第32話
私は体を離すと莉緒を風呂に向かわせてハーブティーを入れるためにお湯を沸かした。あの子が苦しんでいる姿を見るのは胸が苦しい。言いたくないなら無理に訊かなくていいと思っていたが訊いた方がいいだろうか?訊いても完全に助けてやる事はできないけれど吐いてしまうくらい苦しんでいるのならそうするべきか。
あの様子じゃきっと私の勘は当たっている。莉緒は誤魔化して隠そうとしているがこれはもう無理だろう。
私は莉緒が出るまでにハーブティーを用意してソファで飲んで待っていた。爽やかな香りがするが飲みやすいハーブティーはリラックス効果がある。
昔眠れない日々が続いた時に飲んでいたものだ。多少は気分が休まるだろう。
しばらく待っていたら、風呂から出てきた莉緒は私の隣に座った。
「飲みな?暖まるよ」
「はい。ありがとうございます」
ハーブティーを飲む莉緒の表情は暗い。私は莉緒に顔を向けた。
「体調悪いの?」
遠回しに訊くべきじゃないので率直に訊く。莉緒は苦笑いをしながら答えた。
「……少しだけ」
「キャバクラ?」
「……はい」
莉緒はまた腕を擦りながら顔を下げた。
「……男の人に触られると気持ち悪くて、……私、前に無理矢理セックスされそうになった事があったから……触られると思い出しちゃって、たまに調子が悪くなっちゃうんです。……最近は落ち着いてたんですけど……なんか、また思い出しちゃって…」
「……そう」
「でも、病院も行ったから平気ですよ?眠れなくなったりするから睡眠薬とか出してもらってますし、本当に……一時的なものなので、……平気です」
こちらを見ない莉緒は平気そうには見えない。変な男に嫌な記憶まで植え付けられて憤りを感じる。私は莉緒を抱き寄せた。
「莉緒は嫌な事はどうやって忘れてる?」
「え?……それは、楽しい事したり、嬉しい事したり……ですかね…」
こういうのに一番良い解決策はない。だけど、こういうのは何かに気を向けさせるのが手っ取り早い気がする。忘れられないならそれを考えさせないように仕向ければいいのだ。私は莉緒に顔を近づけた。
「じゃあ、莉緒は何が嬉しい?」
「私は、…景子さんのためになにかするのが嬉しいです」
「それは分かってるよ。でも、そうじゃなくて…」
私は莉緒の頬に手を添えて優しくキスをする。嫌なものからはできるだけ逃れさせてやりたい。私は自分の事でいっぱいいっぱいだったけど私といても前から不調はあったはずだ。
「莉緒がされて嬉しい事だよ」
「されて嬉しい事……ですか?」
首を傾げる莉緒に頷いた。
「そう。あるでしょ?それをしてあげるから教えて?」
莉緒の心の中の本当の望みはなんだろう。莉緒は嬉しそうに笑った。
「私は景子さんに何かしてもらえるならそれだけで嬉しいです」
そうじゃない。そうじゃないのに莉緒はなぜ求めないんだ。私は頬に寄せていた手を離すと莉緒の手を握った。
「…だから違う。…私は、何をしたらいいのか、そういうのも分かってないから教えてほしいの」
自分じゃ分からないからそう言っていた。
私は莉緒を本当の意味で愛して分かりあいたい。私は何も分かっていないけどこの子は誰にも譲りたくない。私が愛して、幸せにする。だから知りたかった。私自身も幸せになりたいけど、まずは莉緒を幸せにして愛していると胸を張って言いたい。
そして守りたいんだ。莉緒が壊れないように大切に守ってやりたいんだ。
「景子さんは本当に素敵な人ですね…」
莉緒は私の手を握り返すと私の頬を大切そうに優しく撫でてきた。
「綺麗で、可愛くて……本当に優しい私の一番大事な人…。…教えてあげますよ?私が全部教えてあげます。分からない事は私が分かるようにしてあげますから」
「…うん」
莉緒は言いながら私を愛おしそうな眼差しで見つめるから莉緒から目が離せなかった。
莉緒が私を捕らえてくるようで、目を離してはいけない気がする。それに理解したいという欲求がまるで性欲のように私を支配してくるのだ。
「景子さん?私を食べてくれませんか?いつも私がするみたいに首を噛んで舐めてください」
「いいよ」
莉緒を食べれば答えが分かる。
私は言われた通り莉緒の首に噛みついた。莉緒が私にするように噛みつきながら舌で舐めたり吸ったりして味わうかのように貪る。莉緒は私の頭を優しく撫でてくれた。
「はぁ……可愛い。……景子さん可愛いです。可愛くて愛しくて、……本当に愛してますよ」
「んっ…はぁ…莉緒、あとは何をすればいい?」
もっと知りたい。もっと、もっと……もっと知りたいんだ。興奮に似た気分の高まりにいつもの自分ではいられない。必死に首を噛んで舐める私に莉緒は囁いてくれた。
「焦らなくて大丈夫ですよ。私がちゃんと教えてあげますから。景子さんもうやめていいですから私を見ててください」
「……はぁ、うん。分かった」
私は食べるのをやめると莉緒を見つめる。莉緒は幸せそうに笑うと私にキスをした。
「ふふ、……幸せです。私は景子さんに見てもらって、触ってもらうのが本当に嬉しいんです。だから目を逸らさないでください……。一緒にいる時は私だけを見て触ってください」
「分かったけど…どこに触ったらいいの?」
早く触れたいのに分からない。もどかしい気持ちは私を焦らせる。思わず拳を握りしめた私の手を莉緒は両手で優しく包み込んだ。
「焦らなくて大丈夫って言ってるのに……本当に可愛いんですから。まずは私を抱き締めてください。そしたら私の背中を触ってください」
「……こう?」
莉緒に言われた通り再現をしてやってみた。そしたら莉緒はそれだけで笑ってくれた。その笑みは私を高まらせる。私は今莉緒を喜ばせて、嬉しくさせられている。私はそれに知らないうちに笑っていた。
「そうです。そしたら私の顔を撫でてください。それでもっと近くに来てください」
「……これでいい?」
言われた事はちゃんとできた。嬉しそうな莉緒の頬を撫でて抱き締めながら背中を擦る。そして目と鼻の先まで顔を寄せた。密着しながらするこの行為はお互いの息遣いさえ鮮明に聞こえる。莉緒は私の頭を優しく撫でながら私だけを見つめて笑いながら話した。
「よくできました。偉いですよ景子さん。私、本当に嬉しくて喜んでますよ今。景子さんが触って見てくれるだけじゃなくて、こんなに近くにいてくれるからたまりません。……幸せすぎて、頭が蕩けちゃいそうです」
「…本当に?」
初めての事に不安があったから確認すると莉緒は恍惚とした表情をして頷いた。
「はい。……でも、もっと私を喜ばせられる事があります」
「なに?」
まだあるのか?私には全く分からないそれは知りたくてたまらなかった。愛したいし、守らないといけないから全て知りたい。私は唇が触れそうな距離まで顔を近づけた。
「景子さんには難しいかもしれません」
だけど莉緒は教えてくれなかった。私はそれが焦れったくて莉緒を押し倒してしまった。今さら逃がさないし教えないなんてさせない。
「早く教えて?」
莉緒は私の催促に頭を撫でながら教えてくれた。
「意外にせっかちなんですね?そこも可愛いですけど。景子さんはできますか?私は好きって言ってもらってキスをして、首を絞められたいんですよ」
「……好きって言うの?」
「はい。好きって言いながらしてくれたら幸せ以外のなんでもないですから」
「……」
私は言葉が出なかった。好きだなんて、私は分かっていない。それに言ったところで嘘をついているような気がしてしまって嫌だ。
私は迷っていた。莉緒を嬉しくさせて愛したいとすら思っているのに口が開かない。
莉緒はそんな私の様子を察して優しくキスをしてくれた。
「景子さん?できなかったらいいんですよ?私は強要はしてません。ただ、嬉しくて……ちょっと我が儘を言っただけです。私はこうしてくれるだけですごく癒されて嬉しいから平気ですよ」
こうは言っているがきっと心の奥では望んでいるはずだ。だったら私はそれに応えないと、応えていかないと愛しているなんて言えなくなる。
私は莉緒を見つめながら言えないと思っていた言葉を言った。
「……好きだよ。莉緒……」
それだけの言葉なのに心は動揺してしまう。莉緒を見つめているのさえも悪い事をした気になる。こんな簡単に言ってしまったけれど、やはり違う。これははっきりとした気持ちがないと言ってはいけない。
「景子さんありがとうございます」
でも、莉緒はそう言ってまたキスをしてくれた。
「深く考えないで平気ですよ?」
心の動揺を見抜いている莉緒に私は動揺しながら目で問いかける。莉緒は私を安心させるかのように優しく囁いた。
「好きって言葉は私が好きな言葉です。だから、私が好きな言葉を言ってあげたと思えばいいんです。景子さんは分からないから色々考えちゃうかもしれませんけど、それだけの事だから平気ですよ?」
「……うん」
「ふふふ。いきなりだったから少し困っちゃいましたよね?ごめんなさい。でも、大丈夫ですから安心してください」
それなら大丈夫だ。私の心は莉緒に魔法をかけられたように落ち着いた。嫌な気分になっていたのにそれが一気に無くなってくれたんだ。莉緒が好きな言葉なら考えなくていい。
「莉緒」
「なんですか?」
「好きだよ」
「はい。私は愛してますよ」
さっきよりも楽に言えた。もう平気だ。これはただの莉緒が好きな言葉だ。考えなくて平気なんだ。
私はさっき莉緒が言った事を実行した。
「好きだよ。莉緒。好きだよ」
啄むように何度もキスをして好きだと言ってやる。私が好きだと言うだけで嬉しそうにする莉緒は私のキスに応えてくれていたが、次第に私の中の興奮に似た気持ちが抑えられなくて長く深いキスをしていた。
私は必死だった。気分が高まりすぎて、莉緒を嬉しくさせたくて、もっと莉緒と深く口づけがしたい。莉緒は私の頭を抱き締めてきた。
「んんっ!はぁっ、……景子さん……んっ…はぁ、景子さん……」
「……莉緒……はぁ、好きだよ……」
唾液で口の回りが汚れてしまうくらい貪ってしまった私はやっと唇を離しても気持ちが収まらなかった。
莉緒が幸せそうだとずっと見ていたくて、もっと幸せにしてやりたくて自分が制御できない。
私は色っぽい表情をする莉緒の頬を撫でた。
「景子さん……」
「なに?」
「首は……絞めてくれないんですか?」
ねだる莉緒に少し動揺しながらも心臓がなぜか高鳴る。これはなんだ?困惑していたら莉緒は笑いながら呟いた。
「首を絞めるのはさっきより簡単ですよ。前にやった事があるから間違いません。だから、してくれませんか?……両手で首を絞めて、私の好きな言葉を言うだけですから…」
それはまるで私を後押しするかのようだった。
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