第61話


充実した日々を過ごしていたら少し遅い夏休みがやって来た。皆働いている時期だが夏休みは一週間もある。今年も正直何をしたらいいのか、予定がまるっきり決まっていない。


でも、今年もたぶん紗耶香と旅行だ。いつも直前に決まるがだいたい夏休みは紗耶香と旅行に行っている。夏休みに入ってすぐに紗耶香に連絡を取ったら即了解してくれたしあとは場所なのだが…、これをよく思わない人物がいた。


「……なに?そんなに見ないでくれる?」


旅行雑誌を捲っていた私の隣で膨れっ面をする莉緒は旅行に行くと言ったら自分も行きたいと怒りだした。私は莉緒を連れて行くのは別に構わなかったし、紗耶香は何も気にしないから良かったが莉緒はバイトと授業があるみたいで行けなかったのだ。


「……一人だけ楽しんでずるいです」


「また違う時に行けばいいでしょ」


「そんなに待てません。私も景子さんと行きたかったのに……。紗耶香さんと浮気したら怒りますからね?」


「紗耶香と何かある訳ないでしょ」


あらぬ疑いまでかけられてため息が出る。誰と行くのかしつこく訊いてきたから答えただけなのに今の莉緒は旅行に行けないのが相当腹立たしいみたいだ。


「……景子さんのバカ。お土産いっぱい買ってきてくださいね?あと毎日連絡してくれないとダメです」


「……分かったよ」


「忘れたら絶対許しませんからね?」


「分かってるよ」


拗ねている莉緒をどうしたら良いのか。ずっと拗ねて怒っているし機嫌が良くならなくて居心地が悪い。

莉緒はそのままの態度でまた口を開いた。


「景子さん今月の十五日空いてますか?こないだの約束なんですけど…」


「あぁ、決まったの?別にその日は空いてるけど」


話からするとあの約束を莉緒はやっと決めたらしい。でも、詳しく説明はしてくれなかった。


「じゃあ、空けといてください。その日は仕事終わったらすぐに家に帰ってきてくださいね?」


「まぁ、いいけど」


「あと、旅行行く前にドライブ行きたいです。ドライブも連れてってください」


「うん。分かったよ」


莉緒が何をしたいのか訊きたいがまだ機嫌が悪そうだし訊かないでおこう。私はそれから黙ってむすっとしている莉緒をそっとしておいた。

が、莉緒はずっと拗ねていじけていた。これはもうどうにもならないので旅行に行くのは決まっているし悪いが無視しとこう。帰ってきてからご機嫌を取ればいい。私はじっと見つめてくる莉緒をそのままに旅行雑誌を捲っていたら携帯が鳴った。確認してみると今さっき話題になった紗耶香だった。


「ごめん、ちょっと電話」


「はい……」


不機嫌な莉緒をおいて私はリビングに向かうと電話に出た。


「もしもし」


「あ、もしもし景子?旅行なんだけどさ、今年はグランピングなんてどうよ?島に行って南国気分をキャンプみたいな感じで味わえるんだって。昼から酒飲めるし良くない?」


紗耶香のプランはいつも惹かれるものがある。私はすぐに乗った。


「島か……まぁ、いいんじゃない?場所は?」


「それが都内から二三時間。もうこれしかなくない?」


グランピングなんてした事ないが南国気分を味わえるなんて楽しそうだ。紗耶香とはいつも楽しい旅行ができているのでこれは決まりだ。


「そうだね。それでいいよ。楽しそうだし」


「よし!じゃあ私が予約しとくわ!ていうかさ、案外近いからヒロミも誘っといたからヒロミも来るよ今年は」


「あぁ、それは別にいいけど」


「ありがと。もー今から楽しみだよ。飲み明かそうね景子」


ヒロミも来るのは初耳だがヒロミはたまに私達の旅行に参加してくるので気にしていない。旅行は楽しそうになりそうだが二日酔いの痛い記憶を思い出して私は苦笑いした。


「こないだみたいに飲むのは勘弁ね」


「えー、いいじゃん。二日酔いにならないように前もって胃薬とかウコンとか飲んどけば平気だよ」


「そうかもしれないけど飲みすぎないようにしよう。次の日もあるんだから」


紗耶香は乗り気だが止めとかないとあとが怖い。紗耶香は残念そうに言った。


「あー、次の日忘れてたわ。じゃあ程々だね。海鮮死ぬほど食べて我慢する」


「うん。そうしな。それより日にちは…」


旅行の詳しい日にちを聞こうとしたら後ろから莉緒に抱き締められた。まだ拗ねているのかと思ったら莉緒は後ろから小さな声で言ってきた。


「私も行きます」


「え?」


「ん?景子どうした?」


学校もバイトもあるから行けないと言っていたくせにいきなりどうしたんだ。振り返ると莉緒はちょっと怒りながら言った。


「バイト代わってもらうから行きます。私も島行きたいです」


「ねぇ、景子?」


「……」


紗耶香は電話越しで不思議そうにしているが莉緒は本気そうだ。不機嫌だったのに聞き耳を立てていたのか。まぁでも、莉緒が行けるなら私は構わない。私は紗耶香に聞こえないように小さく確認した。


「私の友達しかいないけどいいの?ていうか、大丈夫なの本当に」


「大丈夫です。バイトも授業もどうにかします。それに、私だけ残るのは寂しいから嫌です」


「……そう」


ここまで言うなら折れてやるか。莉緒はもうついてくる気だ。私は紗耶香に話しかけた。


「紗耶香?悪いけど莉緒も連れて行っていい?こないだの約束って事で」


紗耶香は嬉しそうに答えた。


「え、全然いいよ。やっと莉緒ちゃんに会えるの楽しみ~。じゃあ日程は皆で調整しないとだね。あとで莉緒ちゃんが大丈夫な日教えて?」


「うん。分かった。いろいろありがとう」


「全然。今年も現実逃避できて私としては癒しだし。じゃ、よろしくね」


「うん。じゃあね」


電話を切るとすぐに莉緒は強く私に抱きついて顔を隠してしまった。この子は本当に寂しがり屋だ。私は軽く頭を撫でてあげた。


「今回は一泊二日だから大丈夫な日教えて?」


「……はい」


「全く……旅行も我慢できないの?」


こういう子供っぽいところは憎めないが大きな子供を持ったみたいで少し困ってしまう。莉緒は黙って小さく頷いたので私は笑ってしまった。


「子供と一緒で呆れる」


「……だって、景子さん楽しそうだから……」


「旅行なんだから楽しそうにしない人はいないでしょ」


「そうだけど……景子さんいないと寂しいんです……」


莉緒は前から寂しがり屋だけど一日も離れられないとなると重症な域だろう。しかし、それも莉緒の魅力ではある。私は離れようとしない莉緒の耳元に顔を寄せた。


「近場でなんか楽しそうなとこ調べよう。調べといた方が楽しくなるから」


「…はい」


やっと顔をあげた莉緒に笑いかけて私は莉緒の体を引いた。



それから旅行の予定はすぐに決まった。今の時期は旅行シーズンから少しずれているので予約もすんなり取れたらしい。そして、莉緒はと言うとどうにかバイトを代わってもらって授業は休むようにしていた。

あとは旅行当日まで待つだけなのだが、莉緒は一番楽しみにしていた。莉緒は旅行にほぼ行った事がないみたいでネットや雑誌で楽しそうな場所を探していて、まだ行っていないのに浮かれているようだった。


この子のそんな様子を見て私も一緒にお勧めスポットを探していたら旅行当日はすぐにやって来た。


朝早くから楽しみに目覚めていた莉緒に起こされて私は荷物を車に乗せて車を走らせた。今日は私が車係りだが紗耶香とヒロミを都内の駅で拾う事になっている。私は道中でコンビニに寄っていろいろ買い込んでから駅に向かった。


「なんか、緊張します……」


「なにが?」


「何でもです」


莉緒は駅にもうすぐつくと言う所で緊張した面持ちをする。さっき軽く紗耶香やヒロミについて説明もしたし緊張も何もしないような相手なんだけど謎だ。


「私、変じゃないですか?」


「変じゃないけど」


「髪型も平気ですか?」


「まぁ、普通だけど」


なんだろう?変な所なんかないと思うが……。車を運転しながら答えていたら紗耶香とヒロミを見つけたので車を停めてクラクションを鳴らした。二人はすぐに気づいてやってきた。


「景子車ありがとー。今日はよろしくね。あ、莉緒ちゃん私紗耶香。それでこっちはヒロミ。よろしくね」


車に乗り込んできた紗耶香とヒロミは莉緒に挨拶をする。莉緒は緊張したように笑っていた。


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「なんか小さくて可愛い子ね景子。私とも仲良くしてね莉緒ちゃん。私はゲイだから安心してちょうだい」


「はい。ヒロミさんもよろしくお願いします」


二人は莉緒を興味津々に見ているが変な事を言わないのを願うばかりだ。私は紗耶香に話しかけた。


「それよりチェックインは何時?」


「チェックインは四時だよ。島行くには船乗らないといけないから三時くらいには船乗り場に行けば平気。それまでは近場の観光スポットを散策しよう」


「そう。じゃあ、とりあえずナビで向かいながら途中で寄り道すればいいか……」


私はナビに場所を入れていたら紗耶香は莉緒に早速話しかけていた。


「そんな事より莉緒ちゃん可愛いね。なんか思ったより大人びてる感じがするけど学生なんだよね?」


莉緒は食い気味な紗耶香に少し動揺しながら答えていた。


「は、はい。まだ学生です」


「そっかそっか~。若くて羨ましい~。なんか妹できた気分。ね?ヒロミ」


「そうね、学生なんて若い子珍しいものね」


「あの、紗耶香さんもヒロミさんも若いと思います」


そんな事を言ったら紗耶香が調子に乗るなと思いながら車の運転を再開したら案の定紗耶香は喜んでいた。


「えー?莉緒ちゃんもう大好き。あとでお小遣いあげるね?景子聞いた?私若いって」


「うん。よかったね」


「もう莉緒ちゃん欲しいものあったら私にすぐ言ってね?何でも買ってあげるから」


「えっと、…ありがとうございます…」


いい意味で単純な紗耶香は莉緒を気に入ったようだ。しかし莉緒は少し引いているが大丈夫だろうか。私は車を走らせながら寄る場所を皆で話した。


各自行きたい所はなんとなく調べていたようなのでまずは映画やドラマのロケ地でも使われている崖を見に行く事にした。今日行こうとしている離島の島も見られるらしい断崖絶壁は今は暑いから涼しい気分になるだろう。道中楽しげにいろいろ話す皆の声を聞きながら私は黙々と車を運転した。

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