第22話
それから私は何度も殺す手前で手を緩めて莉緒を幸せにした。
その度に莉緒は幸せそうに、嬉しそうに笑って私に愛を伝えてくれた。だから、私はずっと高揚した気分だった。
私だって人を愛せる。
私だって人を喜ばせて、愛しあえるのだ。
実感できたそれに私は優越感のような喜びを感じた。おかしい私もやっと理解できたのだ。
満足するまで愛する行為をした私はその後、莉緒と一緒に眠った。
だけど目覚めは悪かった。
「景子さん?景子さん、可愛いから起きてください」
莉緒の声が聞こえて顔を触られている感じがした私はうっすら目を開けた。しかし私は朝から莉緒を見てげんなりした。
「……なんで裸なの?」
昨日一緒に寝た時は服を着ていたのに横にいる莉緒は裸で布団の中にいる。
意味不明な莉緒は嬉しそうに笑って私の顔を触ってきた。
「昨日気持ちよすぎて思い出したら我慢できなかったので、景子さんの顔見ながら一人でしてたんです。ベッドは汚してないから大丈夫ですよ?」
「……あっそう」
寝起きでやめてほしい話だった。私の寝顔を見ながらしていたなんてこの子は本当に普通とはかけ離れている。わざわざ言う話ではない。
「景子さん触りませんか?私の体」
「いい」
今日は休みだから二度寝してしまおう。私が目を閉じたら莉緒は慌てたように私に話しかけてきた。
「景子さん起きて?寝ちゃダメです!」
「……」
「景子さん無視しないでください!目開けてください!」
「……なんで?」
うるさいやつだ。目を開けずに問いかけるも莉緒は裸で私にくっついてくる。
「寂しいから嫌なんです。起きててください。寂しいとまた一人でしちゃいます」
「……一緒にいるんだから寂しくないでしょ」
こんな近くにいるのに何言ってるんだろう。さらに呆れながら目を開けて莉緒を見ると、莉緒は不安そうな顔をしていた。
「一緒でも寝てたら違うんです。……景子さんの寝てる顔を見るのは好きだけど、……なんか、一人みたいでやなんです…」
「……そう」
寂しいとは思わない私には共感できないがとにかく目に見えて嫌がっていた。これは無視して寝たらうるさく話しかけてくるだろう。私は内心ため息をつきながら莉緒をじっと見つめた。
「……これで満足?」
「はい!景子さん眠そうで可愛い。お礼に撫でてあげますね?」
「うん。……ありがとう」
莉緒は嬉そうに私の頭を撫でてくる。この行為には慣れたけど、これは眠くなるからやめてほしい。私はあくびをしながらとりあえず指摘した。
「それより服着たら?」
莉緒はさっきよりもにこにこ笑った。
「えー?やです。景子さんがいつでも触れるようにしたいから着ません。もっと私を見てほしいし。景子さん興奮しませんか?」
「しない…」
「なんでですか?どこら辺がよくないですか?一応太らないようにジムも行ってるんですけど‥」
「……」
いきなり真面目に言われても返答に困る。布団の隙間から見える裸体は普通に綺麗でいい体だと思うが、裸を見たから興奮するほど若くもなければ経験がない訳でもない。
「……私じゃなくて別の人に聞いて」
真面目に返事をするのは面倒くさい。それに私の意見は宛にならないだろう。しかし莉緒は不服そうだった。
「景子さんにしか聞きたくないです。私には他の人はどうでもいいし、景子さんが一番大事なんです。景子さんは好みの体型とかありますか?」
「莉緒」
「景子さん。…ちゃんと答えてください」
私に好みと言われてもないから答えたのに。莉緒はむすっとしたまま引きそうにないので、私は莉緒の体に手を伸ばすと莉緒の背中に触れる。莉緒は突然の事に驚いていた。
「景子さん?」
今はとりあえず思った事を言えば良いだろう。私は莉緒の体を見つめながら背中を触っていた手で莉緒の胸に触れた。柔らかくて肌が綺麗でハリがある。若いだけある。
「肌が白くて胸がそれなりに大きくて、触り心地が良いのと…」
私は少し体を震わせる莉緒の胸からへそや腹に手を這わせて触った。莉緒は無駄な肉がない。
「引き締まってて、綺麗で…」
「景子さん…んっ…」
私はそのまま太ももを触りながら目線も向ける。
「足が細くて柔らかい…かな」
一通り触って感じた事を言ってから莉緒の顔に視線を移す。莉緒はなぜか恥ずかしがっていたが今度はちゃんと答えられた。
「好みはこれでいい?」
「…いいですけど……ドキドキしすぎて苦しいです…」
せっかく言ったのに苦しいのか…。自分で言ってきたのに謎だ。私はまた目を瞑った。
「……じゃあ、寝るね」
「景子さんダメです!もっと私の事見ててください!」
「……苦しいんじゃないの?」
さっきから面倒くさいやつだ。目を開けてやると莉緒は照れながら私を見つめる。
「嬉しいからいいんです…。嬉しくて、幸せな気分になるから……見ててください」
「……そう」
莉緒は前も見られているだけで嬉しい、みたいな事を言っていたが不思議に思う。私は仕方ないが言われた通り眠気を感じながら莉緒を見つめていたら莉緒はにっこり笑った。
「景子さん大好きです」
「そう」
「愛してます」
「うん」
莉緒はそれから私にキスをしてきた。啄むようなキスに特になにも思わないが応えてやると、唇を離した莉緒は私の唇を舌で舐めて私を愛しそうに見つめる。
「ふふ……景子さん、食べたいくらい愛してます。……本当に好きです。いつも景子さんしか考えてません。景子さんしか考えられなくて、どうしたら喜んでくれるか、…どうしたら幸せになってくれるか…よく考えてます。……景子さん?私、何したら……喜んでくれますか?……景子さんにもっと尽くしたいんです。……なんでも、言ってください。……なんでもしますから…」
「……今のままでいいよ……」
莉緒の性欲とは違う興奮を感じ取った私は落ち着けるように言ったが、莉緒は小さく首を横に振って私の体に乗っかってきた。そして上から私を見つめる。
「ダメです。それだけじゃダメなんです。それだけじゃ……なにも…………私が役に立ててない。……景子さんを愛するだけじゃ利用価値も何にもないですよ。景子さんは優しいから、私を物みたいに扱ってくれないですし……」
「私に愛する事とか教えてくれるんだから私としては莉緒は価値があると思うけど」
「……そうなんですか?」
分かっていない。莉緒はとても私に尽くしてくれている。私は莉緒の頬を撫でてやった。
「莉緒といると知らなかった事がやっと分かってきてる気がするよ。やっと、……私にも愛がどういう事なのか見えてきた。もう理解できなくて私には無理だと思ってたから分かるようになって嬉しいよ。まだ分からない事もあるけどね。だからありがとう。私に付き合ってくれて」
嘘でも何でもない気持ちを莉緒に伝えた。まだ分からない事はあるが、あとは死ぬだけの私に付き合ってくれて教えてくれる莉緒には感謝の気持ちがちゃんとある。
この気持ちは莉緒をやっと落ち着かせたようだった。莉緒は少し驚いたような表情をすると照れていた。
「……付き合ってくれているのは景子さんの方です。……私、ちゃんと伝えられてるみたいで良かったです。景子さんのためになってるなら、本当に嬉しいです…」
「……よかったね」
莉緒は本当に嬉そうに笑うと私にキスをして私の横に戻る。すると手を広げた。
「景子さん来てください」
「……」
これは要するに抱き締めたいという事か。拒否するとうるさいし、この様子は従った方がいい。私は莉緒の胸に顔を寄せた。一肌は暖かくて鼓動の音がよく聞こえる。
莉緒は私の頭を抱き締めた。
「愛してます。私の…可愛くて綺麗な景子さんだけ……本当に愛してます」
莉緒の囁きは私の心に染みるかのようだった。
それからも莉緒は私に献身的に愛情を示してくれた。
いつも何かを作ったり、買ってきたりしてくれて私の家の事をほとんどしてくれる。そして一緒にいる時は以前にも増して愛を囁くようになった。
それは着実に私を変えてきているのに私はそれに何も答えられなかった。
愛を言葉にするのは容易い。誰にでもできる事だ。だから本当に、本当の愛や好意を感じた時にその言葉を言いたい。
莉緒には悪いが私はまだ答える気にはならなかった。
私はそんな莉緒のおかげであの家族の事を考えるのが減った。
あいつが来たから頭の中にあの忌々しい記憶が溢れて気分が最悪だったけど今はそんな事はない。
莉緒は私の安定剤のようなものにもなっていた。
しかし、それでも莉緒には話していなかったから気になったんだろう。ある日莉緒はベッドに入って寝ようとした時に控え目に尋ねてきた。あいつの事を。
「先生?……お姉さんとは……もうあれから会ってないんですか?」
あんな事があれば気になるのは当たり前だ。ましてや莉緒だ。私に関しては知りたいと思っているに決まっている。私は莉緒に頭を撫でられながら答えた。
「会わないよ。好きじゃないから会いたくない。家族の中で一番嫌なのあいつは」
「……訊いても平気ですか?」
不安そうな顔をしなくても話したからって何も変わらない。莉緒はきっと私が死ぬまで一緒にいそうだから話してしまってもいいだろう。私は莉緒を見つめながら口を開いた。
「なに訊きたいの?」
「……なんでそんなに嫌なんですか?やっぱり……宗教ですか?」
「宗教もあるけどコンプレックスなの。私はいつもあいつに比べられて生きてきたから嫌なの。莉緒は姉弟いる?」
「いません」
「そっか……」
一人っ子じゃ分からないか。私は宗教も嫌だけどあいつより何もできないからそれも嫌だった。あいつを見るとそれを思い出してしまう。私は家の事を話してあげた。
「私の家は医者一家なの。お父さんもお母さんも医者で、お姉ちゃんも医学部に行ってた。お姉ちゃんは私と違って優秀だったから昔から勉強も運動もできて凄いお姉ちゃんだったんだよ。だからいつも私は怒られて比べられてたの。お姉ちゃんみたいに何でできないの?ってよく言われて、お姉ちゃんを見習いなさいとか、お姉ちゃんみたいになりなさいって……耳にタコができるくらい言われてた。私は勉強も運動もお姉ちゃんみたいにできなかったから医学部も落ちてね、だからレベルを落として歯学部に行ったの。お父さんもお母さんも本当に怒ってたよあの時は。どうにか医学部に行ってほしかったみたいだけど浪人はみっともないからって歯学部に行かされて……今に至るって訳。私は宗教も嫌だったけどあの家庭環境が本当に嫌だったから逃げたの。毎日比べられて、怒られて、……私が聞きたいくらいだったよ。なんでお姉ちゃんみたいに産んでくれなかったの?って」
今となってはあんなやつみたいになりたくないけど昔は必死だった。あいつに追い付かないとならないって、子供ながらに必死に頑張っていたら派手に転んで追い詰められて私は逃げた。
嫌なものから逃げてきたんだ。
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