番外編 その後のマコト
「マコト様。マコト様?」
エドワード様の皇太子宮に戻ってきた私は少しだけ違和感を感じた。
マコト様の様子がここのところおかしいのだ。
私とエドワード様がアレキサンドライトを挟んでにこやかに話し込んでいれば、気づくとマコト様がこちを見ているのだ。
その視線はどこか切なさを秘めているような気がする。
だから、エドワード様が席を外した時に、そっとマコト様に声をかけた。
でも、マコト様はどこか遠くを見ていてなかなか私の呼び声に気づかないようだ。
・・・ライラのことだろうか。
マコト様とライラ少し良い感じだったから、私の中にライラが融合してしまったことが関係しているのだろうか。
ライラの身体が死んでしまったのは私が無理をしたせいでもあるし。
今はライラも自分の身体が死んだことによるショックから回復している。
だから、ライラの意識を全面に出すことも可能である。
『ライラ。マコト様とお話してみない?』
私は心のなかでライラに話しかける。
ライラはもう一人の私だ。
ライラの気持ちも少しはわかっているつもりだ。
ライラが少しずつマコト様に惹かれていたのも気づいていた。
・・・気づいていたのだ。
『いいえ。話しても仕方のないことだわ。私はもうすでにライラではないもの。レイチェルの一部なのだから。』
『・・・そう、だよね。でも、マコト様は・・・。』
『・・・マコト様も今はまだ心の整理がつかないだけです。私がしゃしゃりでる訳にはいかないわ。マコト様には私のことを忘れていただかないと・・・。』
『でも、ライラ。それでいいの・・・?』
『・・・それしかないもの。』
そうライラは悲しげに呟いた。
どうにかしてあげたい。
ライラとマコト様をどうにかくっつけることはできないだろうか。
でも、ライラが私の中に融合している限りはライラがマコト様と添い遂げるようなことはないだろう。
ならば私が意識を封じてエドワード様と別れる・・・?
それはアレキサンドライトとも別れることを意味しているし。
ライラに別の身体を用意する・・・?
でも、その用意した身体にライラが移れるかもわからない。それに、どうやって別の身体を用意するというのだ。
『レイチェル。もういいのよ。私はこれでいいの。アレキサンドライト様を可愛がりながらレイチェルと一緒に年をとっていく。それでいいのよ。それが幸せなの。』
『・・・でも、私はライラにも幸せになってもらいたいの。』
『私は幸せよ。今はまだ少しマコト様に未練があるけれども。でも、暗殺者であった私が何を恐れることもなく幸せに暮らせる。それが一番の幸せなのよ。それに、マコト様には暗殺者である私はふさわしくないわ。』
『・・・ライラ。』
「マコト様。マコト様は何か悩み事でもあるのでしょうか。私でよろしければ話を聞かせてください。」
ライラにはそっとしておいて欲しいと言われてしまったが、マコト様もライラも私にとってはどちらも大事な存在だ。
二人がいなければ今の私はなかったのだから。
マコト様は私の問いかけに気づいたようでやっと私と視線を合わせてくれた。
「レイチェル様。私はなにか、レイチェル様に心配されるようなことをいたしましたでしょうか?」
「いいえ。でも、マコト様が物思いに耽っているように思えて・・・。そのままにしたら消えてしまうのではないかと思ってしまったのです。」
「・・・そうでしたか。私としたことが。職務怠慢ですね。」
そう言ってマコト様は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
私はマコト様のそんな笑顔が見たいのではない。
嬉しそうな笑顔が見たいのだ。
「職務怠慢なんてそんなことはありません。もし、マコト様に憂いがあるのならば取り除いてあげたいのです。」
必死に懇願する私に、マコト様は困ったように首を傾げた。
「・・・これは私の問題なんです。レイチェル様のお気持ちだけ受け取っておきます。」
マコト様はそう言って笑顔を見せた。
どうやらこれ以上は踏み込ませてはくれないようだ。
でも考えてみれば、もしマコト様の中にエドワード様の魂が混ざり合ってしまったとして、身体はマコト様でマコト様の中にエドワード様がいる。そんな状態を想像してみたら自分がいかに残酷なことをしているのかということに気づかされた。
「マコト様、申し訳ありませんでした。でも、私になにか出来ることがあればいつでもおっしゃってくださいね。私はマコト様の力になりたいのです。きっと、エドワード様もそう思っているはずです。」
「ありがとうございます。レイチェル様。その時はお願いいたしますね。」
私はマコト様に謝るとマコト様と少し距離を取った。
本当は部屋から出ていきたい気分ではあるが、ここは私の部屋なのだ。
そして、マコト様はエドワード様が戻ってくるまでの私のお目付け役。
私は勝手にマコト様から離れることができないのだ。
ヤキモキした気持ちでマコト様を見つめる。
どうやったら皆幸せになれるのだろうかと思いながら。
しばらく時が経ってから、唐突にマコト様がエドワード様と私にお願いをしてきた。
「エドワード様。折り入ってお話がございます。」
そう言ってマコト様が私たちの部屋に入ってきたのはちょうどアレクサンドリアが1才の誕生日のことだった。
一日の執務も終わり、エドワード様とアレクサンドリアと部屋でくつろいでいたときに、遠慮がちにマコト様が私たちの部屋に入ってきた。
「ああ。マコトか。どうしたんだい?」
エドワード様はアレクサンドリアをあやしていたが、マコト様がやってきたのでいったん私にアレクサンドリアを渡してきた。私はアレクサンドリアをエドワード様から受け取ると、ぐずるアレクサンドリアをなだめながらソファに座った。
マコト様はツカツカとエドワード様の元に歩み寄ると、勢いよく頭を下げた。
「私はこの国を出ようと思います。」
マコト様が発した言葉はエドワード様も私も思いもよらない言葉だった。
まさか、マコト様が国から出ていくなど・・・。
そんなこと今まで思ってもみなかった。
「・・・ずいぶん急だな。」
衝撃はとても大きく、私はまだ声を出すこともできずアレクサンドリアを抱きしめることしかできない。
いち早く衝撃から立ち直ったのはエドワード様だった。
「いいえ。もうずっと前から決めていたのです。」
マコト様はそう言って静かに笑った。
ずっと前とはいつのことだろう。
でも、どうして今になって・・・。
「そうか。ここを出てどこに行くんだ?」
エドワード様の表情はいつもより暗い。
エドワード様は誰よりもマコト様のことを信頼していた。
年も近いし、仲のいい友人という立ち位置でもあったからだ。
たぶん、私よりもずっとマコト様とエドワード様は打ち解け合っていたように思える。
エドワード様もマコト様には随分と甘えていたようだし。
「・・・旅をしようと思っています。先日、レコンティーニ王国に勇者が誕生したと風の噂でききました。そうして、その勇者が仲間を探しているとか。」
「ああ。聞いている。勇者ハルジオンの話だな。」
「ええ。レコンティーニ王国のキャティーニャ村でダンジョンが発見されたとかでその同行者を探しています。私はそれに参加しようと思うのです。」
「そうか。キャティーニャ村というと、ユキ殿がいるな。」
「ええ。たった一人の妹ですから、側にいたいとも思いまして。」
「・・・マコト。マコトの気持ちはよくわかる。だが、決して自分を責めることがないようにな。自分を大切にしておくれ。」
エドワード様はそう言ってマコト様を抱きしめた。
それはまるで別れを惜しむように見えた。
翌日、早々に荷物をまとめたマコト様はエドワード様の皇太子宮を出て行った。
エドワード様も私も引き留めることはしなかった。
だって、これはマコト様が決めた道だから。
だけれども、マコト様を見捨てるということではない。
マコト様が困っている時は全力でサポートする予定だ。
そう、私たちはマコト様と約束をした。
「マコト様・・・行ってしまいましたね。」
「・・・ああ。寂しくなるなぁ。」
「そうですね。」
マコト様を送り出した日、私はエドワード様と一緒にソファに隣り合って座っていた。
思い出すのはマコト様の優しい笑顔。
「でも、そのうち落ち着いたら顔を出すといっていたな。」
「そうですね。」
「ダンジョンってどんなところなんだろうなぁ。マコトだったら勇者の一行になれるかもしれないが心配だな。」
「マコト様ですものね。」
マコト様の実力はわかっています。
数々の魔道具をつくり、様々な役立つ知識を持っているマコト様はとても強い味方となるでしょう。
だから、きっと勇者の一行に迎え入れられるはずです。
「ああ。そう言えば、ヤークッモ王国でレイチェルについていた侍女のマルゲリータも勇者一行に加わるようだよ。」
「えっ!?マルゲリータさんがっ!?」
エドワード様の言葉にしんみりしていた気持ちが一気に驚きへと変化した。
マルゲリータさんが勇者一行に加わるだなんて初めて聞いたのだ。
というか、マルゲリータさんが勇者一行に加われるほど強いとは思ってもみなかった。
「彼女は隠密に長けているそうだ。だから、罠だって解除できるようだ。その腕は隣国一だそうだよ。」
「そうなんですか、マルゲリータさんが・・・。知らなかったですわ。」
そう言えば、マルゲリータさんは時々姿を消していたような気がする。
言われてみるまで気が付かなかった。
「あと、ユキ殿も勇者一行に加わるそうだ。聖女として。」
「聖女っ!?」
「ああ。ユキ殿の治癒の魔法はすごいだろう。どんな傷でも一瞬で治すからな。規格外だ。」
「そ、そうですか。」
ユキ様が聖女かぁ。
ちょっと信じられないような気もするけれども確かにユキ様の治癒の力はすごかったからなぁ。納得かも。
「勇者の元にみんな集まるんですね。エドワード様も混じりたいのでは?」
「ははっ。そうだな。私も冒険というものをしてみたかったな。」
そう言って笑うエドワード様は夢を見ているような瞳をしていました。
一国の皇太子という役割がなければきっとマコト様と一緒に世界を旅していたのかもしれません。
「またいつか会える日に土産話をいっぱい聞かせてもらおう。」
「そうですね。」
その後、マコト様は無事に勇者一行に加わることができたという風の便りがあった。
そうして、勇者一行が無時にダンジョンを踏破できたという噂も伝わってきた。
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