第64話
「一番…大好きです……」
「そう。…それで?」
莉緒の意図はまだ汲み取れない。今この子はこれを言いたい訳じゃないはずだ。莉緒の目が何かを求めている気がする。莉緒は私の催促に一瞬目を逸らしてまた見つめてきた。
「…大好き……だから…」
「だからなに?」
「だから、……だから、私、……あの…」
言い淀む莉緒の気持ちはなんだ?ますます恥ずかしそうにしている莉緒を見つめながら先を催促しようとしたら部屋のドアのノックと共に外から声をかけられた。
「景子ー!まだ夕飯まで時間あるから島散策しながら温泉行こうよー?」
「…分かった。ちょっと外で待ってて」
「はーい」
声の主は紗耶香だ。タイミング悪く遮られてしまったようだ。返事をしてから莉緒に顔を向けると莉緒はまだ恥ずかしがって下を向いていた。私は仕方なく立ち上がって莉緒の手を引いた。
「莉緒、行くよ?待たせてるから急いで」
「……はい…」
莉緒が何を言いかけたのか気になるがあとでまた聞けばいい。今日は莉緒と二人の部屋割りだし、二人の時間はたっぷりある。私は荷物を持ってすぐに外に出ると四人で島の散策に出掛けた。
この離島は一時間ちょっとくらいで島全体を散策できるみたいでちょうどいい運動になる。
私達は海風を感じながら自然豊かな島を歩いた。
「なんてのどかなのかしら……」
歩いてしばらくするとヒロミは海を見つめながら呟いていた。
「本当。この波の音が聞こえる感じも太陽でキラキラしてる海も中々味わえないもんね~。あー、焼酎飲みたい」
歩きながら紗耶香はもう酒の事を考えているようだ。これも紗耶香らしいがこの海を見ると私も少なからず楽しみである。ヒロミは何度も頷いた。
「私も飲みたいわ~。今日のお酒は絶対美味しいわよ。この海を堪能しながら外で飲めるのよ?紗耶香、今回の旅行は見直したわ」
「でしょ?私も若者を見習ったって訳よ。はい、じゃあお礼に日本酒奢りね」
「え?聞いてないわよ」
「今飲みたくなったんだんだから当たり前でしょ。ヒロミは日本酒担当だからよろしくね。お土産屋さんにあったからあとで買いに行こう」
当然みたいに言ったがなんて抜け目のないやつだ。チェックインした時に確認したんだろう。黙って嬉しそうな紗耶香を見ていたら莉緒が口を開いた。
「あ、展望台ありますよ?」
「本当だ!」
指を指す先には白い小高い展望台が見える。あそこから海を眺めるのもまた格別だろう。紗耶香は目を輝かせた。
「絶対いい景色見れるじゃん!私ちょっと先に登って見てくるわ。莉緒ちゃんも行こう?」
「はい」
紗耶香は莉緒を連れてさっさと展望台に行ってしまった。階段を登らないといい景色は見れないのに紗耶香はこういう時に歳を感じさせない。
「階段辛いわね」
私が思っていた事を口走ったのはヒロミだった。
「そうだね。あれ登るのか…」
「頑張るわよ景子」
「……うん」
少しと言えば少しの階段なんだけど景色のためには避けられない。私はヒロミと一緒に階段をゆっくり登った。それだけで疲労を感じてしまう私は歳だが展望台からの眺めは全方向海でとても清々しかった。
「綺麗ねぇ~」
「本当だね」
もう海を眺めて話してる紗耶香達の隣に行って海を見つめる。見ているだけで癒されて穏やかな気分になる。
「ねぇ、せっかくだから皆で写真撮らない?」
紗耶香は携帯を出しながら笑った。紗耶香には悪いが写真を撮るのはあんまり好きじゃないから私は名乗り出た。
「じゃあ、私が撮るよ」
しかし、当然のようにかわされた。
「私がやるからいいよ。景子も写るの。ほら撮るから皆寄ってよ?」
「うん」
カメラを手に持つ紗耶香は皆が写るように調整している。私は抜けてしまいたい気分だったがそばにいた莉緒が私に寄ってきた。
「景子さん写真撮るんだから笑ってください」
「……分かってるよ」
「真顔で写真に写る人なんかそんなにいませんよ?」
莉緒に笑いながら言われても反応に困る。私は写真が一番困る。隣にいるヒロミは口を挟んできた。
「景子はいつもこうなのよ。魂抜かれると思ってるみたいで」
「そんな事思ってないけど」
変な冗談を言われてもどんな顔をすれば良いか分からないだけだ。莉緒は冗談におかしそうに笑った。
「ふふふ、景子さんそんな事思ってたんですか?」
「いや、だから違うけど…」
「もー撮るよー?景子笑ってよ?」
反論しようとしたのも束の間に紗耶香が写真を撮ろうとしていたので携帯に目を向ける。笑うように言われたって面白くもないのに笑えない。いつものように写真に写ろうとしたら莉緒が控え目に手を握ってきた。
「何枚か撮るから動かないでよ」
紗耶香は何枚か写真を撮るが見えない位置で手を繋いでくる莉緒は密かに私に密着してくる。手を握ってるのは写ってないけどこれは莉緒にとって嬉しい旅行の写真になる。
私は莉緒を考えて少し笑ってみた。
「よし、おっけー。……うん、中々いいじゃん。景子だけ無愛想だけどいいね」
「……」
写真を撮り終わった紗耶香は携帯を見ながら笑っている。だが私だけ無愛想とは分かっていたけどちょっと来るものがある。莉緒はさっと手を離したと思ったら紗耶香の携帯を笑いながら横から覗き込んでいた。
「本当ですね。景子さんつまんなさそう。紗耶香ちゃんあとで送ってください私に」
「うん。いいよ。景子つまんなさそうだから加工しちゃおうかな」
「あ、それいいですね。犬の耳とか可愛いかも」
「うんうん。あと顔が無表情過ぎるから顔になんかスタンプ押して……」
私をおいて話を進めるのはやめてほしいけど何か言ったら倍で返ってきそうだ…。私は何も言わない事にした。二人は楽しそうだし写真くらい弄られてもいいだろう。二人を見ていたらまたヒロミに笑われた。
「景子魂抜かれないんだから笑いなさいよ」
「今日は笑ったつもりなんだけど…」
ヒロミにまで言われて後ろめたい気分になってしまうけど私は今回少し笑った。なのに皆にこんなに言われてしまうと私もショックだ。ヒロミは笑いながら驚いていた。
「笑ってたのあれで?」
「え、うん」
「全くいつも通りだったわよ?」
「……でも、笑ったよ」
嘘は言っていないのになぜ嘘をついている気分になるんだ。ヒロミはさらに笑った。
「前から思ってたけど景子そんなんでよく歯医者なんかやってるわね。患者さんからクレーム来ないの?」
「マスクするからクレームなんか来ないよ」
「本当に?子供とか絶対景子の事嫌いそうじゃない」
「……それはお互いに嫌いだからいいんだよ」
ヒロミはいつも合ってる事を言ってくるからドキッとしてしまう。子供に好かれてはいないけど好きじゃないからいいんだ。子供は私と次元が違う。
「あっそう。景子が子供好きだったら私も引いてたからちょっと安心したわ。景子子供来てもいつもと変わらないんでしょどうせ」
「私は対応皆一緒だよ」
「そうよね。想像できるわ。でも、女には人気そうねあんたは」
さっきからヒロミは私の働いている所を見ていたのかと言うくらい当ててくる。それがちょっと怖いがヒロミとは長いから分からなくはない。でも、なぜこんなにバレているんだ。私は分かりやすいのか?
「…同性がいいって患者さんがいるから女の人はちょっと多いだけだよ」
「そんな事言って指名とかされてんじゃないの?景子はいつもそうだもんね」
「……いつも?」
笑いながらいつもと言われても……いつもってなんだ?私はそんないつもはなかったんだけどどの事を言ってるんだろう。
「ねぇ、展望台降りたら温泉行こう?そろそろ汗流して酒飲む準備しようよ?」
ヒロミに聞き返そうと思ったら紗耶香が急かしてきた。
「そうねぇ。温泉私楽しみにしてたのよ~。早く行きましょう景子」
「え、うん」
心外な事を言っといてヒロミはもう温泉に浮かれている。聞くタイミングを逃してしまったが今度聞いてやろう。思い返しても分からないいつもは気になって考えてしまう。
私達は紗耶香に急かされて展望台を降りると島を歩きながら温泉に向かった。
温泉はグランピングの近くにあって、日が落ちてきた海を満喫できて日中とはまた違った良さがあった。紗耶香は温泉に大満足だったし莉緒も喜んでいた。私も体の疲れが取れてとてもいい気分だ。
温泉から出た私達はお土産屋さんでヒロミと合流するといろいろ買ってからグランピングに向かう。
今日の一番の楽しみは夜にある。
日が暮れてきてグランピング周辺には地面に埋め込まれているライトが所々で光っていてリッチでいい雰囲気になる。私達は外に備え付けられているソファやベンチに座りながら操作が簡単なグリルでBBQを始めた。
「莉緒ちゃんいっぱい食べてね?あとお酒も山程買ったからお酒もいっぱい飲んでね?」
肉を焼くのを率先してくれたヒロミは肉を焼きながら莉緒に話しかけた。
「はい。ありがとうございます」
「いいのよいいのよ」
「そうそう、莉緒ちゃんには訊きたい事山程あったから飲みながら詳しく話そうね」
「はい」
横から酒を飲みながら話に入ってきた紗耶香はもう缶を何本か開けている。今日は長く色々尋問されるだろう。私は混ざりたくなかったので無言で酒を飲みながら焼けた肉や野菜を食べていたら紗耶香はにやにやしながら莉緒に訊いていた。
「それで莉緒ちゃんは景子のどこが好きなの?」
「え?それは……えっと…」
まだ始まって間もないのにこの女は何を聞いてるんだ。ちょっと困っている莉緒に私は助け船を出した。
「答えたくなかったら答えなくていいよ莉緒」
「景子それじゃつまんないじゃん!」
「別にそんな話しなくたっていいでしょ」
すぐに反論されたが言いたくないなら言わなくていいに決まっている。こいつは楽しみたいようだが楽しませるのは癪だ。紗耶香は私じゃなくて莉緒に言い出した。
「莉緒ちゃん教えてよ~。景子いっつも大した事言わないからつまんないんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ~。別にとか普通とかそんなんばっかだよ?景子じゃ話になんないんだよ。だからさ、莉緒ちゃんから見た景子がどんな感じかとかちょっとでいいから教えてよ?」
「そうなんですね。ん~、景子さんは……」
「……」
確かにそうかもしれないがムカつく。合ってはいるからうまく反論できないでいたら莉緒は照れながら話し出した。
「景子さんはいつも嬉しそうに笑ってますよ。いろんな場所に連れてってくれますし、いつもいろんな物買って来てくれてすごく優しくしてくれます…」
「へぇ~。そうなんだぁ~」
「……」
紗耶香はにやにやしながら私を楽しそうに見てきたので私は黙って紗耶香を醒めた目で見つめた。
莉緒が正直なのはいい、しかしこうなるのはもう分かっていた。紗耶香はにやにやしながら口を開いた。
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