第57話
「別に。疲れてるから眠いだけだよ」
「でも、なんか反応が鈍い感じがします。目も少し赤い感じもするし……熱があるんですか?」
「……別にそんなのないよ」
ここまで言い当てられてしまうと反応に困る。私の手を最近は普通に握れるようになってきたがこういう時に握られると変にドキッとする。莉緒はちょっと怒ったような顔をした。
「景子さん嘘つかないでください。本当は具合悪いんですよね?やっぱり様子がいつもと違います」
「……別に…」
「別にじゃないです。もうベッドに寝てください」
私の誤魔化しは無駄だったようだ。莉緒はもう確信を持ったような顔をしている。私は莉緒に言われた通りベッドに横になった。
「昨日から調子悪かったんですか?」
「……別に」
「もうそんな事言ってると怒りますよ?調子が悪いならちゃんと言ってください」
「……ごめん」
昨日の事まで言いたくなかったけど莉緒が怒っているから謝った。分からないようにしていたのに私は分かりやすかったのだろうか?莉緒は心配そうな顔をした。
「景子さん熱はどのくらいですか?」
「計ってない」
「え?なんで計ってないんですか?」
なんかまた怒り顔をした莉緒に私は後ろめたく思いながら言った。
「……計ったって私は患者さんいるから休めないし……いつもなにもしない……」
「景子さんはもう本当にバカですか?そうかもしれないけどありえません!とにかく体温計私持ってますから熱計ってください」
「……うん」
莉緒はさらに怒りながら私に体温計を渡してきたので素直に計った。それにしても、なぜこんなに怒られないといけないんだ。というよりなんでこんなに怒っているんだろう。それに莉緒にバカって言われると私としては複雑な気分だ。
「景子さん喉は痛いですか?」
「……まぁ、少しだけ」
「そうですか。明日はちゃんと病院に行ってくださいね?私もついていきたいですけど明日は授業があるので、一人でも絶対行ってくださいよ?」
「うん。分かった」
莉緒にこれ以上心配をかける訳にもいかないから頷くが明日病院に行くのも辛そうだ。ダルいなと思っていたら体温計が鳴った。見てみたらかなり熱があった。
「何度ですか?」
「…そんなに高くないよ」
「早く見せてください!」
これは見られたら心配をかけるし怒られる。だからすぐに消してしまおうとしたら莉緒に体温計を取られてしまった。
「もう!景子さんこんなに熱あったんですか?八度以上あるじゃないですか!」
「……ちょっと高いだけだよ」
「ちょっとじゃないですよこれは!」
「……まぁ、そうかもしれないけど……」
「もう!本当にバカなんですから!そうかもじゃないです!とりあえず熱が下がるようにおでこにシート貼っといてください!」
「…うん」
案の定な反応をされた私は莉緒に渡されたひんやりしているシートをおでこに貼った。もうあんまり言い訳をしないようにしよう。莉緒をこれ以上怒らせると私の分が悪い。莉緒はそれから足早に近くのコンビニに行って飲み物だけ買ってきてくれた。
そんなに過保護にしなくてもただの風邪なのだがちょっと怒っているから厚意には甘えといたら次の日も莉緒の過保護さは続いた。
朝起きてすぐに私は熱を計らされて熱があまり下がっていないのに莉緒は昨日より心配していた。それから何度も病院に行くように言われて莉緒が作ってくれたおかゆを食べさせられて水分を取るようにキツく言われた私は莉緒を昨日のように怒らせないようにちゃんと頷いといた。
なぜか昨日は喋るだけで勘に触るかのように怒らせてしまったので無駄な事は言わない方がいいに決まっている。莉緒は家を出るまで私の心配をしてガミガミいろいろ言ってきたが私にも悪い部分はあるので特に反論はしなかった。
そして莉緒が部屋を出てから私はちゃんと病院に向かった。昨日と変わらない体調の悪さに車を運転するのも辛いが行かなかったら莉緒がかんかんだ。
私は病院で診てもらって薬を受け取るとそのまま帰ろうと思ったが病院の近くに美味しいワッフル屋さんがあるのを思い出したのでそこに寄った。ここのワッフルは以前莉緒が買ってきてくれたやつだが、莉緒はここのワッフルを気に入っているので喜ぶだろう。
私は体のダルさを感じながらも莉緒のために少し並んでワッフルを買うと家に帰った。
もう病院には行ったしあとは薬を飲んで寝ようと思っていたら、莉緒から昼御飯を食べるように連絡が来ていた。正直昨日は頑張ったが食欲がないから食べたくない。でも、食べないと怒られるだろう。私は本当に仕方なく思いながら莉緒が作っといてくれたおかゆを食べて薬を飲んで横になった。
これでもう何も言われる事はない。もうダルいから寝てしまおう。私は莉緒の言いつけを守った安心感にベッドに入ってすぐに眠ってしまった。
それから起きたのは夕方を過ぎてからだった。随分寝ていたらしい。莉緒がもう帰ってきて料理をしている音がする。
「莉緒。おかえり」
寝る前より熱が下がった気がする私はベッドから出て莉緒に声をかけるも莉緒は心配した顔で注意してきた。
「景子さんベッドにいてください!なんで起きてきてるんですか?」
「いや、……だって朝より楽だし」
「それでもダメです!もう景子さんは信用ならないのでご飯できるまで寝ててください!」
「……うん。分かった」
また怒られた。そんなに悪い事をしているつもりはないんだけどなぜだ?私はとりあえずベッドに戻って横になった。まだ体はダルいけどこの感じなら明日の仕事は昨日より大丈夫そうだ。
私は横になりながら黙って安静にしていたらしばらくして莉緒がやってきた。
「景子さん薬は飲んだんですか?体はどうですか?」
心配そうに私の様子を伺う莉緒はベッドのすぐ近くに座る。私は怒られないようにしっかり答えた。
「飲んだよ。朝よりは楽」
「そうですか。ちゃんと水分は取りましたか?」
「うん。大丈夫だよ。それよりワッフル買ってきたから食べな?全部の種類買ってきたから」
私は買ってきていたワッフルを思い出した。これには莉緒が喜ぶと踏んでいたのに莉緒は眉を下げた。
「景子さん。体調悪いのになんでワッフルなんか買いに行ってるんですか?」
「いや、近かったから……ついでに買っただけだよ」
なぜかまた雲行きが怪しくなってきた。莉緒のために買ったのになんかダメだったようだ。私は昨日からずっと莉緒に怒られている。
「ついでって……あそこは人気だから並びましたよね?」
「まぁ、少しね」
「……はぁ、景子さん?体調悪いのにワッフルなんか買いに行ってたら体調が悪化しますよ?」
「……ごめん」
真面目に怒っている莉緒に言い訳したかったけどやめた。これは莉緒の言う通りだ。この子が喜ぶと思ったが今はそれどころじゃなかった。
「……もういいですよ。許します」
でも、莉緒は怒っていたのに私の手を握って笑った。
「全部私のためですよね?具合悪いって言わなかったのも、ワッフル買ってきてくれたのも」
莉緒にはお見通しだったみたいで反応に困る。しかし、ここまでバレていて隠すのも無理な話だ。
「……そうだよ。莉緒は心配すると思ったから」
「そんなの当たり前です。でも、言われない方がもっと心配します。景子さん全然顔色変わらないから私も気づくの遅くなりましたし、私が気づかなかったらどうしてたんですか?」
「そのままだよ。あんまりよくならなそうだったから病院に行こうとは思ってたけど……」
風邪なんか私はあんまり気にしていないから、いつも悪くならなそうなら目立ってなにかはしない。莉緒は私の手を両手で優しく握った。
「これからはダメですよ?体調が悪いなら私に言わないとダメです。それに、体調が悪い時は自分の事だけ考えてください。体調が悪いのに私のために何かしようと考えなくていいんですよ?」
「……なんで?」
私は分からなくて訊いていた。莉緒には以前一緒に頑張ろうと言ったし私は普通よりつまらないしできていない事が多いからどうにか確実な方法で喜ばせたかった。喜ばす頻度は多いに越した事はない。莉緒は優しく私を見つめた。
「…景子さんを愛してるからですよ?愛してるから心配になるし辛い思いをしてほしくないんです。景子さんも前に私が風邪を引いた時心配してくれたじゃないですか。それと一緒です」
「……そう」
そうだった。自分を省みないと愛してくれている人から見ると苦しく感じる。分かっていたはずの感情を莉緒の事を考えていたら忘れていたんだ。単純な自分に鼻で笑ってしまう。
「じゃあ、安静にしてる。仕事は行かないといけないけど、仕事以外は治るまで自分の事考えるよ」
「はい。そうしてください。景子さんの優しいところは好きですけど今はそうしてくれると私も嬉しいです」
「…うん」
これで莉緒が喜ぶなら今はそうする。元気になったらまた莉緒を喜ばせられるように考えて行動すればいい。少し手を握り返してやったら莉緒は急にしゅんとした顔をした。
「あの、景子さんそれより私景子さんが具合悪いのにパスタなんか作っちゃってごめんなさい。あの時景子さん疲れてると思ったから張り切って作っちゃって…」
「あれは私がパスタしか思い付かなかったから気にしてないよ。パスタ美味しかったし」
そんな事気にしていたのかと思うが莉緒は全く悪くない。これは全部私に非がある。でも、莉緒は引かなかった。
「でも、私景子さんの様子が違うのに気づかなかったんですよ?彼女失格です。……いつも一緒にいるのに全然気づけませんでした」
「……まぁ、私も隠してたし」
「それでもへこみますよ。気づけなかった自分に自己嫌悪です……」
本当に落ち込んでいる莉緒は悲しそうな顔をした。莉緒にこういう顔をされると悪い事をした気分だ。実際に私が悪いのだが、ここは素直にもう一度謝ろう。
「……ごめんね莉緒。次はちゃんと莉緒を頼るよ。莉緒を一番に頼るから」
「本当に頼ってくれますか?景子さん別に別にって誤魔化そうとしてきたから、それもショックだったんですからね私」
「…ごめん。…でも、絶対頼るよ次は。もう誤魔化さない」
これで許してくれるだろうか。というか、明るくなってくれるだろうか。莉緒は少し黙って私を見つめてきたと思ったらもじもじしながら照れたように話し出した。
「………じゃあ、好きですか?私の事」
私は莉緒の急な反応に疑問を感じながら答えた。
「好きだけど」
「じゃあ、愛してますか?」
「愛してるけど」
「じゃあ、……じゃあ、私、景子さんの役に立ててますか?」
「立ってるけど。私は莉緒がいないと困るし」
なんの確認なのか私には分からないけど普通に答えた。すると莉緒は手を強く握ってなんか恥ずかしがっていた。
「私も、私も景子さんがいないと困ります……」
「そう」
「一番大好きだから……いつも一緒にいてくれないと困ります」
「そう」
さっきから莉緒は何が恥ずかしいんだろう?消えない疑問に莉緒の次の言葉でなんとなく答えが分かった。
「私は景子さんの彼女だから…景子さんの事いっぱい嬉しくさせて幸せにしたいんです。……だから、だから早く風邪治してくれないと怒ります。……景子さんがしてくれるみたいに、私も景子さんの事喜ばせたいです…」
「…そう」
それを聞いて顔が勝手に笑ってしまった。私に返したい気持ちがあったんだろう。
「じゃあ、治ったら期待してる」
「…はい!」
昔はしなかった期待を私は楽しみにしておく事にした。
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