第31話


「なんで?したいんじゃないの?」


私はほくそ笑みながら足をさらに押し付けて刺激する。莉緒はそれに腰を震わせながら答えた。


「んっ……景子さんとは……いつもしたいですけど、……でも、……あっ!んっ……はぁ……」


「なに?」


「今日は飲んで疲れてるだろうから…んっ、キスだけで我慢しようと思ってました。…だから、大丈夫です…」


「その割りに腰は動いてるけど?」


言っている事は表情や態度に全く合っていない。ここで強がっているのか何なのか。腰も足を動かすのをやめると私の足に擦り付けるように動かしてくるし、莉緒の性欲は我慢できていない。

莉緒は無駄な言い訳をした。


「これは……勝手に動いちゃうだけです」


「一昨日したのに若いね。またしたいの?」


「だって、……気持ちいいから……はぁっ、景子さんもうやめて?本当に、……んっ!……我慢できなくなっちゃいます…」


莉緒は私を切なげに見つめる。もう私を求めているような顔を見るとここでやめるのは酷だろう。たぶんやめたら一人でしだすに決まっている。私は莉緒を壁に押し付けながら下のズボンだけ脱がしてショーツの上から指で触った。もうショーツは濡れている。


「ちょっとしてあげるからちゃんと立っててよ」


「はぁっ!……んんっ……はい。あ、ありがとうございます…」


私は莉緒の首に噛みつきながらそのままセックスをした。

キスをして噛みついて莉緒の良いところを触ってやると莉緒は体を敏感に反応させながら感じる。そして快楽に支配されているくせに私に何度も愛を囁くのだ。


私はそれに何も応えずに莉緒をイかせてやった。莉緒が愛を囁くのに応えたい気持ちはあるがセックスをしていると莉緒に対して加虐的な気持ちが生まれてしまって愛してやりたくなる。


この加虐的な気持ちはセックスをする度に強くなっている。だから私は莉緒を本当に好きになれて愛していると言えるのか少し不安だった。

満たされるのに、この高まりが酷すぎると私は莉緒を思いやれない。殺しそうになりながら笑って虐げてしまうから。




セックスを終えると私は莉緒とさっと風呂に入った。莉緒はセックスのあとはいつも上機嫌だがその日は何か様子が違った。


「景子さん。抱き締めてください」


ベッドに入ると我先に勝手に抱きついてくるのに少し不安そうな顔をして私にねだってくる。私はいつもと違う莉緒に違和感を覚えながら抱き締めてやった。


「これでいい?」


「はい。暖かいです。景子さん指も食べたいです」


「いいよ」


抱き締めながら莉緒の口元に指を持っていくと莉緒はすぐに指に噛みついて舐めだした。今日はいつもと気分が違うのだろうか?私は指を美味しそうに食べる莉緒を見つめた。


「美味しいの?」


「はい。美味しいです……」


「そう。あと少ししたら寝るよ」


「はい」


セックスもしたから遅い時間だ。もう少し食べさせたら強制的にやめよう。私は指を夢中で食べる莉緒をしばらく見つめていたら莉緒は自ずと食べるのをやめた。


「景子さん大好きです。愛してます」


「うん」


「ちゃんと抱き締めててくださいね?」


「うん」


珍しくもう満足したようだ。いつもならしつこくやってるのにセックスをしたからだろうか。莉緒は私の胸にすり寄ってきたからちゃんと抱き締めて目を閉じた。


「おやすみ莉緒」


「おやすみなさい景子さん」


そして私達はくっつきながら眠った。しかし、起きた時に私は違和感の正体をすぐに察する事になる。



カーテンから明かりが漏れていないのに布団がもぞもぞする音で目を覚ました私はうとうとしていたがすぐに眠気が飛んだ。


まだきっと明け方の早い時間なのに莉緒が起きていたからだ。上半身を起こして何度も何度も腕を擦りながら。莉緒はまるで腕が痛いかのように異常に擦っているが昨日風呂に入った時は怪我なんてなかった。



私はそれで納得していた。だから昨日ねだってきたのだ。見かけは変わらないけど莉緒の中では違う。

私はそれが精神的なものである事にすぐに気がついた。気分の悪そうな顔をする莉緒は腕を擦るのをやめない。まるで汚いものを拭うかのような仕草はそれだけで物語っていた。


「莉緒」


心苦しくて莉緒に声をかけながら手を伸ばしてお腹に腕を回すと、後ろから抱き締めるように密着する。莉緒は驚いていた。


「景子さん?」


「寝れなかった?」


言わなかったという事は私には隠したかったんだろう。莉緒は暗い表情をした。


「…はい。……なんか、目が覚めちゃって」


「そう。じゃあ起きてようか」


「……はい」


私は言いたくないなら無理に訊く気はなかった。たぶんキャバクラかなんかで何かされたんだろう。仕事柄何もなくできる仕事じゃない。まだ腕を擦っている莉緒は顔を下げてしまった。


「莉緒。もうやめな。赤くなるよ?」


「……はい」


莉緒にも嫌な事がある。莉緒は素直に擦るのをやめたがそのまま腕を強く掴んでいた。私はそれに眉間にシワを寄せながら莉緒の体を引き寄せる。


「莉緒、寒いから抱きついてくれない?」


「え?……はい。こうですか?」



私の要望に莉緒はすぐに応えてくれる。あぁ、さっきよりも温もりを感じる。今はこれでいい。私は莉緒を抱き締めて背中を撫でた。


「ありがとう莉緒。暖かい」


「私も暖かいです」


莉緒の気分が良くなるように私は莉緒の頬にキスをして毛布を体にかけてやる。そして優しく体を抱き締めながら触れた。


「景子さん」


「なに?」


小さな声で莉緒は唐突に明るく話しだした。


「私、もうすぐ誕生日なんです。再来週の二十六日です。だから、プレゼントくれませんか?」


「何が欲しいの?」


「景子さんにお任せします。それと、一緒にいれたら一緒にいてほしいです」


「いいよ」


任せられても思い付かないが来週までに考えておかないと。莉緒の誕生日は嬉しい日にしてあげたい。私は故意的に話を変えてきた莉緒にそのまま乗った。


「なんか食べに行く?どっか行きたいなら連れてってあげるし」


「いいです。景子さんの家にいたいです。それで頭撫でたりしてほしいです」


「うん。いいよ。その日はバイト?」


「はい。ちょっとデートがあるので九時頃になると思います」


じゃあ、何か作るか買っておくか。私は考えながら莉緒の頭を撫でた。


「分かった。待ってるから気を付けて来なよ」


「はい。……景子さん、大好きです」


莉緒は嬉しそうに呟くと私の首に噛みついた。


「……本当に愛してます」


「そう。……莉緒、プレゼントとかの参考にしたいから好きなもの教えて?」


莉緒は勝手に色々話してくれるけどいつも私が好きだというのに行き着いてしまってそこまで詳しく知らない。莉緒は首を舐めながら教えてくれた。


「好きなものは景子さんですよ?景子さんしか好きじゃありません」


「……そうじゃなくて、ブランドとかあるでしょ?」


「ブランドなんかどうでもいいですよ。持たないと足元見られちゃうから持ってるだけで何でもいいんです。だからやっぱり景子さんです」


「……」


莉緒の私物は水商売や風俗をやっていただけあってブランド物が多い。年の割に風貌からはそんなに幼さが見えないのは莉緒の仕事柄なだけみたいだ。

この感じだと話しても埒が明かない。私は嬉しそうに舐め続ける莉緒にそれでも一応詳しく訊いてみた。


「じゃあ、好きな色は?」


「景子さんが好きな色です」


「…好きな食べ物は?」


「そんなの景子さんですけど、景子さんが好きな食べ物が好きです」


「…じゃあ、今欲しいものは?」


「景子さんです」


これには無言になってしまった。全部私で統一している莉緒は全く参考にならなければ宛にもならない。しかも嘘は言っていないから、ある意味質が悪い話だ。どうしようか悩んでいたら莉緒は逆に訊いてきた。


「そういえば景子さんは羊羮とか和菓子は好きですか?最近美味しそうなお店を見つけたんです。今度買ってきてもいいですか?嫌いなら買いませんけど」


また私の話だ。莉緒は本当にいつも私の事ばかりだ。この子の尽くし具合は郡を抜く。私は素直に答えた。


「和菓子も好きだよ」


「じゃあ、買ってきますね?あとこないだ買ってきたパン屋さんのパンも買ってきます。一緒に食べましょうね景子さん」


「うん。ありがとう」


「全然ですよ。景子さんが喜んでくれるならお安いご用です。何か欲しかったらすぐに言ってくださいね?」


「うん」


本当にそう思っている莉緒はほぼ毎回何か買ってきてくれるのだが面倒だとは思わないのだろうか。それよりも何か聞き出したかったがもう聞いても意味がなさそうだ。

私は迫る莉緒の誕生日をどうするか考えながら莉緒の背中を撫でた。



莉緒が好きなものは私で、私が好きなものが好きなのは充分理解できた。

しかし、私はそんなに好きなものがないから困る。莉緒の年じゃ化粧品が良さそうだがあの子は化粧品なんか腐るほど持ってそうだし何がいいんだろうか。


私はその日から悩んでいた。

莉緒に何をあげたらいいのか分からない。莉緒に僅かな希望を抱いてまた問いかけてみても同じような返答をされるから久々に悩んでいたが、莉緒の様子がまたおかしかった。



それは莉緒の不調を感じた日から何日か経った日だった。

いつも通り仕事を終えてゲーセンで景品を取って帰った日だ。部屋に入ると莉緒はいなくて携帯を確認するとキャバクラが終わってから来るようだった。私は私でそれに返信をしてご飯を食べて寝る準備を済ますが眠くなってしまったので先に寝る事にした。


そして莉緒が部屋に来ると玄関のドアを開ける音で目が覚めたりするのだが、今日もそれで目が覚めた。帰ってきたのかと思いながらまた眠りそうになっていた私は驚いた。

莉緒は部屋に入ってくるなりトイレでいきなり吐いていたからだ。


「げほっ、げほっ……はぁ……はぁ……」


トイレから聞こえるえずく声は苦しそうで辛そうだ。莉緒はキャバクラであまり飲まないと言っていたし今まで吐いてなどいなかったのに。


私は体を起こすと莉緒がキッチンで水を飲んでいるところで話しかけた。


「お帰り莉緒」


「……景子さん」


気分が悪そうな莉緒は気まずそうな顔をしたがすぐに笑って取り繕うように話した。


「今日珍しく飲みすぎちゃってさっき戻しちゃったんです。高いシャンパンいれてもらっていっぱい飲まなきゃならなくて…。聞こえちゃいましたよね?ごめんなさい」


「別に気にしてないよ」


莉緒はまた腕を擦っている。きっと無意識にやってるんだろう。痛々しく感じる莉緒に私は近づいて軽く抱き締めてあげた。


「お風呂入ってきな?疲れたでしょ」


「……はい」


顔を下げる莉緒はまた気まずそうにしている。私は見ていられなくて優しく頭を撫でた。


「ハーブティーあるから出たら一緒に飲もう?気分が良くなるよ」


「はい……。景子さん」


「なに?」



莉緒は私の胸に顔を埋める。まるですがるように。



「……愛してます」


「……そう」


莉緒のそれは切なげに聞こえた。


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