第35話


ヒロミと飲んでから私は早速行動を起こしていた。まずはゲーセンで莉緒が喜びそうなぬいぐるみを取った。かなり大きいやつだったからいつもより手数がかかってしまったが問題ない。あとは莉緒が前に欲しがっていた私の部屋に飾ってあるフィギュアと同じようなやつが欲しいが、……いい感じのやつがない。


ゲーセンをはしごしながら景品を眺めて困っていた私はプリンセス系の人気キャラクターを取る事にした。部屋にあるやつとは全く違うがこれくらいしか今は可愛い景品がない。私はいつも通り適当にやってすぐに景品を取るとその日はそのまま家に帰った。



そして家に帰って莉緒のために大量に買った冷凍食品をチンして食べる。

あとは何をあげようか。ゲーセンで取ったやつだけでは味気ないしこれは私の趣味なのでプレゼントとは言い難い。


しかし、莉緒を思い浮かべても化粧品か日用品くらいしか思い付かない。だが形に残る物じゃないとダメだ。私は好きな物が思い付かないからとにかくよく考えて形に残る物にする。


私は莉緒を考えながら仕事をしつつプレゼントを必死に選んだ。仕事終わりや休みの日にはデパートを巡って歩き続けて店員に聞きまくっていたが、考えれば考えるほど沼にはまっていた私はもう勢いで買った。店員にしつこく訊いたしヒロミが言った通りなら平気だ。


私よりヒロミはよく分かっている。


プレゼントの準備が整った私は休みの日の前日に莉緒に電話をする事にした。祝う準備に時間がかかってしまったし、その間全く音沙汰なしだったが祝わないと絶対にダメだ。

もしかしたら電話に出てくれないかもしれないが出てくれた祝う旨を伝えよう。


私は電話口で莉緒が出てくれるのを待ったが莉緒はすぐに電話に出てくれた。


「もしもし…」


幾らかいつもより暗い声は罪悪感を感じる。私はまたこの子を傷つけてしまった。



「もしもし?私だけど。こないだはごめん。明日会いたいんだけど家に来てくれない?」


「……明日ですか?」


「うん。来れなかったら別の日でもいいけど」



来てくれるかは分からない。莉緒はどうするのかなと思っていたらはっきり答えてくれた。


「行きます。……何時ですか?」


「何時でもいいよ。あっ、午前中以外でお願い」


「はい。分かりました」


明日の約束は取り付けられた。電話で謝ってもそこまで意味がないだろうから私はもう切る事にした。


「じゃあ、よろしくね。また明日」


「あっ!先生待ってください」


「ん?なに?」


焦ったような莉緒に聞き返すも莉緒は言い淀んでいた。



「あの、……あの……」


「なに?明日じゃダメなの?明日私も話したいんだけど」


「え?……じゃあ、明日でいいです…」


莉緒が何を言いたいのか分からないが会えば済む話だ。


「そう。じゃあね」


「はい。また明日」


私はすぐに電話を切って寝る準備を済ますとすぐに眠った。明日は明日でやる事があるのだ。


私は翌日早く目覚めてから身支度を整えると料理を始めた。ヒロミが言う通りなら私は迷わなくていい。だから今日は私の好きなビーフシチューを作る。ビーフシチューと簡単なサラダとおかずを適当に作っておけば莉緒は喜んでくれるはずだ。私は朝からキッチンをフルに使って料理を済ますと車を出してケーキ屋さんに向かった。


恥ずかしい話だが私はあの日ケーキを買うのを忘れていた。プレゼントに気を取られ過ぎて本当にバカである。私はとりあえず小さいホールのショートケーキを買って家に持ち帰ると莉緒を待った。


もうお祝いする準備は整っている。



あとは本人が来たらあの日の事を謝って誕生日を祝えばいい。今度はきっと平気だ。莉緒を傷つけないし怒らせない。必ず喜んでくれるはずだ。


私はそれからただひたすらにテレビを見ながら莉緒を待った。何時に来るか分からないからもしかしたら夜に来るかもしれない。しかし莉緒は意外にも早くやってきた。


お昼を過ぎてお腹が減ったなと思った頃に玄関を開ける音が聞こえる。私はテレビを消して立ち上がった。


「いらっしゃい莉緒」


「……はい」


莉緒は気まずそうな顔をしてやってきた。


「座ってて?お茶出すから」


「……はい」


暗い表情をする莉緒は私とは会いたくなかったんだろう。私が怒らせて傷つけてしまったし当たり前だ。私はキッチンに向かってお湯を沸かそうとしたら莉緒は後ろから抱きついてきた。


「……景子さんごめんなさい……」


「……なにが?」


莉緒が謝る意味が分からない。私は莉緒に向き直ると莉緒はもう泣いていた。


「私、……私、悲しくて、景子さんに怒って、勝手に帰りました。……それに、連絡も……してません。……だから…」


「莉緒は悪くないから。悪いのは私でしょ。あれがプレゼントじゃ嫌だったんだよね?気づかなくてごめんね」


付き合っているのに理解できていない私に落ち度がある。私は泣いて首を横に振る莉緒の頭を撫でた。ちゃんと説明をして謝るなら今だ。


「私、……あんまり分かんないからお金にしたってだけで莉緒の事は考えてたから。莉緒は私が好きなのが好きだって言ってたけどそれはどうなのかな?って思って、……私はあんまり好きな物がないから悩んでたの。それで食べ物もいっぱい買っちゃったって訳」


「……そうなんですか……。…ちょっと、勘違いしてました……」


「それは私のせいだから…本当にごめん。私はあんまり分かってないの。莉緒の事もそうだけど私の普通はちょっと違う事の方が多いから……。だから、傷つけてごめん。誕生日なのに嫌な思いさせてごめんね」


莉緒は許してくれるだろうか。頭を撫でるのをやめると莉緒は涙を拭って笑った。


「大丈夫です。もう謝らなくて平気です。あの時は悲しくて怒っちゃったけどもう気にしてません」


「そう。……じゃあ、莉緒の誕生日もう一度祝わせてくれない?」


「え?」


許してもらって安心したがまだ喜ばせないとならない。あの日を仕切り直して莉緒を喜ばせないと意味がない。


「莉緒の誕生日台無しにしちゃったから祝いたいの。今日はケーキも買ったし、莉緒のためにご飯も作ってプレゼントも買ったから。まぁ、喜んでくれるかは別だけど…」


「そんなの喜ぶに決まってます!誕生日祝ってくれるならすっごく嬉しいです!」


即答してきた莉緒はいつもの嬉しそうな表情を見せてくれた。これなら期待できそうだ。助言を貰ってあの日より考えて頑張った。私は莉緒に訊いた。


「じゃあ、お腹減ってる?今日はビーフシチュー作ったんだけど」


「はい!食べます!ビーフシチュー大好きです!」


「そう。じゃあ、座ってて」


私は早速ビーフシチューを暖め直しておかずやサラダを用意して二人で食べた。

莉緒はそれだけで大興奮していて子供みたいでうるさかったが喜んでくれて良かった。それにケーキもそのあとに出してあげたら莉緒は本当に嬉しそうにしていた。


「二十二歳でいいんだよね?」


一応確認のためにろうそくを刺しながら尋ねる。


「はい!二十二です!景子さんケーキまで本当にありがとうございます」


「誕生日だからね。じゃあ火つけるから消して」


私は火をつけて莉緒が消すのを待ったけど莉緒は一向に消す気配がない。


「莉緒?消さないの?」


「歌ってくれないんですか?」


「……歌ってほしいの?」


私は歌って祝うなんてした事がない。いつも回りに合わせて手を叩くくらいなのだがあまり気乗りしない。なのに莉緒はねだってきた。


「歌ってほしいです。歌って祝ってくれたらもっと嬉しいです」


「……」


歌うのは正直嫌だけど莉緒に言われると歌わない訳にもいかない。私は仕方なく手を叩いていつものトーンで歌った。


「……ハッピーバースデイトゥーユー…ハッピーバースデイトゥーユー…ハッピーバースデイディア莉緒、ハッピーバースデイトゥーユー…」


莉緒は私の淡々としたとても暗い歌を聴きながら嬉しそうにろうそくの火を消した。


「おめでとう莉緒」


「はい!ありがとうございます!景子さん歌ってても変わらないんですね」


「……まぁね」


「ふふふ、景子さん可愛かったです。むすっとしながら歌う景子さん可愛すぎました」


「……そう」


あんな暗く歌われて喜んでるのも何が可愛いのかも謎だが、私はろうそくを取ってケーキを切り分けてあげた。


「ケーキ美味しいです。ビーフシチューも美味しかったし今日は最高です」


「そう。よかったね」


はしゃいでいる莉緒はケーキを頬張っている。別にこれは大した話じゃないのにガキみたいで反応に困る。私は黙ってケーキを食べていたら莉緒は頬にクリームをつけていた。本当にガキである。


「莉緒、クリームついてるよ」


「え?どこですか?取ってください」


「やだよ。右頬ら辺についてるよ」



気づいていなかった莉緒に指摘だけしてケーキを食べていると莉緒はむくれだした。


「景子さん取ってください!誕生日のお祝いなんだから取ってくれてもいいじゃないですか!」


「……自分で取れるでしょ」


「取れません!舐めて取ってくれないと怒ります!」


「そう」


「やってくれないともっと怒ります!」


「……」


全く面倒くさくて呆れる。クリームごときで何を言っているんだ。しかしあの日怒らせてしまったのもあるし今日は喜ばせないとならない。私は非常に不本意ながら食べるのをやめて莉緒に顔を近づけた。


あと少しで舐め取れる。そう思っていたら莉緒が急に私に顔を向けてキスをしてきた。


「えへへ、チューしちゃいました」


「……そう」


嵌められたのに気づいた私はさらに呆れてしまった。いたずらっぽく笑うこのガキは全く気に入らない。


「景子さん早く舐めてください」


「……」


私はムカついたので指で拭ってやると莉緒の口許に持っていく。



「莉緒が舐めたら?」


「はい!舐めます!」



私の指を舐める莉緒はにっこり笑うとまたキスをしてきた。


「ちょっとドキッてしてくれました?」


「全く」


「もう。またですか。じゃあもっと考え…んっ…はぁっ……あぁ…」


私はムカつくので強引にキスをしてやった。胸がときめいたりはしないが莉緒には振り回されている。それが少し気に入らない。離れないように頭に手をやって深く舌を入れてまさぐると莉緒はくぐもった声を漏らした。


「あぁっ……はぁっ、んっ!あっ……景子……さん……んんっ!……」


「はぁ、……んっ……はぁ」


「んっ!もぅ……!……はぁっ、……景子……さん!……んっんん!…んあぁ……」


そろそろ離してやるか。私の服を強く掴む莉緒に私は唇を離してやった。莉緒はさっきは余裕そうにしていたのに少し頬を赤らめている。私は笑いながら訊いてやった。



「ドキッてした?」



「……し、しました……」



素直な返事に私は鼻で笑ってしまった。


「そう。じゃあ、どんな感じだった?なんか声漏れてたけど気持ち良かったの?」


生意気なガキには辱しめを受けてもらおう。私は照れている莉緒の腰に腕を回しながら顔を寄せる。莉緒は恥ずかしそうに私を見つめた。

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