第58話

風邪が完全に治ったのは一週間過ぎてからだった。

少し風邪の治りが悪くて莉緒はずっと心配をして私をやたら気にかけて世話を焼いてきたが体が本調子に戻って一安心した。


仕事もやっと普通にできるし、莉緒を気にしてあげられる。この頃には莉緒は新しいバイトを熱心に頑張っていた。莉緒は通学途中の駅近の居酒屋でバイトを始めたのだ。覚える事がいっぱいあると言っていて大変そうにしていたが楽しそうにやっている。

莉緒はそのバイトのおかげで毎日嬉しそうに笑っていた。ちゃんと私との約束を守ってくれるし、たまに帰るのが遅くなるから私が迎えに行くがバイト先の仲間と打ち解けたみたいでよく遊びに行くようにもなった。



私は順調に日々が流れていて安心した。莉緒はまだ病院に通ってはいるもののこの調子なら改善に向かっているはずだ。私は嬉しく思いながら莉緒のためにいつも通り莉緒が喜びそうな物を買って帰る日々を送っていた。


そして今日も莉緒が喜びそうな甘いお菓子をデパートで物色して買ってきた。前と同じじゃつまらないからかなり歩いていろんな店に行って店員にもいろいろ聞いてみたから莉緒は喜ぶはずだ。しかし家に帰ると莉緒はいなかった。いないのを忘れていた私は莉緒のバイトの日だったのを思いだした。せっかく買ってきたのに残念だ。私は莉緒がいないのに少し落胆しながら冷蔵庫に買ってきたお菓子を入れてご飯を食べた。今日は十二時を過ぎるから迎えに行かないといけない。


バイトが終わったら莉緒が連絡をくれるからそれまで寝ないように待っていないと。

私は寝る準備を済ませてからアロマを炊いてテレビを見て過ごした。しかしテレビがつまらないので携帯でいろいろ調べてみる事にした。検索内容は決まっている。莉緒が前に言っていた遊園地を検索してみたらまぁ沢山の情報が出てきた。


皆が知っているだろう遊園地の情報ははるか昔に行った私には新鮮というか知らない事ばかりで驚いた。

今は増築もされて昔あったようなアトラクションは無くなってしまっているようだ。それにパレードもいろいろ種類があるみたいで見れば見るだけ困惑する。

こんなもの私は楽しめるのだろうか。ていうか、莉緒を楽しませてあげられるのだろうか。


ちょっと落ち込んだ私は次に今流行りのデートスポットを調べてみた。今時の若い子は景色や花を楽しんだり食べ歩いたりするみたいだが動物園とかも定番らしい。

それに関してはなるほど、と関心するものの私にはやはり惹かれるものがなくて興味がない。景色や花を見ても私は冷めているからテンションが上がるなんて事はないだろう。


それに動物園や水族館は嫌いだった。

私は動物が好きではないので見ても反応に困る。昔デートで行った事があるがつまらなくて違う意味で大変だった覚えがある。

でも、莉緒はこういうのが好きなんだろう。

あの子は私よりもはるかに若いから好きと言うより大好きだろう。


はぁ、あの子が好きなら付き合わない訳にもいかないし、莉緒は私と行きたい所をこういうのの中から探しているはずだ。

莉緒を悲しませたくない私にしてみたら大きな問題だった。楽しめなくても楽しまないとあの子がショックを受ける。私じゃなくて同年代の友達と行けば楽しいはずだが付き合っている以上莉緒は私と行きたいに決まっている。


あぁ、どうしようか。まずつまらないとかそういう事は口が裂けても言わないようにしよう。あとつまらない雰囲気とか態度も出さないようにしてなるべくあの子に合わせて楽しもう。自分から楽しもうとすれば少なからず楽しめるはずだ。

あとは、……あとは何をしたらいいんだ?

改善しようにも私はもう分からなかった。

こういうのはどうにも性に合わなくて苦手だ。


頭が疲れるし考えてもこうやってすぐに手が詰まる。



仕事みたいにこう来たらこうする、みたいなのがすぐに分かればどれだけ楽か。私はため息をつきながら携帯をおいた。とりあえず定番のデートを求められたら頑張るしかない。莉緒が喜ぶように私も努力しよう。

私はまだ言われていない莉緒のお願いがなんなのか多少怖く感じた。

喜ばせてやりたいが私にできるのか……。思い耽っていると莉緒から連絡が来た。もうバイトが終わったみたいだ。


私はすぐに車を出した。

莉緒とはいつも駅前のファミレスで待ち合わせをしている。夜中だがあそこは明るいから安全だろうという理由なのだが今日はファミレスまで来ると知らない男と何やら話していた。いつもなら一人だしすぐ私の車に気づくのにバイト先の友達だろうか。

私はとりあえず車を停めてクラクションを軽く鳴らした。


すると莉緒は私に気づいて急いで車に乗ってきた。


「景子さんごめんなさい。気づきませんでした」


「いいよ。バイト先の子?」


仲が良くて安心する。私は車を走らせながら尋ねると否定された。


「違います」


「え?じゃあ、知り合い?」


なんかいろいろ話している感じだったのに違うとは思わなかった。莉緒はちょっと言いずらそうに答えた。


「あれ…ナンパです。景子さん待ってたらしつこく話しかけられたんです」


「そう。勘違いしてた。……大丈夫?」


ナンパも区別がつかないなんて私はバカか。自分が恥ずかしく感じる。


「大丈夫ですよ。困ってたら景子さん来てくれたからよかったです」


「そう。ああいうのはどこにでもいるから気を付けるんだよ」


「分かってます。それに私は景子さん一筋だから絶対靡きません」


莉緒は顔色が悪くなさそうだし本当に大丈夫なんだろう。私はそれに幾らか安心してまた注意した。


「あんまりしつこいなら警察に連絡してもいいしお店に逃げてもいいんだからね」


「景子さん心配しすぎですよ。あんなのには慣れてるから平気です。キャバクラじゃもっと勘違いしてめんどくさい人がいましたから」


「……そう」


それもそうだ。私よりもこういうのは慣れているはずだった。莉緒は逆に私に尋ねてきた。


「私より景子さんじゃないですか?患者さんに景子さんのファンがいっぱいいるって前景子さんの歯医者に行った時聞きましたし。景子さん女の人に人気なんですよね?」


「……人気って言うか、私が女だから同性の方が治療は安心感あるとかじゃないの?」


これは伊藤ちゃんに聞いたんだろう。なにか疑われているようだ。しかし残念ながら全く何もないし事実を言ったつもりなのに莉緒は疑わしそうに私を見る。


「本当ですか?怪しいです。景子さん綺麗だから絶対密かに好きな人がいそうです。浮気したら家に入れませんからね?」


「しないけど……。浮気なんて不誠実なバカみたいな事したことないし」


「でも、言い寄られたら断らないとダメですからね?私より可愛くても絶対ダメです!私ほど景子さんの事好きな人いませんからね?」


釘を刺すように言われた私は困惑した。私はそもそも莉緒以外興味ないのだが何なんだろう。そんなに信用ならない態度をしていたのだろうか?でも、していたと言われたら私は表情に乏しいから否定できない。私は仕方なく感じながら莉緒が安心できるようにちゃんと言った。


「私は莉緒以外可愛いとか思わないし莉緒ほど好きな人いないけど」


これで信用されるだろう。私は嘘を言っていない。なのに莉緒はなんか突然怒りだした。


「景子さん!?もう、いきなりなに言ってるんですか?!景子さんそういう事普通に他の人に言ってませんよね?!」


「言わないけど……」


「絶対ダメですからね!言ったら怒ります!私だけですからね?!」


「いや、そのつもりだけど」


「つもりじゃなくて確定してください!そんな事言われたら絶対好きになりますから!」


「う、うん……」


私は莉緒の勢いに負けて頷いた。莉緒にしか言わないし他の人になんて言った事すらないのだが何で怒ってるんだろう。なんか信用できなかったのだろうか?莉緒は眉間にシワを寄せたままで私は居心地が悪かった。そして家についてからもなぜか素っ気ないというか莉緒は視線を合わせてこない。私はいつもと違う様子に寝ようとした莉緒の手を掴んだ。


「莉緒」


「な、なんですか?」


あれは本当だったのにまだ疑われているのかもしれない。莉緒は一瞬私に視線を向けて目線を逸らしてきたから私は改めて気持ちを伝えた。


「さっきの本当だから」


「え?」


「さっき言った莉緒が一番可愛いと思ってるし莉緒が一番好きだって話。私は莉緒以外興味ないから浮気なんかしないし莉緒以外の人を特別に思ったりしない。だからあれは本当なんだけど……まだ信用できない?」


ちゃんと気持ちは伝えているつもりなんだが私は何が悪いのか分からなかった。これで信用できないと言われたら莉緒が悪いと思っている場所を聞いて直そう。そこまで考えていたのに莉緒は私を見つめて黙ってしまった。


「……」


「……」


顔色は怒っている感じではないがなぜ黙ってしまったんだろう。何か言おうとしたら俯いてしまったし、なんかまた悪かったのか?莉緒の反応がよく分からない。どうしようか悩んでいたら莉緒は突然私に抱きついてきた。私はいきなりのそれに反応できなかった。


「……莉緒?」


これはいったいどういう事だ。抱きつかれて莉緒の懐かしい温もりを感じるがどうしたらいいのか分からない。莉緒とはずっと手を握るくらいしかしてこなかった。抱き締めてやった方がいいのか?私が混乱していると莉緒は私に抱きつきながら話した。



「景子さんの事はいつも信用してます。……景子さんいつもいきなり嬉しくなるような事言うから、嬉しすぎて照れてただけです。景子さん全然恥ずかしそうにもしないし、普通に言ってくるから私だって照れるんですからね?……景子さんが大好きだから、ドキドキして恥ずかしいんです。……景子さんは何も思わないかもしれませんけど……」


「……そう」


「そうって……いつも反応薄すぎですよ景子さん。でも、……大好きですけど…」


「そう……」


莉緒にこう言われても莉緒が私に抱きついていて触れている事に動揺というか、柄にもなく緊張してしまって反応できない。私は抱き締めた方がいいのかも知れなくて手を伸ばすもすぐに手を下げた。私が触れたら莉緒が怖がって嫌がる。あの顔が頭に浮かんで触れたい気持ちはあったのに怖じ気づいてしまった。


「景子さん」


「なに?」


莉緒は私に少し強く抱きついた。


「好きです。……大好きです」


「そう」


「私……景子さんが一番好きです」


「うん……」


莉緒の気持ちが嬉しくて胸が熱くなる。この胸の熱さに抱き締めてしまいたい気持ちが強くなる。莉緒はそんな私の気持ちを感じ取ったかのように呟いた。


「景子さん……抱き締めてください。景子さんに…触ってほしいです…」


私はそれだけで胸の高鳴りを感じた。



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