第62話
目的地につくと車を停めて近くの売店で売っていたソフトクリームを買ってちょっとした山道を歩きながら断崖に向かって歩いた。蒸し暑いけど海の音が聞こえるし海が木々から見えて涼しげで綺麗だ。
「ここ二時間サスペンスの撮影よくやってるみたいだけど私の好きな俳優さん来てるから来れて良かったわ~」
ここを一番楽しみにしていたのはソフトクリームを食べながら言ったヒロミだった。ヒロミはイケメン好きだけどそれにすぐに紗耶香は同意した。
「分かる。ヒロミあの人でしょ?背の高い渋めの顔した……永瀬さんだよね?」
「そうよ。私すっごいタイプなのよ。いつも録画して見てるの」
「私も。あの人いいよねぇ。ていうか、いつも好み被るよねヒロミと私。好きな人一緒になったら取らないでよね?」
なんかどうでもいい確認をした紗耶香にヒロミは呆れたように言った。
「だいたいノンケだから無理でしょ私は」
「そんなのいつどうなるか分からないじゃん!人の気持ちは常に変わるんだよ?!私が今まで結婚できてないのはそういう理由だよ!」
「はいはい。あ、見えてきたわよ。すごいわねぇ」
紗耶香の逆ギレをスルーして海岸に近づいた私達は崖の縁まで来たが海が見張らしよく見えて綺麗だ。思っていたよりもダイナミックでかなり海が近いし高さがある。ドラマでよく見る崖と同じだった。
「本当にすごいね。さすがロケ地になってるだけある」
「…確かに」
波が押し寄せて跳ね返るだけで迫力があるし風が思ったより強く吹いている。でも、景色は申し分無い。海の中にぽつんと一つだけある島は離島だけがあって遮るものはないし、一面海が太陽に照らされて綺麗で輝いて見える。私が海に見入っていたら莉緒は私の腕を掴んだ。
「すごい迫力ですね」
「そうだね」
「あの島ですよね?今日行くの」
「うん」
「楽しみですね景子さん」
「うん」
楽しそうな莉緒に答えていたら紗耶香に思いきりため息をつかれた。
「はぁ~。景子、何でそんななの?」
「なにが?」
険しい顔をして言われてもいきなり何なんだ?紗耶香はまたため息をついた。
「なにがじゃなくて莉緒ちゃん楽しそうなのに何でそんな無表情なの?可哀想でしょ」
「……楽しいとは思ってるけど」
紗耶香に指摘されると分が悪い。紗耶香は私に引いていた。
「はぁ?全然顔の筋肉動いてないけど?死んじゃったの顔だけ?莉緒ちゃんが健気に見えるからもっと気にしてあげなよ」
「気にはしてるけど…」
「どこが?もう、こんな若い子に付き合ってもらってるだけでも幸せな事なんだからね?景子は全くいつもそうなんだから。あ、それよりつり橋!下丸見えのつり橋あるから渡ろう早く!楽しみにしてたの忘れてた」
「うん……」
話はつり橋のおかげで無くなってくれたが酷いダメージを受けた気分だ。ヒロミは私の肩を叩いた。
「景子旅行中は気を付けないと紗耶香にまた何言われるか分からないわよ?」
「分かってるよ」
「じゃ、早く吊り橋行きましょ」
歩き出したヒロミは先に行ってしまったがこれ以上何か言われたら肩身が狭い。心苦しく思っていたら莉緒は私の腕を引いた。
「景子さん私は別に平気ですよ?」
「うん……」
「じゃあ、早く行きましょうつり橋。おいてかれちゃいます」
「うん……」
莉緒にフォローされるのも心苦しいが私は頷いてつり橋に向かった。私はそんなに顔が死んでいるのだろうか?なんか紗耶香に言われるとグサグサ刺さって心が痛い。ショックを受けながらつり橋まで辿り着くと紗耶香はつり橋の真ん中で海を見下ろしていた。
つり橋は長くはない距離だがそんなに頑丈そうには見えない。しかも掴まる部分はロープが金属になったって感じで頼りない。紗耶香の言葉通り下もよく見えるようになっているし、ここの目玉なだけある。
「海綺麗~。早く来なよヒロミ!何びびってんの?」
笑う紗耶香は手すりに掴まりながら橋を渡るヒロミを急かした。
「これ思ったより揺れて怖くない?私こういうの苦手なのよ。あんた早すぎるわよ渡るの」
「そのがたいで何言ってんのヒロミ。じゃあ揺らしてあげるね」
「ちょっと!あんたいい加減にしなさいよ!」
橋の真ん中でジャンプして橋を揺らす紗耶香はガキそのものでいい歳して何してんだかなと思うがヒロミは真面目にキレていた。ヒロミは強面なのにこんなのが苦手とは……。私は紗耶香のせいでかなり揺れている橋を渡ろうとしたら莉緒に腕を引かれた。
「景子さん揺れが収まるまで待ちましょうよ?」
莉緒はヒロミのように怯えていた。
「別に落ちる訳ないし平気でしょ」
「でも、下は海だしすごい高いじゃないですか」
莉緒もこんなのが苦手なのだろうか?私は何とも思わないしさっさと渡りたいから橋を見ながら答えた。
「じゃあ、私先に渡るから…」
「それはダメです!先に行ったら怒ります!」
「……そう。分かったよ」
これはつまりヒロミのようにゆっくり歩くだろう莉緒に付き合わないといけないみたいだ。莉緒は私の腕を強く掴んで離さないしちょっと怒ってきた。ただの橋なのに二人共どうしたんだ。私は仕方なく揺れが収まるのを待ってから莉緒とつり橋を渡った。
しかし莉緒は数歩も歩かないうちに風で揺れる橋に怖がって足を止めた。
「景子さん怖いです!揺れてますよ橋!落ちませんよね?!」
「落ちないよ」
「でも、揺らしてないのにすごい揺れてますよ!怖いです!!」
「落ちないから平気だよ」
私の腕に抱きつく莉緒はかなり怖がっているが歩きづらいし莉緒が歩いてくれないから進めない。下は確かに波しぶきがすごくて高さを感じるが橋が落ちたなんて聞いた事ない。あぁ、どうしたら落ち着くんだろう。
「莉緒、歩かないとずっとこのままだよ」
とにかく促そう。歩かないと渡れない。でも、莉緒は怖がりながら怒ってきた。
「分かってますけど高すぎます!もう怖くて下見れません!」
「見なきゃいいじゃん」
「でも歩こうとするとどうしても少し視界に入ります!怖いですよ景子さん!!」
「そんな怖がらなくても平気だよ」
もう紗耶香もヒロミも渡りきってしまった。ヒロミが渡りきれたんだから平気だと思うんだがどうしたものか。なんか橋が揺れる度に小さな悲鳴を上げているし……。私が悩んでいたら紗耶香は橋の向こうで声をかけてきた。
「二人とも先に行ってるからね~」
「うん」
紗耶香はそう言ってヒロミと一緒に行ってしまった。さっさと渡る予定だったのに置いていかれたようだ。このままだと待たせてしまう。私は引っ付いている莉緒を急かしてみた。
「莉緒、早く歩いて」
「早くなんて歩けませんよ!橋が揺れます!」
「……うん。ごめん…」
少し歩き出してくれた莉緒にキレられて私は返答に困って謝ってしまった。橋が揺れるのはもうどうしようもないんだけどゆっくり歩きすぎて進まない。こうなったら脅してみるか。小児には効くから効くかもしれない。
「莉緒。普通に歩かないとおいてくよ」
「え?それは絶対ダメです!」
「じゃあ、ちゃんと歩いて」
「じゃあ、…そんなに早く歩かないでくださいね?!」
どうにか了承を得たので今度こそ進もうと思う。私はいつもみたいに普通に歩き出すと莉緒は私に寄りかかるように密着して歩きながら怖がっていた。
「景子さん!!怖い!!」
「もう少しだから平気だよ」
「まだまだじゃないですか!!怖い!こんなに怖いと思わなかった…!」
「絶対落ちないから平気だよ」
「そうかもしれないけど怖いのには変わりないんです!なんで景子さんはそんな怖くないんですか?」
そんな事を訊かれても怖い部分はないはずだ。私は疑問に思いながら適当に答えた。
「……だって、ただの橋じゃん」
「これのどこがただの橋なんですか?!」
答えたのにおかしいみたいに言われて動揺する。私はそれでも思った事を言った。
「……橋はこんなものじゃないの?」
「こんなに揺れる橋渡った事ありません!」
「でも、つり橋だし揺れるよ」
「景子さん揺れるのに何とも思わないんですか?」
「え?……まぁ、特には……」
なんか怖がる人の気持ちが全く理解できないでいたらやっと橋を渡りきった。莉緒はそれだけでとても安心したような顔をしていた。
「あぁ、良かったぁ~!本当に怖かったぁ~!もう私こういうの無理です!」
「……そう」
「帰りは回り道しましょうね?絶対ですからね?」
「ここ渡った方が近いけど…」
「ダメです!おいていったらもう口聞きません!」
「……じゃあ回り道しよう」
道中にあった案内図には回り道は確かにあったが莉緒はすごい勢いで嫌がってきたので従う事にした。
それから先に行ってしまった二人と合流して海を堪能すると莉緒が言った通り回り道をして車まで帰った。
なんかそのせいでかなり歩いたから少し疲れたが莉緒があんなに怖がるのは初めて見た。莉緒もヒロミも意外な部分が知れたので良しとしよう。
皆それぞれ楽しんだところで船乗り場まで向かった。車を停めて船に乗るためのチケットを買ったが今日は天気がいいから景色がいいだろう。
皆で大きな船に乗り込むと案の定景色は最高で海の香りが感じられる。
「わー、オーシャンビュー最高!!海綺麗だね莉緒ちゃん」
「はい。すごい綺麗ですね」
紗耶香は莉緒と車の中でも話していたがさっきから色々と楽しそうに話している。紗耶香は話しやすいと思うし私より話が合うんだろう。私は紗耶香になんか言われるのが怖かったから話し出した二人の会話には入らないようにしといた。
「景子と旅行行くの久しぶりじゃない?」
眩しそうに海を見ていたヒロミは話しかけてきた。
「前に行ったのは……山奥の秘境だったわよね?」
「あぁ、紗耶香がすごいいい温泉があるって言うから行ったやつね」
あれはいつだったか忘れたが寒い時期だった。あれはあれでいい思い出だ。ヒロミは少し笑った。
「あれ一面雪で綺麗だったけど道中大変だったわよね。車ギリギリ通れる道は怖かったし吹雪で前見えなかったし。こうやって安全な思いして旅行できるとほっとするわ」
「確かに。あの時運転してたのヒロミだったもんね。私もあれは一番忘れられない旅行かも」
紗耶香は全く怖がってなかったけどあの旅行はさすがに私も怖かった。吹雪で前が見えなくてたどり着けるのか不安しかなかったがどうにかたどり着いた時の安心感は生きてて感じた事がなかった。
「私もよ~。紗耶香の言った通りいい温泉だったけどあんな死にそうな思いもうしたくないわね。あの日の宿のご飯の美味しさには泣きそうになったし」
「ちょっと分かる。でも今日は大丈夫だよ」
私は鼻で笑いながら言った。
「島だから危ない事ないし」
「でも、紗耶香と同じ部屋だから紗耶香の歯軋り久々に聞かされるわよ。寝れるかしら…」
ヒロミは遠い目をしていて私は笑ってしまった。
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