第139話

 


「まさかっ!皇帝陛下にあなたの血を飲ませたのですかっ!!?」


そうすれば全ての辻褄があう。


元々ハズラットーン大帝国の皇帝陛下は温厚な方で、属国との関係も良好だった。


ただ、私がエドワード様の婚約者候補にあがるころから少しずつ皇帝陛下の挙動がおかしくなっていったのだ。


それまで良好だった属国に対して侵略を始めたり、エドワード様にスパイのような真似をさせて属国に送り込んだり。


通常、スパイを送り込むのであればその道に長けた者であるのが普通だ。どうして、皇太子殿下であるエドワード様を送り込んだのか。そこが、不明な点でもあった。


勉強のためと言うのには、あまりに危険すぎる。


どちらかというと、エドワード様を亡き者にしたいという意思が感じられた。


なぜ急に皇帝陛下が変わられてしまったのか私には理解できなかった。


多くの民もきっと理解できなかっただろう。


「そうだよ。よくわかったね。レイだったらわからないかと思っていたのに。変わってしまったね、レイ。私はつまらないよ。もっと従順で、自分では何も考えることも行動することもできないレイが私の好みだったのにね。残念だよ。でも、安心してね。また一から教育してあげるからね。」


そう言ってナーオット様はほほ笑んだ。


その笑みはどこか狂気じみていて寒気を覚える。


「うむ。そろっておるか。」


と、そこに国王陛下がヤークッモ殿下を連れてやってきた。


定刻どおりの時間だった。


私とナーオット殿下は国王陛下に敬意をこめて礼をする。そうして、国王陛下が椅子に座ったことを確認してから私たちも椅子に腰かけた。


国王陛下の隣に座ったヤークッモ殿下だが、見た感じだと特になにもおかしなところは感じられない。


今は、ナーオット殿下がヤークッモ殿下に何も命じていないからだろうか。


「ヤークッモ義兄上、彼女が私の婚約者のレイチェルです。」


最初に声を出したのは国王陛下ではなく、ナーオット殿下だった。


普通であれば目上の者が許可しない限り目下の者が発言することはできないのが王宮なのだが。ナーオット殿下はその形式を破っている。


「とても綺麗な女性だね。歓迎するよ。ああ、ご存じかもしれませんが、僕は第一王子のヤークッモと言います。」


「ありがとうございます。私は、レイチェルと申します。」


ヤークッモ殿下はそう言ってにっこりと笑った。


その笑みはどう見ても普通の気さくな王子様だ。


本当にナーオット殿下に操られているのだろうか。


今まで見てきたナーオット殿下の血に操られている人とは何かが違うような気がする。


そこで私は普通では直接尋ねることなどあり得ないことを彼らに聞いてみることにした。


「確か私の記憶ではヤークッモ殿下が王太子殿下だったと記憶していたのですが、なぜナーオット殿下が王太子となったのでしょうか。」


直球で聞いてみる。


国王陛下の事情のことは事前に聞いている。故にこの質問を投げかけても問題にはならないだろう。


「ヤークッモ義兄上が王位につくのは気が重いということで私が王太子になったのだよ。なぜ、そんなことを聞く?」


この件について、いち早く反応をしたのはナーオット殿下だった。


国王陛下は何も言わずに沈黙を保っている。ヤークッモ殿下はただ微笑んでいるだけだった。


「いえ。急に決まったようですので気になっていたのです。だって、ヤークッモ殿下は国王陛下と血の繋がっておりますが、ナーオット殿下と国王陛下は血が繋がっていませんでしょう?不思議に思ったのです。なぜ、ナーオット殿下が王太子となったのか。いけませんか?」


ナーオット殿下を挑発するように言葉を紡ぐ。


ナーオット殿下の顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。


ただ、国王陛下もナーオット殿下も表情を変えることはなかった。


「私の方が王位にふさわしいからだ。私だったらこの国をもっともっと大きくすることができる。私がこの世界の王になるのだ。」


ナーオット殿下は国王陛下もヤークッモ殿下もすでに自分の思い通りに動かせるからか、尊大なことを言いだした。


国王陛下は今まで微動だにしなかった表情を少しだけ曇らせた。


だが、ヤークッモ殿下は表情を変えない。ずっと微笑んでいるだけだ。


もしかして、ナーオット殿下の命令でずっと微笑んでいるようにと命令されているのだろうか。


「ヤークッモ殿下はナーオット殿下に対して不満はないのですか?」


「不満なんてあるわけがないだろう。なぜレイはそんなバカげたことを訊く?」


ヤークッモ殿下に聞いたのに、ナーオット殿下がそれを制して答える。


ナーオット殿下は少しイライラしているようにも感じられた。


私の質問が気に入らないようだ。


「だって、私はこの国の王室の一員となるのでしょう?一員となってからお家騒動なんておこされたらたまったものではないわ。もし、そうなる可能性があるのならば、今のうちにナーオット殿下との婚約は破棄させていただきますわ。」


にっこりと笑顔を浮かべながらナーオット殿下に告げる。


すると、ナーオット殿下の口がいびつに歪んだ。


「それで?ヤークッモ殿下は不満はございませんの?」


もう一度、今度はヤークッモ殿下に視線を合わせて確認をする。


 


 


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