第42話



「景子待ってたよ~。ほら隣座りな?」


「紗耶香」


紗耶香はもう飲んでいるようだが紗耶香がいるとは聞いていない。ヒロミはすぐに説明してきた。


「紗耶香はいきなり来ただけだから私は呼んでないわよ」


「あっそう」


とりあえず席に座るとヒロミが出してくれた酒で乾杯をする。紗耶香はにやにやしながら話し出した。


「それより彼女できたんだって?聞いてないんですけど」


「言ってないからね」


「なんで教えてくれないの?とりあえず今日は詳しく聞くまで帰さないからちゃんと話してね?」


「…話せる範囲でね」


「よしよし。んー、じゃあ……」


さっさとヒロミに相談したかったが相談する前に莉緒の話を詳しくしていないからちょうどいいのかもしれない。この二人は付き合いも長いし私についてそれなりに知っている。恋愛遍歴もだ。紗耶香に話すのは癪だが私は早速質問してきた紗耶香に答えた。


「年は?」


「二十二」


「え?若っ!十歳以上離れてんじゃん!学生?」


「うん」


「え?学生なの?!……ちょっと待って。まず酒飲ませて」


大袈裟なくらい驚いている紗耶香はなぜかグラスのお酒を一気飲みしたがどうしたんだろうか。確かに学生とは付き合っていなかったがそんなに驚く事か?そこにヒロミが口を挟んできた。


「普通に驚くわよね。景子が年下の学生と付き合うだなんて…紗耶香の気持ちはよく分かるわ」


「うん。景子ガキ嫌いなのにどういう心境の変化なの?」


「心境の変化って言うか、……まぁ、色々あったかな」


「じゃあ、出会いは?」


「風俗」


酒を飲みながら言った私に紗耶香とヒロミはさらに驚いていた。


「はぁ?!あの性欲ゼロの景子が?!嘘じゃないのよね?」


「本当だよ景子!風俗って、……デリヘルとか、ソープとかだよね?……え?……ちょっと待って、……えっ?今本当に風俗って言った?」


困惑されているが私は嘘を言っていない。別に風俗なんか珍しい話ではないと思うが、二人はどうしたというのか……。私は軽く説明をした。


「風俗使った事ないから暇だったし興味本意で使ってみただけだよ」


「じゃあ、会ってその日にやったの?」


深刻そうな顔をする紗耶香。その日でできるくらい私は若くない。


「やらないよ。話しただけ」


「え?じゃあ、そういうプレイしたの?」


「いやしないから。本当に話しただけ。風俗が気になっただけだから一時間話して終わり」


何を勘違いしているんだ。紗耶香とヒロミは一瞬黙った。


「……まぁ、景子の性欲のなさを考えたら頷けるわ。混乱してるけど」


「そうだねヒロミ。景子が性欲持ち始めたなんて言ったらそれの方が理解できないもんね」


「そうよ。私達は驚いてるだけよ」


「うん。とりあえず私は酒飲む」


「私も」


何だかよく分からないが二人はようやく納得したようだ。私はそんなに疑うような話をしたつもりはないのだが少し疲れた。紗耶香は酒を一口飲んでからまた訊いてきた。


「で、今は順調なの?」


相談しようと思っていた事柄にいきなり触れてこられるとこちらが動揺する。私は否定した。


「いや。ちょっと色々あった、というか……」


「え?なに?何があったの?なんでも聞くよ私達!」


「そうよ景子。あんたちょっと抜けてるんだから話しちゃいなさい」


すぐに反応して促してきた二人に私はあの事を話した。こうやって恋愛事を相談するのは初めてで少し緊張する。こないだとは訳が違う。


「…莉緒って名前なんだけど、莉緒は今風俗は辞めてキャバクラとかで働きながら学校に通ってるの。だけど、昔男に襲われそうになった事があるから精神的に参ってる感じでキャバクラ辞めたら?って言ってるのに辞めてくれなくてさ。それでどうしたらいいかなって…」


まとめて話した内容に二人は渋い顔をして頷いた。


「あー、それは悩むわ」


「そうね。景子はなんか言ってあげたの?」


「私は精神的に辛いなら辞めてほしいとは言ったよ。莉緒は一人暮らしで学費も自分にかかるものは全部自分でしてるみたいだからそれは私がやるからって。でも、そしたら断られた」


二人は意外そうな顔をした。


「なんで?私なら乗りそうだけど」


「なんか、自分のためにやってるからって。それに私に悪いみたいな事も言ってた」


「んー。年の割りに大人な子なのね?」


それはなんとなく分かる気がする。もう少し詳しく話そうとしたら紗耶香は難しそうな顔をした。


「でもさ、一回風俗とか水商売やったら抜け出すの難しいと思うよ?体の疲れも貰える額も全然違うもん」


「あぁ、それはあるわね女の子なら」


同意するヒロミに紗耶香は頷いた。


「だよね。時給も高いし、指名も入れば入るだけ指名料入るし、ドリンクも飲めば飲むだけバック入るから普通の仕事より頑張れば稼げるよ。営業かけたり同伴すんのは面倒だし体触ってくるやつはウザいけど、適当にうまく話してうまくやれば普通にバイトするより良いと思うよ?金持ってる太客掴まえたらお小遣いもプレゼントもくれるし」


だがそこまで話すと紗耶香は苦い顔をした。


「まぁ、でも……精神疲労は否めないけどね。あとトークはうまくないといけないし。体は楽だけど」


「そっか……」


何事もメリットデメリットはある。それを考えると莉緒にはメリットの方が大きいのか?紗耶香は尋ねた。


「莉緒ちゃんはなんか目的があるの?」


「それは、……ないと思うけど」


「じゃあ、割り切ってるのかもしれないね」


「え?」


紗耶香に言われて自然にその言葉に納得していた。あの時は分からなかったがあの様子はそうとも言えた。


「もうお金を稼ぐ手段はそれって決めてるんだよ。仕事ってだいたいが生活のためにやってるじゃん?楽しいとか合ってるとかじゃなくて働かないと生活できないからやってる人は沢山いるし、それと一緒なんじゃない?普通に働くより稼げたら普通の仕事なんてやりたくないじゃん。条件が良かったとしてもさ」


「確かにそうだね」


紗耶香の話は非常によく共感ができた。だってそれは転職するのと同じようなものだった。

人によって違うけど今より悪いものを取る人は少ない。妥協するかしないかは人それぞれだけど、皆何かしらの我慢はして生きている。


でも、だからって我慢しろなんてあの様子を見ると私は言えなかった。


「でも、莉緒ちゃんは精神的に参ってるのよ?精神的なものは大丈夫って思っててもダメになりやすいし、割り切れてても簡単には頷けないわよ」


ヒロミは心配そうに言った。


「そうだよねぇ。そこなんだよねぇ。だいたい本妻いるのに愛人募集みたいなグズが溢れてたりキャストとの恋愛を夢見てるアホ多いから莉緒ちゃんが精神的に来る気持ちは同業として非常によく分かるよ」


「まぁ、やれたらやりたいってやつは山ほどいるからね。なんか、同じ男として私も恥ずかしいわよ。やるならやるで同意は得ないと絶対ダメよ」


呆れる紗耶香は感慨深そうな顔をした。


「本当それだよね~。強引にしたらできるとか嫌よ嫌よも好きのうちとか考えてるやつAV見すぎだからって感じだし実際多すぎて困るわ。ていうか、劇的に顔色が伺えてないし空気が読めてなさすぎていきなりやろうとされても困惑だよね女からすると。訳分からん勘違いやめてって感じ。……はぁ、なんか莉緒ちゃんが他人に思えない私」


「私も莉緒ちゃんが可哀想で他人に思えないわ。景子もっと話し合ってみたら?莉緒ちゃんが喜んでやってるとは思えないし、莉緒ちゃんにはもっと理由があるのかもしれないわよ?」


「うん……。でも、なんて言ったらいいか……。一回断られてるし」



二人に言われて勇気が出るのに悩んでしまう。紗耶香は私の肩を叩いた。


「一回断られたくらいでなに悩んでんの?また同じように話せば平気だよ。莉緒ちゃん悪い子じゃなさそうだし、根気よく話していけば大丈夫だって。景子がそんなに考えるって事は本気なんでしょ?」


「まぁ、そうだけど」


「だったらどうにかしてあげないとダメ。それにどうしてもうまくできないなら連れてきたらここに?私達も協力してあげるから。ね?ヒロミ?」


ヒロミに目線を送る紗耶香。ヒロミは笑って頷いた。


「そうよ。景子が本気なら私達は外野だけど見てるだけなんてしないわよ」


「……うん」


「よし!じゃあ、景子頑張ってね!」


二人の優しさにやっと一歩が踏み出せそうだ。悩んでいたけど私はただまた気持ちを伝えて話せばいいんだ。分かり合えないのは他人なんだから考え方が違うだけで、そこにどう歩み寄って認め合っていくのかが鍵になる。


だから分かり合えなくても次は柔軟に受け止める。分からないかもしれないが莉緒の気持ちも考えて話し合う。

そうすれば怒りにも流されないはずだ。



「それにしても景子がそんなに莉緒ちゃんに熱心になるなんて……世の中何が起こるか分からないわね」


私達のグラスに酒をつぐヒロミは関心していた。


「ねぇ~。ていうか景子に先越されてんだけど私。悲しみ……」


「あんたはすぐに見つかるでしょ。それより莉緒ちゃんってどんな感じの子なの?」


「え?莉緒?莉緒は……」


聞かれてもすぐに答えられない。私が莉緒を思い浮かべて考えていたら紗耶香は呆れたように手を叩いた。


「はいはい。どうせ景子の事だから可愛くて美人だよ。景子昔から美女かイケメンしか釣らないじゃん」


「え?そんな事ないけど…」


なんか心外な言い方をされたが私は外見をそんなに気にしていない。紗耶香は逆にどよめいていた。


「え?そんな事しかなかったじゃん。私はいつも景子の釣り技術には関心してたよ。でも、景子いつもそんなに興味なさそうだったからね。まっ、とりあえず莉緒ちゃんは問題が解決したら連れてきなよ?なんか心配だから」


「うん……。まぁ、いいけど」


なんか腑に落ちないがとりあえず相談はできた。そのあとも紗耶香とヒロミは莉緒について訊いてきたので話してあげた。そんなに変な話はしていないのに二人はやけににやにや笑っていて何なのかよく分からなかった。




しかし、二人に相談して気分も楽になったし良かった。紗耶香は予想外な人物だったが紗耶香もいて良かった。あとは莉緒と話すだけなのだが莉緒が来るのを待っている時間がもったいない気がして私は莉緒に電話をかけてとりあえずご飯を一緒に食べようと予定を取り付けた。


そしてその予定の日はすぐに来た。

莉緒は学校が終わってから私の家に来るから休みの私は料理を作って莉緒が来るのを待っていたのだが、莉緒から予想外な連絡がきていた。

それは莉緒にしては珍しくて私は電話をかけていた。


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