第5話 沼に引きずり込む

「……わたし、また巻き込まれたりする?」


 一番に浮かんだわけじゃないけど、でも色々考えて、一番聞きたいなって思ったのはこれかな。

 あの赤い場所とか、顔のない化け物とか、聞いてみたいことは他にいっぱいあるけど。やっぱりまずはこれかなって。


「あり得る」


 光さんは即、頷いた。学校に近づくなって話からなんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだね……。


「お父さんが巻き込まれたりとかも……」

「あり得る。現状ではこの柊市の全域、あるいはその近隣であればどこでも、誰でも巻き込まれる可能性がある」

「うへぇ……。わたしだけならまだしも、街全体って……」


 わたしは顔をしかめて少し後ずさった。


 というのもわたしの住んでる柊市は、この辺りじゃ大きくはないけど小さくもない街だ。でも東京にそこそこ近いから、住んでる人はそれなりに多い。

 って、社会で習った。確か二十万人くらいが住んでたと思うけど。

 その全員が巻き込まれるかもしれないって、ものすごく大変なことなんじゃ。


「わし以外にも大勢が動いておるから、大丈夫だとは思うが……現状ではまだあの空間の出現を予測できんくてのう」

「ひええ……」

「じゃからこれを持っておくと良い」


 あの赤い場所を思い出してわたしがさらに引いたところに、光さんが何かを差し出してきた。

 思わず受け取っちゃったけど、それは指輪だった。


「わあ、きれいな指輪。光さんの目と同じ色だね」


 不思議なことに、全体が青い。宝石がそのまま指輪になったみたいな見た目だ。部屋の明かりに透かしてみたら、キラキラ光って……いつかの流れ星みたい。素敵だなぁ。

 でもこれをわたしが持ってて、何がどうなるのかな?


「これは魔法の道具じゃ。お主の場所を特定するのに役立つのと、あとは護りの魔法がかけられておる。身につけておれば、先ほどの夜鬼ナイトゴーント程度の相手なら無傷でしのげるくらいの魔法じゃから、よほどのことがなければ大丈夫じゃぞ」

「魔法の!? すっごーい!」


 それを聞いてすぐにワクワクする辺り、わたしって現金な性格してるなって思う。


 てわけで、早速指にはめてみる。ぶかぶかだけど、魔法の道具ならたぶん……やっぱり! どんどん縮んで、わたしにぴったりのサイズになった。さすが魔法。さすまほ。

 欲張るなら、ぜひ自分の言葉で魔法を使いたい。こう、「プロテクション!」みたいな。絶対かっこいいし、絶対楽しいのになー。


「あとは、家族の分も渡しておきたい。ここは何人家族じゃな?」

「わたしとお父さんの二人だよ」

「……そうか、わかった。ではこれが父君の分じゃ。お主から渡して差し上げると良いじゃろう」


 わたしの答えに、光さんは一瞬驚いた顔をした。


 まあね、うん。これを言うとみんな最初は似たような反応するから、わたしはもう慣れっこだ。

 それでもここで何も言わなかったのは、ありがたかった。慣れっこだけど、やっぱりいないお母さんのことを説明するのはしんどいもん。


「うん、ありがとう!」


 だからわたしは、素直にそう言った。すごいものをもらったことと、少しだけ、踏み込んでこなかったことに対して。


「さて、他に何か質問は?」

「えー、んー、んー……じゃあ……わたしにも魔法って使える!?」


 これは大事だ。とっても大事。もし使えるなら、わたしだって少しくらい……。


「道具さえあれば誰でも使えるが、やめておけ。素人が遊び半分で手を出すと、悪魔になってしまうぞ」

「……えっ」


 ところが、ものすごく真面目な言い方でまっすぐ言われて、わたしは思わず固まった。


「……で、でも、それじゃ魔法を使ってる光さんは……」

「素人が遊び半分で、と言うたじゃろ。わしはそのように訓練しておるから構わん。じゃがお主、わしと同じことができるか?」


 即、首を横に振った。ぶんぶん振った。

 むりむりむり。絶対無理。空いた時間が全部訓練とか、そんなの絶対無理!


 ということで、がっくりと肩を落とすわたしだった。


「そっかぁ、魔法って大変なんだね……」

「気持ちはわからんでもないがな。まあ、こういうことは専門家に任せておけ。警察や消防と同じようなもんじゃよ」

「確かによく素人が邪魔になるー、って二時間ドラマとかでも言ってるなぁ。なるほどなー」


 はあー、なんて、自分でもびっくりするくらい大きいため息が出た。

 うーん、本当にものすごく、心の底から残念だけど。やっぱり訓練だけの生活はわたしには耐えられないよ。どっちかしか選べないなら、今のほうがいい。


 ということで、この話はこれで終わり。次の質問に移った……けど、他に聞きたいことって主にバケモノがなんなのかとかそういうので、聞いた感じそんな重要な風でもなかったから、省略。

 だって設定資料とか読んでるみたいな感じだったんだもん。わたし、ゲームとかでもそっちはあんまり興味ないんだよね。色んなバケモノが地球に侵略しようとしてる、ってとこは重要だと思ったけど、それもわたしにどうにかできることじゃないし。


 ということで、


「……で? お主はわしに何を教えてくれんじゃ?」

「まずはやっぱり魔法少女についてかな!」


 布教の時間だ!


 わたしは光さんの前に、去年のマジピュアのブルーレイをずらり並べた。今年のはまだ全巻出てないからね。

 マンガ版も捨てがたいんだけと、やっぱりここは動くアニメのほうがわかりやすいと思うんだ。


「ふむ。これがアニメーションというやつか。初めて見たのう」

「本当に初めてなんだね……」

「うむ。……この裏面? に書かれているのはあらすじか?」

「そうだよ」

「なるほど……魔法の力で巨悪と戦う少女たちの物語なのか。ゆえに魔法少女、ということか?」

「うん。でも魔法少女って言っても細かく分かれてて、マジピュアは九十年代くらいから主流になった戦闘魔法少女ものなんだ!」

「急に立て板に水じゃなお主……ふむ、概要はわかった。それで、これを観せてくれるということでよいのか?」

「もちろんだよ! ちょっと待ってね」


 ということで、早速一巻のディスクを機器にセット。そのまま起動を確認して、わたしは光さんの隣に改めて座った。


 ……それにしても、小六になるまでアニメを見ないで育った子が初めてアニメを見たとき、どうなるんだろう?

 わたしは最初に連続して出てくるよくわからないロゴとかを流し見ながら、そんなことを考えてた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「泉美や」

「うん、なーに?」


 一巻に収録されてる最後の話が終わって、そのエンディングも終わって。次回予告まで見終わって、メニュー画面まで戻ってきたところで光さんがいきなり声をかけてきた。


「これはその機器がないと観れんのじゃよな?」

「うん……あーいや、ネットに繋がったパソコンかスマホでも観れるよ。有料だけど」

「ぐむ」


 そしてわたしの答えに、光さんはうなった。 おまけに腕を組んで、顔をしかめてる。どうやら、わたしの布教は成功したみたいだ。


 何せ光さん、最初は珍しいものを見てる程度の態度だったのに、だんだん真剣な顔になって最後のほうなんて前のめりだったもんね!


「気に入ってくれた?」

「……うむ。悔しいが確かに、これを知らんのは人生を損しておるやもしれぬ」

「でしょ!?」


 わたしが望んでた答えをしてくれた光さんに、わたしはずいっと近づく。そして思うところをオタク特有の早口でまくしたてる。


「他にもいーっぱいあるよ! こういうのは色んなジャンルに分かれてて、たくさんたーっくさんあるんだ! 特に日本は五十年以上前からやってるんだから、日本人で知らないなんてあり得ないレベルだよ!」


 人によっては気持ち悪いって思うだろうけど、光さんはそういう人じゃない。はず。


 だって彼女、わたしのトークに腕組みしながらうんうん頷いて、納得した顔をしてくれたもの。顔は真剣そのものだし。これで実は嘘ですってなったら、わたしたぶんしばらく寝込むね。


「五十年以上……そうか、なるほどのう。アニメーションはこの国の文化として、既に深く根づいているのじゃなぁ……」

「うん! ……まあでも、その、光さんにはお仕事があるんだと思うし、そのためには訓練も大事だって思うけど……それでもさ、息抜きって必要じゃない?」


 わたしの言葉に、光さんはゆっくりと顔を向けてきた。そのまましばらく、様子を見るみたいにまばたきしてたけど……。

 ふっ、て表情を崩すと、楽しそうに声を上げて笑い出した。

 よかった。息抜きがどうとか言うのは、実はしゃべってる途中でぱっと思い浮かんだだけで、そこまで深く考えてたわけじゃないんだよね。でも、喜んでくれてるみたいだし、結果オーライってことで?


「そうじゃな、確かにそうかもしれん。うむ、これは一本取られたのう!」


 光さんはそうやってしばらく笑っていた。それからよし、とだけ言うと、今度は改めてって感じで、身体を乗り出して顔を近づけてきた。


「よし泉美、続きを見せてくれんか。時間が許す限り見ていきたい!」

「おっけー、そうこなくっちゃ!」


 そうして、わたしたちはアニメの鑑賞会を始めた。


 とはいえ、わたしたちは小学生だ。門限がある。七時を前にして帰らなきゃいけなくなった光さんは、ものすごく渋い顔で仕方なさそうに帰ることになった。

 いいところで切るハメになっちゃったから、気持ちはとってもわかる。でもさすがにプレイヤーを貸すわけにはいかない。


 というわけで、少しでも慰めになればと思って、わたしは手持ちのマンガを何冊か貸してあげることにした。長く続いてるやつは持てないだろうから、月刊ペースの巻数が少なめのやつ。


 まあ、光さんはそれを未来のネコ型ロボットみたいにどこかにささっとしまっちゃったから、重さとかは気にしなくてもよかっただろうけどね。


「じゃあ光さん、また明日ね!」

「うむ、教室で会おう!」


 なんて話し合って、光さんは例の執事さんが運転する黒塗りの高級車で帰っていった。


 わたしは車が見えなくなるまで手を振って見送って、それからうきうきした気分で家の中に戻……ろうとして、何気なく空を見上げる。夕方と夜の間くらいの微妙な空で、いくつか気の早い星が光り始めてるのが見えた。

 その空を、あの日の青い流れ星が横切るのが見えた気がして……わたしは思わずにんまりと笑う。


 願いごと。どうやら叶っちゃいそうだぞ!

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