第7話 柊市連続失踪事件 上
花房さんはその日、一応戻ってきて授業は受けてたけどずーっと不機嫌で、クラスメイトともほとんど話さなかった。たまに光さん……と、ついでにわたしをにらんでたから、光さんに言われたのがよっぽど効いたんだろうな。
ただ、問題は次の日から起こり始めた。それも、光さんの周りでだけ。
たとえば上履きがどこかに行ってたり。机に落書きが……こう……すごく嫌な言葉が書かれてたり。あとは、クラスメイトのほとんどが光さんに話しかけなくなったり。
うん、いわゆるいじめってやつだ。
正直そんなような気はしてた。なんてったって花房さんは、クラスのリーダー格。彼女がこうだって言えば、多くの子は逆らえないんだよね。
わたしもその一人だし、だから今まであんまり彼女と関わらないようにしてたんだけど。実際に行動に移されるとすぐにこうなるんだから、その判断は正しかったと思うよ。
ただ、今回は光さんがターゲットなわけで。わたしとしては彼女をのけものにするなんて嫌だ。だって、せっかく親友になれるかもしれない子なんだもん。だからできる限り普通に話してる。
あとは委員長も普通に……どころか、明らかにいじめられてる光さんに積極的に接してる。この辺りは、さすが委員長って感じだ。
ただ……。
「おう泉美、おはよう。先日借りたマンガ、全部読み終わったぞ。気づいたら朝になっておったわい!」
「おはよー光さん。でしょ、面白いでしょ!」
「……元気ねあなたたち」
「おうとも。生まれてこの方、病気にはかかったことがないのが自慢でのう」
「そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……」
当の光さんは、まーったく、これっぽっちも気にしてないから委員長も空回り気味だったりする。
最初は委員長、すごく気にしてて、学級会議まで開いてみんなにやめさせようとしてたんだけど、他でもない光さん本人に必要ないってとめられてたくらいだもんね。
「所詮子供のすることじゃよ。この程度、痛くもかゆくもないわい。かわいいものではないか」
なんて言って光さんは笑ってたけど、それを聞いた委員長はずり落ちるメガネもそのままにちょっと引いてた。気持ちはわかる。
でも本当に光さん、全然気にしてないんだよね。だから痛くもかゆくもないってのは、純度百パーセントの本気で言ったセリフなんだと思う。
何せどこかに隠されたものとかは、場所を最初から知ってるみたいにすぐ見つける。机の落書きなんて、みんなが気づかないくらいの一瞬で元に戻しちゃう。トイレの個室で水をかけられたりとかもあったみたいなんだけど、無事に出てきたりするし……。
絶対魔法を使ってあしらってるんだと思うけど、ここまであっさり対応されると逆に花房さんがかわいそうに見えてくるレベルだよ。
そんな状況でもいつ何があってもいいように光さんの近くにいる辺り、委員長は本当にいい人だなって思うけどね。光さんが何もしなくていいって言ってからもそうしてたから、根っこからいい人なんだなって。
ついでって言ったら彼女に失礼かもだけど、おかげでわたしも委員長とは今までより仲良くなれた気がする。それは素直に嬉しい。
実のところ、わたしも光さんと仲良くしてるからかクラスメイトに軽く無視されてたりするんだけど、光さんと委員長の二人がいてくれるおかげであんまり気になってない。ものを隠されたりとかまではされてない、ってのもあるだろうけどね。
とまあそんなわけで、光さんがいじめられ始めて(本人が全然気にしてないからいじめって言っていいのかちょっと疑問だけど)二週間くらいが経った頃。
最近すっかり定着したわたし、光さん、委員長の三人で午前中の休み時間でおしゃべりしてたとき、それは急に起きた。
「……!」
今まで楽しそうに笑顔を見せて話していた光さんが、突然言葉を切って何もないほうに顔を向けた。
それがあんまりにも突然だったから、わたしと委員長はお互いの顔を見てから光さんの顔を横から覗き込んで……二人で同時に息をのむ。
光さんが、今までにない顔をしてた。目を細くして、口はまっすぐ横一文字。にらむようにどこでもないところを見る光さんは初めて……いや違う、わたしは見たことがあるぞ。
あのときと同じだ。わたしがバケモノに襲われたとき。わたしを助けてくれたとき、そのバケモノに向けてたのと同じ顔。
ということは、もしかして。
「あの、光さん? どうかしたの?」
わたしがそこまで考えたところで、委員長が心配そうに光さんに声をかけた。
光さんはそこでようやく気づいたように表情を柔らかくしたけど、それでもまだどこか怖い。委員長も同じように思ってるのか、ちょっと引き気味だ。
そんな委員長と、あとわたしに交互に目を向けてから、光さんは一度小さく呼吸を整えて。改めてって感じで口を開いた。
「すまん、急用ができた。わしは早退する」
「へっ?」
「……え、ちょっと、ひ、光さん!?」
「
「それ絶対嘘でしょ!? 光さん待ちなさ……ああもう、速い! もう見えない!」
そして光さんは、風のように走り去っていった。
伝言を任された委員長(今更だけど、委員長の名前は
委員長はそれから、大きなため息と一緒にゆっくりこっちに戻ってきた。そのまま光さんの席に座ると、机の中を整理し始める。
「委員長、何してるの?」
「光さん、早退するって言ったのに教科書とか全部置いてったじゃない。あとで持ってってあげないと」
「律儀だなぁ……」
「当たり前でしょ。委員長だもの」
わたしは思わず感心しちゃったけど、たぶん他のクラスの委員長はそこまでしないんじゃないかな。っていうか、なんなら花房さんなんて、教科書とか全部学校に置きっぱなしで普段ランドセルの中ほとんど空っぽだって自慢してなかったっけ。
……とは思ったけど、それは言わないでおいた。
それから委員長を手伝うことにする。聞いておいてわたしだけ何もしないのは、なんだかちょっと申し訳なくって。
でも手伝いながら、わたしは思う。
あの顔をした光さんが、あれだけ大急ぎで飛び出していったってことは……たぶん、出たんだ。バケモノが。
それもきっと、すぐに駆け付けないと大変なことになるみたいな、そういうやつだと思う。別に根拠は何にもないけど、これがアニメとかだとそういう展開だと思う。光さんはそんな動きをしてた。
「ねえ平良さん、光さんの急用って何だと思う?」
「え? うーん……どうだろ。でも普通家の用事で呼び出されたんだったら、校内放送かなんかが入るよね」
「そうよね、あれってやっぱり嘘よね。もう、ヘンな理由でサボったんだったら明日お説教よ」
「……ちゃんとした理由でもお説教はするんじゃ?」
「それはそうよ。早退するんだったら、ちゃんと先生に話してからじゃないと。許可もないのに勝手にするのはいけないことだわ」
「あ、うん、その通りだよね……」
こういうところが委員長は鬼って言われるんだよなぁ。これがなかったらもうちょっと楽しく付き合えるんだろうけど、生真面目っていうか頑固っていうか。わたしなんかは、理由なんてなくってもなんとなく休みたいときってある、って思うんだけど。
一応、ちゃんとした理由だったら手加減してくれるけど……なんなら光さんなら、そのまま言いくるめちゃいそうではある。
明日は光さんと委員長がどんな話をするのか、ちょっとだけ楽しみな気もするぞ。
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なんて思いながら休み時間を過ごして、授業が始まった。
始まったんだけど……。
「あら? 光さんは?」
「家の用事で呼び出されたとのことで、先ほど帰りました」
「まあそうなの? それならそうと言ってくれればいいのに……仕方ないわねぇ」
光さんがいないのを見て首を傾げた先生に、委員長が答えてもう一度先生が首を傾げる。こういうとき、深く言ってこないからこの先生は好きだ。
でもその先生が次に目を向けた、もう一つの空席にはわたしも……それに委員長も答えがない。
「……じゃあ、花房さんは?」
「それは、……あの、ごめんなさい、わかりません……」
そう、花房さんもいなかった。
「まあ、そうなの? 誰か、花房さんがどうしたか知らない?」
おまけに先生の問いかけに答えられる子は、クラスには誰もいなかった。
「あらあら、どうしたのかしら……」
「あのー……確か、隣のクラスに遊びに行ってたと思います」
「そうなの? でも隣にはもう先生が行ってるから、花房さんがいたら何かあるはずよね……」
一人のクラスメイトの言葉に先生は首を傾げて、でも念のためって言いながら一度教室を出た。
だけどすぐに戻ってきた。花房さんは、やっぱり隣のクラスにもいなかったらしい。
「ごめんなさい、花房さんを探すので授業は自習にします。みんな、宿題を片付けるチャンスよ!」
「あっ、先生、私手伝います!」
「ありがとう福山さん。だけど福山さんは、みんながあんまり騒いだりしないように教室を見ててくれないかしら?」
「……はい、わかりました!」
そして先生は、委員長とそれだけ話をして教室からまた出て行った。
その瞬間、教室が騒がしくなったけど……委員長が一言で黙らせてた。さすがだ。
だけどなんだかおかしなことになったみたいだ、ってのはみんなわかっちゃってるんだと思う。だから完全に静かになったわけじゃなくて、みんな近場の友達とひそひそと話は続けてる。
わたしは相変わらず話しかけてくる子がいないし、委員長とは少し席が離れてるから一人なわけだけど……おかげであれこれ考えられる。
(まさか、花房さん……わたしみたいに襲われてる?)
でも考えた結果、そんな想像が頭の中に浮かんだ。
もしこれが正しいなら……。
(光さん……助けに行ったの?)
きっと光さんは、そのために急いで出て行ったんじゃないか。だとしたら……。
そう思ったわたしはいつの間にか、ほとんど無意識に胸元に手を当てていた。
シャツの下、肌に直接触れるところに隠れてるけど、そこには光さんからもらったあの青い指輪がある。指につけてると周りから色々言われるかもって思ったから、紐を通して首飾りみたいにしてあるんだ。
その指輪をシャツの上からなでながら、わたしは窓の外に目を向けた。
いつもと変わらない、穏やかな空がそこにある。だけど今は、それが不思議と不気味なものに見えた。
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