特殊職/肩代わり屋 ep2「望月善子 後編」

 幕間/あるいは肩の荷の関係ない話


 †


「うう……なんで……どうして……」

「……」


 放課後、雨のしとしと降る音だけがBGMの教室の中、善子ちゃんが独り、机に突っ伏して絶望している。が、こればかりは私にもどうにもならない。

 夏の匂いが近付き、同時に雨の増えてきた今日のこの頃、善子ちゃんの前には大きな壁──部活とは関係のないそれ──が立ちはだかっていた。


「肩代わり屋さん、私……補習はいやです……」

「私もそれはちょっといやかなぁ……」


 善子ちゃんに忍び寄る暗い足音。


 それは、誰もが直面する大きな事案──『期末テスト』だ。


 無論、テストまではまだ時間がある。どれぐらいあるかといえば1ヶ月弱──ざっくりと3週間。しかして善子ちゃんは勉強と部活の両立をしなければならない。

 いくら走る方の調子が良くても、勉学には身が入らないというもの。


 この学校はテストの2週間前から部活動の短縮が、1週間前からは部活動の一切の禁止期間が入る。要は「この時期ぐらいは勉強しろ、貴様ら」という意味だ。ともかく、そのため、せめて2週間前から勉強を始めてはどうか、と提案してみたが──


「それじゃあ間に合わないんです……ぜんぜんわかんないので……」


 正直、頭を抱えた。高校なんて行ったこともない私には勉強を教えることはできないし、心当たりなんてものもない。誰にどうやって頼ればいいのだ。うーんうーん……。


「……今回は、補習になったら、たぶんインターハイには出られないんです……」

「ちょ、それ一大事じゃない」

「だからやる気を出して、今から少しずつ頑張ろう、って──」


 唐突に教室の扉ががらりと乱暴に開かれた。


「って、誰!?」


 扉の先に立っていたのは、白衣を着た長身の女性だ。どこかで見たことあるような、保健室で見たんだっけ。いや、それ以前にも──


「この前も思ったが、独り言がでかいぞ望月」

「保健室の先生……」

「私は見法みのりれいな。いい加減覚えろー」

「せ、先生の名前、なんか覚えにくくって」


 見法零?え、それって──


「……そ、それで、何のようですか、見法せんせい」

「なんぞ。勉強嫌いのお前さんが珍しくやる気を見せているようだったから見にきたが、用はなさそうだな」


 彼女は立ち去ろうとしていた。まずい。この状況で見放されるわけにはいかない。しかも相手は、もし私が知っている彼女と同一人物なら、そんな相手に見放されちゃたまったもんじゃない。


「善子ちゃん、頼った方がいいわ」

「え?あ、え。はい。その、全教科、どこがわからないかもぜんぜんわからないんですけど、勉強教えてもらえませんか……」

「直球か」

「すみませぇん……万年赤点で……」

「ま、とにかく、私もあまり詳しくは教えられんが、素直にそう言った以上は力になってやろう。教師の務めだ」

「見法せんせい……!」

「感謝は赤点回避してから言え。とりあえず今日は素直に予習復習だけやっとけー。じゃ、また明日」

「はいっ、また明日……!」


 「見法先生」の後ろ姿を見送りながら、私はこっそり善子ちゃんに問いかけた。


「……見法先生って、いつ来た人なの?」

「え?せんせいは……確か、えーと。ちょうど私が入学した年だから、2年前、ですね」

「そう……」

「知ってるんですか?」

「ううん、たぶん他人の空似」


 他人の空似とは言ってみたものの、あんな人物が二人も三人もいても困る。どうせなら同一人物であって欲しい。ちょっと気まずいけど。


 /


 補習がイヤなら、部活禁止がイヤならば死ぬ気でテスト範囲を詰め込めばいい──とみのり先生は言った。私はそれに「頑張ります」と答えた。

 だから、だから……『この状況』に文句はない。でも、


「せんせい、これ、部活禁止が前倒しになっただけでは……」

「ンー?私は別に『部活に行くな』とは言っていないよ。ただ単に『付き合うのは6時までだ』と言っただけだが」

「ううっ……」


 場所ロケーションは保健室。目の前には山積みのプリント――見法先生が「望月がやる気を出した」と一言職員室で告げただけで集まったらしい――と、メイン5教科、正確には理科と社会は二教科ずつ、の教科書。サブ教科については、一気に全部手をつけるのは大変だから、というのと、さして範囲を広くする予定はないからという先生方からの温情(?)で2週間後からということになった。

 そういうわけで、私は既に習ったテスト範囲のプリントを文字通り一からやり直している。


 国語は漢字と文法。数学はほとんど計算ドリルだ。勿論中身は高三レベルで凶悪だけど……。英語はこれ、単語と……読解の問題なんだろうか。まず問題文も英語だから何言ってるのかぜんぜんわかんないや。

 化学・生物の理科は、基本は暗記、そして計算。化学のプリントを開いたらアルファベット同士を足していた。これはナンダ。

 そして世界史と現代社会だけど――これはちょっとだけ自信がある。暗記だけど、知っていることが多い。ニュースとかテレビ番組とかで見た。と思って意気揚々と開いたら、年号まで書かされて撃沈した。火縄く1789すぶるバスティーユ……。


 頭の中がグルグルしてきたので、いったんプリントを投げ出して体を椅子の背もたれに沿って仰け反らせた。


 ――三槻さんに『陸上は人生』なんて言ったけど、その通りなんだ。私はこの学校に受かったのだってスポーツ推薦だし、走る以外のことで私にできることっていうのは本当にない。勉強だってこのざまなんだ。真面目に勉強するなんていつ振りなんだろう。……。


「……見法せんせぇ」

「んー?弱音かぁ?」

「ううん、せんせいは勉強できるほうなの?」

「そりゃ、教えられるぐらいにはな。でも昔は望月ぐらい出来なかった」

「え!?そんなに。どうして先生になれるぐらいまで」

「あのな望月、人間、やりたいことにはいくらでも頑張れるもんなんだよ。ちなみに私はこの仕事に就くために禁煙もした」

「そ、そんなに!」

「まぁ、だから、人間、頑張れば勉強ぐらいはどうとでもなる。ま、その『頑張る』のハードルが異様に高い奴もいるけどな、それはまあいいだろう、幸い、望月はそのハードル自体はそんなに高くなさそうだ」


 まあ、たしかに、やる気だけはあるし。ぜんぜんわかんないから進まないだけだし。


「で、その『頑張る』のハードルは低いけど、その先のハードルが断崖絶壁な奴を助けるために教師がいるわけだ。というわけで、どんどん私たちに頼れ。勉強してまでやりたいこと、あるんだろ?

 いま詰まっていたのは化学だな?まずはテストに出るだろう元素記号を私がヤマ張ってやろう、それだけでも意味を覚えるんだ」

「は、はい!」


 言われた言葉に背筋がピンと伸びた。先生の持った赤い鉛筆がプリントの上を滑る。アルファベットが書かれていく。ぜんぜん分からない。六角形が書かれた。蜂の巣かな?なんなのこれは。どうすればいいの。


 でも、なんとかしなくちゃいけない──いいや、なんとかするのだ。私が、自分で。


 私は必死にプリントにかじりついて勉強の手を進めた。――三年分、もしかしたらそれよりもっと、の遅れを取り戻そうというのだ、きっと難しいだろう。

 それでもやらなくちゃならない。私は、自分のやりたいことをするために。



「いやはや、ほんと根っからのスプリンターだねえ」


 /

 望月善子は、結局、終礼から6時までは保健室で勉強をし、その後、少しのストレッチと基礎鍛錬、週末はプラスして数本のタイム測定をする、という日々を続けていった。今日でちょうどそれが2週間経過した。

 無理をしているのは間違いない。しかし、当人が「やる」と言ったからには、私に止める権利はない。勿論、体を気遣ってしっかり休息を取るようにとは言ったし、勿論、今まで体調管理を忘れなかった彼女のことだから、倒れるほどの無理はしなかろう。

 しかし、こちらでコントロールできるところはコントロールしてやらなければならないだろう。明日からは教科を増やすし、それに、部活が禁止期間に入る――つまりそれは、彼女にとって、ここから1週間は走ることが出来ないということを意味する。


「望月ーぃ、ずいぶん進んだんじゃないか」

「え、そうですか?」

「ああ。私はそう思う。だが、自分じゃわからんだろう。というわけで、今日はこの小テストを作ってみた」

「小テスト!?」

「小テストだ。5教科分を一本のテストに詰め込んでるからやってみろ」

「がんばります……」

「時間は……まぁ、50分でいいだろう。50分過ぎたら採点してやる」


 なら、休息をとらせてやらないわけにも行かないのだ。

 採点の結果が良かれ悪かれ、今日は勉強をほどほどにさせるつもりでいた。ここまで2週間、土日を除いて約10日目。よく飽きもせず続いたものだ。感心する。だから、そのご褒美は必要だろう。

 いわゆる、チートデイ、というのがないと、続くもんも続かない。


「…………」


 望月はもくもくと問題を解き続けている。


 シャーペンの動きは2週間前とは比べ物にならない。彼女は勉強できないなりに学習をしている。手放せないもの、陸上に向き合うために。


(……赤点が1個や2個で済むようなら、多少なりとも口利きしてやろう)


 依怙贔屓など知るか。もともとスポーツ推薦を取っているうちが悪いといえば悪いんだ。


 /

「はい、終了」

「ああああ~!おわった……」


 望月はプリントを私に差し出すと速攻で机に突っ伏した。基礎問がいくらか、5教科分詰め込まれただけのテストなのだが、たぶん望月的にはこれでキャパシティオーバーだったんだろう。頭から煙が出ている幻視が見える……。


「……お、なんだ、ちゃんと出来てるじゃないか」

「マジですか!!?」

「出来てるできてる。っていうか望月、字が汚いな。もう少し頑張れ」

「それは今関係ないじゃないですか」

「漢字読んでもらえないぞ」

「あう」

「ま、とにかく、それ以外は良くできてたよ。やりかたがわからんだけで地頭は悪くないんだろう。この調子なら満点は無理だろうが赤点回避は何とかなると思う」

「がっ、がんばります……」

「うん、じゃあ、今日はもう帰りなさい。ゆっくり休んで、月曜からまた頑張ること。いいな?」

「え?今日は勉強しないんですか?」


 ――以下、割愛。


 /

 時間は過ぎてしまえばあっさりとしていて、テスト本番はすぐに訪れたようにさえ感じた。そして、3日間の苦行……ひいては、3週間と3日間の苦行が終わった。


 その間に梅雨は明け、外は見事な快晴、じっとりとした空気の中せみの声が降り注ぐ、すっかり夏が訪れていた。


「……おつかれさま、善子ちゃん」

「おあ……すみません。つまらなかったでしょうに……」

「いいの、何かを頑張ってる姿ってとってもいいものだから」

「そういうものですか」


 まだ結果は出ないが、ひとまずやれることはやりきった。どうなろうと思い残すことはない。勿論、インターハイに出られなくなるかもしれないというのはこと・・だが、もう私のどうにかできる問題じゃない。


「……土日挟んだらテスト返却かあ」

「でしょうね」

「明日は少し休みます……ひさびさにたいりょくのげんかいをかんじた」

「ちゃんと勉強するの自体すっごく久々って感じだったものね」

「そうなんです……」


 思えば、当然の報いではあるのだが。

 それでもこの努力の賜物は誰かに認めて欲しい。


「それじゃあ、帰ろっか」

「そうします」


 /


 その日、『何度採点しなおしても望月のテストが平均点に届いている』と職員室で話題になったとか何とか。

 まったく失礼な話だと思う。入学してきた当初からあきらめて見放していたのはどこのどいつらなのだか――まあ、一人の生徒にそこまで時間を割いていられないという主張も分からなくはないし、とやかく本人たちに言う気はないが。


「おめでとさん、望月……。あとは肩代わり屋に任そう」


 この日の酒ほど美味い酒は今後そうそうないだろう。せっかくだ、雅に月見酒と洒落込もう。


 /


 善子ちゃんはその日、返却されたテストを何度も見返しては頭をひねり、頬をつねった。すべてすべてが平均点越えという結果に、クラスメイトも先生もご両親も驚いていた。なにしろ今まで最下位常連だった生徒が突然順位を半分の数値まで上げてきたのだ、そりゃあいろいろと疑おうものだ。


 色々と言われていたが、善子ちゃんはニッコリ笑って「見法せんせいのおかげだよ」とだけ返してまたテストを見返していた。


「部活動続けられてよかったね」

「はい。でも、ここからが本番です」


 ――学生の本分はいったんここまで。期末テストが終わるとすぐ夏休みに入る――ここからは、つまり、望月善子としての、あるいは陸上選手としての本分が待っている。


 即ち――最後のインターハイだ。


 /


 敵は後顧の憂い。心配事は失くすに限る。


 †


 1学期が終わり、長い夏休みが始まる――。

 場所は打って変わって善子の自室。冷房が効いた部屋でも室内はじっとりと暑く、もう暗くなった窓の外からはいまだに蝉時雨が聞こえる。


 夏休みは授業はないが、制約が多い。部活動は8時から。11時から13時までは水泳部以外は活動禁止。夕方は19時まで活動可能、週に1回は必ず休みの日を入れなければならない。という規則、そして――


 受験前の異様に多い宿題。


「なにが夏休みの友だ」


 それでもちゃんとやってるんだから善子ちゃんは偉いと思う。


「インターハイが終わってから手をつけるって選択肢もあると思うけど……」

「やると思います?」

「まあ、それは、ええ、まあ」


 思わず目をそらしてしまった。燃え尽き症候群とかでやらなくなってしまう可能性もなくはないし。それならば確実に出来るだろう今やっておいたほうがマシなんだろうな。


「それにまあ、こうこのうれい?をなくした方がやりやすいって見法せんせいも言ってましたし」

「それは一理あるわね、悩み事はないほうが肩の荷も降ろしやすいってものだし」

「肩代わり屋さん的にもそうなんですか?」

「当たり前よ。悩み事が後先にまだあるのか、それともこれで終わりなのかで結構違うわ」

「ふーん……」

「地区予選とインターハイみたいにね」

「あっ、なるほど」


 納得して頷くと、善子ちゃんは視線を手元のワークに移した。……会話の間もシャーペンはせわしなく動いていた。


 観察を始めてたったの3ヵ月だが、善子ちゃんの表情はかなり明るくなったように感じる。まだ重荷の下ろしどころがない、という問題は解決していないが、そもそも重荷を負いすぎる、あるいはいっぺんにたくさん抱えすぎる、というものはある程度解消されたように感じる。

 勿論、憂いの原因のひとつである『勉強』『成績』あたりがひと段落ついたので、ということもあるんだろうけれど、たぶん、これは私という『相談相手』がいたから起きた変化だ。

 人間、誰しも誰かに話を聞いてもらわなければ耐えられないものがある。

 そして、その話を聞いてくれる相手というのも通常、見つけるのさえ困難だ。


 たとえば親兄弟、先生、親友、そういうものに話を聞いてもらえればよかったんだけれど、善子ちゃんの場合、あまりに聞き分けが良すぎるから……きっと、愚痴を聞いてもらうにも遠慮してしまって、うまく話せなかったんだろうと思う。


 私と過ごした3ヶ月で、善子ちゃんは何か、理解しただろうか。こればかりは、最後の重荷を取り去ったのちに、彼女が私に報酬を引き渡してくれるかどうかで判断するしかない。


「ねえ、善子ちゃん……」

「うん?」

「善子ちゃんはどう思う?自分で」

「何がですか?」

「うーん、肩の重荷?下ろせたと思う?」

「うーんんん、それはまだわからない、っていうか、実際のところどうなんでしょう。肩代わり屋さん、三槻さんは、下ろせたように思います?」

「まあ、多少なりとも。もう重荷を回収しようとしても殆どかばんが重くならないしね」

「あ、そのかばんってそういう意味あったんですか」

「そうよー。精神的な重圧を、物理的な重みに変換するの。だからこのかばん、いま私が下ろしたら全部あなたにのしかかるよ」

「うわっ、怖い……!すみません」

「何が?」

「だって、それが重いの、私のせいなんでしょう?少なくとも今は」

「ああ、いいのよ、そんなの。

 物理的な重みなんて、精神的な苦痛に比べればどうということはないから」

「本当に?」

「もちろん。経験則で知ってるわ」


 でなくちゃこんな仕事をするはずもないのだ。


 さて、日々は次々過ぎていく。

 私が居る必要のある時間も、残りわずかだ。


 /


 最終調整。


 †


 ――カレンダーが1枚めくられて、彼女の最速タイムは0.02秒縮んだ。


 最初、善子ちゃんはここまでこられないんじゃないかと少し不安だった。

 最初から今日まで、体調を崩して倒れるんじゃないかと憂慮することも多かったし、身体が大丈夫でも心が折れてしまうんじゃないかと心配だった。何しろ、一番最初はどんなに取り除いても取り除いてもその心にはどんどん重荷が圧し掛かって、次から次へと要らない責任を取り込んで、今にも潰れて死んでしまいそうだったから。


 けど、今の善子ちゃんはそうじゃない。毎日の部活動だって楽しそうだし、だいたい、私が取り除こうにもその胸中に意識するほどの重荷がないときのほうが多くなった。


「ねえ、三槻さん、肩代わり屋さん」

「なあに」

「……最後のインターハイが終わったら、また一緒に、フライドチキンを食べに行ってもらえませんか。今度は私のおごりで」

「ええ、勿論」


 以前あれだけ渋ったことも、自分から言い出してくれるようになった。

 これならきっと、もう私が居なくっても、肩の荷をきっと自分で降ろせるだろう。なら、やはり、仕事は大会が終わったらおしまい。あとは彼女本人がそれを納得するかどうかだ。

 ただ働きはいただけないが、彼女にその実感がないならそれは働いたとはいえないから。


「こんなので、報酬になるかどうか、わかりませんけど」

「大丈夫、大事なのは気持ちで、その中身、じゃないから」

「ありがとうございます」


 ――まあ、そんな心配は必要ないみたいだけどね。


「明日、頑張りますから。見ててください」

「もちろん!ちゃんと見届けるわ」

「ありがとうございます。……おやすみなさい」

「おやすみ」


 一位でも、そうでなくとも。

 3年前の呪縛を断ち切って、彼女が100mの直線距離を走りきったら――3年、あるいは18年と11秒ちょっとの距離を走り終えたら、必ず褒めてあげよう――


 /


 走り抜け、最後まで


 †


 とうとうその時がやってきた。名残惜しいけれど、泣いても笑ってもこれが高校生活最後の一本のスプリント。



 気持ちは不思議と――いや、何も不思議ではなく、落ち着いていた。きっと、これも肩代わり屋さんのおかげなんだろう。


「位置について」


 息を吸う、吐く。


「ようい」


 ぐ、と足に力をこめる。見据えるはただ長い直線、その先。



 ――破裂音。


 と、同時に足が動く。


 体は勝手に動いていた。理論なんて知らない。技術など知ったものか。私にはこれ・・しかない、それだけが確かなのだから。


 ゴール、その先を見据える。私の足は誰よりも速く駆けぬけて、ゴールテープを切って、その先までたどり着く。


 ワッと歓声が上がり、設置された大きなモニターとストップウォッチに同時に表示されたその記録は――

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