第39話
莉緒が癒してくれてから前よりは眠れるようになったというか、あいつを考えるのが減った。それでも頭の片隅をあいつが占領してくるから完全には離れてくれないのだが私の気分は優れたと思う。
莉緒には助けられた。いつも勝手に来て家事全般をやっているのに、あの子の献身的な振る舞いはずっと変わらない。我が儘は言うしセックスはしたがるがあの子は好きだから嫌ではない。
そういうのに付き合うのも愛するためには必要で莉緒を幸せにするためには欠かせないから。
私は仕事に行ってゲーセンに行ったりした後に莉緒と過ごす日々が充実してるような感じがしてきていた。
前は全部どうでもよくて、ゲーセンも暇潰しに行くくらいだし莉緒が鬱陶しかったのに私も変わったものだ。
あの嫌な日々から抜け出せた私は毎日がやっと良いものに思えてきた。
莉緒とは莉緒のバイトがない日に出掛けるくらいだが、莉緒がゲーセンを好きになりつつあるので私は最近ゲーセンに行くと莉緒の好きそうな物を取るようになった。そのおかげで私の部屋には莉緒が勝手にフィギュアを並べて可愛いがっているが、あの子が嬉しいならあの人形は邪魔だけど気にならない。
そんな私は今日もバッティングセンターに寄ってゲーセンに向かうと一人でお菓子を取ったりフィギュアを取ったりして帰宅した。
今日取ったフィギュアは気に入るだろうか?それより溜まってきたからそろそろ売りに行こう。箱に入れたままのフィギュアを積んでいる場所を見ながら考えていたら携帯が鳴った。確認してみると莉緒は今日バイトが終わったら来るらしい。
という事は夜遅くか。それなら寝てしまおう。今日は疲れた。私はさっさと寝る準備をしてベッドに入ったがまたしても眠れなかった。
考えていなかったのにあいつが頭を占領してきたからだ。
私はそれに嫌な思いをしながらイライラしていた。考えたくないのに、最近は忘れられていたのにどうして考えてしまうんだろう。
宗教の話をするあいつが脳裏に現れる。
私を否定して勘違いして押し付けて、あいつはなんであんなに人としておかしいのか理解できない。なぜ違うというだけであんな事を言うのか分からない。
本当にバカで嫌なやつで頭が悪いとしか思えない。
あいつは宗教でそうなっているけど、あいつと似たような人種は山程いたし全く理解できなかった。
皆なんで相手を無闇に否定したり押し付けたりしていたんだろう。尊重するのを忘れてしまったのだろうか?
皆なんで自分の事しか考えてないんだろう。
最終的には疑問ばかり浮かんで、その分からない疑問も苦しかった。
だってこれは相手を考えられる人がいないと言う事だ。
やはりこの世の中はクズばかりだ。
でも、そうやって生きられたら楽なのかもしれない。だって自分だけ考えればいいのだから。
他を全部無視して。
私の思考はやめようとしても止まらなかった。考えて考えて、嫌な思いをしたのを思い出して嫌な気持ちになるのをやめられない。
横になりながら眠れるのをどうにか待っていたら玄関が開く音がした。
先に寝ようと思ったのに莉緒が帰ってきてしまったようだ。
寝ていなかったのをバレないようにしないと心配される。そう思っていたら莉緒はまたトイレで吐いていた。
「おぇ……げほっ、げほっ……」
静かなここではすぐに分かるその音に私の眠れないのなんて話ではないと思った。
最近は元気そうだったのに、莉緒は笑っているのに苦しいんだ。私は拳を強く握りながら吐いてすぐにお風呂に入ってしまった莉緒を待った。
そして莉緒がベッドに入ってきてすぐに莉緒の体に手を伸ばして話しかける。
「莉緒。お帰り」
「景子さん……。ただいまです。起こしちゃってごめんなさい」
「いいよ」
莉緒の背中に手を回して優しく背中を擦る。莉緒は触れたら嬉しくなってくれる。私は少し疲れた様子の莉緒にキスをした。
「体調よくないの?」
私の問いかけに莉緒はすぐに察したみたいで私の手を握ってきた。
「景子さんはすぐに分かるんですね」
苦笑いする莉緒。私はそれでも訊いた。
「辞めれないの?」
「辞めるというか、辞めても……あんまり意味がないと思いますから」
莉緒は笑いながら話した。
「生きてれば男の人と関わるのなんて沢山あります。だから辞めても変わらないですよ。それに長くやるつもりはないのである程度お金が貯まったら辞めます」
「……そう」
「そんなに心配しないでください」
笑って言う莉緒を見ていると切ない。莉緒は私の手を強く握った。
「私より景子さんじゃないですか?最近疲れてる感じがしましたけど大丈夫ですか?」
「私は別に平気だよ。ちょっと考え事してて、……それで寝不足なだけ」
間違ってはいない。それに私は莉緒よりましだ。でも莉緒は私を心配してくれた。
「ダメですよ?景子さんは難しく色々考えやすいんですから寝る時くらい考えるのはやめてください」
「そうだね」
「そうですよ。それに考えるなら私の事を考えてくださいね?私とのデート内容とか」
「うん……」
莉緒の明るい感じが無理をしているみたいで胸がざわつく。私は莉緒の手を握り返しながら言っていた。
「…頼っていいからね?」
「え?どうしたんですか?」
莉緒を守りたいと思っているのに私は守り方すら分からない。情けない私はそれでも素直に気持ちを話した。
「私は…莉緒を嫌な事から守りたいって思ってる。だから、嫌な事があったり苦しかったりしたら言ってくれて大丈夫だから。……でも、言って何かが劇的に変わる訳じゃないし、完全に守ったり癒してあげたりはできないけど……辛そうな莉緒を見るのは嫌なの」
「景子さん……」
莉緒の気持ちを全て理解するのは不可能だ。だけど、それでも私は莉緒の気持ちを知ってあげたい。全て分かりあう事はできないけど、この子の痛みを完全には無くせないけど、莉緒は放っておけないんだ。
「私が思ってたのに……。景子さんは本当に優しいですね」
莉緒はそう言って静かに涙を溢して私の顔に触れた。
「私は最初から景子さんを守りたいって思ってたんですよ?景子さんに影があるのがすぐに分かって、この人を守らないとって思ってたんです。それなのに、私を守りたいだなんて……立場が逆になっちゃいました」
「別に逆でもいいでしょ」
「……そうかもしれませんね」
莉緒は私を守りたいからそばにずっといたと言うのだろうか?莉緒の気持ちは伝わるのに根底が見えない。莉緒は最初から私の闇を感じていたから明るく振る舞って私を救おうとしていたのかもしれない。分からないから莉緒に訊いてみようと思ったら莉緒はいつもみたいに言った。
「景子さん。一緒に死にませんか?」
それがいつも通りで私は内心動揺した。
「……死にたいの?」
「死にたいというか、……楽になりたいんです。景子さんを愛して、景子さんだけ考えたいのに無駄なものが多すぎて邪魔なんです…」
莉緒は死を望まないと思っていたからそう考えていたのに驚いてしまった。でも、莉緒の気持ちは分かる。邪魔なものは確かに多くて気が滅入る。けれど、私は死に対しての考えがあの日から変わっていた。
「死んだからって楽になる保証はあるの?」
私は死ねば楽になるという考えがなくなっていた。今は死んだってなにも変わらない気がする。莉緒を見ていても思うけど昔の嫌なものは逃げて何年経っても蝕み続ける。それに私は遠くに逃げたのに逃げ切れなかったんだ。なのにまた逃げて何か変わるのか?本当に楽になるのか?私は莉緒を見つめながら話した。
「逃げても嫌な思いするのにまた逃げて楽になると思う?遠くに逃げても意味がないんだよ?きっと死んで逃げたって同じだよ。自分が変わらないと意味がないんだよ」
逃げても楽にならないのは自分がずっと同じだからだ。自分の心がどこでも変わらなかったから苦しんでいる。でも、心は簡単には変われないから必死にもがかないといけないんだと思う。
逃げるのはいいけど、そこからどうするかを考えないと沼に嵌まる。変えられないものはそのままに受け入れて、変えられるものは変えていかないと心は軋み続ける。
本当に楽になるには、受け入れられないものを自分の力でどうにかして折り合いをつけていくような事でもあるんだろう。
「……変われたらもう最初から変わってます…」
でも、莉緒の言い分はよく分かった。口で言うほど簡単じゃないから。
「そうだね。私ももっと割り切れて忘れられてたら変わってたと思う。……でも、簡単じゃないから誰かに頼ったり愛したりして生きていくんじゃないの?」
一人でも生きてはいける。それは長く生きてきて分かっている。でも、一人じゃどうにもならない事は沢山ある。莉緒は優しく私の頬に触った。
「じゃあ、私は景子さんを愛してるから一生景子さんから離れられません。この治らない病気と一緒に、……一生頼っちゃいます……」
「別にいいよそれでも。……莉緒なら嫌じゃないから」
「……景子さん……ありがとうございます」
莉緒は私を愛しそうに見つめた。
「私、景子さんが本当に好きです。私を好きになってくれて、愛してくれて本当に嬉しいです。景子さんがそんな風に言ってくれるのも景子さんの気持ちが感じられて、……今すごく幸せです。嫌な気持ちが消えました」
「そう」
莉緒が嫌じゃなくなるなら私も嬉しい。私は莉緒に軽くキスをして囁いた。
「私も嬉しいよ」
「……景子さん。……もっと私を見てください……」
「見てるよ。私は莉緒しか見てないよ」
間近にいる莉緒は私を求めてきた。ならそれには応える。そして莉緒の嬉しい事をしてやる。私は莉緒を抱き締めながら莉緒の手を優しく握ってキスをした。
「景子さん?」
「なに?」
「私、……汚くないですか?」
「汚くないよ。莉緒は綺麗だよ。本当に」
この子は汚れていないのに精神をやられて勘違いをしている。この質問は前もされたけど今されると苦しい。私は莉緒がするみたいに莉緒の手を舐めた。指先から舌を這わせて手の甲に向かって舐めるだけでも愛を伝えられる気がする。
「指も手も、体もなにもかも……莉緒は綺麗だよ」
「……嬉しい。……景子さん、指じゃなくて私の体を舐めてください。景子さんに染まりたいです」
「……そう」
莉緒はパジャマのボタンを開けてうっとりした表情をする。莉緒の闇は私が拭ってやる。私は指を舐めるのをやめると莉緒の鎖骨を舐めた。
「ねぇ、莉緒?……好きだよ。好きだから、今だけは私の事だけ考えて?」
「あっ!……はぁ、……はい。……景子さんだけ…考えます」
嫌な事を今だけは無くしてやりたい。今だけは私を考えさせたい。私は舐めるのをやめておもむろにキスをすると莉緒を見つめた。
「私は、……本当に愛したいって思ってるからね」
いつもなにもうまくしてやれない。莉緒に頼ってばかりだから気持ちだけはちゃんと言った。この気持ちは絶対に嘘じゃないから。莉緒は嬉しそうに笑ってくれた。
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