第41話


「……ありがとう莉緒」



「大丈夫ですよ景子さん。景子さんには私がいます」


莉緒は私の闇を払ってくれる。莉緒が私のそばにいてくれるだけで闇が薄れてくれるようだった。


「……もっと、割り切れるようにするよ」


私は莉緒を抱き締めながら呟いた。いつまでも囚われていたらまた死にすがってしまう。無くしたくない莉緒を見失ってしまうかもしれない。莉緒に言った通り自分が変わらないとずっと苦しいままだ。


だったら少しずつでも割り切るようにして考えすぎないようにしたい。私の人生をもう狂わせたくない。



「はい。……でも、苦しかったら私に頼らないとダメです。頼って休まないと疲れちゃいます」


莉緒は私の頬や首にキスをしてくれた。それが優しくて安心するような感じがする。



「そうだね。……じゃあ、今日はそのまま抱き締めてて。……莉緒が暖かいの感じてたい……」


「はい。抱き締めててあげますから景子さんは星を見ててください」


私はそのまま莉緒の優しさに甘えた。

星を見て莉緒の温もりを感じるのはあの日を思い出す。あの日の星も綺麗だった。でも、莉緒がくれた星空の方が私には綺麗に見える。


天井を彩る星空には莉緒の優しさと私への愛が詰まっていると思うから尊く感じた。

その尊さがよく分からないくらい胸を熱くさせてくる。暖かいこの気持ちはなんとも言えなかった。悪くない感覚だけどうまく言葉にできない。私の心は莉緒の愛を感じているのに戸惑っていた。



「景子さん?キスしてもいいですか?もっとキスしたいです」


そして莉緒はプラネタリウムが見終わって、ベッドに入った時も私を愛そうとしてくれた。もう充分過ぎるくらい貰ったのに献身的な莉緒に私は応えた。


「いいよ」


「じゃあ、ちょっと景子さんの上に失礼しますね」


莉緒はモゾモゾ動き出したと思ったら私の上に乗ってきた。莉緒の重みを感じるがこういうのも悪くない。莉緒はゆっくり私に近づいてきたと思ったら優しくキスをした。


「愛してます。本当に景子さんだけ愛してます」


「そう」


莉緒はキスをしながら囁いてくれた。


「こんなんじゃ、伝えきれないくらい愛してますよ。……景子さんだけ。……景子さんしか愛してません。私だけが景子さんを死ぬまで愛し続けますから……。もっと気持ちを楽にしてください」


「うん。……私も、莉緒を愛したいと思ってる」


この愛にはもっと応えたい。私は莉緒を愛したい。莉緒はキスをしながら小さく笑った。


「大好きです。今日は私が愛してあげますから景子さんは愛されててください」


「うん。莉緒、もっとキスして」


「はい……」


莉緒はその後沢山キスをしながら愛を伝えてくれたからその日は珍しくすぐに眠りにつけた。心はあいつを思い出すのをやめてしまったかのように私はなにも考えずに眠れた。私は莉緒にまた救われたようだ。

莉緒はいつも私を救ってくれる。最初は気づけなかったけど今じゃ実感できる。その優しさに私は返していかないといけない。



私は前よりも強く思っていた。

返しきれないくらい貰ったものに返すには沢山愛して幸せにするしかない。


その気持ちが莉緒とぶつかってしまうなんて私は思ってもみなかった。



事の発端は私がどうにかしたいと思っていた莉緒のキャバクラだ。

前より落ち着いた様子を見せる莉緒が話をしている時に無意識にまた腕を擦っていたから私は今だと思った。



「ねぇ、莉緒?」


「はい?なんですか?」


「キャバクラ辞めてくれない?」


「え……?」


笑っていたのに莉緒は驚いたような顔をする。そして苦笑いをした。


「まだ辞めれませんよ。学費もありますし、私は生活もかかってます…」


「それは私がどうにかしてあげるから」


金の事は辞めさせたら問題になると思っていたが莉緒くらい私は養える。金の使い道が然程なかった私は普通よりあると思うので自信を持って言った。


「学費なら私が払ってあげるし生活にかかるお金は私が出してあげる。私はそれなりにお金があるからお金の心配はしなくて平気だよ。どうせなら私と一緒に住んでもいいし」


「それは、……悪いですよ。景子さんにそこまで頼れません……」


「そんな事私は気にしてないから」


そんな話ではないし遠慮をする事でもない。これはもっとデリケートな問題なんだ。私は莉緒の手を握った。


「私は莉緒に嫌な思いをさせたくないからこう言ってるだけ。莉緒は来年から就職するんだし、ちゃんと莉緒が自由に使えるお金も用意する。莉緒にはカードを渡しておくからそこら辺も問題ないよ」


「……」


自信があったのに莉緒は視線を下げて黙ってしまった。これなら莉緒も頷いてくれると思ったのに条件がまだ悪かったかもしれない。私は付け足すように言った。


「あと、なにかしたい事があるならそれもさせてあげる。いくらかかってもいいから欲しいものも買ってあげるし、莉緒には私の貯金の一部もあげる」


「……」


これならお金には絶対に困らないようにできる自信があった。なのに莉緒はそれでも黙ったまま視線をあげてくれなかった。私はそんな莉緒にまだなにか足りないのかもしれないと思いながら思考を巡らすが、莉緒が望みそうな事が考えてももう出てこない。それでも何か言いたくて口を開こうとしたら莉緒がやっと言ってくれた。


「景子さんの気持ちは嬉しいです。……でも、辞めたくないです」


莉緒なら頷いてくれると思ったのに私は動揺していた。


「…なんで?…なんで辞めたくないの?」


分からない。私の条件は悪くないはずだ。いったい何が足りなかったんだろう。莉緒の表情は暗い。


「私は、……この生活をずっと続けてきました。キャバクラだけじゃなくて、風俗も、援交に近い事も……色々やってきました。だから別に平気です。確かに最近は調子が悪かったけど昔からずっとありましたし、昔に比べたらどうって事ないんです。……だから景子さんがそんなに気にする話じゃありませんよ…」


「……気にするよ」


莉緒なら分かってくれると思っていたし、莉緒も望んでいると信じていた。なのに、なんでだ?納得できない私は莉緒に真剣に伝えた。


「私は莉緒に辛い思いしてほしくないんだよ。その生活をずっと続けてたから慣れたかもしれないけど辛いのには変わりないでしょ?なんで無理するの?私は莉緒のためにできる事はしてあげたいの。……だから、私は本気で言ってるからね?」



私が止めないと誰も莉緒を止めない。莉緒自身すら辞める気がないのなら私がどうにかするしかない。


「……無理はしてません」


だが、本当には聞こえないそれに私は怒りが込み上げた。私に頼りたくないとも取れる言葉には反論せずにはいられない。


「…眠れなくて吐いてるのに無理してないの?違うでしょ。無理してるじゃん。病院まで行ってさ……そこまでする意味あるの?私にはそこまでしてやらなきゃならない意味が分からない」


「景子さんには分からないかもしれないけど、私には重要な事なんです」


「なんで?理由は?納得できるように説明してくれる?」


いつもは素直なのに、全く莉緒が頷いてくれないからむきになってしまう。あの様子を見れば私は間違ってもいないし最善の選択をしているはずだ。なのになんで莉緒はこうも頑ななんだ。莉緒は暗い表情のまま答えた。


「私のためだからです。それしか理由はありません」


それを聞いても私は納得なんかできなかった。



「辛い思いしてるのに莉緒のためになってるの?」


「なってますよ。なってなかったらもう辞めてます」


「……」


意味が分からない。こうも分かりあえないと冷静でいられない。私はまだ胸に感じる怒りを落ち着けながら手を離して立ち上がった。


「じゃあ、莉緒の好きなようにしたら」


これ以上話していると感情が爆発して莉緒を傷つけてしまいそうで怖い。私は捨て台詞のように言ってベッドに向かった。ここで諦めるつもりはないけど今はもう終わりにしないとダメだ。莉緒を助けるつもりなのに傷つけてしまったら意味がない。


私はベッドに横になると目をつぶった。

莉緒がなぜ頷いてくれないのか理解できないけど気持ちが落ち着いて言うタイミングができたらまた言えばいい。でも、なんて言えばいいんだろう。

莉緒はいつも私を否定しなければ受け入れないなんて事はない。それなのに莉緒は初めて私を受け入れてくれなかった。それはショックでもあった。私は莉緒を信じていたから受け入れてくれないとは思ってなかった。


莉緒が自分のためだと言ったのはなぜなんだろう。

自分のためと言うのはそもそもどういう意味なんだろう。


人生経験のため?それとも金のためなのか?全く汲み取れない。

考えていたら莉緒はベッドに入ってきて私にいつもみたいに抱きついてきた。そしていつもみたいに言った。


「おやすみなさい景子さん。愛してますよ」


「……」


さっきまで言い合って分かり合えていなかったのに莉緒は何も変わらない。本当に普段通りなそれが私には苦しく感じて返事ができなかった。



それからも私達は変わらなかった。

変わらなかったというより、莉緒だけが変わらない様子だった。いつもみたいに嬉しそうに笑って話してきて私にくっつく莉緒は私の言った事を忘れてしまったみたいで私は内心困惑していた。

莉緒の中ではなかった事にしたいのか分からないがあれは流させる気はない。

また言い出したい気持ちはそんな莉緒を見ていたら常々芽生えてきたのに私は自分のせいで躊躇していた。


どう言葉を選んで分かりあえなかった莉緒と分かり合えばいいのか全く分からなかったからだ。それに、あの怒りがまた沸き出てきそうで不安になる。莉緒を傷つけかねない私の感情は莉緒を殴ってしまったという事実にあと一歩を踏み出せなかった。


言えそうなチャンスはあったのに全部そのせいで無駄にしてしまった。

何て言えばいいのか分からなくて、莉緒を大切にしたいのにまた感情に流されてしまったら次は後悔だけでは済まない。やっと無くなった死への気持ちに囚われてあの子をもっと苦しめてしまう。莉緒を幸せにして愛さなきゃいけない私には大きなリスクだった。



それでも一緒にいる莉緒がいつもと変わらないから考えてしまって私はいつも通りでいられない。

私は悩んだ末にまた気づいたらヒロミに頼るようにヒロミの店に向かった。


一人で悩んでも私だけじゃ解決できない。長く生きていた私は時間を無駄に使っていたから未熟なんだ。自分でもそれは理解している。


だからヒロミとだけ飲もうとしたのにヒロミの店には紗耶香がいた。


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