2-3 牛宮蒡と、




「昨日は、夜中まで部屋に籠ってた」

「でも、月山君が牛宮君の部屋に行ったとき、キミは出なかったって」

「ンなの居留守だよ、居留守。桂の野郎と四六時中一緒に居るとかウンザリだからな。それに、本当だったら此処にだって一緒に来る予定じゃなかったンだぜ」

「そっか、そうだったんだね。でも、そうなると矛盾してしまうんだ」

「……姉川萌音と、宇野下草子の証言と、か?」

「うん。部屋に籠り続けていたんだったら、出入りの音が聞こえるわけがないからね」

「時間差だよ、時間差。月山が俺の部屋に来たのは二十二時ぐらいの時で、オレが部屋の出入りをしはじめたのが夜中ってだけだ」

「そっか、なるほどね」


 軽快な音楽が鳴り続ける遊技場。そこに設置されているダーツボードに矢を投げながら、柳の問いに応える牛宮。そんな彼の言葉の節々には、相変わらず苛立ちと思しき棘が含まれており、私はいつ柳が牛宮の逆鱗に触れてしまわないかと肝を冷やしていた。

 だが柳は牛宮が匂わせるその苛立ちに気付いていないのか、「それで、此処からは俺個人の質問で、捜査とはちょっと違うから、答えたくなければ答えなくて構わないんだけど……」と前振りをした後、「牛宮君と、ダリアちゃんとの関係って何かあるかな?」と事件とはまるで関係が無さそうな事を牛宮へと訊ねた。

 私によく似た赤の他人ではなく幼いダリアと、青年である牛宮。そんな二人の間に関係なんてあるとは到底思えないものを、わざわざ訪ねる必要はあるのだろうか? 柳の質問に対し、そんな疑問を抱いた私と同じなのだろう。質問された側である牛宮もまた、怪訝そうな顔で柳を見ていた。


「関係? ンなの昨日初めて会った危機感の薄そうなガキってぐらいで、関係なンざ何もねぇよ」


 そう言いながら、度々私に視線を向けては即座に柳へと戻す牛宮。そんな彼の視線に僅かな不信感を抱きながらも、私はソレを表に出さないよう無関心を装っておく。

 今この場で不用意な発言をしたら、きっと牛宮は柳の質問に答えなくなってしまうだろうから。


「そっか。なら次は、この『白鳳邸殺人事件』に参加した理由を訊ねても良いかな?」

「金が欲しかったから。あとはまあ……招待状の差出人が、知り合いの名前だったからな。一応……」

「差出人が、知り合いの名前? そうか、なら牛宮君は俺と一緒だね」

「アンタと……一緒?」


 柳の発言に興味を抱いたのだろう。確認するようにそう言った牛宮はすぐさま柳の方へ詰め寄り、牛宮よりやや背の高い柳の顔を見上げた。


「アンタもアイツの知り合いなのか?」

「うん。彼女とは、家族ぐるみの長い付き合いでね……。俺も彼女からの招待状だったから、此処へ来たようなものなんだ」


 招待状に記されていたという差出人のことで会話が膨らむ柳と牛宮。だが私はそんな二人の会話に耳を傾けるばかりで、参加することは無かった。

 何故なら、私の招待状――便箋、には差出人の名前が記されていなかったはずだから。


「まあなんにせよ、俺の質問に答えてくれてありがとう。牛宮君からも、何か俺たちに聞きたいことがあるなら遠慮せずに訊ねてほしいんだけど、あるかな?」

「……オレ、今はそんな気分じゃないンで、また今度でも良いっすか?」

「ああ、構わないよ。それじゃあ、いろいろお話聞かせてくれてありがとうね」


 共通の話題が存在しことで、柳に対する棘が抜けたらしい。口調を僅かばかりに目上の者に対するモノへ変えた牛宮の視線が、ちらりと私の方へと泳いでくる。

 苛立ちと、迷いと、躊躇いとを含んだ牛宮と目を合わせ、柳の付き添いでこの場に居ただけにすぎない私も一応の礼として「ありがとうございました」と述べる。

 そして牛宮に背を向け、柳と共に遊技場から出ようと扉を押し開けば、「きゃあああああっ!」という、女性特有の高い悲鳴が邸内に響き渡った。


「今の声、宇野下か!」


 流石の牛宮も悲鳴を聞けば焦るのだろう。遊技場から出て行こうとしていた私と柳を押し退け、彼は廊下へと躍り出る。


「オイ! どっちの方から聞こえた!」。

「客間の方からだ!」


 牛宮の問いに迅速に答え、指さす柳。二人は互いに顔を見合わせるや否や、すぐさま私たちが使う客間がある方へと駆け出して行ってしまう。

 そんな二人の背を追い私もまたそちらの方へと向かえば、一階のとある客間――扉を大きく開いた部屋の前で、腰砕けになり震える宇野下草子と、そんな彼女を庇うように抱きしめている姉川萌音の姿が在った。


「もうイヤよ! こんなゲームっ、私止めるわ! 面白そうだったからからこのゲームに参加したけれど、あの子供みたいな死に方をするのも、こんな……桂みたいな殺され方をするのも、私はイヤよ!」


 ヒステリック気味に声を荒げた宇野下は、自身の手元を見つめ何かを操作しはじめる。しかし次の瞬間、彼女は「なんでっ! どうしてよ!」と大きく叫んだ。


「『ログアウト先が検出できません』って、どういうことなのよ!」


 私たち同様、彼女の声を聞きつけ此処へとやって来たのだろう。このゲームの審判役であるジルの顔を、宇野下は睨み付ける。


「草子様。昨日のルール説明の際に答えた通りです。『犯人』が自身以外の全員を殺しきらず、『探偵』も『犯人』を見つけられなかった場合は、参加者が最後の一人になるまで、あなた方は白鳳邸の敷地から出たりすることは勿論、ましてや外部と接触したりすることも出来ません」

「だからって、『ログアウト先が検出されません』っていうのは、おかしいでしょう!」


 先ほどから彼女が言っている『ログアウト』という単語は、いったいどういった意味を持って発された単語なのだろうか。勿論、『ログアウト』という言葉の意味が分からないわけでも、知らないわけではない。ただ、何故この居間瞬間に、彼女の口からそんな単語が飛び出してくるのかが理解出来ないだけだ。

 しかしソレを言った宇野下当人はそれどころではないらしい。相変わらずヒステリック気味に「おかしいでしょう!」と激昂している。


「草子。少し落ち着こう、ね?」


 悲鳴じみた声で喚き散らす宇野下を、宥めようとする姉川。だが宇野下は、ジルを睨んでいた目を姉川へと向け「萌音……っ、貴女が! 蒡とグルになって桂を殺したんでしょう! そして次は私を殺すんでしょう!」と自身を守るべくしてあったはずの姉川の言葉と、腕を拒絶した。


「草子……」


 疑心暗鬼に囚われる宇野下に拒まれた姉川。彼女は悲しげに眉尻を下げると、一歩後退し、宇野下の傍から距離を置く。


「草子様、萌音様。一度、部屋の中を拝見したいのですが、よろしいですか?」


 宇野下が放った悲鳴の根源。おそらく月山桂の死体があると思しき部屋の前に居座り、その部屋への侵入を図らずも阻んでいた二人にそう声を掛けたジルは二人を移動させ、その部屋の中へと入ってゆく。

 そして、廊下に居た私たち――牛宮、柳、私、の三人もその中へと入れば、そこには真っ赤に染まったベッドの上で、裸で横たわる月山の姿が在った。



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