第51話



紗耶香との電話を切って家に帰ると莉緒はご飯を作っておいてくれていた。それはこないだ私が食べたいと言ったグラタンと卵のスープとポテトサラダだった。


「美味しそうだね」


「景子さんが食べたいって言ってましたから今日は頑張って作りました」


「そう。ありがとう。莉緒、これお土産」


私はパン屋の袋を渡した。どれを買うか迷ったが莉緒が好きなのを選べるように沢山買っといた。


「パンですか?」


「うん。駅の近くの…あの、…美味しそうなパン屋があったから買ってきた」


一瞬デパートに行ってわざわざ買ってきたのを言いそうになるがこれは言わない方がいい。莉緒が気を使ってしまう。変に誤魔化してしまったが莉緒は笑ってくれた。


「ありがとうございます。明日一緒に食べましょうね?」


「うん」


「ふふふ、じゃあ、景子さんご飯食べましょう?」


「そうだね」


私は莉緒が用意してくれたご飯を食べて風呂に入った。それから少し莉緒とゆっくりしてから星を見に行くために家を出る準備をする。昨日言った通り莉緒が怖がるといけないから私は小さいライトを二つ準備して車に乗った。


「こっからだと……よく見える場所まで一時間ちょいかな?」


頭の中で場所を思い出す。見晴らしのいい場所は幾つか知っているからそこに連れて行ってやろう。あそこはたぶん穴場だと思うから人はいないはずだ。


「そうですか。楽しみですね景子さん」


「そうだね。今日は雲も少ないし、流れ星見えたらいいね」


「はい!流れ星綺麗だろうなぁ」


私は車を走らせながら嬉しそうにする莉緒に訊いた。


「今日は具合悪くない?」


「はい。大丈夫です。今日はずっと景子さんの事考えてましたから」


明るく話す莉緒は本当に大丈夫そうだった。その様子に安心する。


「そう。莉緒は暇だね」


「暇じゃなくて好きなんです」


「そう」


「景子さんは私の事考えてくれましたか?」


愛らしい莉緒に私ははぐらかしてやった。


「忘れちゃった」


「何でですか?」


「分かんない」


「分かんなくないですよね?」


「分かんないよ。忘れたもん」


こうやって相手にすると莉緒はちょっと拗ねる。それが今は可愛らしく感じる。


「もう。前からずっと忘れたばっかりなんですから」


「怒ってるの?」


「怒ってないです。ちょっとムッとしただけです」


「ふっ、そう」


言う割りに機嫌が悪そうな莉緒を見ていると少し悪い事をした気分になる。私は莉緒の表情が楽しめたので答えてあげた。


「莉緒の事考えない日はないよ」


「え?……本当ですか?」


疑う莉緒に私は素直な気持ちを話した。


「うん。いつも考えてる。莉緒のためにどうしようとか……いろいろ。ねぇ、莉緒?」


私は前から気にしていた話をした。


「私は莉緒に嫌な事してない?莉緒を笑わせて嬉しくさせたいとは思ってるんだけど……私、いろいろうまくできてないでしょ?喜ばせるのも、莉緒を慰めたりするのも下手だから…気になるの」


自分がうまくできていないのは分かっている。莉緒はいつも私のためにいろいろしてくれたのに私は莉緒に自信を持ってうまくやってあげられる事がない。

私は何て言われるか少し怖かった。うまくできてないけどこれで嫌だったなんて言われたらきっと落ち込んでしまう。


「景子さんは心配性ですよ?私は嫌だった事はありません」


不安になっていた私に莉緒ははっきり答えてくれた。


「景子さんはもっと自信を持ってください。私は景子さんが大好きだからいつも何でも嬉しいんですよ。景子さんは最近いつもより多く話してくれるし、笑ってくれます。私はそれだけで嬉しいです」


「……そう」


私の心配はいらなかった。莉緒が私の全てを愛してくれているのに余計な心配だったかもしれない。私がダメでも莉緒にはそれも好きな部分なのだ。


「じゃあ、もっと頑張るよ」


莉緒が嬉しいなら私はその気持ちで溢れさせたい。下手だけど私は決心していた。


「じゃあ、私も頑張ります」


私の決心に莉緒は応えてくれた。


「景子さんが頑張るなら私も頑張らないと申し訳ないです。早く良くなるようにいつも明るく過ごす事にします。私景子さんのためならいっぱい頑張りますよ」


「そう」


莉緒の優しさも利他的なところも私には愛しく感じられた。この子の存在が尊くて愛しいから胸が締め付けられる。莉緒は私をこんな状況でも助けてくれて本当に嬉しかった。助けたいのにいつも助けられている。



「……でも、期待しないでおくよ。莉緒は泣き虫で甘えたがりだからね」


私は少し意地悪く答えた。こうやって言うと莉緒はすぐにむきになるからそれを見ていたかった。


「そうですけど私も頑張れますもん!毎日十割以上景子さんの事考えて、景子さんといっぱい一緒にいてお喋りしたらすぐ良くなります!良くなったら今よりもベタベタに甘える予定ですし!」


「ふーん」


「ふーんってなんですか?何かあるなら言ってください」


「いや、莉緒はバカだなって思って」


「え?どこがですか?私こう見えて学校の成績はいいんですよ?」


むきになる莉緒に私は鼻で笑った。


「ふーん。そう」


「景子さんなんですかさっきから?」


「別に」


「別にじゃないじゃないですかその言い方。私特待生で入ったから学費少し免除されてるんですからね?」


「へー。すごいね」


「絶対思ってないじゃないですかその言い方」


なんかちょっと怒りだしてしまったので私は笑った。 


「ごめん。好きだから許して?」


「それで誤魔化せると思ってるんですか?ずるいですよ?」


「なんで?本当に好きなのにダメなの?」


莉緒はすぐにしおらしくなった。


「それは、……別にダメじゃありません」


「そう」


「景子さんずるい……」


「なんで?莉緒は私の事嫌いなの?」


「好きです……。嫌いなはずありません」


「そう」


私は素直な莉緒に応えた。



「私も莉緒が好きだよ。本当に」


莉緒はそれにまた嬉しそうにしてくれた。



私はそのあとも莉緒と少し話ながら車を走らせた。道は空いていたので早めに目的の場所までついたから車を停めて降りる準備をする。


「莉緒、ライトあげる。暗いから足元気を付けるんだよ?」


「はい」


とりあえず持ってきたライトを渡して車から降りると虫が鳴く音と暗闇に包まれる。私はライトをつけてちょっとした坂を上った。ここは山の中だがこの坂を少し上るとよく星が見える開けた場所につく。ここには私達二人しか人の気配はなかった。



「景子さん……!待って!」


ついてきていると思っていた莉緒は不安そうに私を呼んで小走りにやってきた。


「莉緒。大丈夫?怖い?」


莉緒の表情は険しい。私を見る目は不安に揺れていた。


「……怖いって言うか……なんか不安で…」


「そう。……でも、大丈夫だよ。私もいるし、ライトで照らしててあげるから」


「……はい」


莉緒を安心させたいけどどうしたら良いのか分からない。私は無難に声をかけて坂を一緒に上った。でも、莉緒は隣で落ち着きがなさそうにしていたから声をかけた。


「莉緒、平気だよ」


「……はい」


「ほら、空見てみて?星がすごいから」


私は不安そうにする莉緒に促した。すると莉緒はすぐに空を見上げて表情を和ませた。


「……すごいですね。景子さん」


「そうだね」


「いつもより空が輝いて見えます」


私も一緒に空を見上げる。莉緒の言った通りここは遮る物がなくて空気が澄んでいるからいつもより星が輝いて美しく見える。これなら流れ星を莉緒に見せられるかもしれない。


「流れ星見えたらいいね」


「はい」


「今日レジャーシート持ってきてるから座ろう」


私は持ってきていたレジャーシートを引くと莉緒を座らせてから距離を取って座った。そしてライトの明かりはつけっぱなしにしておいた。


「本当に綺麗だね」


「はい。星が沢山あって明るいです。流星群が流れる時はこんなに星が綺麗なんですね」


「そうだね」


莉緒はさっきよりも明るい。星のおかげで気分が優れたようだ。私はそれから莉緒と話ながら星を見上げていた。今の時期に見える流星群は一時間に二三十個くらい運が良ければ星が流れるから見逃さないように注意深く星を眺める。だけどしばらく経っても私も莉緒も流れ星をまだ見つけられていなかった。私は莉緒のためにどうにか流れ星を見せたくて星を見ながら焦っていた。


まだ流れる時間帯だが早く見せてやりたい。莉緒を嬉しくさせたいのに星はただ綺麗に輝くだけで流れなかった。


「景子さん……」


「なに?」


しばらく私が夢中で星を見ていたら莉緒に話しかけられた。莉緒に顔を向けると莉緒の様子は悪そうだった。


「怖い?不安になっちゃった?」


私は慌てて訊いた。流れ星を見せたくて星に気をとられていた。莉緒は小さく頷く。


「ごめんなさい……。なんか不安で、ドキドキしてきちゃって……」


「そう。……じゃあ帰ろうか?流れ星は見えなかったけど綺麗な星は見えたし」


またうまくできなかった。暗くても流れ星が見えれば莉緒は喜んでくれると思ってた。強い罪悪感を感じて立ち上がろうとしたら莉緒に止められる。


「帰らなくて大丈夫です」


「でも、莉緒…」


「あの、ちょっと落ち着かないから……手、握ってくれませんか?」


「手?」


それは私にとって嫌な提案だった。昨日を思い出すとしたくもない。私はすぐに断った。


「やめよう。もう家に帰ろう。帰ったら明るいから平気だよ」


「でも、せっかく景子さんが連れてきてくれたからまだ見てたいです。……私は平気ですから握ってくれませんか?」


「……」


不安そうな顔をされると返答に困る。莉緒の願いは叶えてやりたいが莉緒が苦しむ。答えられないでいたら莉緒は小さく呟いた。


「私、今は本当に平気です。触るのは気持ち悪くて、嫌な感じがするけど景子さんは平気です。ずっと悩んでたけど、昨日言ってくれた事嬉しかったから平気だと思うんです。景子さんが昨日あんな風に言ってくれて本当に楽になりましたから…」


「……そう」


「それに、早く景子さんに触りたいんです。いつまでも嫌だからって逃げたくないから……だから、大丈夫ですから」


莉緒の心を救ってあげられたのは嬉しく感じた。私の拙い言葉は莉緒をやっと完全ではないが助けられた。だから莉緒は克服したいと思っているのかもしれない。拭えない気持ちをどうにかして、変わりたいと思っているんだろう。


莉緒がこうやって進みたいなら私は助けてあげたかった。

この子が辛くても変わりたいと本当に願うなら私はそれに寄り添う。莉緒が私を最初からずっと愛してくれたように。



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