第27話


翌日も私は普通に仕事に向かった。莉緒はまた朝早くに学校のために私より早く家を出てしまったが朝も昼もまめに連絡をしてきた。


私はそれに短く返信をして仕事に取り組むが明日はどうしようか悩ましい。

明日やっと死ねるが本当の誕生日はあの日自分で密かにお祝いしてしまった。

それでも明日はやっと死ねる嬉しい日だ。

やっぱり死ぬ前に何か小さなお祝いをしよう。



私は仕事終わりにまずはバッティングセンターに向かった。

バッティングセンターは変わらず楽しいものだったが打ち過ぎて腕が疲れた。

でも嫌な疲れじゃない。私はそれからゲーセンに行く前に自販機で飲み物を買って飲みながら向かった。


ゲーセンは平日の夜だと空いている。

今日は景品が前来た時とガラッと変わっていた。ゲーセンの景品は移り変わりが早いのでそこが飽きなくて好きだが、莉緒が欲しがっていた可愛いぬいぐるみはあるだろうか?

私は景品を眺めながら歩いた。


莉緒に前取ってあげたやつは手触りがよくて少し大きめのやつだ。私は景品を一通り見た結果有名なキャラクターの可愛いぬいぐるみにしようと思う。

熊だけどモコモコしてるし人気だと思うから良いだろう。


私は早速お金を入れてゲームを始めたが少しはまってしまって取るのに久しぶりに時間がかかった。それに少しだけムカついたが他にも適当にフィギュアを取って莉緒にお菓子も取っておいた。


それからゲーセンを出て家に帰ってから私はご飯を食べて風呂に入って寛いでいた。

莉緒はたぶん夜中に来るんだろう。もう十一時なのに今来ないんじゃあっているはずだ。


私はソファの前の机に莉緒に取ってあげた景品を置いてベッドに入った。

今日は仕事も疲れたけれどバッティングセンターでも疲れてしまったので、横になってすぐに眠気がくる。

寝たらやっと明日死ねるんだ。


私は楽しみに思いながら眠りについた。







だけど眠りから目が覚めたのは莉緒が私のベッドに入ってきた時だった。


「莉緒……?」


「先生起こしちゃいました?ごめんなさい」


莉緒は優しく私の頭を撫でてくる。


「別にいいよ。お疲れ様、莉緒」


何時かは分からないが朝早くから出て行ったのによく頑張るものだ。労いの言葉をかけると莉緒は嬉しそうに笑った。


「先生こそお疲れ様です。今日も疲れました?」


「……莉緒の方が疲れてるでしょ」


「私は疲れてません。先生の顔見たら疲れなんか無くなりました。寝顔可愛かったですよ?大好きです先生」


「……そう」


こんな夜中にそんな事を言えるなら本当なんだろう。私は眠気を感じながらも莉緒の顔に手を伸ばした。


「体は平気?」


まだまだアザは治らないだろうし痛みがあると思うから心配だった。莉緒を見ると罪悪感が募るが私は優しく頬を撫でた。


「先生が心配してくれて嬉しいですけど平気ですよ。痛くないし、メイクで隠してるから誰にもバレてません」


「湿布は貼ったの?」


「肌が荒れちゃうから今日はお休みです」


「そう」


きっと昨日よりアザが濃くなっているだろう。私は頬から手を離そうとしたら莉緒はその手を握ってきた。


「先生は辛くないですか?」


莉緒の問いかけに一瞬黙ってしまう。私の心配なんかいらない。


「……今は嬉しい気分だよ」


「そうですか。先生が辛くないなら良かったです。明日は晴れみたいだからきっと星がよく見えますよ」


「そうだね」


そうだ。明日は素敵な日になる。

私が生きた中でとても嬉しい日だ。



「先生?私も一緒に死んでいいですか?」



莉緒は唐突に普段みたいに嬉しそうに訊いてきた。



「なんで?」


「先生がいなくなるなら生きてる意味がなくなります。だから先生と一緒に死にたいなって思ったんです。私は先生がいないなら生きるのに未練なんかないですし、あとの事はきっとなんとかなりますよ」


「……ダメ」


賛同なんてできない。莉緒をそこまで巻き込むつもりはない。この子は私よりもよくできた子で未来がある。


「断っても無駄ですよ。勝手について行きます。ずっと先生から離れません」



「早く私は忘れな」


正論を言ったのに莉緒は受け入れてくれなかった。


「忘れませんよ。先生は私の命と一緒です。先生が死ぬ時が私の死ぬ時なんです。だから私一人で生き続けても意味がありません。先生?私、最後まで先生を愛しますよ。死ぬ寸前まで私は愛を証明します」


「……もう寝るよ」


今なにか言っても無駄だ。莉緒はきっと本気だ。だけど私は一緒に死ぬ気はない。明日ついてくるだろうけど莉緒は死なないようにすればいい。

莉緒はおもむろに私にキスをしてきた。



「愛してます。大好きですよ先生。本当に、先生の全部、……愛してます」


「……分かったから早く寝て」


「はい。先生抱き締めてください」


ねだる莉緒は私に密着してきたので背中に腕を回してやった。莉緒には世話になった。莉緒はこんな私に良くしてくれたからこれはお礼だ。背中を優しく撫でてやると、莉緒はそれだけで嬉しそうに笑ってやっと静かになった。




そして翌日もそこまで変わらない。今日は朝から莉緒がご飯を作って仕事に送り出してくれた。莉緒は今日の夕ご飯を楽しみにしていてくださいと言っていたのでたぶん帰って来たらいるんだろう。


私はその日もいつも通り仕事をした。

職場の人と適当に話して笑って、診療をするのはいつも通りで今日死ぬのがなんだか嘘みたいに思える。


私はその日の仕事終わりにわざわざケーキ屋さんに行ってカットしてあるケーキを買った。一応莉緒の分も買ったが今日が最後なのに他に買いたいものがなかった。私は本当に何も思い付かなかった。



家に帰ってくるとやっぱり莉緒はいた。


「先生お帰りなさい。今日は先生の好きなグラタン作りましたよ?」


部屋に入るなり莉緒は玄関まで迎えてくれたが美味しそうな匂いがする。


「ありがとう」


「はい。絶対美味しいですよ?すぐ暖めますね」


キッチンに向かった莉緒は火を付けて鍋を見ている。私はケーキを冷蔵庫に入れながら話しかけた。


「ケーキ買ってきたからあとで食べよう」


「え?ケーキですか?嬉しいです。ありがとうございます」


「いいえ」


莉緒はその後嬉しそうに夕飯の準備をしてくれて一緒に夕飯を食べた。バランスの良い食事は美味しかったがグラタンは久々に食べたのもあってとても美味しく感じた。

莉緒はそれなのに不安そうに味を聞いてきたから美味しいと答えたら喜んでいた。


そして食後のデザートに二人でケーキを食べる。これが最後の食事かと思うと呆気なく感じる。


「死ぬためのちょっとしたお祝いですか?これ」


美味しそうに食べる莉緒に私は最後だから初めて誕生日の話をしてやった。


「死のうとした日が私の誕生日だったんだけど、十五日は私の誕生日と被るから誕生日に見立ててのお祝い」


「え?そうだったんですか?早く言ってくださいよ!」


「…なんで?」


話してやったのになぜか少し怒っている。なぜ怒らせたのか分からなかったが莉緒は気に入らないようだ。


「私もお祝いしたかったです!先生の誕生日なんておめでたい日をお祝いしないでどうするんですか!言ってくれればもっと色々作ったしプレゼントも買ってきたのに…!」


「……別に祝わなくていいよ」


「ダメです!しかも先生の誕生日を一番にお祝いできてないし……。やらかしてますよ私」


「別に誰にも言ってないから祝ってもらってないよ」


莉緒は当たり前みたいに祝ってもらったと思っているみたいだが私は今まで祝われた事がない。

莉緒はしゅんとしていたのに嬉しそうに笑った。


「本当ですか?じゃあ一番に祝います。誕生日おめでとうございます先生。プレゼントがないのでキスしてあげますね」


「キスはいいから」


「ダメです。キスします」


断ったのに莉緒は勝手に頬にキスしてきた。


「愛してますよ。誰よりも一番愛してます。今まで生きていてくれてありがとうございます」


「……」


初めて家族以外に祝われた私は何を言えばいいのか分からなかった。お祝いされても、愛してると言われても言葉が出てこない。莉緒は私の肩に笑って凭れてきた。


「先生お風呂入ってきてください。もう沸いてますから」


「……そうだね」


私はそのあとすぐに風呂に向かった。誕生日を祝われたらもっと嫌な思いをすると思ったけど嫌ではなかった。嬉しいのかは分からないけど悲しくもないし、昔を思い出しもしなかった。それなのに何も言えなかったのは何でだろう。


私は風呂に入りながら考えていたがそれも自然にやめて風呂から出たら出掛ける準備をした。

大事なものは特にないから全部置いていく。

必要最低限の物だけ持っていけばいい。


準備を済ませた私に莉緒も準備をしてついて来たが私はもう特について来る事には何も言わなかった。


「ちょっと寒いかもしれないからブランケット持って」


「はい。あとはなにかありますか?」


「ない。もう行こう」


「はい」



私達は家を出て車に乗った。

道は覚えているから問題ない。ただ少しだけ時間がかかるから私はコンビニで飲み物を買ってから莉緒に言っておいた。


「つくまで遠いから寝ててもいいよ」


助手席にいる莉緒は首を横に振る。


「起きてます。一緒にいれるのに寝るなんてもったいないです」


「そう」


それならそれで構わないので私はそれだけ言って車を走らせた。暗い中をただひたすらに走って走って目的の見晴らしのいい山まで向かう。


もう死ねる。私は内心嬉しかった。

あと少し車を走らせればもう息を止められる。嫌な記憶に囚われる事もなければ世の中にがっかりする事もなくなる。


やっと全部無くなるんだ。

幸せや愛を求める私の無駄な欲も無くなる。


なんて嬉しい事なんだろう。





「ついたよ」


私は目的地について車を道路の脇に止めると外に出た。空気が澄んでいるこの山から見える星は本当に綺麗で思わず笑顔になってしまう。星以外の明かりはほぼないから邪魔なものがない。少し開けた場所に歩いて空を見上げていたら走っている途中何も話さなかった莉緒が後ろから抱きついてきた。


「寒くないですか?」


莉緒は持ってきていたブランケットを被りながらくっついてくる。それは少し肌寒いのでとても暖かく感じた。


「平気」


「良かったです。綺麗ですね景子さん」


一緒に空を見上げる莉緒も笑っていた。


「本当だね」


車が全く走らないし人もいないこの場所は穴場だ。ドライブをしていた時に偶然見つけられて良かった。死ぬにはとてもいい場所だ。



「嬉しそうですね景子さん」


「嬉しくないはずないじゃん」


静かなこの場所で暗闇の中光る星はプラネタリウムみたいで癒される。こんなに綺麗なものを見て死ねるなんて、私はやっとしがらみから逃れられた気がする。


星が綺麗で、空を見上げているだけなのに私は嬉しくて嫌な事を忘れられていた。

ただ輝いているものを見ているだけなのに胸が暖かくなるような感覚がするからだ。


あぁ、なんでこんなに綺麗なんだろう。

私は涙を流していた。


「なんで泣いてるんですか?」


私が涙を拭わないから莉緒は私の涙を拭ってくれる。それでも涙は止まらなかった。


あぁ、そうだ。この涙の理由は星を見ていたら自ずと理解できた。

たぶんこれは私が求めていたものだ。




「…幸せだから」



私は泣きながら冷静にそう思っていた。


嫌な事から解き放たれて、やっと心のつかえが取れた。いつもどこかで息苦しさを感じて、それをどうにかしたくて無意味に生きてきた私はやっと気持ちが楽になったんだ。



理解できた幸せは私に喜びを与えた。

気持ちが楽になるとこうやって幸せを感じる。綺麗なものを、私がいいなと思う光を見つめているだけで私の汚れが取れるみたいだった。



皆こうやって幸せを感じていたのか。

死の間際に幸せを感じるなんて私は本当にどうしようもないやつだ。それでも輝きが綺麗で溢れる涙は止められなかった。


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