2-5 談話



 宇野下草子に宛がわれていた客間。その浴室に在る水の張られたバスタブには、幾つか連ねたタオルを首に巻く姉川萌音が。そしてそのバスタブの水に顔を浸す宇野下草子の姿が在った。

 その二人が既に「死亡」していると定言した審判者たるジルが彼女たちの遺体をベッドに置いたのを確認し、再び談話室へと戻って来ていた。


「それじゃあ……まずは今現在、立て続けに起きていることの整理をしてみようか」


 談話室にいくつかあるソファ。そのそれぞれに全員が座ったのを見計らい、柳がそう切り出す。


「まずは第一の被害者であるダリアちゃんだけど……彼女の死亡推定時刻はジル曰く、今日の午前一時から三時。死因はベッドシーツを割いた布による絞殺だ」


 優しげな口調でダリアの死を語った柳は、続けて「その時、皆は何をしていたのか……良ければマリアちゃんから教えてもらっていかな?」と彼の隣に居る私へ話の矛先を向けてくる。


「ちなみに俺は、ダリアちゃんと同じ三階の部屋を宛がわれているんだけど、その時は部屋で寝ていたよ」

「……私はダリアさんの部屋の真下ですが、その時間は柳さんと同じく寝ていました」

「なら、花陽君はどうかな?」


 私と柳が座るソファの向かいにある同じ三人掛けのソファ。そこに座る花陽へと視線を向けた柳は一つ肯き、花陽に話すことを勧める。


「自分は、書斎で本を読んでいた」

「なら白木君はその時何処に居たか、花陽君は知っているかい?」


 おそらく柳は先程各自から聞いた話を、改めてこの場で訊ね、開示させていくつもりなのだろう。

 私としては既に彼らの口から語られたことを再度訊くような手間は必要だとは思えないが、それでも語ることの出来なくなった被害者たちの行動も聞けるならば、と堪えることにする。


「みなとなら自分と一緒に書斎に居た」

「そっか。じゃあ、次……天立君たちは昨日の午前一時から三時まで何処に居たか、教えてくれるかな?」

「僕は二階の自室に居たよ。ユウガオちゃん、オトギリちゃん、アザミちゃんの三人ならその時間は同じ部屋で過ごして居たはずだよ」


 花陽の隣であり、柳の向かいに座る天立は相変わらずの笑みを貼り付けたままそう答え、自身の斜め向かい。いわゆる上座に位置する場所でふんぞり返りながら、話を聞いていた牛宮へ視線を向ける。


「ねぇ、牛宮君はその時何をしていたんだい?」

「一時から三時だろ。そン時ならなかなか寝付けなくて、一階にある自分の部屋と遊技場を行き来してた。姉川と宇野下はその音を聞いてたっつうから、アイツらは部屋に居たンだろ。桂の方は何処でナニをしてたかなンて、知らねぇけどな」

「ふぅん、そうなんだね」


 牛宮の言葉に対しそう短く返し、穏やかな笑みを彼へ見せる天立。だがそんな彼の表情が、自身を馬鹿にしているものに見えたのだろう。牛宮は「チッ」と大きく舌打ちをし、彼から視線を外す。


「それじゃあ、ダリアちゃんの死亡時刻に何処に居たか分からない人は月山君だけになるのか……」

「そうみたいですね」

「じゃあ、次は今日の九時十五分前が死亡推定時刻になっている月山君についての事件なんだけど……その時は丁度、俺とマリアちゃんは牛宮君と話をしていたから……花陽君たちや、天立君たちは何をしていたか改めて聞いても良いかな?」


 この場を取り仕切る柳からのその問いに「構いませんよ」と頷き答えた天立は、私の方へと視線を向け口を開く。


「ダリアちゃんの部屋から出た後、一階の僕の部屋でしばらくの間、四人で事件のことについて話していたよ。そして九時ぐらいに彼女たちが気分転換にと部屋から出て行って、一人部屋に残った僕はダリアちゃんの事件について考えていたよ。そしてその後は、マリアちゃんたちに語った通り」

「確か、一時間経っても戻ってこなかったユウガオさん、オトギリさん、アザミさんを心配し談話室を訪れてみたら、倒れていたその御三方と白木さんを発見し、内線を使用してジルさんへと連絡した。ですよね?」


 天立から話しを振られた私がそう答えれば、「うん、そのとおりだよ」と彼はやわらかく頷き肯定する。


「じゃあ、花陽君たちはダリアちゃんの部屋から出て行ったあと何処に居たのかな?」

「自分と白木は、三階にある彼女部屋から出た後書斎へ行って本を読んでいた。その後、白木は……九時二十五分頃に飲み物を取りに談話室へと行った」

「そして、そのあとに俺とマリアちゃんが花陽君の居る書斎へ来たと」


 柳の言葉に「そうだ」と頷いた後、じっと見つめるようにして私へと視線を向けてくる花陽。

 何か私に話したいことがあるのかと彼の方を見返せば、花陽は驚いたように目を見開き、すぐさま私から目を逸らしてしまう。


「白木君やユウガオちゃんたちが亡くなったのはおそらく九時半ごろから十時にかけて……その時間帯なら花陽君は俺たちと一緒に居たし、牛宮君は宇野下さんと姉川さんと一緒に居て、天立君は十時に談話室へ来たばかり……」


 隣にいる柳の呟きを耳にしながら、私は上座の方で踏ん反り返るようにして座る牛宮へと視線を向ける。


「牛宮さん。唐突で申し訳ないのですが、姉川さんと宇野下さん。その二人の死について詳しい話を聞かせてもらっても良いですか?」

「……詳しい話つっても、オレもそう多くは知らねぇよ?」

「それでも、構いません」

「ン、なら言うけどよ……オレはアンタたちと別れた後、姉川と宇野下と一緒に一階にある宇野下の部屋に移動した。ンで、オレは勝手に宇野下たちが部屋から出ていかねぇように部屋の扉の傍でアイツらを監視してた」

「監視? 普通、女の子が悲観に暮れているのだったら、慰めてあげるのが普通じゃないかい?」


 牛宮の発言を阻むように口を挟み、割り込んできた天立。そんな彼に対し、不快そうな顔をした牛宮は「あのなぁ、オレはテメェとは違ぇンだよ」と苦々しげに言葉を放つ。


「しかも宇野下のヤツ、メソメソしてる程度だったらまだしも姉川相手でもグズグズグッズグズ文句言ってやがったからな。ただでさえ扱いづらくて面倒くせぇのに、ンな状態のアイツに下手な言葉でも掛けてみろ。噛みつかれるわ」

「かみつかれる……」


 確かに。仲の良さそうだった姉川に対し、激しい言葉を浴びせていた宇野下のヒステリック気味な状態を考えれば「噛みつかれる」という表現もあながち間違いではないだろう。


「だからオレは宇野下を刺激しねぇように扉の所に居た。ンで、その後、大人しくなった宇野下を連れて姉川が浴室の方に行った」

「牛宮君は着いて行かなかったのかい?」

「あのなぁ、女二人が浴室に行ったンだぞ。ンなところにオレも着いて行ったら完全に変態だろ」

「ふぅん、そういうものかい?」

「さっきから何なンだよテメェ……」


 天立の余計な介入が気に入らないのだろう。「チッ」と苛立たしげに舌を打つ牛宮。けれど未だ私に対して話をしてくれるつもりが在るのか、未だその腰はソファに据えられたままだ。


「それで、浴室へ移動した姉川さんと宇野下さんはその後?」


 忌々しげに天立を睨みつける牛宮に対し話しの続きを促せば、彼は横目で私の方を見やり、小さく溜め息を吐いた後口を開く。


「あぁ。アイツらが浴室の方に行ってしばらくは物音とか水音なンかが聞こえてたンだけどよ、急にその物音がなくなってな。つっても、下手に話かけて逆上されンのも面倒くせぇからアイツらが出てくるのを待ってた」

「けれど、しばらく経ってもお二人は出て来ず、痺れを切らした牛宮さんは状況を確かめるべく浴室へ……?」

「ああ。声掛けてもアイツらから返事はネェし、音もしなかったから流石に変だと思ってよ。ンで、見てみたらバスタブに浸かる姉川とそこに顔を突っ込ンでやがる宇野下が居た……」


 その情景を思い出したのだろう。ただでさえ隈が際立つ牛宮の顔が、更に陰りを帯びてゆく。


「無理をして言わなくても良いよ、牛宮君。というか、話してくれてありがとうね」


 ブツブツと現状を確認するように一人呟いていた柳も、牛宮の話しを聞いていたらしい。

 安心感を抱かせる優しげな柳のその言葉に「いえ、」と小さく頭を振った牛宮はぴたりと口を閉ざしてしまう。


「ということは姉川ちゃんが宇野下ちゃんを殺して、そしてその後、ダリアちゃんの絞殺を見本に自殺したってことになるのかな?」


 牛宮が語った事の成りを自身の解釈も交えそう改めて口にした柳が「ねぇ、ジル?」と談話室の扉の方へと顔を向ける。


「……草子様と萌音様の事件に関しては、道明様の言う通りです」


 がちゃり、と音を立てて開かれた談話室の扉の向こうから陰鬱気な顔をしたジルが姿を現した。


「草子様の死因は『溺死』で、抵抗した形跡が見られました。そして萌音様はいくつかのタオルを繋げた『絞死』であり、その手首には草子様からの抵抗の痕である爪痕などが幾つも残されていました」

「ということは、あんまりにも気落ちしていた草子ちゃんを見かねた萌音ちゃんが、彼女を殺してあげて、後追いしたって感じの無理心中ってやつなのかな? 勿論、萌音ちゃんの死に方。あれは見た感じダリアちゃんの死に方と同じだから、『自絞死』じゃなくて他殺の線もあり得るだろうけど……」

「ンだよテメェ。オレが姉川を殺したって言いてぇのか!?」

「その可能性はあるよね、と僕は言いたいだけだよ。別にキミが殺したと名指しで言っている訳じゃあない」

「あぁンッ⁉ その場にはオレしかいねぇんだから、名指しじゃなくてもそう言ってるようなもンだろ!」


 先程から突っかかってくるような天立の発言に、牛宮の堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 ガタンと音を立ててソファから立ち上がった牛宮が、天立の胸ぐらを掴みにかかる。だが、掴まれた天立は相変わらず余裕げな笑みを浮かべたままだ。


「クソッ、もう話し合いは終わりだ! オレはオレで好きにさせてもらうからな!」


 掴んでいた天立の胸ぐらを乱暴に突き放し、談話室の外へと足早に出ていく牛宮。そんな彼の背を見送るよう見ていれば、私の向かいに座っていた花陽が小さく「はぁ」と溜め息を吐いた。


「自分もこれで失礼する。これ以上、会話をしたところで益は無いからな」

「じゃあ僕も一人で考えたいことがあるし、お暇するね」


 牛宮に続くようにして談話室から出ていく花陽と天立。ひらひらと手を振りながら「じゃあね、マリアちゃん」と言ってきた天立に軽く手を振り返した後、私は隣に座る柳へと視線を向ける。


「はぁ、これだから協調性のない子たちは苦手なんだ……」


 困ったように眉尻を下げ、俯きながら愚痴を零す柳。そんな彼の言葉に「そうですね」と賛同の意を示せば、柳は自身の目がしらを押さえ再び「はぁ」と深く息を吐いた。



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