つだ。
/
9
肩代わり屋さん、肩代わり屋さん。
/
「私の重荷、変わってください」
「えぇ、えぇ、勿論です。あなたは素敵な勇気を持っているわね」
/
「あれ。おはよ、観波」
「おはよ、音衣子」
「……」
「……あのさ、音衣子」
「なに?」
「ごめん、あの、なにから話せばいいかな……あたしがあんま音衣子のこと好きじゃないのって知ってた?」
「なによそれ。いや態度でわかるし」
「あ……そっか。ごめん」
「いや謝んのも意味不明だし。それでそれがなに?」
「花菱さんのこと、もうやめない?」
「話飛んでない?」
「飛んでないよ。あたし、もともと音衣子の言いなりになるのほんとは嫌だったって話」
「……それはごめん」
「謝んないで。あたしが勝手に音衣子にビビって言いなりになってたんだから。それに、謝る相手、あたしじゃないでしょ」
「……」
「花菱さんとなにがあったのかは大体聞いた。だからさ……あたしも謝るから」
「それ観波逆になんも関係ないじゃん」
「なくないよ。あたしだって花菱さんのこと無視してた。ほんとはクラスみんな、花菱さんに謝んなきゃいけないでしょ」
「……観波」
「ねえ音衣子、友達になろう。なってさ、そこからもっかいちゃんと……花菱さんとも話そうよ」
「ごめん。ありがと。なんていうか……すごい気を使わせちゃったみたいな?」
「そだね。すごい気を使った」
「もう!言い方ってもんがあるでしょ観波」
「あはは……」
/
結局。
あれだけ嫌そうにしてた観波ちゃんは、音衣子ちゃんと友達になって。
音衣子ちゃんは、みんなにも花菱さんにも謝ったし……花菱さんも、音衣子ちゃんに謝っていた。
ああだこうだと気を利かせたけど、結局のところ、穏当に解決できるようなクラスだったから問題なかったみたいだ。
「……私みたいにならなくてよかった」
肩代わり屋はうっすら微笑む。
「ねえ、あなたの重荷はおろせたかしら」
「ありがとうございました、肩代わり屋さん」
私に向けて頭を下げているのは観波ちゃん……ではなくて、音衣子ちゃんだった。
彼女も最後の最後に勇気が足らなくて、花菱さんにクラスみんなの前で謝るために私へのおまじないに頼ったのだった。
正しい使い方だ、と思った。
「あの、対価とかっていうのは……」
「いいのいいの、私、とってもいいものもらっちゃったから。これで二人分にしておいてあげる」
ぴらりと見せたのは、音衣子ちゃんと観波ちゃんが写っている一枚のプリクラだった。
「あっ、それ!」
「友達っていいものね。大事にするのよ」
肩代わり屋は、いつものようににっこり笑って──いわなが中をあとにした。
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