第34話
それからの莉緒は体調が良さそうだった。吐いたり寝れない様子は感じないし、腕を擦っている事もない。
ただ、我が儘を言ったり甘えるような事はしてくるが、それで嫌な事が忘れられるならと私は言う事を聞いて甘やかしてやった。
それにプラスして莉緒が教えてくれた嬉しい事もやってあげたら喜んでいたので私は安心していたがもうすぐ莉緒の誕生日が迫っていた。
私はそれなのにまだプレゼントが決まっていなかった。
仕事終わりにデパートに行ってふらついてみても全くよく分からない。
それにネットで調べてみてもあまりピンとこなくて悩んでしまっていた。
もう明日に迫っているのにどうしたものか。私は莉緒の好きなものが全く分からなかった。莉緒は私と同じものと言っていたが好みはあるに決まっている。
だから私の好きなブランドのものをあげてもどうかと思うし、私が好きな服をあげてもどうかと思う。
かと言って日用品をあげてもあの子は何かに困っている感じはないので悩ましい。
そうなると貰って一番困らない食べ物になるのだが、プレゼントが食べ物とは……。一応莉緒は私の彼女なのでそれは違う気がする。
そうやって悩み続けていたら莉緒の誕生日がやって来てしまった。
しかし、私は何も買えていなかった。
だから最終手段に出る事にする。それにご飯もどうするか決まっていなかったのでそれも最終手段に出た。
これはこれでたぶん喜んでくれるはずだ。
私にはこれが精一杯だ。
私はその日、仕事が終わってから誕生日のための準備をして莉緒を家で待っていた。
人の誕生日を祝うのは初めてではないが少し落ち着かない。莉緒が来るまでテレビを見ながら時計を何度も確認していたら玄関が開く音がして莉緒がやって来た。
「先生お疲れ様です。今日ワッフル買ってきましたよ?オーナーが美味しいって言ってたから明日一緒に食べましょう?」
「うん、ありがとう」
莉緒はまた買ってきたようだ。今日は莉緒の誕生日なのにいつもと変わらない様子に少し笑える。ビニール袋を机において荷物をおくと莉緒は私に抱きついてきた。
「先生会いたかったです。抱き締めてください」
「これでいい?」
「はい!癒されます」
強く抱き締めてやると嬉しそうに笑う莉緒。私は少し抱き締めてやってからソファから立ち上がった。
「今日とりあえず何でも好きなの食べれるように冷凍とかのレンジでできるやつ買ってみたから選んで?気に入らなかったら出前取ってもいいし、私が買ってくるから言って?」
「え?私は先生が好きなやつで良かったのに…」
「いいから冷蔵庫見て。レトルトもあるから」
「はい」
今日は莉緒が何でも食べられるように冷凍の物からレトルトまでいろんな物を買い込んだ。沢山の種類から選んできたからたぶんこの中で好きな食べ物が見つかるはずだ。莉緒は冷蔵庫を開けて驚いていた。
「先生何人分買ってるんですか?こんなに食べきれませんよ?」
「食べきれなくてもいいよ。……食べたいのある?」
そんなにすぐ腐るものではないから私は気にしていない。それより莉緒が好きなやつはあるだろうか。莉緒は冷蔵庫を閉めて私に向き直った。
「私は何でもいいですよ。先生の好きなやつでいいです」
控え目に笑う莉緒にこれじゃダメだったかとすぐに口を開く。
「気に入らなかった?」
「そうじゃないです。こんなに色々買ってきてくれて嬉しいですけど、私は先生が好きな物が好きって言ったじゃないんですか」
「……まぁ、そうだけど」
それは分かっているが分からない。やっぱりこれじゃダメだったのか。少し悪く思いながら私は机に置いておいた封筒を渡した。
「あとこれ。とりあえず十万あるから好きな物買って?足りないならもっとあげるから」
私は結局金に頼ってしまった。金なら貰っても困らないし、変なプレゼントを渡すよりいいと思った。
「……プレゼントはないんですか?」
だけど莉緒の顔色は喜びとは程遠い。嬉しくはなさそうでこれもダメだったのかもしれないと感じる。ちょっと悲しそうにも見える莉緒に私は気まずく思いながら答えた。
「ないって言うか…それがプレゼント」
「……そうですか」
「二十万くらいの方がよかった?」
「……」
足りないかもしれないから訊いたのに、莉緒は封筒に目線を移すとまるで傷ついたかのような表情をした。そして急に泣き出した莉緒は封筒を突き返してきた。
「いりません。私もう帰ります」
「え?なんで?」
莉緒のいきなりの言動に私は理解できていなかった。これなら多少は喜んでくれると思ったのになんでだ?なぜ莉緒は悲しそうなんだ。
「なんでもです。すいませんけどもう本当に帰ります」
莉緒は荷物を持って足早に玄関に向かってしまう。私は急いで莉緒を止めようとした。
「莉緒待って。お祝いするんじゃないの?何が気に入らなかった?気に入らないならなんか買ってくるし言ってくれれば…」
「違います!」
莉緒は珍しく大きな声で否定してくる。私はそれにも驚いてしまって動揺する。莉緒を見ていると私が傷つけているのが分かるが何が原因か分からない。
莉緒は涙を拭いながら言った。
「私、…私何もそんなの言ってません。私、景子さんに好きなもの教えてました。……それなのに、酷いです」
「……」
「もう帰ります」
私は困惑してしまって言葉が出なかった。私は莉緒の気持ちを考えていなかったというのか?莉緒が出ていくのさえも止められなかった。
莉緒が出て行ってしまってから私は状況が理解できていなかったが段々と把握できてきた。
つまり、今回のお祝いは失敗という事だ。
失敗と言うより莉緒を傷つけてしまった。
私はあの子に嫌な思いをさせてしまった。
あの顔を思い出すとそれしか考えられない。莉緒を考えていたのに、私は莉緒の事をちゃんと考えていなかったのだ。
あぁ、どうしたらいいんだろう。
誕生日を祝ってあげたかったのに折角の誕生日を台無しにしてしまった。
私はなんでいつもこうなんだ。
それから莉緒は本当に来なくなってしまった。
いつも言わなくても勝手に来るし連絡もしてくるのにそれが全部無くなった。
莉緒はそれだけ怒っているし悲しんでいるんだろう。それだけでそのくらいの気持ちは汲み取れたけど何をどうすればいいのか分からなかった。
私は思えばこういう時にどうしていたのかも昔過ぎて思い出せない。そもそもなにかしようと思うくらいの感情が莉緒みたいに抱けていなかったのかもしれない。
しかし、このままではダメなのは分かる。
このままなにもしなかったら本当にダメだ。私はとりあえずヒロミに頼ってみる事にした。分からないなら人に聞けばいいんだから。
私はすぐに連絡を取って飲む約束を取り付けると、約束の日にバーに向かってついて早々に話した。
「あのさぁ、彼女を怒らせて傷つけたみたいなんだけど…どうしたらいいと思う?」
「……え?景子付き合ってたの?」
「うん」
「……え?本当なの?いつから?」
ヒロミは驚いているがそれどころではない。
「ちょっと前から」
「驚きよそれに。ていうか、あんたもう少し詳しく話してくれる?」
「……だから、誕生日を祝おうとしたんだけどプレゼントに十万渡したら泣いて怒って帰っちゃったって話」
簡潔に話したらヒロミは呆れたように即答した。
「はぁ?そんなの当たり前でしょ。女なら怒る子いるに決まってるでしょ」
「そうなの?」
「はぁ…。あんたねぇ、なんで分からないのよ…」
なんでと言われても私は無難に答えた。
「だって、お金は一番目に見える心遣いじゃん」
「そうかもしれないけど、彼女なんだから話は別でしょ?だいたい欲しい物とか聞いたの?」
「聞いたけど私が好きな物だって」
「じゃああんたが好きな物とかあんたが欲しい物でいいじゃん。ていうか、そういう事言うタイプは何貰っても喜ぶからちゃんと形のあるもの渡しなさいよ」
ヒロミはなんでこう簡単に分かるんだろう。私は全く分からなかったのに。私は関心していた。
「……そうなんだ。ていうか、なんで泣いて怒ったんだと思う?」
私の疑問にヒロミは少し引いた目で私を見た。
「はぁ?だって景子が好きな物欲しいって言ってたのに金渡されたら悲しいに決まってんじゃない。女は金じゃないのよ?金が大事な女もいるけど金じゃないって考えてる子からしたら思いやりとかが感じられなくて嫌でしょ。私の事考えてくれなかったのかな?って少なからず思うと思うわよ」
「……そうなんだ……」
私は女を理解していなかったという事でもあるのか。莉緒にも乙女心が分かっていないと前に言われたが全くその通りのようだ。私は一応女なのに悲しい話だ。
「あんたなんでそんな事も分からないのよ。あんたの彼女いくつ?」
「年下の二十代」
「え?年下で二十代なの?……景子どこで掴まえてきたかは聞かないけどどうしちゃったのよ?年下となんて付き合ってこなかったのに。遊びなの?気まぐれなの?」
ヒロミは驚いて困惑していたが私は遊びではない。確かに年下とは付き合ってこなかったが莉緒は全く違うし、何だかんだ合っている気がする。
「本気だよ。気まぐれで付き合わないよ」
「そうなの?まぁ、でも景子もう何年も付き合ってないからついに本気になったって事ね…」
「うん。……でもやっぱ色々違うよね。今までとは全然」
「そりゃそうでしょ。あんたいくつよ。それより誕生日改めて祝ってあげたら?祝うまで許してあげないと思うわよその感じは」
ヒロミの助言はありがたい。今日は疑問を解決できて良かった。というより私は知らない事が多すぎる。私は頷いたがまだ消えない悩みも相談した。
「うん。分かってるんだけど…、でも、プレゼントを何にしたら良いのか分からなくて……」
「だから考えて買ってあげれば何でも喜ぶわよ」
「本当に?誕生日プレゼントっていつもリクエスト通りにしてたから不安だよ」
「平気よそのタイプは。二十代で若いんじゃゲーセンのぬいぐるみでもいいんじゃないの?あんた得意なんだから取っていってあげなさいよ」
「あ、そっか…。それもありだわ」
ヒロミの思い付きにハッとする。そういえば莉緒はぬいぐるみが好きだった。私はやっとプレゼントをどうするか決められそうだった。
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