4章 白鳳マリア

4-1 約束



 育児型人造人間「M-Ave108号」として。

 人間「白鳳ダリア」を監視する物として。

 ジル・ド・アントという男の指針により製造された「私たち」の一人である「私」が、「私たち」の遺伝子元となった「白鳳ダリア」のもとへと出荷されたのは、彼女が五歳の誕生日を迎えた時分でした。

 「私たち」を製造し、情報を共有し、そして廃棄処分をもした研究所。そこから一人車に乗せられ、移動させられた「私」が降り立ったのは、物々しい雰囲気を漂わせる白い邸宅の門前。


「ここが、白鳳邸ですね」


 念のため、研究所から出る際に共有された情報を参照すれば、同様の住所と同じ色と同じ形をした建物の写真が確認できました。


「……おや、あれは」


 私が視線を向けたのは、白鳳邸の玄関口。僅かに扉が開かれたそこには、熱感知機能から判断するに、幼い子供が――否、九割九部九里の確率で「私たち」の遺伝子元となった少女であり、「私たち」を製造したジルの義理の娘――いわゆる結婚した女の連れ子である白鳳ダリアが居るようでした。

 そんな彼女はこの白鳳邸への来訪者を待ちわびていたのでしょう。何しろ彼女は、私が門前からこの白鳳邸の敷地へと足を踏み入れるや否や、僅かに開いていた玄関の扉を大きく開け、其処から飛び出してきたのですから。


「はじめまして!」


 幼子特有の高い声を上げ、私の腹部へ抱きついてきた子供。彼女は私の腹部に一瞬埋めた顔を上げ、私と同じ青の瞳に私の姿を映しだしました。

 私と同じ瞳の色に、私と同じ髪の色。そして私とよく似た顔の造形。そんな彼女の顔認証を行えば、私の腹部に抱きつくこの少女こそが人造人間である「私たち」の遺伝子元となった人間、「白鳳ダリア」であることが認められました。


「はじめまして、ダリア様。私は、ダリア様の父上、ジル・ド・アント様より――」


 成人女性の身体を与えられた私よりもはるかに小さく幼いダリアに対し、私が何者であるのか。そして何のために此処へやって来たのかを説明しようとジルの名を発せば、それに釣られたようにダリアが「やっぱり!」と歓喜の声を上げました。


「あなたがダリアの、マリアお姉さまなのね! ジルお父さまが言っていたとおり、とってもきれいで、やさしそうなお姉さま!」


 育児型人造人間「M-Ave108号」である私を「マリア」と呼んだ幼いダリア。彼女の口振りから判断するに、彼女の血の繋がらない父親であり「私たち」の製造者でもあるジルから、今日――白鳳ダリアの誕生日に、この白鳳邸へやってくる育児型人造人間を【姉】、ひいては「マリア」と呼ぶよう事前に説明されていたのでしょう。

 ぎゅうぎゅうと私の腹部に抱きつく力を強めながら、私と同じ青の瞳に私の姿を映し続けるダリア。そのふっくらとした頬は高揚、ないしは興奮のせいか赤く染め上げられていました。


「ふふっ! ダリア、とってもうれしいわ! ねぇ、マリアお姉さま!」


 私の腹部に抱きつき、笑みを浮べながら、「マリアお姉さま」と私を呼んだダリア。そんな彼女に「はい、なんでしょうダリア様」と返答すれば、彼女はパッと目の瞳孔を開き、直後、遠くにある物を見定めるように目を細めました。


「マリアお姉さまは、ずっとダリアといてくれる? お仕事が忙しいお母さまや、お父さまのように、ダリアをひとりぼっちにしたりしない?」


 五歳という齢ながらも、仕事を理由にこの白鳳邸へと帰って来ない両親に対し、思うところがあったのでしょう。細められたその目から僅かに水分が発せられつつあることを察知した私は、私の腹部に抱きつく幼い彼女の背を摩りました。勿論、大半を機械が占めているこの身体がダリアを壊してしまわないよう、その出力は極力抑えて。


「ダリア様が一人にならないことを望むのであれば、私はそれを叶えましょう」

「っ、本当? 本当に、お姉さまはダリアをひとりぼっちにしたりしない?」

「はい。私はそのために此処へ来たのですから」


 私のその言葉を聞いたダリアは抱きついていた腕を解き、小指を立てた手を私の方へと向けてきました。


「や、やくそく……約束よ、お姉さま! マリアお姉さまは、ダリアをひとりぼっちにしないでね!」

「了解しました。私は、ダリア様をひとりぼっちにはしません」


 私の方へと突き出されているダリアの小指。その小さな指に自身の小指をからめ【約束】をすれば、彼女はつぼみの花が綻ぶように晴れやかな笑みを浮べました。


「これからよろしくね、マリアお姉さま!」


 育児型人造人間「M-Ave108号」として。

 人間「白鳳ダリア」を監視する物として。

 製造された「私」が白鳳ダリアの【姉】白鳳マリアとなったその日から、私はダリアと二人、今後「我が家」と呼ぶべき白鳳邸で暮らすこととなりました。

 そう、この我が家に居るのは齢五つを迎えたばかりのダリアと、育児型人造人間である私だけ。他に在る物たちといえば、私のような人造人間ではなく掃除、洗濯、食事作りに特化した無機質なロボットたちのみ。

 この白鳳邸へ来る際に共有された情報から、私が監視し生育を見守るべきダリアがこのような環境下で暮らしていることは知っていましたし、それについて何らかの判断を下してはいませんでした。否、それどころかそれが、この世の常識であり当然の物であるとさえ認識していました。

 ですが、この白鳳邸に在るWi-Fiルーターを仲介とし、電子の海――いわゆる通信回線を介した世界規模の情報通信網、インターネットから情報を取得できるようになった瞬間、私に共有されていた常識が誤りなのではないかと、気付かされました。

 無論、電子の海に揺蕩っている情報が全てではないことも、そして正確でないことも、理解しています。ですが、そのことを鑑みても、ダリアが置かれているこの現状は、子供が健全な大人へと育つには、相応しくない場所であることが判断できました。

 ダリア以外の人間の存在のない我が家。

 閉鎖的とさえ判断できる、あまりにも静かな場所。

 まるでダリアという存在を閉じ込めるためだけに創られたかのような箱。

 内部を繋ぐ道筋はただただ赤く、クリーム色の壁を切り抜くようにして在る窓から見えるのは手入れも碌にされていないうっそうとした緑。

 そんな場所が――、こんな箱が。幼子を健全な大人へと育てるための環境に相応しい場であるとは、到底判断できるわけがないのです。

 しかしただの道具でしかない私には、この環境を変えてほしいと直々に製造者に打診することは認められていませんから、ダリアの育成場所を変えることは叶いません。

 そして、それと同時に育児型人造人間である「私」には白鳳ダリアの生育を見守る義務があり、彼女が健全な大人へ育つようにする責務もまた存在していました。

 人間が言葉にするのであれば、おおよそ「不条理」と表現し得るだろう板挟みの状態。その状態の中、電子頭脳内での演算処理で事を判断する私は、一つの決断を下したのです。

 そう。「この悪条件の中でも、出来る限り白鳳ダリアを健全な大人へ育て上げる」という、半ば相反し、矛盾し合う決断を、私は自分の意思で決断したのです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る