第6話 天敵エンカウント

 次の日の朝。いつもよりちょっとだけ早く目が覚めたわたしは、あくびをしながらリビングに降りた。


 キッチンには、いつも通り朝のニュースを流しながら朝ごはんを作るお父さん。

 今日の朝ご飯は和食みたいだ。ご飯に使うふりかけ、何にしようかな。


「おはよう泉美」

「んー、おはよー」


 そしてキッチンからするお味噌汁の匂いでお腹を鳴らしながら顔を洗って。自分の分の飲み物を準備してテーブルに置く。


 いつもならもうちょっと遅く起きるから、ここでもうご飯が食べられるんだろうけど。今日はまだもうちょっと時間がかかるみたいだ。

 でも今から学校の準備始めると途中で戻ることになりそう。中途半端なタイミングで起きちゃったなぁ。


 そんなことを考えながら、暇を持て余して流れてくるニュースに目を向ける。

 いつも見てるこの民放のニュースは基本的に賑やかな番組なんだけど、今はちょうど悪いニュースをやってるみたいで、真面目な空気が漂ってる。


『次のニュースです。本日未明、柊市で先週から行方不明になっていた女子高生が遺体で発見されました。警察の発表によりますと、遺体に外傷はないとのことで、死因の特定を急ぐとともに、殺人と事故の双方を視野に入れて捜査を続けると……』


 あ、地元のニュース。これ全国区のやつなのに流れるってことは、色んな人が気にしてるのかな。


「……先週の子、助からなかったのか……やるせないな……」


 そこにお父さんがお盆を持ってやってきた。いつもはおちゃらけてるか、子供みたいにはしゃいでることが多いお父さんだけど、今はすごく真面目な顔で悲しそうにしてた。

 お父さん、わたしを溺愛してるもんなぁ。きっとこのニュースを聞いて、死んじゃったお姉さんのお父さんの気持ちを考えてるんだろうな。


 でもとりあえず、お腹すいたよ。お父さんの配膳も終わったし、ひとまずは食べることにする。いただきまーす。


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 ご飯を食べ終わったら、学校の準備をして家を出る。

 うちの学校は集団で登下校するから、集合場所に行って。そこから全員が集まったら学校に出発だ。


 本当にいつも通りの景色。そんな中を、いつもなら見かけない黒塗りの高級車が横を通り過ぎていくのを見て、今までのいつもが少し変わったんだなって思えた。


 だってあれ、光さんのでしょ。昨日見たやつだよ。

 そう思ってたら、少し先で車が停まって、そこから光さんが降りてきた。


「よう泉美、奇遇じゃのう」

「あー、やっぱり光さんだった」


 近づいてくる彼女にわたしも手を上げながら近くけど、同時に後ろがざわついたのもわかった。

 特に男子。うんまあ、わかるよ。光さんすんごいかわいいもんね。


「まっすぐ学校に行くつもりだったが、お主が見えたのでな。一緒に行ってもよいか?」

「うん、もちろん!」


 ということで光さんも合流したけど、一緒に登校してる子たちからの質問攻めがまーすごいすごい。

 でも光さんも相変わらずすごくて、昨日教室で何度か見たときとおんなじで的確に全部に答えてた。さすがだよねぇ。


 わたしはもう色々聞いちゃってるからあんまりしゃべらないで横で聞いてるだけだったけど、別にいいもんね。

 だって、光さんの正体を知ってるのはわたしだけだもん。このわたしだけ、っていう特別感がなんともたまんないんだよねぇ。


 そんなこんなで、わたしは穏やかな気持ちで学校にたどり着いた。

 そのまま二人で教室まで向かう。その途中で、早速って感じで光さんが声を上げた。


「泉美や、お主なんということをしてくれたのじゃ!」

「えっ、なに急に、どしたの?」

「昨日貸したくれたマンガ! あれ未完結で、続きが出るのは半年後というではないか! あんないいところでお預けとか、鬼畜の所業じゃろ!?」


 いきなりだったから何か悪いことしちゃったかなって思ったけど、そんなことなかった。

 どうやら光さん、思ってた以上に楽しんでくれたみたいでわたしはとっても嬉しい。


 だからわたしはにっこり笑って、彼女に答えるんだ。


「でしょー!? でもさ、続きがどうなってるのかって考えてるのも結構楽しいよ。大体外れちゃうけど。そうやって色んなこと想像するだけでも楽しいのが連載中の作品の面白いところなんだ! それで友達と盛り上がってる時間なんて、完結したら体験できないもん!」


 ってお父さんが言ってた。普段はだいぶアレなお父さんだけど、そこはいいこと言うなって思うよ。


「うーむ、そういうものかのう……いや確かに絵は描くのに時間はかかるじゃろうが。線どころか点まで使って濃淡を描き出すとなると、それもひとしおか……」

「あ、ああいうところは大体実際に描いてるわけじゃなくて、そういうシールみたいなのを貼ってるんだよ。デジタルだと塗るのとおんなじふうにできるし」

「ほほー、そうなのか? 詳しいのうお主」

「いやあ、まあね、一応お父さんがマンガ家だからさ」

「なんと!? そうじゃったか!」


 そんな会話をしながら教室に入る。先に来てた子たちの視線が一斉にこっちに向いて……それから少し横にずれて光さんに集中した。


「あ、光さんだ。おはよー」

「おはよー!」

「うむ、おはようじゃー」


 みんなに手を振って先に進む光さん。少し遅れてわたしも続く。


「平良さんと一緒ってことは、学区同じなの?」

「いや、学校近くでたまたま合流できただけじゃよ」


 そんなやりとりをしながら席に着く。


 でもそういえば、光さんってどの辺りに住んでるんだろう。車で登下校してるのは遠いからなのかな?


 と思ってたら、同じこと考えたんだろうな。委員長が首を傾げながら聞いていた。


「光さんはどの辺りに住んでるの?」

「鷲手地区じゃ。ほれ、あの駅の近くにある……タワーマンション? とか言うやつ」

「あー、あの大きなやつ? はー、すごいね、やっぱりお金持ちなんだ」

「鷲手って、確かうちの学校から一番遠い地区よね。そっか、だから車なのね。校則違反じゃないみたいでよかったわ」


 委員長がうんうん頷いてる。あれ、他の地区だったらきっと色々言ってたんだろうな。彼女、そういうとこあるもん。


 ちなみにうちの学校の校則だと、学校から一定以上離れてるところに住んでる子に限って歩き以外の登下校が許されてる。うちのクラスにも何人か自転車とか使ってる子がいたはず。

 何を使うにしても申請しなきゃダメだけど、そこらへんは光さんはちゃんとしてそうだし大丈夫なんだろうな。


 そんな感じで、朝は穏やかに過ぎていった。

 今日もいいことありますように。


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 ところがそれがフラグだったのか。お昼が終わって、午後の授業が始まるまでの短い休み時間をすごしてるときに、ひと騒動起こった。


 わたしは自分の席で、光さん含めたそっち系の友達と一緒にマジピュアについて話をしてたんだけど。

 急に教室の扉が開いて、昨日は一日欠席してたクラスメイトが入ってきた。


 その子を見て、わたしはなんだか嫌な予感がした。だって彼女、入ってきたと思ったら自分の席に行かないで、こっちに向かってきたんだもん。

 ただ、視線はわたしじゃなくて光さんで固定されてたから、わたしに用があるわけじゃないんだろうけど……それでもわたし、この子のことは苦手だ。


 だってこの子、制服を一部が違うデザインに改造しちゃってるんだもん。ドレスっぽい感じの服自体はかわいいから、わたしもちょっと……ううん、かなり着てみたいんだけど。それ以外にお化粧して来てるし、髪も金髪に染めてるしで全体的に派手。ハッキリ言っちゃえば、わたしみたいなオタクとは正反対な子なんだよね。

 あと、小六のわりに、大きいんだよ。色々と。うん、色々と……。


「おいお前」


 そんな彼女が、光さんに声をかけてきた。うへぇ、なんだか機嫌が悪そうだぞ。そのせいもあってか、わたしと一緒に光さんを囲んでた子たちがほとんど離れて行っちゃった。これだからひえらるきー上位ってのはヤだよ。


 それにしても光さん、何かした……わけじゃないよなぁ。彼女は昨日転校してきたばっかりでだから、二人は今が初めて会ったとこだろうし。

 となると……きっとアレかな。わたしがそう思ったところで、当の光さんがゆっくりと顔の向きを変えた。


 その顔を見た相手……うちのクラスで、委員長に並ぶもう一人のリーダー、花房はなぶさ樹里愛じゅりあさんは驚いたように一瞬固まった。

 だけどすぐに気を取り直すと、鼻を鳴らしながら腕を組んで、上から目線の構えになる。


「……ふぅん、あたし級の転校生が来たって聞いたから急いで学校来たのに……なんだ全然じゃんか。小っこいし、胸もぺったんこだし」


 と思ったら、いきなり光さんをディスり始めた。


 あー、やっぱりなぁ……。予想は当たったけど、全然嬉しくない。


「ちょっと花房さん、いきなり何を言い出すのよ!」


 なんて考えてたら、わたしたちの間に委員長が割って入ってきた。

 委員長、正義感の塊みたいな子だもんね。いきなり人をディスるようなことは、彼女的にはアウトなのだ。


「なんだよ、あたしはホントのことを言っただけだろ。別に委員長のこと言ったわけじゃないんだし、そんな気にしなくたっていいじゃん」


 ところが花房さんはへこたれない。他のクラスメイトなら絶対萎縮する委員長に言い返す。そこが花房さんが委員長に並ぶリーダーな理由なんだよね。

 ただ、見た目きれいな女の子なのに口開くと男子みたいで。おまけに言い返す必要のないところでも言い返すから……。


「私のことは関係ないわ。それよりも会ってすぐに人の悪口はいけないことだって言ってるのよ!」


 こうなるんだよねぇ……。


 まあ、花房さんと委員長の口ゲンカはいつもの光景ではあるし、花房さんのギャップ増し増しなキャラはオタクとしてはアリなんだけど。それでも目の前で聞かされるこっちとしては、ただ迷惑なだけって言うか……。


「……なんじゃこの状況?」

「あはは……まあそうなるよね……。えっと、あの子はね、花房樹里愛さん。わたしはよく知らないんだけど、雑誌とかでモデルをやってるんだって。ときたま撮影のお仕事で、学校休むんだよ」

「ほう? 確かに昨日は見ておらんな。うむ、他と比べて見目は良い娘じゃのう」

「うん……ただこう、結構主張の強い子だから……。光さんもかなりかわいいからこう、ね……」

「なるほど、嫉妬されたか。んー、しかし……わしもそれなりとは思っておるが、方向性が違う気がするがのう」


 最後はだいぶ声を絞ってささやく感じで伝えたわたしは、光さんの返事に苦笑いする。

 確かに。光さんはかわいいが先に来るけど、花房さんはきれいが先に来る感じがするかも。


「……でもたぶん、そこは関係ないんだと思うよ……」

「なるほど、自分より目立つ存在が許せん性質たちか。面倒な輩というわけじゃな」

「光さん……結構ズバズバ言うね……」


 かわいい見た目と違って怖いもの知らずだなこの子。こうしてる間にも花房さんは委員長と言い合ってるんだけど、聞こえたら面倒なことになるのは間違いないのに。

 ……ああでも、あんな化け物と戦ってるんだから、小学生の女の子なんて別に怖くもなんともないのかな。

 それにあんなすごい車に乗ってるくらいだし、何かあってもなんとでもなるかもしれない。こう、マンガとかでよくある「裏から手を回して」的な?


「おい、お主ら」


 と思っていたら、光さんがケンカする二人の間に声だけで割って入った。やっぱり根っからの怖いもの知らずだよこの子!


 当然だけど、二人の視線が彼女に集中する。わたしにはこの二人の視線を同時に浴びるなんて耐えられないよ……。


「どういう意図があるにせよ、会話を楽しんでいたわしらのすぐ傍で口喧嘩はやめてくれ。やかましい」


 でもってこの言い方だもんなー!

 光さんを助けに入ったつもりの委員長はすごいショックを受けた顔してるし、逆に花房さんはケンカを売られた悪い子みたいな顔してる……!


 それでもわたしの席はここだし、何より今からここを離れるのはもう遅い。完全にタイミングを逃してる。

 お願いだから穏やかに終わらせてほしい……!


「は? お前何様のつもりだよ?」

「何様もくそもない。お主らの罵り合いが耳障りというだけの単純な話じゃが……どうやら理解するだけの頭脳がないようじゃのう」


 無理でした。


「な……っ、こ、この……! 生意気言いやがって!?」

「お? どうやら皮肉を理解するだけの頭はあるようじゃな。であれば早々に失せるがよい。わしは泉美たちとマジピュアの話をするのに忙しいからのう」

「あ……」


 光さんの言葉の刃が、花房さんに突き刺さる。なんて煽り性能の高い子なんだ……。


 だけどわたしは、それで花房さんが引き下がるとはとても思えない。それに、花房さんの前でマジピュア……というよりアニメとかマンガの話をするのはとってもまずい。

 だから思わず声を上げたんだけど……ああダメだ、もう手遅れだ。光さんの言葉にすごい顔で黙り込んだ花房さんが、すぐに気を取り直したみたいににまぁと笑った。


「……ふーん? なんだよ、お前らまだあんな子供だましのアニメなんか見てるのか? ぷぷっ、だっさ!」


 やっぱりこうなっちゃったか……。


 花房さんとははっきりとした付き合いがあるわけじゃないけど、それでも声の大きな彼女と同じクラスにいたら嫌でもわかる。彼女がそういうものを毛嫌いしてるってことくらい。

 そんな彼女がクラスのトップにいるから、余計にわたしの周りからその手の話をできる子が減っていったんだよ。だからずっとそういう話ができる親友がほしい、って願いごとしたのに……。


「ほう、ダサいとな。その心は?」

「うーわー、わかんないとかマジないわぁ。たかが絵じゃん? それもどーせ、キモいおっさんたちが描いてるリアル感ゼロの。そんなの見て喜ぶとか……そーいうのが許されるのは幼稚園までだろ!」


 ……言ってくれるなぁ。

 そんなの全部思い込みの偏見だよ。そりゃ、そうじゃない人がいないなんて言わないけどさ。仮にそうだったとしても、お話の面白さと作ってる人の性格は関係ないじゃん。


 大体、どんな作品だって大人の人が真剣になって一生懸命作ってるものなんだぞ。うちのお父さんだって、普段はあんなだけどお話作ってるときはすごく真剣で、かっこいいんだ。

 それをよく見もしない花房さんに、そこまで言われる筋合いはないよ!


 ……なんて、頭の中ではいくらでも言えるんだけどな。短い間にそれだけ考えて言葉にできるほど、わたし頭良くないし……。

 それに、クラスでリーダー格の花房さんに口ごたえして、もしもいじめられたら……とかも考えちゃう。そんなの気にしないって、簡単には言えないよ。のけものにされるのはつらいもん……。


「おい、花房とか言うたな。今の言葉、撤回せよ」


 そう思ってたら。すぐ隣で、あんまりにもはっきりとした怒りがぶわって解放された気がして、わたしは思わず光さんの顔を見た。


 怒ってた。今までなんだかんだで、柔らかい表情をすることがほとんどだった光さんが。あのバケモノを前にしたときよりもずっと、真剣に怒ってる。


 だけど花房さんは、それに気づいていないのかさらに笑う。

 やめといたほうがいいんじゃ。わたしはそう思ったけど、止める時間なんてなかった。


「ぷぷーっ、なんだお前怒ったのか? はーまったく、これだからお子ちゃまは……」

「ああ、怒ったとも。あれほど素晴らしい作品を作り上げるのに、どれほどの手間暇がかかっておるのか、お主考えたことがあるのか」

「んははははっ、あるわけないじゃん、たかがアニメだろ? あんなのドラマとか雑誌に比べたら、ぜーんぜんに決まってるって!」

「そうか……どうやら理解しておらぬようじゃな。ならば同じことをして進ぜよう」

「はー? 同じことー?」

「ちょ……ひ、光さん、あなた……」


 嫌な予感がしたのか、委員長が光さんを止めようとした。


 だけどそれも手遅れだった。光さんは委員長を手で制すと、そのきれいな青い目でまっすぐに花房さんに見る。

 にらむ、って感じじゃなくって、ただ目を向けてるだけに見えるんだけど。それでも……なんだろう、確かに鋭い視線が花房さんを貫いたような気がした。


「お主……衣服に随分と情熱を傾けておるようじゃな。着飾ることにまあ熱心なことじゃのう」

「いきなり何? あったりまえだろ、あたしはトップモデルだからな! この国でいっちばんかわいいんだよ!」


 えへんと胸を張る花房さん。たぶん、彼女の言ってることはそんなに間違ってるわけでもないと思う。

 普段からそう言ってるし、本屋さんとかでたまに彼女が表紙の雑誌とか見かけるし。なんなら確かお父さんも彼女が載ってる雑誌持ってた気がする。


 だけど光さんは、それを鼻で笑った。ついさっき、花房さんがしたのと同じように。


「はっ、くだらん。流行なんぞ毎年入れ替わるというのに、いくつもいくつも服を抱えて何か意味があるのか? 実に馬鹿馬鹿しい」

「……は?」

「わからんかのう? たかが布ではないか。それ以上の価値なんぞないじゃろ。にもかかわらずそこにありもしない付加価値をつけて高値で売りつけるなぞ、詐欺の類では? お主もモデルがどうのと威張っておるようじゃが、所詮金儲けのための話題作りに利用されておる、使い捨ての道具じゃろ」


 そして光さんのその言葉に、花房さんが顔色をなくした。それはたぶん、ショックを受けたとか悲しいとか、そういうんじゃなくて……怒りすぎて真顔になったみたいな、そんな感じだと思う。

 余波で委員長まで真っ青になってるけど。これはなる。


 わたし……わたしは、その、さっきの花房さんの言い方にはカチンと来てたから、ちょっとだけスカッとしたけど……。


「こ――ッ、こ、このクソガキぃ!?」


 まあうん、そりゃ、こうなるよね……。


 完全にキレた花房さんが、光さんの胸倉をつかんで無理やり立たせて目の前まで引き寄せる。

 光さんはそれには逆らわなかったけど、全然怖がってない。それどころか、ますますバカにしたみたいに笑って見せた。


「なんじゃ、怒ったのか? こらえ性がないのう、これだから今どきの子供は」

「テメェェ!? ざっけんじゃねーぞ!?」

「何もふざけてはおらん。言うたであろう。同じことをして進ぜよう、とな」

「はあぁ!?」

「わしが好き好んで嗜んでいるアニメーションを、お主は深く知りもせず己の勝手な見方で徹底的に否定したな。じゃからわしも同じことをしたまでよ。お主が好き好んで嗜んでいるおしゃれを、深く知りもせずわしの勝手な見方で徹底的に否定した」

「ぐ、く……こんの……!」

「どうじゃ、己の『大好き』を偏見で否定された気分は。それが先ほどわしが感じた気分じゃが。うん? どうじゃ? 率直な感想を聞きたいものじゃが」

「……ッ」


 花房さんがすごい顔してる……仮にもモデルやってる子がしていい顔じゃないぞ。


 でも気持ちはわかる。わたしも口にはしなかったけど、さっきおんなじ気持ちになったもの。

 それがどうしてかは、光さんが言うまでわかんなかったけどさ。好きなものを深く考えないで否定されるのって、それだけ傷つくんだ。きっと誰だって。


 花房さんもそれは心のどこかでわかったんだと思う。だからこそ、いつも何かと屁理屈をこねて委員長と口ゲンカしてる彼女が、歯を食いしばってにらむだけで終わってるんだろうな……。


「理解できたのなら、今後は勝手な思い込みで他人の『大好き』を否定せぬことじゃな」

「うるさい!! うるさいうるさいうるさぁーい!!」


 あっ、花房さんが光さんをはたいた!?

 ……と思ったら、直前で手首をつかまれてとめられてた。光さん、強キャラがすぎる。


 お話とかだとたまに見る光景ではあるけど、まさか現実で見る日が来るなんて思ってもみなかったな。半分自分も関わってるっていう状況が状況だけに、素直に喜べないけど……。


「口でどうにもならんと思ったら殴りかかるのか。ハ、程度が知れるな小童」


 そして光さん、さらに煽る。一体どんだけメンタル強いとそんなムーブができるんだろう……わたしにはとてもできない。


「……ッ!!」


 これにはさすがに花房さんも限界だったのか、光さんの手を強引に振りほどいて、教室から走って出て行っちゃった。教室にいた全員がその背中を信じられない気持ちで見送ったと思う。

 時間的にはあんまり長くなかったからか、みんなどことなく呆然としてる。


「……光さん、あなたいくらなんでも言いすぎよ!」


 ただ、そこで最初に我に返った委員長はさすがだと思う。メガネを整えながら、前のめり気味に光さんに詰め寄った。


「言いすぎ? あやつの言い分と同程度の言い方であったと思うがな」


 でもって、やっぱりへこたれない光さんだった。本当になんていうか、心がオリハルコンだなこの子……。


「わしは鏡のつもりで接しただけのこと。好意を向けられれば好意をそのまま返すが、害意を向けられたのなら害意をそのまま返す。それだけのことじゃ」

「それだけって……」


 委員長が言葉をなくしてる。なんて言えばいいのかわかんなくなったみたいだ。下手なことを言っても言い返されちゃうだろうし、たぶんそのほうがいいんだと思う。


 そしてわたしはと言えば、光さんの言葉に一人で納得してた。

 光さんがわたしのオタクな話を積極的に聞いてくれるのは、わたしが積極的に話してるからなんだなって。光さんのあの態度は、わたしが彼女にしてる態度なんだ。


 それってつまり……わたしが光さんと仲良くしたいって思ってるなら、光さんも仲良くしてくれるってことだよね。わたしがそう思い続けてれば、光さんもずっとそう思ってくれるってことだよね。

 さっきの花房さんとのやり取りは怖いくらいだったけど……でも、そもそも誰だって怒らせたら怖いよね。うちのお父さんだってあんな人だけど、本当に怒ったときはかなり怖いし。


 でもって、光さんが怒ってたのはわたしと同じことに対してなわけで。

 それならわたし、やっぱり光さんとこのまま友達でいたい。親友になりたい!


「さて、話の続きと行こうか泉美や」

「え、えぇー、この流れでなんであっさり元に戻せるかなぁ!?」


 でもさすがに何もなかったみたいに言われるのは、考えてもみなかったけど。


 ただ、なんていうかなぁ。


 今までの怖い空気を一気に消し飛ばしてわたしを見た、光さんのアースブルーの目はどこまでもきれいで。

 子供のような……って、それは当たり前なんだけど、でも新しいことにキラキラしてる目を見ると、思っちゃうんだよね。この目をもっと見ていたいなぁ、って。


 だから思うんだ。なんだかこの青い星の色も、まるで魔法みたいだなぁ。びっくりしたのもすぐに落ち着いちゃう。そんな魔法みたいだ、ってね。

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