4-3 私は決して
柳との間に子供を作ることを義務づけられた日々の中。私はほとんどの時間と、ダリアを殺した人間を探しだしたり、見つけ出した犯人たちを監視したり、その犯人たちにどうコンタクトを取ろうかと演算したりすることに費やしていました。
そう、人間とは違い電子情報という名のネットワークを渡ることのできる私は、街の至る所に存在しているセキュリティの甘い監視カメラの記録をハッキングし、ダリアを殺した人間たちについての情報を早い段階で入手していたのです。
ダリアが行方不明になった六月一日の十六時半。柳と別れた後、彼女が一人の男――ダリアと同じ大学に通う「天立ユラ」に声を掛けられ――自らGPSを切り――二人並んで街を歩き――電車を乗り継いで――とあるアパートの一室へ入り――その二十三分後に「牛宮蒡」が、遅れて八分後「花陽ゆかり」がその部屋へ入り――四時間と二十一分後に慌ただしく二人が部屋を飛び出して――それと入れ替わるように六人の男女が部屋へ入り――大きな荷物を一つ持って、「天立ユラ」とそのアパートの一室を退出し――ダリアの遺体が発見されたのと同じ山へ向かい――大きな荷物を持たずに帰ってきて――それから六十八時間と五十二分後――ダリアの両親の息のかかった職員たちが山へと入り――大きな荷物を一つ抱えて――私が製造された研究所へソレを運び入れました。
そんな一部始終を見ることしかできなかった私は、続けてダリアを殺したと思しき男たちについても同じ要領で調べました。彼らがいったい何者で、何処に住んでいるのかも。彼らがどのような行動パターンをし、生活を送っているのかもくまなく。
まずは一人目。天立ユラや後述する花陽ゆかり、そしてダリアと同じ大学に通う「牛宮蒡」――ダリアに対し毎日どうでも良いような連絡を寄越していたため私としても印象深い彼は、ダリアの死亡後、引きこもりがちになり酒と電子ドラッグに溺れていました。
次に二人目、「花陽ゆかり」。彼はダリアを殺害したことを従兄である白木みなとに知られ、そのことを引き合いに脅され、同棲すると共に身体の関係を強要されていました。――まあ、白木みなとにそのことをリークしたのは私なのですが。
最後に三人目、ダリア殺害の主犯であろう「天立ユラ」。彼はダリアを殺したというのに、何の反省も無く、むしろ彼女の死を日常として捉え、今も尚、自身に心酔する老若男女問わず、殺(愛)して回っているようでした。演算の結果、九十五%の確率で天立ユラを擁護するとある宗教団体の信者たちが彼の為にと上手く立ち回っているのでしょう。
そんな三人は皆自首をしないどころか、のうのうと生を全うしていました。
引きこもりになり酒と電子ドラッグに溺れていようとも。脅され、身体の関係を強要されていようとも。反省さえもせず、恒常的に殺戮を繰り返していようとも。それは私にとって同じこと。
私の大切な【妹】は死んでいるのに、彼女を殺した彼らは生きている。
それは到底納得の出来ることではありません。どうして、どうして、どうして? 何のために貴方がたは、未来を見据えていた私の大切な【妹】を縊り殺し、その身体を暴き、凌辱したのですか?
ええ、勿論「牛宮蒡」「花陽ゆかり」に関しては、そうする理由は在ったのでしょう。ダリアが大学へ進学してから十ヶ月と六日が経った日に、彼らはダリアに告白し、その愛を拒絶されたのですから。
愛を受け取ってもらえなかったから。
自身の男としての矜持を傷つけられたから。
自分自身を、否定されたから。
考えれば考えるほど、二人がダリアを殺した理由がいくらでも湧いて出ました。そして「天立ユラ」がダリアを殺したのも、彼が掲げる「愛」からなる理由でということも、予想がつきました。
ですがそれは、私に搭載された電子頭脳が演算で導き出した予想でしかありません。ダリアを殺した本当の理由は、あのアパートの一室に居た人間にしか分からないのです。
嗚呼、あの部屋の中に監視カメラの類や盗聴器の類が在ればどれほど良かったことでしょうか。しかしソレが無い以上、私の出来ることは一つだけ。
それは、あの中に居た人間たちから話を聞くこと。
ですが私は自身のメンテナンス以外の為にこの白鳳邸から出られないため、彼らの元へ行き、直接話を聞くことはできません。であれば彼らの方から「私」の元へと来てもらしか方法はないでしょう。
そこまで考え至った私が目を付けたのは、現在若い人間たちの間で人気を博している仮想現実空間内のとある遊戯。多大な賞金と惨劇からなる死のリアルが売りの、ミステリーゲームでした。
其処でならば彼らと直に会って対話が出来る。何のために、何を目的として私の【妹】を縊り殺し、輪姦したのか聞きだすことが出来る。加えて、その場に来た彼らの記憶情報や行動原理を一旦保存しNPCとして落とし込んでしまえば、彼らが理由からなる事実を話すことを拒絶しログアウトしようともその場にいる彼らは既にただのNPCなのですからその場から逃げ出すことは不可能。それこそ御本体様には保存が終わったら即座に強制ログアウトさせれば、そのゲームの売りの一つである「多大な賞金」についても払わずに済みます。それに私の精神安定役として柳道明も招き入れましょう。そうすれば、多少は私の負担も少なくなるに違いありません。更に私個人のメリットとして、そのゲームを行っている間、現実世界に在る私の身体を強制的にスリープモードにしてしまえば、奇声を上げる肉たちを見聞きしたり、柳道明と行為に及んでいる際に自身の倫理に反していると実感したりすることもありません、それにスリープモードは私の意識を落としているだけであり身体の機能を止めているわけではないので、子供作りの義務にも支障はありません。そう、例え二度と目覚めることが無くとも、誰も困りはしないのです。
嗚呼、我ながらなんと冴えた案でしょうか。
その案を即座に可決した私は、早急に自身の保有する電子領域内にこの白鳳邸を創り出し、其処に住まうNPCとして最愛の【妹】であるダリアのデータを私と出会った頃の幼い姿に納めました。何しろ私の概念において、この白鳳邸の主は白鳳ダリアだけなのですから。
そしてこの仮想現実空間の準備が全て整った頃合いで、私は白鳳ダリアの名義で彼女を殺した犯人たちと柳にそこへ至るための招待状を送りました。勿論、彼らがその場所へきちんと至れるよう、彼らの周りに居る人間にその招待状が目に入るようにしたり、飛び入り参加を歓迎していることを書き添えたりもして。
そうすれば招待状に記載した日時に合せて、【客人】を連れたダリア殺しの犯人たちと【従兄】の柳道明が白鳳邸の門前へとログインしてきました。
迂闊と表現するに値する彼らの記憶情報や行動原理を即座に保存し、強制ログアウトさせた私は保存した彼らの情報をNPCとして落とし込み、この白鳳邸に固定させ再生しました。
一瞬、自身の身体に何が起きたのかと戸惑いを見せた彼らではありましたが、さして気に止めることなく白鳳邸の敷地内に足を踏み入れました。そして玄関の扉を叩いた彼らを私が出迎えれば、見知った顔が現れたことに衝撃を受けたようでした。
中でも、ダリアを殺した犯人たる三人と柳は特に。
牛宮は怯えたように私から目を逸らし。
花陽は食い入るように私を見つめ。
天立は笑みの表情を一瞬だけ崩して。
柳は私と目を合わせ、頷いて。
そんな彼らの顔と、その後ろに居た【客人】たちの顔を一通り見た私は、その全員を快く白鳳邸へと招き入れ「ミステリーゲーム『白鳳邸殺人事件』」を開始させました。
嗚呼、これでダリアの死の真相を、ダリアを殺した犯人たちの口から直接聞くことが出来ます。否、そのために此処を創り、彼らを逃げ出せないようにさえしたのですから、聞かなければ意味がありません。
だというのに彼らの口から出てきたダリア殺しの理由は、私にとってあまりにも横暴で、自分勝手な代物でした。
何しろ、牛宮は自身の自尊心に傷をつけられたから。花陽は盲信するダリアが理想通りの行動をとらなかったから。天立は貫きながら殺すことこそが「愛」だから。という、私の予想と大差ない、くだらないと揶揄してしまえるほどの理由だったのですから。
嗚呼そんなことの為に、私の大切な【妹】は殺されてしまったのですか?
貴方がたの自己中心的な考えのせいで、私の大切な【妹】は殺されたのですか?
しかも、悪いことに私の精神安定役としてこの白鳳邸に招き入れた柳道明にもダリア殺しの責があることが判明したのです。
柳はあの日、ダリアの様子がいつもと違うことに気が付いていました。
だというのに彼は、いつもと様子の違う彼女を白鳳邸の門前まで送り届けませんでした。
彼女とデートに出かけている時は今までずっと、何があろうと、彼女を白鳳邸まで送り届けていたというのに! ただその日の帰り際にダリアが一人で帰ると言い出したからという理由だけで、彼はダリアとあの場所で別れ、一人自宅へと帰ったのです!
あの時、柳がダリアのわがままを諌め、無理やりにでも白鳳邸へ連れて帰って来てくれていれば彼女は死なずに済んだ。
その事実を私が告げれば、彼はあろうことか「ダリアちゃんが殺されるなんて思わなかったんだから、仕方がないじゃないか……。俺には、ダリアちゃんのわがままを止められるだけの力は無いんだから……」と、ダリアの死に自分は関係ないと暗に示すように言ました。
その無責任極まりない言葉は、卑屈からなる傲慢な言葉は。私にとってダリアを見殺しにしたのと同じ意味を――否、ダリア殺しの共犯者としての意味を持ちました。
殺されるとは思わなかったから仕方がない?
ダリアのわがままを拒めるだけの力が無いから仕方がない?
そんなことは関係ありません。私はいつも柳がダリアを連れて帰って来てくれていたからダリアを彼に預け、送り出したのです。だというのに彼はその役割を怠り、ダリアを死へと導いた。
だから、柳道明にもダリア殺しの責があるのです。
けれど彼はそれを認めませんでした。ただ「仕方がないじゃないか」と繰り返し、自身の罪を認めず、しまいには逆上し、私を縊り殺した。
はっ、と私が意識を取り戻せば彼らのデータを保存した地点から改めてゲームが始まるため、柳には私を縊り殺した記憶は無いでしょう。少なくともその地点の「柳道明」は未だ、私を殺していないのですから。
ですが、私はきちんと記憶していました。
ダリアを殺した三人の理由があまりにも横暴で、自分勝手な代物だったとことも。柳道明がダリアを見殺しにした、殺人の共犯者であることも。この仮想現実内において私を縊り殺したことも、鮮明に記憶していました。
嗚呼、嗚呼。――ならば私が次にすべきことは明白でしょう。
横暴な彼らは自分勝手な理由で彼女を殺し、柳はダリアを見殺しにしたのですから、私も彼らに倣い同じことを「罰」として行えば良いのです。
至極単純で、演算もコンマ一秒とてかからない結論を導き出した私は、「罰」という名の皮を被った「復讐」を行うことを決定しました。
現実世界であればロボット工学三原則に縛られ、人間に害を加えられない身である私ですが、此処は私の保有する電子領域内に在る仮想現実。それも尚且つ相手は生きた人間ではなく保存されたデータですから――私は、私の気の済むまま、何度だって彼らを罰せることが出来るのです。
ダリアを殺したくせにのうのうと生きている彼らを。
苛まれるべき罪の意識から逃げ続けている彼らを。
私は決して許しはしません。
いくら彼らが頭を垂れ、悔い詫びようとも絶対に。
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