第29話



「……景子さん、…やだ…私を一人にしないでください。……一緒にいさせてください。……お願いします。……一緒に、一緒に死なせてください……」



懇願するように泣きながら訴える莉緒は痛々しくて見ているだけで切ない。

煙がかなり充満してきているのを感じながら私は今になって迷っていた。



莉緒には、莉緒にはもっといい人がいると思っていた。でも、今の現状はなんだ?突き放したのに莉緒は一人は嫌だと言って死にたいと願っている。



誰も見てくれなくなるから。



それは莉緒にとって耐えられない苦しみだ。

だけど、だからって莉緒をここで死なせてしまっていいのか?莉緒の笑顔が頭にちらついてドアのロックを外そうとしていた私は直前で動けなくなってしまった。



莉緒は、莉緒の心は侵されている部分があるけど純粋な気持ちを持っている。莉緒は幸せそうに本当に綺麗に笑うんだ。だから莉緒は私なんかより普通だ。幸せにだって、普通になれるはずだ。



「景子さん……!……景子さん!……やだ…!やだ…やだやだ……やだ……!景子さんやだよ……」


窓を力なく叩く莉緒は私を呼びながら酷く泣いている。死にたかったのに、莉緒の声に決意が揺らぐ。思考せずにはいられなかった。



莉緒は今まで私の知りたいと願っていたものを教えてくれて私に愛をくれた。こんな私を必要としてくれて、愛してくれて、幸せにしようと本気でしてくれたんだ。

それなのに、それなのにこんなに悲痛な表情をする莉緒をおいていくのか?




莉緒が幸せにならないような未来を勝手に押し付けて、私は莉緒のお母さんのような仕打ちをするのか?



「景子さん!……景子さん……」



「……」


「景子さん……やだよ……」





私はドアのロックを開けていた。

もう迷いは無くなった。

こんな莉緒を一人にできない。

ずっと死にたかったけど、莉緒が幸せになれないなら私は死ぬべきではない。それに莉緒を死なすべきではない。



この世界は息をしているだけで苦痛を感じるけど、苦痛の中には光が見えていた。


思い返すと莉緒は私の苦痛を和らげてくれていたと思う。分からなくて全てが嫌で苦しかったのに、莉緒といて私は今までにない感情を知った。


苦痛を凌駕するそれを莉緒は愛だと言った。愛する行為しかできない私にそれは愛だと教えてくれて、愛しているとも言えない私の行為に幸せを感じてくれた。


だったら、まだ生きていたって悪くない。



私は車のドアを開けて外に出ると莉緒は泣きながら私に抱きついてきた。もう感じる事はないと思っていた暖かい温もりを感じる。私は弱々しい莉緒を強く抱き締めてあげた。


「景子さん……!景子さん…!景子さん…」


「……莉緒……」


私を呼び続ける莉緒の背中を撫でながら莉緒が落ち着くのを待った。莉緒はもう悲しませてはいけない。私は泣き続けている莉緒の頬にキスをして呟いた。


「……もう帰ろう。…二人で家に帰ろう。ここにいても…もう意味がないから。帰ったら暖かいものでも飲もう」


「……はい」



落ち着きを取り戻した莉緒は泣きながら笑った。あぁ、この顔だ。私はこの顔が見たかった。

私は莉緒の涙を拭いながら笑った。



「いつまで泣いてんの?」


「だっ、だって……景子さんが……」


「そんなに泣いてたらキスできないんだけど…」


誰が泣いていても気持ちはいつも揺らがなかったのに、私はこの子に影響されている。

莉緒はそれだけの言葉で泣いていたくせに急に困惑しだした。


「え?……あの、……えっと、……あの、キス?……ですか?」



私はキスができるすれすれまで顔を近づけた。


「莉緒」


「景子さ……んっ」



私を呼ぶ声を無視してキスをする。何度かキスを繰り返すと私は唇を離して至近距離で莉緒を見つめた。私はまだ死ねない理由ができた。ちゃんとこの子に私の愛を伝えないと、幸せにしないと死ねない。




「莉緒。そばにいて。おいていかないから」



私はそれだけ言って莉緒を抱き締めながら深くキスをした。

莉緒はそれに抱き締め返しながら応えてくれた。





それから練炭の火を消して私達は家に帰った。帰りの車内は無言で莉緒は気づいたら寝てしまっていた。

あんなに泣いていたから泣き疲れたんだろう。それに莉緒は初めてあんなに感情的になっていた。今はきっと安心が勝ったんだ。


私はそんな莉緒を見て安心していた。

これからはこの様子の莉緒を維持していかないといけない。

あの嫌がって泣く姿を思い出すだけで辛くなって心が乱れる。

莉緒の闇は死にたいと思わないだけでとてつもなく嫌な事で、本人からしたら恐怖そのものでもあると思う。今まで過ごした一人の時間はいったいどれだけ莉緒を苦しめたんだろう。莉緒は気持ちを察知しやすいと思うから本質を見抜いた時も嫌な思いをしたはずだ。もしかしたら私のように絶望したかもしれない。


そう考えると本当に胸が痛かった。

莉緒の悲痛な姿から傷が見えたから。

一人の時間はこの子にとって私の苦しみと一緒だ。


だから、私は莉緒を一人にしないように愛さないといけないんだ。

誰よりも愛して、愛して…、私が証明していかないと壊れてしまう。本当の意味で死んでしまう。



この子の望みは子供にもできるような簡単な事だけど本音は違う。


同じではあるが違うのだ。




そして家についたのは真夜中だった。

私は車を停めると莉緒を起こした。


「莉緒。ついたよ」


「……うぅん…。…はぃ……」


莉緒はすぐに目を覚ましたが眠そうだ。私は荷物を持って車を出ると莉緒はすかさず私の隣に来て腕を掴んできた。私は子供のような莉緒を連れて自分の部屋まで行って荷物を置いてお湯を沸かす。

莉緒はその間も私から離れないように服の袖を掴んでくる。


「ソファに座ってて」


「……」


一緒にいても特に意味はない。私が促すと莉緒は黙って首を横に振って抱きついてきた。まだ不安なのだろうか。罪悪感が沸いた。


「なに?」


「……死ぬ時は私を殺してから死ぬか、一緒に死んでください」


私に強く抱きつく莉緒の顔は見えないがあんな思いは二度としたくないという事だ。

私の答えは決まっていたので軽く抱き締めながら答えた。


「莉緒は死なせないよ。どんな事が起きても」


「なんでですか?……嫌です。絶対嫌です。死なせてくれないと嫌です私は」


「……私は死なないから平気だよ」


あの時のように嫌がる莉緒の頭を撫でた。莉緒のいつもと違うところを見るだけで息苦しい。莉緒はすがるかのように私を見た。



「本当ですか?まだ生きてくれるんですか?」


「生きたらやだ?」


「嫌じゃないです。嬉しいです!」


「じゃあ、また愛して莉緒?愛して、私を幸せにして、……私にまた教えて?できる?」


私は頭を撫でていた手で頬に触れた。莉緒のためにまた繰り返す。逃げないで繰り返すんだ。そして莉緒に証明してやりたい。


私が莉緒を愛していて、莉緒を特別に思っていて、幸せだと言う事を。

私には欠陥があるから今ははっきり分からないけど、欠陥があるなりに莉緒に教えてもらいながら理解していけばいい。


時間がかかるかもしれないけど、私はこの子を愛さずにはいられないんだ。



「はい。できます!また私頑張ります。景子さんをいっぱい愛して幸せにして、どういう事なのか教えてあげます!次は絶対大丈夫です!」


莉緒は私の手に自分の手を重ねながら本当に嬉しそうに言った。

莉緒が嬉しそうだと安心する。この顔を見ていたい。


「大丈夫なの?本当に」


私は鼻で笑いながら莉緒の頬を指で撫でた。莉緒のトラウマはもう呼び起こさない。私が常にそばにいるという事を教えてやる。ああいう苦しみは分かるから今度こそ守ってあげたいんだ。私は今、莉緒のせいで死にたい気持ちが全くないんだから。


「大丈夫です!私は景子さんが一番好きだから絶対大丈夫です!」


「ふーん…」


自信満々な莉緒は前みたいに鬱陶しく感じないのに、莉緒の目が赤いから少しだけ切なく感じる。


「景子さん本当ですよ?私、本気で頑張るつもりですもん。景子さんの事もっと分析しながらいっぱい幸せにします。私は記憶力がいいから一回言えば…あっ、お湯沸きましたよ?」


ケトルが音を立てている。しかし今はそんな事どうでもよかった。



「お湯なんかいいよ」


「景子さん?」


私は莉緒にキスをした。

初めて自分からキスをしたいという性欲のような強い欲求を感じる。



「莉緒。キスさせて?莉緒を愛したい」


こんな気持ち感じた事がない。あの泣く莉緒を見て私の中で気持ちは変わった。

莉緒は、莉緒は……愛して幸せにしないといけないんだ。

これは他の誰かに託したくない。望まれた私がやってあげたい。


莉緒は至近距離で照れたように笑った。


「…はい。私も景子さんを愛したいです」


「そう…」


返事を聞いてから私はまたキスをした。最初は本当に軽く触れあう程度にしながら次第に深く深く交わるようにキスをする。


そのキスのせいで興奮とは違う何かが私を掻き立てる。

莉緒に対して感情が溢れつつある。私は莉緒を抱き締めながらさらにキスを続けた。



「はぁ……あっんっ……景子……さん……はぁっ、んっ……はぁ……」


「……はぁ……んっ…」


「景子さん……んっ……あぁっ……はぁ、景子さん……んんっ」



お互いに息を荒げながら執拗に舌を絡める。莉緒の口の中の至るところに舌を這わせてやると莉緒は私に抱きつきながら凭れかかってきた。


「はぁ……どうしたの?」


私は莉緒を支えながら唇を離す。莉緒はいやらしい顔をしながら私を見つめた。


「気持ち…よくて。……ちょっと、力…抜けちゃいました」


「そう」


「景子さん……もっと、してほしいです」


随分いやらしいおねだりをするものだ。興奮している莉緒に私は笑った。莉緒を愛したいのに私は莉緒に教えてもらった加虐的な心に支配されている。


「キスだけでどうしたの?演技でもしてるの?」


「違います。……景子さんが愛したいなんて……言ってくるから……嬉しくて……」


「ふふふ。そう。じゃあセックスしたいって言ったらどうなるの?」


私は莉緒の服の中に手を入れて体に手を這わす。暖かくて柔らかい肌に触れていると大切にしたいのに苦しめてしまいたくなる。

莉緒は綺麗に笑った。



「…嬉しくて…したくなります」


莉緒の綺麗な笑顔を見ると私は高ぶってしまう。やはり莉緒は誰にも渡せない。



「じゃあ、しようか?セックス。莉緒を愛したいから嬉しくさせたい」


セックスなんて誰とやっても一緒だし、体が汚れて体力も使って後始末もある面倒くさい事だと思っていた。

だからやりたいなんて気持ちが私にはなかった。



でも、今は違う。莉緒は、莉緒は全く違う。莉緒が喜ぶのならセックスもしたい。

私は体に這わせていた手をショーツの中に入れてそこをなぞるように触りながらブラのホックを外すと直接胸を揉んだ。


他の誰でもない私が幸せにしてあげたいんだ。



「景子さん……はぁ、あのっ……んっ……待って?……はぁっ……気持ちよくて……私……」


感じる莉緒は間近で私を見つめながら私の肩に掴まるように手を添える。

そんな莉緒に私は手を止めずにキスをした。


「はぁ……んっ、はぁ……なに?」


「気持ち……んんっ!……はぁ、……あっ!……んっ…んっ!…もう……景子……さん!」


腰を震わせて喘ぐ莉緒に私はそれでも訊いた。



「なに?……莉緒」


「……はぁっ……ダメっ……んっ!です……はぁっ…んっ…はぁ、……ダメ……!んっんん!……景子……さん…」


切なげな声は嫌がっていた時を少し連想させる。私は唇を離して蕩けた顔をする莉緒を見つめた。


「莉緒…なに?」


莉緒は興奮で息を乱している。その姿に惹かれる。



「もう、立てなく…なっちゃいます……」


私は唾液を垂らしている可愛らしい莉緒に微笑んだ。求めたくせに限界だったようだ。


「そう。じゃあ、あっちでしよう?ベッドなら平気でしょ?」


「…はい。……景子さん」


腰を支えながら促すと莉緒は私を見つめる。


「なに?」


「愛してます」


その言葉に今は何かを感じる。

莉緒の愛情に私は初めて応えてやった。





「そのまま私だけ愛してて?莉緒は私が本当に愛してあげるから」



莉緒は恍惚とした表情で小さく頷いた。

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