第47話
家につくと莉緒はテレビをつけたままソファで眠っていた。たぶん私を待っていたのに眠くなってしまったんだろう。その寝顔が愛しくて私の中のさっきまでの怒りが無くなった。
「莉緒。ここで寝たら風邪引くよ?」
私は莉緒に声をかけた。この子を抱き締めてキスをしたいところだが愛しているからしない。莉緒は眠そうに目を開けた。
「うぅん……景子さん?…」
「ベッドに行きな?」
「……はい……」
眠そうな莉緒は目を擦ると私を見つめる。
「待ってたのに寝ちゃいました。ごめんなさい」
「別にいいよ。もうベッドで寝てて」
「景子さんと寝たいから起きてます。ベッドで待ってますから早く来てくださいね?」
「……分かったから早く行きな」
莉緒の気持ちが私を癒してくれる。私はこの子といないときっと幸せになれない。幸せがなにとは言えないけれど私は莉緒以外と何かは考えられないんだ。それが女同士でも私には一番幸せになれると思っている。
私は莉緒がベッドに行ったのを確認してから風呂に入った。風呂に入ってあいつとの事を思い出すが、冷静に考えるとあんなやつは腐るほどいるから言わせておけば良いと思った。
ああいう固定概念に縛られているやつは人生の経験がないから視野が狭い。いろんな人と関わって、いろんな事を知らないからどうでもいい事が大事になっている。
そう考えるとその時点で同じ土俵じゃないし、そんなバカに一々感情を起伏させているのは無駄だ。
私にはそれよりも大切なものがあるからあんなやつより大切なあの子を考えてあげよう。吹っ切れた私は風呂から上がるとベッドに向かった。すると莉緒は小さな寝息を立てて眠っていた。最初からベッドで寝てれば良かったのに、私は最近触れていなかった莉緒を起こさないように優しく頭を撫でた。
「莉緒……愛してるよ」
そして小さな声で愛を囁いた。例え莉緒に触れられなくても私の愛は変わらない。このままこれが続いても私は幸せになれると思う。私達は体ではない。きっとこれがあいつのような男だったら愛は変わっていた気がする。
私は少しだけ莉緒を優しく撫でながら寝顔を見つめた。この子だけが愛しくて尊くて儚いものに感じる。この大切だと思う気持ちは莉緒を見ていると強くなる。いつか必ず私が莉緒を本当の意味で幸せにしてやる。
莉緒の不安や苦痛を和らげて、嫌な事なんて思い出しもしないくらい私が幸せにしてやる。
それにこの子の笑顔を見ていると私は嬉しく感じるからこれは私のためでもあるのだ。
私は翌日、珍しく莉緒より早く目覚めたから朝食の準備をしてあげた。莉緒はそれだけで喜んでいたが、今日は莉緒の病院の日でもあるので私は莉緒を病院に送ってあげた。心療内科にかかっている莉緒は定期的にカウンセリングを受けて薬を貰っている。
あまり薬に頼らせたくないがこの子のストレスは薬を使わないとならないものだ。私は病院が終わった莉緒を車に乗せながら話しかけた。
「どこか行きたいところある?」
「ないです……」
「そう。じゃあ、ゲーセン行かない?デートしよう?」
病院に行くと莉緒はいつも落ち込んでいる。自分の状態が芳しくないからだろう。だからデートをしようと思う。あいつのせいでしっかりした計画を立てられていないけど莉緒を楽しませてあげたい。
莉緒は幾分明るい顔をして頷いてくれた。
「はい。行きたいです」
「分かった」
私は近くのゲーセンをナビで調べて向かうと車を停める。そして莉緒を連れてゲーセンの中に入った。
「なんか欲しいのある?」
「……分かりません」
まだ気分が落ち込んでいるのを察した私は歩きながら莉緒が好きそうなぬいぐるみの台をやる事にした。
「じゃあ、これやろう。今日は莉緒に教えてあげるから莉緒が取ってみて?」
「え?私、景子さんみたいにできませんよ?」
「大丈夫だよ。いくらかかっても平気だから」
私はお金を入れて末広がりの橋渡しのぬいぐるみの取り方を教えた。
「まず軽そうなところを持ち上げて広いとこに移してから最後は押すか引っ掛かってるのを取るって感じなんだけど、これは足かな軽いのは。アームは曲がってる所まで開くから左に寄せてギリギリで動かしてみて?」
「は、はい……」
いつもゲーセンは一人で行って一人でやっていたからこうやって教えるのは初めてだ。莉緒と行く時も私だけでやっているがちゃんと取らせてあげられるだろうか。莉緒は私の言った通りアームを動かし始めた。
「こうですか?」
「そうそう。ほら、動いた。そのまま足狙って」
「こんなに動くんですね。分かりました」
莉緒は筋が良いかもしれない。私なら狙いそうな場所を狙って動かす莉緒はぬいぐるみを橋幅の広い場所まで移動させた。
「あとは落ちそうな場所を押せば良いんだけど……頭と橋のギリギリを押せばいけるんじゃない?」
「でも、…そんなうまく狙えません」
「じゃあ、合図してあげるからボタン押して」
「はい」
もうここまでくれば取ったも同然である。私はアームの動きを見ながら莉緒に声をかけた。
「…押して」
「はい!」
「………押して」
「はい!」
これで思い通りの場所にアームを刺せる。きっと落ちるだろう。不安そうな表情をする莉緒はぬいぐるみが落ちたのに喜んだ。
「あっ!取れた!嬉しい!景子さんありがとうございます!」
「うん。よかったね」
ぬいぐるみを取り出す莉緒は嬉しそうに笑っていた。
「私初めて取りました。本当に嬉しいです」
「そう。他にもなんか取る?教えてあげるよ」
「はい!私フィギュアを取ってみたいです!」
「うん。いいよ」
私は喜んでくれた莉緒と一緒にまたクレーンゲームをやり始めた。莉緒には感覚で教えながら景品を取らせていたがうまく取ってくれた。
たまに私が助けてあげたが莉緒は取れる度に喜んでくれて色々取っていたらゲーセンを出る頃には景品で袋がいっぱいになっていた。
「景子さん私うまかったですか?」
車に戻った莉緒は嬉しそうに訊いてきた。
「初めてにしてはうまかったんじゃない?」
「本当ですか?嬉しいです。でも景子さんいないとあんなにうまく狙えません」
「やってたら分かるようになるから平気だよ。私も最初は下手だったし」
ゲーセンのクレーンゲームを始めた当初は驚くくらい取れなかったが何事もやっていればできるようになる。
「じゃあ、忘れないように一人でも練習します。それで今度何か取ってきますね?」
「小銭使いすぎないようにね」
「はい!持っていくお金を決めときます」
「そうしな」
今日の感じだとそんなにお金がかかるって事はないだろうが最初はお金がかかるから注意をしておいた。
あれはちょっとした軽い娯楽として楽しむものだ。それに取れないなら買えばいい話だ。
私はそれからバッティングセンターにも連れて行ってあげたが莉緒はいつも通り下手だった。
「なんで?!」
空振りして怒っている莉緒は端から見ているとわざと外しているのかと思うくらい外すから笑える。莉緒は最初の頃から全くうまくなる様子がない。
「莉緒。ふざけてるの?」
「ふざけてません!ふざけてるように見えますか私?!」
バットを構える莉緒はまた外している。莉緒はバッティングを始めてから一回も打てていない。こないだは二三回打てていたのにいつになったらうまくなるんだろうか。
「なんで当たらないの?!」
「…球見てないからじゃないの?」
「見てます!見ない訳ないじゃないですか!」
珍しくぷんぷんしている莉緒は空振りしながら言い訳をした。
「こないだ一人で練習した時は何回か打てたんですよ?私たまに頑張ってるから本当です!」
「そう」
「本当に本当ですからね?三回は打てました!嘘ついてません!」
「そう。分かったよ」
莉緒はどうしたんだろう。疑ってはないけどたかがバッティングで本気になっている。それもガキらしくて笑える。
「もう!何で当たらないの?!」
そしてまた外した莉緒に私は鼻で笑った。しかも今のが最後の球だったようでゲームが終わってしまった。
「今日はコンディションが悪かっただけですからね私!」
バッティングスペースから出てきた莉緒はまだ怒っていた。それにしても分かりやすい態度だ。
「全部外してたしね」
「たまたまです!今日はたまたまなんです!」
「そう」
「私は景子さんよりちょっと下手なだけです。……こないだは本当に打てましたもん……」
そしてベンチで落ち込みだした莉緒には笑ってしまうがとりあえず慰めないといけない。私は何かフォローをしてあげようと思った。
「まぁ、面白かったからいいじゃん。笑えたよ」
「笑わすつもりでやってません……」
「いや、そうじゃなくて……」
「そうじゃないですか…」
すぐに墓穴を掘ってしまった。しかし莉緒には悪いが笑えたくらいしか記憶にない。私は落ち込んでいる莉緒のために自販機でお茶を買って渡した。
「ごめんね莉緒。これあげるから」
「……ありがとうございます」
ふて腐れたように受け取ってくれた莉緒はお茶を飲んでくれた。私はそれでも機嫌が直らなさそうな莉緒に思い出した事を言った。
「可愛かったよ」
「もういいです……」
「違うよ。外してたけど、なんか一生懸命やってて可愛いなって思った」
面白さが強かったけど子供らしい一面は可愛らしくもある。莉緒はすぐに照れたような顔をした。
「打てなかったのに…あんまり嬉しくありません。もう行きますよ?腕が疲れちゃってもうできません!」
「うん。待って莉緒」
莉緒はお茶を持って先に行ってしまったので私はあとについて行った。莉緒はそのあとも少し照れていたが機嫌が直ったので良かった。
私はそれから最後に少しドライブをしながら海に連れて行ってあげた。もう暑い時期だから砂浜には人がそれなりにいたが歩けないほどではない。私は莉緒と一緒に靴を脱いで砂浜を歩いた。波の音が心地よくて海の匂いがする。
「景子さん風が気持ちいいですね?」
莉緒は私の隣で笑った。少し離れた距離にいる莉緒に私は頷いて答えた。
「そうだね」
「ふふふ。私、海はキラキラして綺麗だから好きなんです。今日は連れてきてくれてありがとうございます」
「別にいいよ」
莉緒はやはり海が好きだったようだ。考えが当たってよかった。あとは海を見て気分が良くなってくれるといいが。私達は海を見ながら少し無言で歩いていたら莉緒は私の服の袖を掴んできた。
「……莉緒?」
私は莉緒から触れてきた事に驚いた。
莉緒はあの日から私に触れようとはしなかったから。
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