第48話
「あの……、あの、……掴んでてもいいですか?」
少しだけ服越しに莉緒の温もりを感じる。莉緒の顔色は悪くないし莉緒がしたいなら私は構わなかった。
「いいよ」
「ありがとうございます」
そのまま少し歩いていたら莉緒は控え目に話しかけてきた。
「…景子さん」
「なに?」
「あの、キャバクラ辞めるのオーナーと話し合って二ヶ月後になりました」
「そう」
あと二ヶ月も莉緒に嫌な思いをさせるのか。不本意に思いながらも私は他の話をした。
「じゃあ、先にカードとか渡しておくから。あと学校でかかるお金とかまとまってかかるお金教えて?」
「はい。あの、……あと、訊きたい事……あるんです」
「なに?」
莉緒は不安そうに言った。
「あの、…本当に、一緒に住んでもいいんですか?………私、……邪魔じゃないですか?」
「……とりあえず座って」
邪魔になんてなるはずがないのに何を言っているのか分からなかった。私は近くの座れそうな段差に莉緒を座らせると隣に隙間を空けて座る。莉緒は不安そうな顔をした。
「邪魔な訳ないから大丈夫だよ。一緒に住むなら私の部屋じゃ狭いから新しく部屋を借りないといけないけど」
「今のお部屋がいいです……」
「でも、莉緒の部屋ないよ?自分の部屋はあった方がいいでしょ?」
「そんなの……そんなのいりません……」
莉緒は急に俯いてしまった。
「私、いつも誰かの気配とか感じてたいんです。……一人でいると、落ち着かないから……」
「……そう」
また嫌な思いをさせてしまった。私は苦しく思いながら返事をした。
「じゃあ、今の部屋にしよう。私の部屋は二人で住んでも平気だからいつ来ても良いから。引っ越しの手伝いもするし」
「はい。ありがとうございます。あと、キャバクラ辞めたら違うバイト探しますね。居酒屋とか何でもとにかく探してお金は稼ぎます」
「そう」
私はそんなに働かなくてもいいと思っていた。でも莉緒は働きたいんだろう。その意思が目に取れた。
「……あんまり無理しなくていいからね?」
それでも言いたかった。就職したらずっと働く事になるし莉緒はそれでなくてもずっと働いてきた。嫌な思いをして働いていた莉緒は少しの期間休んでもいい。
「就職したらずっと働くし、今はあんまり体調もよくないでしょ?だから少し休んでても私はいいと思う。私は莉緒が家にいてくれた方が安心するし、お金なんか気にしてないから」
「でも、本当に大丈夫ですよ?……気を使ってもらって嬉しいですけど無理しないから大丈夫です。働いてもそんなにバリバリ働くつもりはないですし、今よりも楽だと思うから……だから心配しないでください」
「……」
莉緒にこうやって大丈夫と言われると切なく感じる。この子が急に消えてしまいそうな光に見えて怖い。莉緒は私の大切なものだからだろうか?私はこの子が笑えなくなったら絶望してしまうだろう。
「じゃあ約束して?」
「え?約束ですか?」
私は壊れないように予め管理しておこうと思った。莉緒の気持ちは尊重するけれど、もう遅かったなんて後悔したくない。
「バイトは多くても週四回。夜までバイトなら仕方ないけど深夜になるなら迎えに行くから教えて?いい?」
「いいですけど……」
「じゃあ守ってよ。破ったら怒るからね?」
「はい。分かりました」
私も妥協はしているからこれでいい。この子にまた何かないように私も努めていく。
「景子さん大好きです」
莉緒はいつものように言った。
「そう」
「本当に大好き過ぎてすごく嬉しいです」
「そう」
「景子さんは私の事好きですか?」
そんなの愚問だと思った。
「当たり前でしょ。私は愛してるよ」
莉緒がずっと私を愛してくれたのに応えるようにこの気持ちを伝えた。この気持ちはこの子にしか感じない大切な気持ちだ。なのに莉緒は急に泣き出してしまった。
「莉緒?どうしたの?」
啜り泣く莉緒に動揺する。でも安易に触れてはいけない。私は様子を伺うように莉緒に視線を向けると莉緒は小さな声で謝ってきた。
「ごめんなさい景子さん。ごめんなさい。……本当に、ごめんなさい……」
謝り続ける莉緒は泣き止む気配がない。私は動揺しながら話しかけた。
「…莉緒。謝らなくていいから泣き止んで?私は……何も気にしてないから」
どうしてあげたらいいのか分からない。頭を撫でてやるくらいはしてあげたいが今はできないしうまく声がかけられない。莉緒に何か言ってやろうと思いながらいい言葉を探していたら莉緒は涙を拭って私を見つめた。
「私、景子さんが大好きなのに、景子さんが私を愛してくれて嬉しいのに……怖いんです。前みたいにいっぱい触ってほしいし、私も触りたいのに……怖くて、気持ち悪い感じがして。……だから、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。……気持ちに応えられなくて、ごめんなさい…」
「莉緒……」
そうだった。それを莉緒が気にしないはずがなかった。今のこの私達の現状は前とは違う。莉緒が喜んでしていた事が今や恐怖の対象となってしまった。そのせいで愛を伝えられないと思っているんだろう。
「平気だよ」
しかし愛はもう伝わっている。莉緒が私にずっと伝えてくれたし、今も伝わっている。だから、私は一緒にいるだけで良かった。莉緒が笑ってくれて苦しそうにしないでいるだけで私は嬉しいんだ。
「触らなくたって分かるよ。好きだから分かるから……だから平気。別に私はこのままでもいいから。莉緒がいるなら…私はなんだっていいよ。莉緒が嬉しそうにしてくれるならそれで充分だから」
「……景子さん……」
また涙を溢しながら拭う莉緒に私は莉緒みたいに気持ちを伝えた。いつも莉緒は私に沢山の言葉で伝えてくれた。だからちゃんと私も言いたい。
「私も頑張るよ。莉緒が嫌な思いしないように喜ばせて笑わせる。でも、……下手だからあんまりうまくできないと思うけど莉緒のために頑張るからさ……。だから、ゆっくり解決していこう?時間がかかっても私はずっとそばにいるから」
「……景子さん。…ありがとうございます……。ごめんなさい」
「別にいいから。もう泣き止んで?」
「はい……」
もっと泣き出してしまった莉緒に私は笑いかけた。これはいつ解決できるかなんて分からないけど私は莉緒と一緒にいるつもりだ。莉緒が私の全てを愛してくれるように私も莉緒の弱い部分すらも愛している。
私は莉緒が泣き止むまで話しかけてあげた。あんまり楽しい話はできないし、唐突で脈絡のない話は不自然でつまらないと感じたかもしれないがこの子のためにうまくできない事もやりたかった。
そして莉緒が泣き止んでから私達は少し海を眺めてから帰った。莉緒は泣き止んでから嬉しそうにしてくれたし今日のデートは成功だったと思う。やっと莉緒にうまくしてやれた事に私は喜びを感じていた。
それから莉緒はすぐに引っ越しの準備に取りかかった。莉緒の荷物はほとんどないと言っても過言ではないので荷物の移動はすぐに終わって手続きもすぐに終了する。
あとは莉緒がキャバクラを辞めて精神的な負担を軽くしていくだけなのだが二ヶ月もあると心配が勝る。私は莉緒の様子を注意深く観察するようにした。
前よりも出勤は減ったが侮れない。
そうやって莉緒を気にかけていたいのにあの日からあいつからの着信が続いている。あの日水までかけてやったのにあいつはまだなにか言いたい事があるみたいだがもう会いたくもない私は完全に無視をしていたらヒロミから着信が入った。
「もしもし?」
「景子?私だけど。……またで悪いんだけど浅井さんずっとうちに来てるわよ」
「……そう」
どうでもいい話だがヒロミも迷惑なんだろう。ヒロミはげんなりしていた。
「景子と話がしたいらしくてほぼ毎日張ってるのようちで」
「……それ何時ごろ?」
「八時くらい」
「じゃあ明日行くから」
回りに被害を出さないでほしい。全く迷惑な男だ。私はまたイライラしていた。ああやって押し付けてくる時点で私は無理だしあの発言は許せない。まだなにか言うようなら徹底的に言いのめしてやる。
「悪いわね景子。それよりこないだ浅井さんと紗耶香が喧嘩しちゃって大変だったのよ?」
「紗耶香が?」
紗耶香が喧嘩なんて珍しい話だった。
「そうよ。私は紗耶香が怒鳴り出してから気づいたから何が発端かは分からないけど、紗耶香がもうぶちギレちゃって止めるの大変だったわよ」
「そうなんだ…」
まぁ、私もキレたくらいだし何か無神経なバカな事を言ったんだろう。あいつは一番長く続いた方だし紗耶香もヒロミも知っているが紗耶香を怒らせたのには申し訳なく感じる。
「紗耶香の様子も気にしてあげて?こんなやつがいるなら酒なんか飲まないって最近来なくなっちゃったから」
「うん。分かった。色々ごめんねヒロミ」
「いいわよ別に。今度シャンパンでも入れてくれれば」
「ふっ、はいはい。楽しみにしてて。じゃあね」
和ませてくれたヒロミの冗談に笑いながら電話を切った。気が乗らないが明日もう蹴りをつけよう。紗耶香の事も気掛かりだしあいつ自体が不愉快だ。
私はため息をついてバイトから帰ってくる莉緒を待った。今はバイトが終わる時間を聞いているのであまり深夜になると起きているのは厳しいが一時くらいまでは起きているようにしている。莉緒がくれたプラネタリウムを見たりテレビを見たりして待つのは悪くない時間だった。
そして莉緒は今日も一時過ぎに帰ってきた。
「お帰り莉緒」
部屋に入ってきた莉緒は疲れを感じさせるが待っていると嬉しそうに笑ってくれる。
「ただいま景子さん」
「なんか食べる?」
「食べたからいりません。お風呂に入ったらもう寝ます」
「そう。もう沸かしてあるから入ってきな?」
「はい。ありがとうございます景子さん」
私は今日も莉緒が辛そうじゃないのを確認すると安心して風呂に向かわせた。
少し眠いけど莉緒が上がるまでまだ起きてよう。あの子をもう少し見ていたい。私は眠気を感じながら莉緒が風呂から出るのを待って風呂から上がった莉緒と一緒にベッドに入った。莉緒のために広いベッドに隙間を空けて距離を感じながらも莉緒に体を向ける。
「明日は遅くなるかもしれないから寝てて?」
私を見つめる莉緒はその言葉だけで不満そうにする。
「景子さんと一緒に寝たいから待ってたいです……」
「ダメ。こないだソファで寝てたでしょ?また風邪引くよ?」
「……分かりました。明日は飲みに行くんですか?」
「まぁね」
莉緒に余計な不安は抱かせたくない。私はなにも言わなかった。
「そうですか。飲みすぎちゃダメですからね?」
「うん。莉緒」
「なんですか?」
私の目に写る愛しい莉緒に私は囁いた。
「愛してるよ」
莉緒はそれだけで嬉しそうにしてくれた。
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