第65話


「景子いつも嬉しそうに笑ってるんだ?」


「…はい」


「景子と喧嘩とかしないの?」


「ほとんどしませんよ。景子さん優しいから私の我が儘聞いてくれますし、景子さんは基本的に怒ったりしないんです」


「ふ~ん……」


最後には私に視線を向ける紗耶香。別に付き合ってるんだから変な話ではないのになんなんだ。この酔っぱらいに笑われると居心地が悪い。


「莉緒ちゃん愛されてるからね~」


そしてタイミングよく焼けた肉を持ってきたヒロミもにやにや笑っていた。ヒロミまでこれとは……。


「なんなの?」


心の声が漏れた私にヒロミは楽しそうに答えた。


「本当の事でしょ」


「そうだよ景子。別に嘘じゃないんだからいいでしょ?ぞっこんなくせに」


「……あっそう」


こいつら私をからかいたいのか?内心呆れてきてしまった私はもう気にしない事にした。気にしているとムカつくと思うからもういい。


「莉緒ちゃん景子の事呼び捨てで呼んだりしないの?」


まだ掘り下げようとしている紗耶香は莉緒に質問した。莉緒はちょっと動揺したように私に少し視線を向けるとしおらしく答えた。


「それは、その…呼んでませんけど……」


「えぇ~?なんで?呼びなよ?景子は何にも気にしてないから平気だよ呼んでも」


「でも、私ずっと景子さんって呼んでたし……なんか、それが慣れちゃったっていうか……」


私は横で話を聞きながら確かにそうだったなと今までの事を思い出していた。莉緒は私を先生と呼ぶかさん付けで呼んでいた。私は紗耶香の言った通り何もそこら辺は気にしていないんだけど莉緒は呼びたいのだろうか?ちょっと照れている莉緒に私は言っておいた。


「別に呼びたかったら呼び捨てで呼んでもいいよ?それに敬語じゃなくてもいいし」


気にしていなかったから今まで考えてもいなかったそれに莉緒は慌てて否定してきた。


「え?!そんなのいいですよ!私このままで満足してますし全然気にしてませんし!」


「えぇ~、いいじゃん莉緒ちゃん。呼んじゃいなよ?景子もっと私に貢いで?って言ってみな。景子歯医者だから金持ってるから」


楽しそうに会話に入ってきた紗耶香にも莉緒は否定していた。


「そんなのできませんよ!景子さんにはいつもお世話になってるし、私は本当に今まで通りでいいんです!」


「ちぇ~、つまんない~。ね、景子?」


「私はどっちでもいいけど」


残念そうで良かったよと内心思っていたらなぜかこんな酔っぱらいに引かれた。


「うわ、景子の方がつまんないし。景子飲み足りないんじゃないの?」


「……飲んでるよ」


次は私に矛先が向いたようだ。私がつまんないのは昔からなのに今さらなんだ?酒を飲もうとしたら紗耶香がグラスに酒を次いできた。


「とりあえず景子はもう少し飲みな」


「……明日運転あるからそれ以上飲むならヒロミにしてよ」


釘を刺しても紗耶香は動じない。


「はいはーい。ヒロミを外す訳ないじゃん。ヒロミとはコテージ戻っても飲むよ」


「えぇ~?あんた吐かないでよ?」


「こんな大事な酒を私が吐く訳ないじゃん!喧嘩売ってんのヒロミ?」


「この女もう酔ってるわね。景子セーブさせてよ紗耶香」


険しい顔をして言われても私には何もできない。ヒロミに私は即答した。


「したいけど無理でしょ。飲ませとこう」


紗耶香はやめろと言われてやめる女じゃないのだ。紗耶香はそのあとも講釈を垂れながら酒を飲み続けた。

飲めば飲むだけ上機嫌に喋り続ける紗耶香は声が大きくて唾は飛ぶしウザ絡みしてくるのだが外で酒を飲んだり食べたりするのはまるでビアガーデンのようで楽しかった。

私は明日の運転があるから皆とちょっと酒を飲んで楽しんでから先にコテージに戻った。莉緒は紗耶香とヒロミと楽しそうに飲んでいたので飲ませ過ぎないようにヒロミに言っといたから大丈夫だろう。それにしても今日は長時間運転をしたから疲れもあったしよく動いたのでぐっすり眠れそうだ。私はシャワーをさっと浴びてからお茶を飲んでベッドで寛いでいた。


天井のガラスから見える星空は綺麗でベッドもふかふかで気持ちいいからもう眠たくなってきた。莉緒はまだ帰ってこないけどあの二人と一緒だし平気だろう。もう待ってられなさそうなので莉緒には悪いが先に寝てしまおうと思った時に莉緒はタイミングよく帰ってきた。


「景子さん。ただいま!」


「…莉緒。ちょっと飲みすぎなんじゃないの?」


莉緒は部屋に入ってすぐにベッドに座っていた私に甘えるように抱きついてきた。珍しく酒臭い莉緒はとても機嫌が良さそうだ。


「そんなに飲んでませんよ」


「酔っぱらいは皆そう言うけど?」


「でも、私は平気ですもん!景子さんもっとくっついて?離れたくないです」


「もうくっついてるでしょ」


「まだくっつけますもん。それと撫でて可愛がってください。寂しいです」


なんかいつもよりベタベタな莉緒は紗耶香に飲まされてしまったようだ。具合が悪くなさそうなのが救いだが莉緒がこうやって酔ってる姿を初めて見る。莉緒は甘えるように私にすり寄ると私の片手を掴んで自分の頬に当てた。


「ふふふ、暖かい。景子さんもっと触ってください」


「……こう?」


莉緒が我が儘を言ってくるので私はそのまま頬を撫でながら耳を触った。これじゃ動物と一緒だ。莉緒は嬉しそうに笑いながら私を見つめる。


「ふふふ。気持ちいい。景子さん大好きです」


「そう。もういい?」


「まだです。もっと触ってくれないと今日は寝ません。景子さんも寝かせません」


「…そう」


莉緒の我が儘は眠い私からすると面倒な話だ。でも、あそこにおいてきた私にも非はある。私は眠気を感じながら莉緒が喜ぶように動物を可愛がるように触れていたら莉緒は首に抱きついてきた。


「次はぎゅってしてください。まだ寂しいです」


「……」


要望はまだまだありそうだ。酔っぱらいを刺激するとめんどくさい事になる。私は言われた通りに莉緒を抱き締めた。


「これでいいの?」


「はい!でも、もっと強くです。…景子さんいい匂い」


「そう」


「もう大好きです。一番が景子さんで、二番目も景子さんで…十番目くらいまで景子さんが大好きです」


「そう。好きなのは何回も聞いたから分かったよ」


こんな事だけでいつもより上機嫌な莉緒は少し腕を緩めて私に顔を向けた。赤くなっているのは酒のせいだろう。私もいれば良かったか。莉緒はにこにこ笑った。


「景子さん?」


「なに?」


「大好きです」


「さっき聞いたよ」


「でも、好きです。何度も何度も言いたいんです。分かりましたか?」


「うん。分かったよ」


私に気持ちをいつもより伝えてくる莉緒は私の頭を優しく撫でてきた。私はまたこれか、と思いながらどうしようか考えていたらふと莉緒が言いかけていたのを思い出した。


「莉緒」


「なんですか?」


「さっきの何だったの?紗耶香に呼ばれた時言いかけてたでしょ」


たぶん今聞いても答えられると思ったから聞いたのに莉緒は明らかに動揺したように目を逸らした。


「あれは、…忘れました」


不信なその態度は忘れたとは言い難い。私は不思議に思いながら聞き返した。


「それでなんなの?」


「だから、忘れました……。覚えてません…」


「……」


この反応で覚えてないはずないのだがいったいなんだ?莉緒が答えようとしないので私は莉緒の顔を覗き込んで目線を合わせた。


「なに?気になるんだけど」


「…な、何でもないです……」


この至近距離なら逃れられないと踏んでいたのに莉緒はまた目線を逸らした。これは嘘だな。言わせるまで寝られない。


「莉緒」


「きゃあ!景子さん…!」


私は強引にベッドに莉緒を押し倒すと逃がさないようにのし掛かりながら手を握る。


「早く教えて?」


今度は目を逸らさない莉緒はなぜか困ったような顔をしていた。


「そんなに……大した事じゃないから平気です……」


「早く」


語尾を強めた私に莉緒は観念したように小さく呟いた。


「……キス……したいです……」


「キス?」


渋ったくせにキスとは思わなくて拍子抜けしてしまった。莉緒はもじもじしながら答えた。


「……最近、本当に大丈夫になってきたから……景子さんにくっついたり、景子さん見てると…キス……したくなってて……。それに、景子さん……私とのキスもセックスも好きだって言うから……」


「……そう」


言い訳みたいに私の事まで言ってきたが要するに恥ずかしかったようだ。私達は付き合ってるんだからしたいなら勝手にしてくればいいのに莉緒のこういう所はよく分からない。私は至近距離にいる莉緒にさらに顔を近づけた。


「じゃあ、今する?してもいいの?」


もう吐息の触れる距離だからキスなんか容易くできる。莉緒が望むなら私はすぐにでも望みは叶えてやりたい。莉緒は小さく頷いた。


「……はい」


私はそれを合図にほんの少し顔を動かして優しくキスをした。久々にするキスは触れただけなのに胸を温かくしてくる。


「平気?」


「……はい」


怖がったり怯えたりしない莉緒はもう本当に平気そうだ。私が触れられるようになってから乗り越えたのか。純粋にキスだけで照れている莉緒は可愛らしくて笑えてしまう。


「景子さん…もっと…」


恥ずかしそうにねだる莉緒に私はいいよと答えると軽く何度かキスをした。キスはこんなに嬉しいものだったのか?唇を重ねるだけのキスなのに嬉しくなるのは初めてだ。しばらくキスをしてから顔を離して見つめあう。キスをしただけで気持ちが込み上げる私は本当に顔を赤くしている莉緒に呟いた。


「好きだよ莉緒」


「私もです……」


「そう。愛してるよ」


愛しい莉緒に私はもう一度キスをすると莉緒に言ってみた。


「ねぇ、莉緒?私の事呼び捨ててみて?」


さっきはあの二人がいたし恥ずかしかったのかもしれない。莉緒はますます照れだした。


「無理です……。景子さんは、……景子さんですもん……」


「今は二人でしょ?」


「そんなの関係ありません……」


たかだか呼び捨てるだけなのに恥ずかしがる莉緒に私は鼻で笑った。


「私は気にしてないって言ったじゃん」


「私は気にするんです……」


「どこが気になるの?」


「……年上だし、私はずっと景子さんって呼んでたから……なんか、今さら照れます……」


「あっそう」


照れるが大半のようだがそんな事で照れられても共感できない。せっかくだし言わせたくなった私は莉緒の手を強く握りながら呟いた。


「呼ばないとこのままどかないよ?」


「照れるからダメです……」


「一回くらいいいじゃん」


「……一回もダメです…」


「ふーん……」


言う事を聞かない莉緒は珍しい。私はちょっと笑ってから口づけた。


「私が言ってるのに聞けないの?」


「だって……」


恥ずかしがっている莉緒は黙ってしまうがこのまま逃がす気はない。私は何度かキスをして莉緒の目がとろんとしてきたところで莉緒の口の中に舌を入れた。莉緒は一瞬驚くものの私を受け入れながら舌を絡めてくれる。この感覚も久しぶりで私は笑いながらキスを深めるように莉緒を求めた。


「莉緒……」


「んっ……はぁ…あっ、んっ…景子……さん」


ぬちゃぬちゃと舌を絡めながら莉緒を感じる。満たされる気分に高まりながら私は莉緒のいい所を刺激しながらキスを続けた。


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