一章(7)

 翌日、アデライドはファルシェーヌ卿に頼んで馬車を出してもらい、昨日と同じく昼すぎから街へと繰り出した。革命広場の少し手前で降ろしてもらい、四時くらいになったら来るよう頼んで屋敷へと返す。さすがにアデライドのためだけにずっと待ってもらうのは心苦しいからだ。


 そうしてアデライドは散策を始めた。

 まずは革命広場へと行き、そこから続く大通りをぶらぶらと歩く。相変わらず異国のような光景で、見ているだけで楽しい。様々な店を覗き――しかし中に入ることはせず、そそくさとその場を去る。


 せっかくエリクが観光案内をしてくれるのだ。店に入る楽しみはそのときまで取っておきたかった。


 となると行ける場所は限られる。結局一時間も経たないうちに散策に飽き、アデライドはエリクとの待ち合わせ場所であるパティスリーにやって来た。

 フィリップから預かったお金で昨日は食べなかったケーキをいくつか注文し、飲食スペースにある椅子に座る。フォークで一口サイズに切り分け、口に入れた。

 口の中に広がる甘味。


(うん、やっぱり美味しいわ)


 ゆっくりと咀嚼しながら、アデライドは頬を緩めた。あまくてふわふわで、食べているだけでとっても幸せな気分になる。

 ん〜! と声をもらし、じっくりと味わうように食べていく。

 しかしエリクとの約束の時間は四時前後。どうしても時間が余ってしまって。


「どうしよ……」


 食べ終わってしまった皿を眺め、アデライドはぽつりと呟いた。二時の鐘が鳴ってだいぶ経つが、まだ三時にはほど遠いに違いない。

 しかしすることなどなにもなくて。

 ぼーっとただ時間が過ぎるのを待つ。暇で暇で仕方がない。


(明日は本を持ってこようかしら?)


 少なくとも時間を潰すことはできるはず。そんなことを思いながら、じりじりとしか進まない時間を苛立たしく思っていると、扉の開く音がした。

 もしかして、と思ってそちらを見たものの、そこにいたのはどこにでもいそうなお嬢様で。


 はあ、と落胆の息を吐くと、行儀が悪いのも気にせずに頬杖をついた。

 暇だ。憂鬱だ。


(エリク、早く来て……)


 う〜とうめきながらそんなことを思っていると、またもや扉の開く音がした。四時どころか三時にもなってない。ということはどうせまたどこかのお嬢様とかだろう。

 そんなことを思い、ため息をつくと。


「アデラ……どうしたんだ?」


 一日ぶりの声に、アデライドはビクッと肩を跳ねさせて振り返る。

 そこには首を傾げているエリクがいて。


「エ、エリク……!? え、まだ時間じゃ……」

「あー……アデラと約束していることを話したら、先輩が、そんなに集中できないのならさっさと会ってこいって言って……」


 エリクはわずかに頬を紅潮させて視線を逸らすと、ポリポリと頭を掻いた。少し恥ずかしいらしい。

 そんな彼の服は昨日とは違い、深緑色の軍服だった。肩には金色の飾りがついていて、胸元にはブランクール共和国の紋章が縫いつけられている。あちらこちらにシミやほつれがあり、上品な衣服を纏っていた昨日とはガラリと雰囲気が違っていた。どことなく粗野な印象である。


 突然彼が来た驚きと、雰囲気の違うことによる戸惑いと。それらの感情を持て余していると、彼は一瞬こちらを見てサッと視線を逸らした。そっと唇が開かれる。


「まあとりあえず、今から行こう。少しの時間だけど案内する」


 そう言うとエリクはくるりと踵を返した。

 突然の展開に思わずほうけていると、エリクがこちらを振り返った。「行かないのか?」と尋ねてくる表情は、照れたようなもので。


「い、行くわ、もちろん!」


 そう言うと、アデライドは立ち上がってエリクを追いかけた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「では、これより緊急会議を始める」


 会議室にいるのは十人の男たち。彼らは十五年前、革命の指導者として民衆を動かし、革命を成功へと導いた、この国の中枢を担う男たちである。

 進行役の大臣が口を開く。


「今回集まってもらったのは、ほかでもない、反革命派の動きが活発化してきたからだ」


 会議に参加している一人――ユーグ・シャレットは、そっと目を閉じて記憶を整理する。

 革命中盤は魔の時代であった。疑心暗鬼となった当時の指導者や民衆の手により、反革命派だと少しでも疑いのある人物は、それこそ貴賎問わず次々と処刑されていった。そのためこの国に残る反革命派は少ない。


 しかし、まったくいないわけではないのだ。あの悪夢のような処刑期を生き延びた反革命派が。

 一度生き延びたためか彼らは総じて隠れるのが上手く、またしぶとい。革命から十五年経った今でも、王政に戻そうと躍起になっているほどである。


(王族はもういないのにな)


 馬鹿馬鹿しい。どれだけ過去の栄光にすがるつもりだ。

 そんなことを思いながら目を開けると、同時に斜め向かいに座っていた大臣が手を上げて発言をする。


「私のところにもその情報が入ってきている。潜入させた調査員によると、どうやら一、二ヶ月前くらいから少しずつ活発になっていき、ここ数日は今までにないくらい活発らしい。なにかあったと見るべきだろう」

「なにかとはなんだ?」

「具体的な計画が決まったとかでは?」

「そもそもやつらは王政に戻したとしてどうするつもりなのだ? 王族はもういないだろう?」

「一番王族の血が濃い人物を王位につけるのでは? はたまた隣国の王族を王位につけるのやもしれぬ」


 会議室はざわざわと騒がしくなるが、口にされるのは憶測ばかり。なんとか調査員を潜入させたとしてもあまり計画が流れて来ず、反革命派に関する情報がほとんどないからであった。

 秩序の乱れた会議室を締めるかのように、進行役の男がパンッと手を叩く。それだけで会議室は水を打ったように静まり返った。全員が進行役に視線を向け、その言葉を待つ。


「とにかく情報を集めろ。もう間もなく反革命派が本格的に動き出すだろうから、なるべく早く、正確に。あと軍は反革命派を見つけ次第捕らえろ。敵の力を削ぐ。以上だ。……ほかに意見のある者は?」


 誰も手を上げることなく、その日の会議は終わった。




 フィリップはぐるりと部屋の中にいる人物を見回した。ファルシェーヌ卿の屋敷の一室。今現在そこにいるのはかつて貴族だった男たち、三十人弱である。彼らはみな共通の願いを抱いていた。


 ――民主制ではなく、かつての王政へと戻すことを。


 一人ひとりの表情を確認し、フィリップは口を開く。


「では、あとは計画通りに」


 解散を告げれば、男たちはゆっくりと部屋を出て行く。なにも話すことなく、ただ静かに興奮をしながら。

 おそらく、ようやっとこのときが来たと喜んでいるのだろう。革命が完遂されてブランダン王国が滅び、ブランクール共和国となってから十五年。それほどの長期間煮え湯を飲まされてきたのだ。喜びもひとしおだろう。


 彼らを眺め、フィリップは心の中で嘆息する。

 ともにシルスター王国で育ち、一つ屋根の下で暮らしていた妹同然の存在であるアデライド。王族である彼女を利用することに抵抗がないわけではなかった。むしろそんなことしたくない。


 しかし、こうしなければならなかった。あるべきものをあるべき形に戻すためには、王族が必要なのである。


 ……やがて最後の一人が出て行き、パタリと扉が閉められた。部屋に一人取り残される。

 そっと窓の外を見れば、そこには憎たらしいほど澄みきった青空が広がっていた。

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