第60話
家についたのは深夜だった。
タクシーの運転手に起こされて高くついたタクシー代をカードで払うとマンションに入った。ふらつきながら何とか壁に手をついて歩いて自分の部屋まで向かう。自分の部屋にやっとの思いで辿りついた私は思わず玄関に座り込んだ。
「はぁ……」
今日は本当に飲み過ぎた。明日はきっと二日酔いだ。楽しかったし休みだからいいがもう立ち上がる気力もない。そんなやりきった私の元に莉緒がやって来た。
「景子さん?どうしたんですか?大丈夫ですか?」
私のすぐ近くに座って様子を伺う莉緒に私は凭れかかった。
「飲み過ぎた。……もう立てない」
莉緒は私を慌てて支えてくれた。
「景子さん。連絡が返って来ないと思ったらそういう事だったんですね」
「今日は飲まされたからね」
「楽しかったですか?」
私を軽く抱き締めながら頭を撫でてくれる莉緒の手が心地よい。私は目をつぶりながら答えた。
「楽しかったよ。久々に楽しくて騒いだ」
「そうですか」
「莉緒はバイトどうだった?」
今日バイトだった莉緒は嬉しそうに答えた。
「私も楽しかったですよ。まだミスはしちゃいますけど皆面白くて楽しいです」
「そう。よかった…」
莉緒が嬉しそうだと安心する。私は小さく笑っていたら莉緒に優しく注意された。
「景子さん寝ちゃダメですよ?もう寝ちゃいそうじゃないですか」
「……でも、眠いよ」
「ダメです。お風呂は明日でもいいからベッドで寝てください。ほら起きてください。手伝ってあげますから」
「……うん。分かったよ」
莉緒が体を起こそうとしてくるから私はめんどくさく思いながら立ち上がった。莉緒が私の体を支えてくれるが立っているだけでもしんどい。私はどうにかベッドまで歩いて横になった。
「はぁ……。飲み過ぎた」
酒のせいで頭が働かなくて何も考えられない。横になった私のすぐ横に莉緒は座って頭を撫でてきた。
「本当に飲みすぎですよ?お水飲みますか?」
「飲んできたからいいよ。タクシーでも寝てきたし」
今はもう何も飲みたくない。莉緒はくすくす笑った。
「そうですか。じゃあもう寝ていいですよ?明日は景子さんが食べやすい料理作っておきますから」
「……うん。ありがとう」
「ふふふ。可愛い景子さん」
頭を撫でられるのが気持ちよくて眠気を誘う。だけど今日は朝ちょっとしか話せていないので莉緒と話したい。それに莉緒に触れたかった。私は腕を伸ばすと莉緒の頬に触れた。
「莉緒……好きだよ。今日も可愛い」
「景子さんどうしたんですか?」
落ち着いている莉緒に少し不思議そうに笑われた。それも愛しくて喜びを感じる。
「言いたいから言ったんだけど悪いの?」
「いきなり過ぎますよ。もう…」
「でも、好きだよ。笑った顔も、優しいところも…全部好き。可愛いところは特に好きだよ。ねぇ、莉緒?抱き締めてくれない?」
「景子さん今日はどうしちゃったんですか?」
どうしたも何も今は莉緒の温もりが欲しかった。柄ではないけれどもう気にしていられない。
「抱き締められたいの。早くして莉緒」
「…はい。分かりました」
莉緒は笑って私を優しく抱き締めてくれた。あぁ、この温もりが感じられて胸が熱くなる。私の好きな暖かさだ。
「莉緒。好きだよ」
私は暖かい莉緒を抱き締めながら耳元で囁いた。この温もりが私には無くてはならないものだ。
「私もですよ景子さん。今日は甘えんぼですか?」
少し笑いながら言われたが、今日は酔っているしこの温もりは手放せない。
「そうかも…」
「ふふふ。甘えんぼ景子さん可愛い。他には何かしてほしい事ありますか?」
「そんなないよ。もう眠いし」
莉緒の温もりをまだ感じていたいのに眠さには勝てない。私は腕を離すと莉緒の手を握った。
「莉緒?手、握ってて?莉緒の事感じてたい」
「いいですよ。握ってるからもう寝てください。眠そうな目してますよ?」
「でも、……まだ莉緒と話したいから起きてるよ」
言葉とは裏腹に瞼は重くなってきて目を開けてられなくなる。莉緒は私の手を握りながら頭を撫でてくれた。
「ダメです。もう寝てください。明日は一日一緒にいれますから。明日は景子さんから離れませんからいっぱい甘えていいですよ?」
「……でも、今がいい……」
私はもう目を完全に閉じてしまっていた。気持ちはあるのに体が言う事を聞かない。暗闇の中で私は莉緒の存在と暖かさだけ感じていたら莉緒は優しく囁いた。
「おやすみなさい景子さん。明日はもっと甘えさせてあげますね」
私は莉緒の声と共に眠りについていた。
そして翌日は頭が痛いと言うより胸焼けが酷くて具合が悪かった。この感じはかなり久々だが気分が本当に優れない。私は起きてから風呂に入って莉緒が用意してくれた食べやすいご飯を食べて二日酔いに効く薬を飲むとすぐにベッドに横になる事にした。
「景子さん大丈夫ですか?」
「まぁまぁ……」
自業自得なのに莉緒は私のそばから離れないで心配をしてくる。今日はあんまり相手をしてやれなさそうだ。
「景子さんも二日酔いになるんですね」
莉緒はおかしそうに笑いながらベッドに座って頭を撫でてくる。具合が悪い私には気分が幾らか安らぐようだった。
「なるよ私だって」
「そうみたいですね。いつもと大違いです。可哀想だから今日はいっぱい甘えさせてあげますね?」
優しい口調の莉緒は体を横にして私のすぐ近くにきた。昨日の事は私も覚えているが莉緒はその気でいてくれたようだ。昨日は私が眠ってしまったからできなかったから丁度いい。私は莉緒に顔を向けた。
「どうやって甘えさせてくれるの?」
「景子さんがしたいようにしてあげますよ」
莉緒は私の頭を撫でながら笑った。
「何でも我が儘言ってください。私にできる事はしてあげますから」
「そう。じゃあ、抱き締めて頭撫でてほしい」
「いいですよ」
具合は悪いが莉緒には甘えたい。莉緒は嬉しそうに小さく頷くと私の頭を胸に抱き締めてきた。
「景子さん昨日から本当に甘えんぼですね」
「悪い?」
「悪くないですよ。可愛くてにやけちゃいます」
優しく私を撫でてくれる莉緒は声からして嬉しそうだった。可愛いには同意しかねるが私は莉緒の体温を感じられるから心地よかった。
「莉緒」
「なんですか?なにか他にしてほしい事ありますか?」
「もうない。このまま抱き締めてて」
「もちろんです」
私は莉緒に抱きつきながら莉緒の温もりを実感した。最近まで触れられなかったこの温もりは離れがたい。触れているだけで愛しさが溢れてしまう。
「景子さん子供みたい。私だけにこんな風に甘えてくれるんだなって思うと嬉しくなりすぎちゃいます。大好きですよ景子さん」
「そう」
「そうじゃなくてこういう時は大好きだよとか言ってください。いつもドライ過ぎです」
「……大好きだよ」
軽く注意された私は反論できなかったので莉緒が言った通りにしたら私には難しい事を言われた。
「景子さん気持ちが込もってません。ちゃんと気持ちを込めて言いましたか?」
「言ったけど」
「私には棒読みに聞こえましたよ?ちゃんと言ってください」
「……ごめん」
気持ちを込めたも何も気持ちがないとこんな事は言わないんだが棒読みに聞こえてしまったらしい。困った話だ。棒読みと言われてもどんな風に言えばいいのか全く分からない。気持ちを込めて言うとはそもそもどうすればいいんだ?無言で考えていたら莉緒に催促された。
「景子さん言わないとやめちゃいますよ?早く言ってください」
「……大好きだよ」
「さっきと変わらないじゃないですか」
「でも、大好きだけど…」
「本当ですか?もっと私に伝わるように説明してください」
またしても難しい事を言われた。説明って好きな部分を話せばいいのか?分かるように具体的な話をしてほしいが私は分からないなりに説明してみた。
「莉緒が一番好きだよ。莉緒にしか好きとか言わないしこうやって抱きついたりもしない。だから、莉緒は私にとって特別なんだけど…」
合っているのか分からない私は少し言葉に詰まってしまった。すると莉緒は尋ねてきた。
「景子さんは私のどこが好きですか?」
これなら答えられる。私は簡単な分かりやすい質問にすぐに答えた。
「全部」
「全部って具体的にどんなところですか?」
「私をいつも受け入れてくれて優しくて素直なところ」
「そうですか。……私の外見はどうですか?」
外見なんか悪い訳がない。私は少し顔をあげて莉緒を見つめた。
「好きだよ。笑った顔は可愛いし綺麗だと思う」
率直ないつも思っていた意見を言ったのに莉緒は照れたような顔をした。
「……景子さんの方が綺麗です」
「……どこが?」
いきなり私を誉められても同意できない。私はもう歳だから綺麗も何もないのだが莉緒は照れながら呟いた。
「最近よく嬉しそうな顔してますし、……よく笑うじゃないですか。……私、景子さんが嬉しそうにしてたり、笑ったりする顔好きなんです。……いつもむすってしてる感じなのに笑ったりすると優しい顔してますし、……すごく綺麗だから…ドキってして、嬉しくなります…」
「……私はそんなんじゃないと思うけど。私もう三十過ぎてるし莉緒とは十歳以上離れてるからばばあだし…」
優しそうとか言われた事がない私は困惑した。冷たいとかきついなら分かるが優しい顔はしていないと思う。それにもうかなり歳なんだけど莉緒はすぐに反論してきた。
「景子さんはばばあじゃないです!大人なだけです!綺麗で色っぽくて可愛いのにばばあのはずありません!私が保証します!」
「……そう」
「そうです!景子さんは自分の事を分かってなさすぎです!」
「うん……ごめん」
「本当ですよ景子さん?ちゃんと自覚してくださいね?」
「うん。分かった」
なんか莉緒の勢いがすごいので私はとりあえず頷いといた。ここで否定したら怒るだろう。こういうのは莉緒といてなんとなく分かるようになったから合っているはずだ。
「もう、景子さんは鈍感なんですよ?いつもそうなんですから……」
鈍感の意味は分からないが莉緒がちょっと困ったような顔をするので頬に手を伸ばして触れた。
「怒った?」
「え?……怒ってはないですけど……」
私の話になると何かむきになる莉緒は可愛らしいので私は少し笑って囁いた。
「可愛いよ莉緒。大好き」
莉緒はそれだけで顔も耳も赤くした。
「…もうなに言ってるんですか?!私も好きですけど…!」
「じゃあいいじゃん。大好きだよ。なんでそんな怒ってるの?好きなら好きで良い事でしょ?」
「そうですけど…!もう…!もう景子さんはうるさいから静かにしててください!」
「…うん。ごめんね」
莉緒は照れ隠しのように私を胸に強く抱き締めてきた。私はそれが可愛らしくて顔が勝手に笑っていた。
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