第146話

 


案内されたのは、大きなバルコニーがある広間だった。


そこには既に各国の来賓の姿があった。もちろん、ハズラットーン大帝国の皇帝陛下も用意されたソファにドカッと座っていた。


皇帝陛下は私の方にチラリと視線を向けたが特に何も言わなかった。


私が、エドワード殿下の婚約者だと知っているはずなのに、だ。


普通だったら、自国の皇太子の婚約者が他国の王太子の婚約者になっていれば眉を潜めたりするであろう。それが、まったくないのだ。まるで最初から決められていたかのように反応がない。


用意された席に座りながらも周囲を見渡す。


そこには、エドワード様と私の婚約式に出席していた方々も多数見受けられた。


でも、その誰もが私を見ても驚いた表情もしない。


ただ、淡々と前を向いて座っている。


誰かと談笑をしていたりもしない。


不気味な光景だった。


式典に呼ばれた人がただ座っているだけで誰とも談笑はしていないだなんて、普通は考えられない。


各国の代表が集まる場は社交の場であり、交流を深める機会でもある。


まだ式が始まっていないのにも関わらず黙って座っているだけというのは通常であればあり得ない光景だ。


しかも、ほとんどの人に笑顔がない。


いや、笑顔どころか表情がない。


まるでそこには人ではなく精巧な人形が座っているんじゃないかと思うほどだ。


私はナーオット殿下が来る前に、彼らに向かって治癒魔法をかけることにした。


人数として20人ちょっとだ。


同時にこれだけの人数に治癒魔法をかけられるかという不安はあるが、やるしかない。


魔力を集めて高速で練り上げていく。


そうして、練り上げた力をナーオット殿下の血に操られていると思われる各国の来客に向かって開放する。


「レイっ!私が贈ったドレスをどうして着ていないんだっ!!」


治癒魔法がかかったかかからないかのギリギリのところで、ナーオット殿下がやってきた。


そうして、私の姿を見るなり怒鳴り声をあげる。


それもそうだろう。


ナーオット殿下が用意したドレスを着ていないのだから。


「しかも!エドワード殿下との婚約時のドレスだとっ!!レイっ!私をバカにしているのかっ!!今すぐ着替えてこいっ!!誰だ、私のレイにこんなドレスを用意したのはっ!!」


ナーオット殿下は想定していなかった事態に声を荒げる。


「私ですわ。」


「なにっ!!お前は私の血を飲んだだろうっ!故に私の命令に背けないはずだっ!」


「ええ。だって、私、あなたの血なんて飲んでいませんもの。」


「なにぃっ!?どういうことだっ!私は食事係のものに食事に血を混ぜるように命令したんだっ!レイは私の目の前でその食事を口にしていた。私は見ていたんだからな。」


ここには集まっている各国の代表がいるのにも関わらず大声を出して私を詰め寄るナーオット殿下。


きっとナーオット殿下はここにいる人たちが全員ナーオット殿下の言いなりだと思っているのだろう。


でも、治癒の魔法を私は先ほど彼らにかけているのである。


今は彼らは正気に戻っているはずだ。


そうして、実はこのナーオット殿下の声はマコト様の偉大なる魔道具で城の敷地内にいる人々に大音量で聞こえていることだろう。


城に集まってきている国民はまだ全員がナーオット殿下の血に支配されているわけではない。


城下町の人は半数以上がナーオット殿下の血の影響の元にあるが、それ以外の地域から今日の式典を見ようと大勢の人々が城に押しかけてきている。


その人たちにナーオット殿下の本性を聞かせるのが狙いだ。


「まあっ!私を操っていいなりにする気だったのですかっ!」


私は声を大にして騒ぐ。


「レイは私の言うことを聞いていればいいんだよ。そして、絶望すればいいんだ。私はレイの悲痛に歪んだ顔が好きなのだからな。」


「ま、まあ!な、なんて酷いっ!」


「ふんっ!私はこの世界の王になるんだっ。レイはそんな私の妻に選ばれたのだよ。最高の幸せではないのかな。」


ナーオット殿下はそう言ってふふんと鼻で笑った。


「この世界には複数の国があってそれぞれに国を統一する王族がいるわ。あなた一人がこの世界の王になんてなれるはずがないわ!」


「ふんっ!もう既に各国の王たちには私の血を飲ませてある。すでに彼らは私の手の内にあるんだよ。だから、私は今すぐにでもこの世界の王になるのだ。」


「なっ!?各国の王にも血を飲ませたというのですかっ!!」


私は大げさに驚いたふりをする。


この間にも城に集まった人たちの中からナーオット殿下の血の影響下にある民を探し出して治癒魔法をかけているだろうユキ様とヤークッモ殿下を思う。


彼らのためにも少しでも長くナーオット殿下の気を引いておかなければならない。


「そうだよ。今やどの国の王も私の言いなりさ。私の血の力は偉大だ。この血を全ての人々に飲ませれば私が全てを意のままに操ることができるんだよ。はははっ。」


「誰も彼もが皆、言いなりでは生きていてつまらなくはありませんか?」


「まさかっ!私に反論する者がいなくなる。それはとても素晴らしいことだよ。」


ナーオット殿下の声は皆に聞こえただろうか。


そっと視線を動かして部屋の中にいる人たちを確認する。


すると、事前にナーオット殿下の人となりを知っていたヤックモーン王国の国王以外は顔を真っ青にして青ざめていた。


どうやら自分が操られていたということに気が付いたようだ。


ナーオット殿下と私がしゃべり続けていると、ざわざわという騒めきがどんどんと大きくなっていく。


徐々に各国の代表がショックから立ち直っていったようだ。


彼らは一律してナーオット殿下の異常性と危険性を訴えている。その声はどんどんと大きくなる。


「ん?なんだ、騒がしいな。今は私がしゃべっているのだ。私の駒であるお前たちは何もしゃべるんじゃないっ!」


 


 


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